私が干支になって登場する賀状が続いていたが、今回は蛇になり切れなかった。「足も手も出ない」という閉塞感を避けたかったのだろうが、娘たちが帰ってくる正月は足と手どころか口も出せないことが分かった(笑)


ボルネオ7番のブログ-2013年の賀状


「蛇の足より人の足見よ」は、自分の足許をしっかり見ることが大切だという戒めだ。実際、年を重ねるとともに私のことを叱ったり注意したりしてくれる人が減ってきたから、その不足は私自身が補わないといけないということだろう。


古代ローマの詩人で、ローマ皇帝ネロの家庭教師も務めたというルキウス・アンナエウス・セネカは、最後は政争に巻き込まれ、自ら命を絶つという悲劇に見舞われたようだが、そういう人生を送った人だけに実に説得力のある言葉を残している。


 君が長生きするかどうかは運命にかかっている。

 だが、充実して生きるかどうかは君の魂にかかっている。


これまで多くの人を見てきて分かったことは、実はみんな、自分が選んだ人生を送っているということだ。幸運に感謝する人も、不運を嘆く人も、その前に各々自分の決断や選択があったように思う。そういう意味では、セネカが言い残したように、寿命以外のことは各々の魂次第ということになるのだと思う。


足許を見たあとは、自分が進む方向を見ようと思う。


上野アメ横の鰻屋さん跡地にシュープラザが出店したと聞いた。シュープラザは、東京靴流通センターの全国展開で大きな市場シェアを握ったチヨダが新たに開発した都心型店舗だ。


ボルネオ7番のブログ-シュープラザ


その近くには、ライバルのABCマートがあった。


ボルネオ7番のブログ-ABCマート


私が丸紅に入社し、靴の業界で働き始めたのは1978年だが、当時はメーカーや問屋の力が強く、又、小売業ではアメリカ屋靴店とかワシントン靴店という専門店チェーン、百貨店が元気だった。それから30年、アメリカ屋靴店は1999年に倒産、百貨店の一角を占めたそごうも2000年に倒産している。


その一方で、チヨダは東京靴流通センターという大型店の出店を1977年に始め、ABCマートの設立は1985年と少し遅れるが、今や2社とも1000億円を超える売上を誇る上場企業だ。これら以外でも、ギフトカタログのリンベルが1987年に、楽天が1997年に設立されている。


何とも目まぐるしい変化だが、倒産する会社がある一方で新たに生まれ成長する会社があるということは、先日の選挙同様、どれだけ人々に支持されるかで運命が決まるということだろう。靴の業界を例に取れば、円高による輸入靴の増加、ライフスタイルのカジュアル化、そして所得が伸び悩む中で消費者の支持を得た低価格化という大きなトレンドに乗った会社が勝ち組に回ったのだと思う。


ただ、靴の業界のみならず多くの市場が供給過多の状態だと聞く。そうなると、供給側の論理が通用するとは限らないし、どこに身を置いて誰を相手に商売するのかを明確に意識しないとモノは売れないように思う。安部政権はインフレ目標を設定し、実現すると言うが、自民党に票を入れた人たちも、イザ消費者に戻るとそうそう甘い顔は見せず、財布の紐も緩めないように思うのだが如何?

両親の墓が湖西線の和邇というところにある。

琵琶湖を望む小高い丘にあり、子供の頃から良く父に連れられてきた。


父の口癖は「お墓参りをする日は必ず天気になる。ご先祖さんが喜んだはるねん」で、実際、父と墓参した日に雨に降られた記憶がない。ところが、父が亡くなり、私が一人で来るようになってから雨の日が増えた(ノ゚ο゚)ノ


「ご先祖さんが泣いて喜んだはるねん」と強弁したいところだが、父と比較すると、やっぱり私には苦労も我慢も足りない。その上、女性ファンの数など父に比べると圧倒的に足りない(笑) 出来た父を持つ息子の悩みは尽きないのだ(//・_・//)


そんなことを考えながら歩いてみようと、途中越えで京都に入ることにした。学生時代に原付や車で走ったことがある道だからと安心していたのだが、雨の中を歩いてみると勝手が違った。


歩道がない狭い道では直ぐ脇を走り抜ける車にヒヤッとする。それだけなら良いが、道路に溜まった水を思い切り浴びせられる。コニャローと思うが、車が途切れると、歩いている人などいないから急に不安になる。休もうにも屋根があって座れる場所など無いから止まれない((((((ノ゚⊿゚)ノ


しかし、やっと雨が掛からず、しばし休憩できる場所を見付けた。

トンネルの中だ(^O^)/


ボルネオ7番のブログ-途中越え

(八瀬トンネルにて)


母の口癖は「あんたは思てることが全部顔に出る」だったが、歩き始めて3時間あまり、初めて傘を閉じてリュックを降ろし、持参した軽食を口にした喜びが顔に出ている。私にポーカーは向いてへんにゃろなぁ(笑)


その後、歩くこと2時間で京都祇園に無事到着した。28km、5時間15分、さすがに足が痛い。しかし、親友が経営する京の宿で風呂に入らせてもらうと生き返った。健康に感謝。そして、40年の時を経て益々仲良くなる親友たちに感謝・・・って、要するにみんな友だちが少なくて、家庭でも浮いてるから、こうやって集まるしかないんやろなぁ(笑)


ボルネオ7番のブログ-ピーマン会
高校時代から続いている運動部仲間「ピーマン会」の忘年会。