最も北野さんらしいと思ったのは、新しい「ウサギとカメ」の物語だ。

アメリカの宇宙開発計画縮小に伴ってNASAを解雇されたロケット工学者たちが、高度な数学理論を駆使して金融工学なるものを開発する。リーマンショックを引き起こしたのはサブプライムローンが組み入れられた金融商品だが、こういう金融工学が生み出した金融商品や、それらを専門に扱うヘッジファンドが次々に出現して世界のお金の流れを変えてしまう。

それを北野さんは「カネを握った奴が社会のカタチを変えて行く。努力や真面目さだけでは世の中を渡っていけない。ノロマでもコツコツ努力すれば勝てるなんて幻想を子どもに植え付けたら、真面目なカメはみんな頭のいいウサギの食い物になってしまう」と述べ、新しい「ウサギとカメ」の物語を記しておられる。

「ウサギとカメ 2015」

ウサギとカメがいました。カメが言いました。
「ウサギさん、どっちが速いか競争しよう」
ウサギが言いました。
「悪いね、君と競争している暇はないよ。それじゃあね」
ウサギはそういうと、あっという間に山の向こうに駆けていってしまいました。
競争する相手がいなくなって、がっくり落ち込んだカメが道端でふて寝していると、やがてウサギが走って戻ってきて言いました。
「カメさん、そんなところで寝ていちゃ駄目だよ」
カメは喜んで言いました。
「ウサギさん、ありがとう。僕と競争してくれるんだね」
ウサギがちょっと申し訳なさそうな顔をして言いました。
「カメさん、そんなことよりも地代を払ってくれるかな。このあたりの土地は、全部僕が買い占めたんだ」

お見事!
カメさんとしては、ウサギさんの向こうを張って水源を押さえるとか、又は、そういう世界とは無縁の生活を送るとか、さまざまな選択肢があることを子どもに教えるというのはどうだろう。
「赤信号みんなで渡れば怖くない」と聞いたときには、何と上手いこと言うものかと感心した。そういう心理が確かにあるし、人は集団になると厚かましく、又、不用心になるものだ。しかし、赤信号を渡る危険性がなくなる訳ではないから、そういう心理を笑う毒がこの言葉にはあるように思った。その名言を吐いた北野 武さんが「道徳」を語るとどうなるのか。

新しい道徳

「人生がこれから始まるっていう子どもに、自分を見つめさせて、なんの意味があるのか」・・・小学1・2年生の道徳の教材に「自分を見つめて」と書いてあったことに、北野さんは「どう考えても不自然だ。子ども時代に必要なのは自分の好き勝手に遊ぶことだ」と異を唱える。又、「いちばん嬉しかったことを書きなさい」という問い掛けにも「毎日、新しいものに出会い、好奇心を燃やしている子どもに過去を振り返らせてどうするのか」と指摘し、映画監督の黒澤明さんが「あなたの最高傑作は?」と質問され、「次の作品だ」と答えたことを書いておられる。示唆に富む指摘だ。

「お年寄りを大切に」という教えにも、「何十年も働いて税金を納めてきた人たちがいるから今の日本がある。そういう基本的なことを話さないのは今の大人たちがそれを忘れているからだ。そんな大人が年寄りを大切にしなさいと教えても子どもに伝わる訳がない」と手厳しい。ただ、教科書の前提では年寄りはみんな善人になっているが、中には泥棒もいれば人殺しもいるし、幼女誘拐犯だっているはずだと指摘される。「重い荷物を持っているじいさんに声をかけ、家まで運んでやった子どもがそのまま家の中に連れ込まれたとして、先生は子どもになんと教えるのだろうか」・・・これもきれいごとでは済まない道徳教育への警鐘だろう。

(続く)
生まれて初めて「歌舞伎」を観た。

全く知識がないし、興味もなかったが、お取引先で友人でもあるF川さんから誘われ、一度くらい日本の伝統芸能に親しむのも良いかなという軽い気持ちで歌舞伎座へと向かった。

歌舞伎座の幕

中に入ると舞台には大きな幕が降りていたが、どうも初めて観た気がしない。歌舞伎は初めてなのにどうしてだろうと思ったら、お菓子の「歌舞伎揚げ」のパッケージに使われていた(笑)

歌舞伎揚げ

やがて幕が開き、最初の演目、「彦山権現誓助剱(ひこさんごんげんちかいのすけだち)」が始まった。歌舞伎をご存知の方からは笑われそうだが、私は先ず役者さんも舞台の袖で唄を歌われる唄方さんもマイクを使われないことに驚いた。声量なくして務まらない。

次に、当然のことながら、生の演芸だからやり直しはきかないし、コンピューターグラフィックも使えない。舞台の袖には三味線を弾かれる方や拍子木を打つ方もいたが、役者さんの演技とタイミングが合わなければ間が抜けてしまうだろう。そういうことが分かり始めてから、舞台にはものすごい緊張感があり、又、舞台に上がる前に相当の練習が行われたであろうことが想像でき、頭の下がる思いがした。

チラシ

二つ目の演目は「幻想神空海」(げんそうしんくうかい)という不思議な舞台だったが、解説を読むと、夢枕獏さん原作の新作歌舞伎で唐の国が舞台となっており、日本から留学中の空海と橘逸勢が化け猫や妖物と戦いながら楊貴妃の死の秘密に迫るという物語だった。 こちらも歌舞伎をご存知の方から笑われるかも知れないが、歌舞伎がそんなに新しい作品を取り上げるとは想像もしていなかった。

それから、男が女を演じると聞いて違和感を持っていた「女方」だが、仕草があまりにも自然で女性そのものだったから、そんな違和感など吹き飛んでしまった。又、役者さんの台詞や唄方さんの歌が正確に聞き取れた訳ではないのにストーリーが理解できたのは、役者さんの化粧や表情や演技が喜怒哀楽をきちんと表現されていたからだろう。

以上、初めて観た歌舞伎なんだから決して偉そうに評論したりしてはいけないが、歌舞伎が長い歴史を生き抜いてこれたのは、やはり実力を磨き続け、世の中の変化に応じて自らも変化してきたからだろう。F川さん、素敵な機会をありがとうございました!

古川さん