今年は日独交流150周年に当たるそうだ。

それを記念する音楽会が大久保の淀橋教会で催され、知人に勧められるまま鑑賞に出掛けた。


ボルネオ7番のブログ-バッハの世界


プログラムを見ると、ドイツから来日中の室内合奏団が「ブランデンブルグ協奏曲第3番ト長調」、「管弦楽組曲第2番ロ短調」、「チェンバロ協奏曲第3番ニ長調」を演奏すると書いてある。あっちゃ~、聞いたことのない曲ばっかりやなぁ、と残念がっていたら、ところどころ記憶にあるメロディーが出てきた。さすがバッハ。あちらこちらで演奏されたり放送され、知らず知らずの内に耳に親しんでいるのだろう。


プログラムにはバッハの略歴も記されていた。ええっ、と思ったのは、バッハには20人の子供がいたという事実だ。最初の夫人との間に7人、その夫人と死別し、再婚した相手との間に13名。しかし、その半分を幼くして亡くし、自分の無力を嘆いたのだという。バッハは弟子以外には批判的なことを一切言わなかったらしいが、愛情深いだけではなく、とても謙虚な人柄だったのだろう。


そのバッハが残した言葉。

「私は懸命に働かねばならなかった。私と同じように懸命に働く人間は成功するだろう」


バッハのような誰もが認める「才能の塊」が才能には触れず、懸命に働く意義を説く。キャッチャーの手が痺れる150キロの剛速球という感じ。私は耳が痺れた(*_*)