昨夜のピーマン会では国家公務員Nと隣り合わせになった。


Nはラグビー部きっての秀才で、クラスでも1番2番を争う勉強家だったのだが、とにかくマイペースで、回りから「お前、公務員やろ。俺らが税金払ろうてお前を食わせているんや。もうちょっと俺らに感謝せえ」といわれても、「あほか」の一言で終わりにできる貫禄がある。


又、Nには大変厚かましいところがあって、実はこれに関して今も忘れられない思い出がある。中学1年生のとき、私はにBさんという好意を寄せている同級生がいた。何とか親しくなりたいが、きっかけがない。そんなとき、交換日記というのがあると知った。そこで、清水寺の舞台から飛び降りるつもりで、「こ、こ、交換日記を僕として下さい」とBさんに頼んだのだ。


Bさんが何と答えるか、ドキドキして待った覚えがあるが、Bさんはそれを了解してくれた。私が喜んだのは言うまでもない。しかし、人の良い私は当時同じクラスだったNに、「Bさんがな、俺と交換日記をしてくれるんや!」と言ってしまったのだ。


Nはそれを聞いて何と言ったか。私の勇気を称え、喜びを共有してくれるのかと思ったら・・・


「俺も入れてくれ」


友情に厚く、人格者の私はNの申し出を断れず、交換日記は三国間貿易みたいな複雑な形で始まり、私の淡い恋心はNに邪魔をされたのであった(涙)


(続く)


40年も会が続くとどうなるかと言うと、もうほとんど「阿吽の呼吸だらけ」で、あいつがこう言うと、こいつがこうツッコミを入れ、会話はこうなるはずや・・・と全員がその流れに乗るような感じになる。ラグビーに例えると、SOがサインを出さなくてもSHの球の出し方で攻め方が分かるような感じだろうか。


ところが、1年に一度の再会なので、新しい経験やネタを持参して参加し、予想外のツッコミやフォローをする奴が出てくる。再びラグビーに例えると、CTBがあそこでポイントを作る筈やったのに、新しいステップで抜けてしまったという感じだろうか。それはそれで又楽しい。


もう一つの特徴は、ピーマン会を楽しくするために各々が期待されている役割分担みたいなものがあり、みんな暗黙の了解でそれに徹し、回りを楽しませようとするサービス精神を持っているということだろう。元々の性格もあるのだろうが、ピーマン会ではそれをデフォルメしているよう思える。


例えば、バスケット部だったTはピーマン会に参加する前から既に酔っ払っている。又、落ち武者のようなヘアスタイルをからかわれることも多い。が、本人は決して嫌がらない・・・と思っていたら、あっ、もう寝てた(笑)


ラグビー部だったKは学生時代から良くモテた。それを知る奥さんは未だに厳しいチェックを入れる。そこで、Kが悪さをしているかどうかは関係なく、「最近Kが怪しい、と嫁はんに言いつけるぞ」と脅される。ホンマに怪しいからしようがない面もあるが(笑)


フェンシング部だったMは、宴たけなわと見るや、放送禁止用語の連発を始める。仲居さんがいようが、最近は恩師の息子さん(中2)も参加しているのに一向に止めない。しかし、露骨なのに何故か笑えるのだ。多分、スケベの純度がウォッカ並みに高いのだろう(笑)


(続く)


高校時代、運動部に所属していた仲間が集まり、忘年会を始めた。

高校2年生の時だったので、当時はみんな17才。それから毎年途切れることなく12月30日に開催している。今年、みんな56才なので、ちょうど40回目を迎えたことになる。


ピーマン会と名付けたのは、みんな運動ばかりしていて勉強せず、「アタマの中が空っぽ」に由来しているが、もちろん、これは謙遜で、上級国家公務員もいれば弁護士もいる。ハーバードでMBAを取ったのもいれば、某自動車メーカーの海外法人社長もいる・・・・って、この4人だけかぁ、勉強したのは(笑) あとはみんなピーマンや(^▽^;)


そういう会なので、40回目を迎えた会話がどうなるかと言うと、


会員A 「おい、お前、会長やろ。40回目の挨拶せんかい」

会 長 「あほか、ピーマン会は中味が無いからピーマンなんや」

会員B 「中味がないのはお前のアタマだけやろ」

会 長 「オンナのことしかアタマにないお前よりマシや」


あぁ情けない、けど楽しい(笑)


ボルネオ7番のブログ-富士山
京都に向かう途中、富士山がきれいに見えた。


(続く)