日本を代表する総合商社と、今も成長を続ける小売企業との打合せに、なぜか私も参加することとなった・・・というより、興味があったので無理やり割り込んだ。


挨拶もそこそこに本題に入ったが、約30分程の商談の間に交わされた情報や意思の量と、合意に達した内容を振り返ると、大変密度の濃い商談だったように思う。参加させてもらった私まで充実感を味合わせてもらったので、その理由を考えた。


①当事者が明確だった。

参加者は商社から4名、小売企業から1名、商社が起用するメーカーから4名、そして私という計10名だったが、話したのは商社の担当者1名と小売企業の1名で、この二人が意見を求めた場合だけ参加者が話すという進行で、打合せの目的と責任の所在が明確だった。


②準備が見事だった。

登山に例えれば、この初回の商談で一気に五合目くらいまで登った感があるが、商社側が「この登山道から登るべき」、「スケジュールはこうしましょう」、「最近、途中で苦しく感じるのはここを間違っているから」みたいな資料を準備し、相手のサインさえもらえれば受注成功、みたいな発注計画書まで作成していた。


③信頼関係があった。

商談をリードした二人は以前取引をしていたことがあるらしい。その後、お二人に人事異動があって疎遠となったが、取引をしていた当時はお互いに相手の利益や約束を守ったのだろう。その頃の信頼関係がそのまま残っているという雰囲気だった。


で、私の役割だが、商談の冒頭に10分ほど話をさせてもらった。場が和んだのは間違いないし、今後の展開に楽しみを持たせる話だったと思うが、しょせん「前座」又は「前菜」だ。あぁ、今度はメインディッシュで勝負したい(笑)


今年も喪中葉書が届く時期になった。


ボルネオ7番のブログ-喪中葉書


できるだけお悔やみの葉書を返すようにしているが、どうしても返せないものがあった。同級生が亡くなったことを知らせる、お母様からの喪中葉書だ。お母様の心情を思うと、溜め息しかつけなくなった。


偶然だが、同級生は私と同じ日に生まれている。それが学生時代に分かり、「誕生日とか星座占いなんかアテにならへんなぁ」と私が言うほど、私とは違い、寡黙で真面目な同級生だった。


合掌。


インド人の友人からジョークが届いた。


Teacher: Where is the capital of India?

Student: In Swiss Banks.


教師: インドの首都(capital)はどこですか?

生徒: スイスの銀行の中です。


ここまで読んで、"Capital"を「首都」ではなく、「資本」や「資産」という意味で使っていたことに気付く。生徒は先生の質問を、「インドの資産はどこにありますか?」だと思い、「スイスの銀行の中にあります」と答えた訳だ。スイスにお金を隠しているインドのお金持ちを皮肉ったジョークなのだろう。


では、日本の資産はどこにあるのか?これについては以前にも書いたが、日本の経常収支が黒字なのは貿易赤字を補って余りある所得収支のお陰だから、日本の資産は米国を始めとする海外に蓄積されている訳だ。そういう利子や配当を生む海外資産を購入するには円高の方が都合が良いから、単純に円安にすることが国益につながるとは言い切れないのが現状なのかなと思う。


もう一つ、日本の経営資源だと言えるのは、やはり人のクオリティなのかなと思う。海外で買物をしたとき、レストランで食事をしたとき、ホテルにチェックインしたとき、等々、当たり前なのかも知れないが、いつも相手側のペースや仕事の進め方にこちらが合わせていたように思う。しかし日本では、相手側が私の(ということは顧客側の)ペースや感情を優先してくれているように思うのだ。


例えば、今夜、東急のれん街の「仙太郎」で買い物をした際、5000円札を出して4000円と小銭のお釣をもらったのだが、1000円札が全て表向きに統一され、上下もきちんと揃えられたものを手渡された。こういう光景は海外で見たことがなくて、大抵、くしゃくしゃのお札が表裏、上下バラバラに束ねられているところから無造作に必要な枚数だけ抜いて手渡される。


今夜、更に感心したのは、4枚目の1000円札の角が少し折り曲がっているのに気付いた店員さんが、「失礼しました」と言ってきれいに伸ばし、それから私に手渡したことだ。こんなことは海外では先ず経験できない。「お客様は神様だ」という精神が一番浸透しているのは間違いなく日本なんだと思う。ユニクロ商品が中国で人気と聞くが、モノ(品質)で売れているのか、人(接客)で売れているのか、聞いてみたい気がする。