人さまの前でバイオリンを弾いたことが余程新鮮な体験だったのか、いろいろ感じるところがあった。大袈裟ではなく、「誰のための人生か」を考えるきっかけにもなった。
観客席から他の生徒さんの演奏を聴く。その生徒さんが子供の場合は、親御さんやおじいちゃん、おばあちゃんが身を乗り出すように舞台を見ておられるのが分かる。それが微笑ましく、私も娘のピアノ発表会や運動会では同じだったな、と懐かしく思い出すこととなった。しかし、そのご家族が、私の演奏のときにも身を乗り出し、成功を祈るように私の舞台を見て下さるとは思えない。生徒さん全員にそんなことをしていたら、とても身が持たないからだ(笑)
そこまで考えたら急に気が軽くなり、舞台に出る恐怖心や緊張感が和らいだように思う。私の演奏が上手くいくことを祈るように見てくれるのは、家族と遠くから応援に駆け付けてくれた二人の友人、それから先生くらいのものだ。そして、彼らは仮に私が失敗したとしても、それを慰めることはあっても責めたりはしない人たちだ。そう考え、「おぉ、これは僕の舞台や。僕が満足できればええんや」と居直ることに私は成功したように思う。
舞台に上がると、最前列に次女夫婦がカメラを構えて座っているのが見えた。しかし、私はキムタクでも堺雅人でもないので、次女夫婦以外にカメラを構えている人は当然いない(笑) 当たり前だが、それがすごく印象に残ったのは、舞台から見た観客席に世間の縮図のようなものを感じたからだろう。私に注目しているのは家族と友人と先生だけだ(笑)
観客席に不快感を与えてはいけないが、観客席を気にし過ぎることもない。自分の演奏を、自分の舞台を思う存分楽しむべきだ。成功しても、失敗しても、共にいてくれる家族や友人がいてくれるのだから。この観客席を世間に置き換えれば、世間に迷惑を掛けてはいけないが、自分の人生を貫いて構わない、ということになるのかなと思うのだ。舞台も一回だが、人生も一回だ。
伴奏の三女まで花束を頂いた。S藤さん、ありがとう(^O^)/
ただ、舞台を楽しめたのなら、その後、観客から何を言われたとしても気にしない精神力が必要だ。私の場合はこう言われた。
観客 「素晴らしい演奏でした」
ボル 「ホンマですか・・・ありがとうございます」
観客 「どこかの音大を出られたんですか?」
ボル 「はぁ??」
観客 「だって、本当に素晴らしい伴奏だったから」
ボル 「・・・・・・」
だからこそ、自分の舞台を楽しんでおく必要があるとも言えるか(^-^)/
