ケーブルテレビでジェイソン・ステイサム主演の「メカニック」という映画を放映していた。私が観たときには既にエンディングテーマが流れていたが、最後に "Victory loves preparation" という言葉が出てきた。「勝利は準備を愛する」、平たく言えば、「準備したものが勝つ」ということだろうが、スポーツなら準備とは試合に臨むまでの練習のことで、練習したものが勝つということになる。

DRCだより

今年もシーズンの終了と最上級生の卒業と就職、そして新しいシーズンの始まりと新入生の入部を伝えるOB会報が京都から届いた。その中で、「勝つために何をすべきか」を話し合うミーティングが全部員参加の下、2月から重ねられたことが紹介されていたが、面白いと思ったのは、山神監督が目標達成のために「今から逆算して」「いつまでにどうなるか考えよう」と指示していることだ。

準備にも期限がある。どんなに素晴らしい準備を重ねても間に合わなければ意味がない。そう考えると、こうなりたいという強烈な願望だけではなく、夢と現実の間で常に自分を省みる冷静さが必要だということだろう。山神監督の指示はそういう意味で的を射ているが、彼は昨シーズンを振り返り「このチームでもっと勝ちたかった」と言っているから、そういう無念さからも、今年は用意周到な準備をしてくれるものと思う。同志社がんばれ!

東大グランド
(桜が見事だった東大ラグビーグランド)
小さな交差点でお巡りさんに停車を命じられた。

横断歩道が手前から見えたし、十分に徐行し、歩行者がいないことも確かめていた。日曜日の午後3時半で周りは明るいし、飲酒運転を取り締まる時間でもないだろう。不審がる私にお巡りさんは窓を開けるようジェスチャーで示し、窓を開けると「ちょっと降りて下さい」と私に命じた。

車から降りると、お巡りさんは先ほど通り過ぎた交差点まで私を連れて行った。そして、こう言った、「ここに『止まれ』の標識がありますが、あなたは止まらなかった。しかも、今日から交通安全週間なので、見逃す訳にはいきません」。

交通違反

言われて見れば、確かに「止まれ」の標識があった。しかし、目立たないところにあるし、横断歩道の方が余程目立つから、私のように徐行し、歩行者がいるかどうかを確かめるドライバーが多いのではないか。その上で安全を確認して通り過ぎれば、事故を起こす可能性はないだろう思う。しかし、ルールはルールだ。潔く罰金を払おう。そんな気持ちで帰路についたのだが、さすがにいつもより更に安全運転になった。

自宅が近付いてきた頃、左手の歩道を走る自転車が目に入り、その先の家の駐車場から車が出ようとしているのが見えた。これは自転車が驚くな、と思っていたら案の定、出てきた車に驚いた自転車が歩道から車道にはみ出してきた。ただ、それを予想していた私は余裕で自転車を避けることができた。もし、いつものように車を走らせていたら、自転車とニアミスしていたかも知れない。そう思うと、亡くなった母が良く言っていた「大難小難」という言葉を思い出した。母は、良くないことが起こっても怒ったらあかん、それはもっと大きな良くないことを避けるために起こったんかも知れんのやから、と言っていた。

罰金を払うのは痛手だと思っていたが、却ってそれで慎重になった私は大きな問題を回避できたのではないか。ひょっとして、これは母からの「調子に乗ったらあかんえ!」というメッセージだったんだろうか? そう思って、罰金を払うための納付書を見たら、納付期限が4月14日になっていた。この日は母の誕生日だ。やっぱり、母からの忠告だったのだろう。お母ちゃん、ありがとう。せやけど、やっぱり7000円の罰金は痛い(笑)
初めてアメリカを訪れたのは1981年のことで、乗り継ぎの関係でニューヨークとシカゴに何泊かした以外は、ミシガン州のグランドラピッズ、アーカンソー州のジョーンズボロという小さな町に滞在した。当時担当していた取引先がこれらの町に持っていた工場を訪問したのだ。

どちらの工場でも「良くぞ遠い日本から来てくれた」と歓待を受けたが、グランドラピッズでは「日本はフィリピンの近くか?」という質問を受けたのを覚えている。そんな南国ではないぞ、と思ったが、その後、地図で調べたら東京の緯度はバグダッドやテヘラン、カサブランカと変わらないことを知った。私が思っていたより、日本はずっと南国だったのだ。

ジョーンズボロでは人事部長という人が待ち受けていて、会社の人事制度について聞きたいと言われた。全く期待に添うことができなかったが、今から思うと、当時の日本企業では当り前とされていた終身雇用や年功序列について彼は聞きたかったのだろう。日本はまだ経済成長を続けていたし。これらの制度がアメリカでは逆に注目されていたのだろう。

前置きが長くなったが、各々の国と国民にはイメージが付きまとい、あの時の私は「シュウシンコヨウやネンコウジョレツで経済発展を遂げている南の国からやってきたジャパニーズ」だったのだろう。そんな昔のことを思い出させたジョークを一つ。インドの友人が送ってきたもので、今回からかわれているのは中国人だが、このイメージを作り上げたのはブルース・リーに違いない。

ブルース・リー

I was standing at the bar in my sports club, and this small Chinese guy comes in, stands next to me and starts drinking a beer.
私が通っているスポーツクラブのバーにいた時のことだ。一人の小柄な中国人がバーにやって来て私の隣に立ち、ビールを飲み始めた。

I asked him, "Do you know any of those martial arts things, like Kung-Fu, Karate or Ju-Jitsu ?”
私は彼に尋ねてみた。「何かしら武術をやっているのかい?例えばカンフーとか空手とか柔術とか?」

He says "No, why the fuck you ask me that? Is it because I am CHINESE?"
彼は言う、「いいや、しかしなんでそんなことを聞くんだ。俺が中国人だからか?」

"No", I said, "It's because you're drinking my beer, you little prick."
「いいや、違うね。お前が飲んでいるのは俺のビールだからさ。この野郎」