「赤信号みんなで渡れば怖くない」と聞いたときには、何と上手いこと言うものかと感心した。そういう心理が確かにあるし、人は集団になると厚かましく、又、不用心になるものだ。しかし、赤信号を渡る危険性がなくなる訳ではないから、そういう心理を笑う毒がこの言葉にはあるように思った。その名言を吐いた北野 武さんが「道徳」を語るとどうなるのか。

新しい道徳

「人生がこれから始まるっていう子どもに、自分を見つめさせて、なんの意味があるのか」・・・小学1・2年生の道徳の教材に「自分を見つめて」と書いてあったことに、北野さんは「どう考えても不自然だ。子ども時代に必要なのは自分の好き勝手に遊ぶことだ」と異を唱える。又、「いちばん嬉しかったことを書きなさい」という問い掛けにも「毎日、新しいものに出会い、好奇心を燃やしている子どもに過去を振り返らせてどうするのか」と指摘し、映画監督の黒澤明さんが「あなたの最高傑作は?」と質問され、「次の作品だ」と答えたことを書いておられる。示唆に富む指摘だ。

「お年寄りを大切に」という教えにも、「何十年も働いて税金を納めてきた人たちがいるから今の日本がある。そういう基本的なことを話さないのは今の大人たちがそれを忘れているからだ。そんな大人が年寄りを大切にしなさいと教えても子どもに伝わる訳がない」と手厳しい。ただ、教科書の前提では年寄りはみんな善人になっているが、中には泥棒もいれば人殺しもいるし、幼女誘拐犯だっているはずだと指摘される。「重い荷物を持っているじいさんに声をかけ、家まで運んでやった子どもがそのまま家の中に連れ込まれたとして、先生は子どもになんと教えるのだろうか」・・・これもきれいごとでは済まない道徳教育への警鐘だろう。

(続く)