毎日新聞4月19日付朝刊、浜矩子先生の「危機の真相」を読んだ。

浜先生は、安部政権の「日本を取り戻す」の「取り戻す」を後ろ向きの発想だとバッサリ、返す刀でオバマ大統領にも就任時の理念や気概を失い、昨今はあまりにも近視眼的だと斬り込んでおられる。結果として、最近の日米同盟には問題意識の筋肉質な共有や密度が感じられないと指摘。折角の首脳会談なのに、テーマがTPPやウクライナ情勢、日中関係に日韓関係ではあまりに日常的に過ぎないかというのが先生のご意見だ。その通りかも知れない。

TPP交渉では日米両国の利益が相反する項目があるだろうし、日中関係や日韓関係の当事者である日本の立場を米国は理解するとは言えても支持するとは言えないだろう。ウクライナ情勢も、日露関係の強化を進めていた安部政権からすれば、米国とは異なる見方もあり得るかと思う。かように、各論になればなるほど各々の立場や利益の違いばかりが明確になるのだから、そういう違いを乗り越えられる総論、すなわち「同盟関係の意義」が必要なのだが、それがない。浜先生はそう言いたかったのではないか。

浜先生

「大同小異」という言葉があるが、この小異を受け容れる土壌のようなものが猛烈なスピードで無くなってきているような気がする。米国・ソ連という大きな対立軸がなくなったことが影響しているだろうが、それよりも、小異だった筈のものが通信技術の進歩によってクローズアップされるようになり、その中で各々が賛同者を得て一大勢力となり、結局、小異のまま放置することができなくなっている。そういう空気を感じてしまうのだが、どうだろう。これを突き詰めれば、全ての小異に白黒をつけようということになりかねないから危険極まりないと思う。

乱暴な言い方かも知れないが、大同とは同じ時代を生きる隣人同士、小異とは国家、宗教、人種、思想・・・と考えられれば、もっと住み良い世界になるように思う。米国とは日本はGNP世界1位と3位の国だ。何かしら世界に明るい夢を発信できるような首脳会談にならないかなと望む。