一緒に食事した大学の後輩たちと「言葉」の話になった。皆それぞれが好きな言葉や仕事や人生に生かしたいと思っている言葉を持っている。そんな話題から、私自身が心動かされてきた言葉を思い出した。

 

「Cool head but warm heart」

 

大学時代に知った英経済学者アルフレッド・マーシャルの言葉だ。当時の私は直ぐに興奮して熱くなり、しかし、他者への思いやりには欠ける若者だったから、この言葉に痛く感銘を受けたのだろう。

 

「年を取ったから遊ばなくなるのではない。遊ばなくなるから年を取るのだ」

 

バーナード・ショーの言葉だ。自分自身の老いを感じてからの方が強く心を動かされる言葉だ。ここで言う「遊び」には新しいことへの関心や挑戦という意味があるように思う。

 

「人生とは自分を見付けることではない。人生とは自分を創ることである」

 

これもバーナード・ショーの言葉だ。一時期、自分探しという言葉が流行ったように思うが、そんな時間があるなら、自分の好きに生きる勇気や気概を持てという意味だろう。

 

「好奇心は人生のパスポート」

 

父が自ら色紙に書き、飾っていた言葉だ。当時は良く分からないまま眺めていたが、最近はこの言葉に励まされることが多い。パスポートは旅行者の安全な通行を保証するものだが、確かに好奇心があれば、多少の悪路でも足を踏み入れられるし、袋小路かも知れない路地にも入って行けるだろう。そこで出会う人や景色や感動が新しい人生を開いてくれるかも知れない。好奇心は自分自身を自由にしてくれるパスポートだと思う。父に感謝。

 

 

お盆休みが終わり、久し振りに出社すると、「お盆休みはどうだった?」という質問から会話が始まることが多い。「さ、仕事を再開しますよ」という合図みたいなもので、答える方も「ノンビリしました」とか「楽しかったですよ」と軽く返すことが多いと思うが、今年はその質問にいきなりフフフ・・と笑い出した同僚がいて、その予期せぬ反応に引き付けられた。

「何かあったの?」
「えっ? はい、クラス会があったんですけど・・」
「おっ、初恋の人に会ったとか?」
「いえいえ、そうじゃなくて、タラちゃんがね・・」
「はぁ? タラちゃん?」

聞けば、彼女のクラスには「タラちゃん」と呼ばれる、それはそれは可愛い男の子がいたそうだ。そのタラちゃんがクラス会に来るというので、彼女も、彼女の女友達もタラちゃんとの再会を楽しみにしていたらしい。

サザエさん

「それでどうだったの?」
「タラちゃんが・・・波平さんになってました」(笑)

男性の皆さん、笑っている場合ではありません。クラス会に出て、女性たちに何と言われているか、分かったものではありませんよ。
家の近くの音楽喫茶で第47回目の「みんなの音楽会」が開かれた。出演者と聴衆合わせて30名という小さな音楽会で、3ヶ月に一度開かれる。これに出ると決めると、練習は嫌いだが、恥はかきたくないという私は練習せざるを得なくなる。ちょっと大袈裟だが「背水の陣」で戦う気分(笑) バイオリンの先生がヴィヴァルディの「バイオリン協奏曲ト短調第一楽章」とドヴォルザークの「ロマンチックな小品第一番」を選んで下さり、6月から練習に取り組んだ。

みんなの音楽会

毎回、感じることだが、その曲が何とか弾けるようになるまでは無理なく努力できる。多分、全く出来なかったことが多少でも出来るようになると人は嬉しくなり、もっと練習しようという気持ちになるのだろう。 問題はその後で、「何とか弾ける」から「正しく弾ける」、更には「きれいに弾ける」を目指すと、私のような素人には苦しい練習になってくる。努力しても簡単に上達する訳がなく、その成果を実感し辛くなるからだ。

楽譜

その苦しさを乗り越える方法は、やはり先生がおっしゃる「ゆっくり弾きなさい」だと思う。回り道のようだが、ゆっくりでも正しく弾けるようになると、時には苦手なビブラートをかけることも出来て、きれいに弾けているように思えてくる。速く弾こうとしてミスを重ねるより建設的だし、明日はもっと上手く弾けるかもという可能性を残せるのは大きい。

もう一つ、わざわざ演奏を聴きに来てくれる人がいるというのはプレッシャーだが励みになる。今回はある勉強会でご一緒しているY先生と、大学の同級生A君が来てくれた。Y先生は生物学の先生で、私同様バイオリンを習っておられるが、私の演奏に「音程も確かで期待以上だったわよ」とのコメント。一方のA君はニヤニヤしながら「なかなか上手い編曲やったで」とのコメント。一瞬「うん?」と思ったが、私がミスしたところをちゃんと把握し、楽譜とは違う弾き方をした=編曲をしたという表現をしたらしい。憎たらしいがお洒落な言い方だ。今後はミスしたとは言わず、即興で編曲して弾きました、と言おう(笑)