家の近くの音楽喫茶で第47回目の「みんなの音楽会」が開かれた。出演者と聴衆合わせて30名という小さな音楽会で、3ヶ月に一度開かれる。これに出ると決めると、練習は嫌いだが、恥はかきたくないという私は練習せざるを得なくなる。ちょっと大袈裟だが「背水の陣」で戦う気分(笑) バイオリンの先生がヴィヴァルディの「バイオリン協奏曲ト短調第一楽章」とドヴォルザークの「ロマンチックな小品第一番」を選んで下さり、6月から練習に取り組んだ。

みんなの音楽会

毎回、感じることだが、その曲が何とか弾けるようになるまでは無理なく努力できる。多分、全く出来なかったことが多少でも出来るようになると人は嬉しくなり、もっと練習しようという気持ちになるのだろう。 問題はその後で、「何とか弾ける」から「正しく弾ける」、更には「きれいに弾ける」を目指すと、私のような素人には苦しい練習になってくる。努力しても簡単に上達する訳がなく、その成果を実感し辛くなるからだ。

楽譜

その苦しさを乗り越える方法は、やはり先生がおっしゃる「ゆっくり弾きなさい」だと思う。回り道のようだが、ゆっくりでも正しく弾けるようになると、時には苦手なビブラートをかけることも出来て、きれいに弾けているように思えてくる。速く弾こうとしてミスを重ねるより建設的だし、明日はもっと上手く弾けるかもという可能性を残せるのは大きい。

もう一つ、わざわざ演奏を聴きに来てくれる人がいるというのはプレッシャーだが励みになる。今回はある勉強会でご一緒しているY先生と、大学の同級生A君が来てくれた。Y先生は生物学の先生で、私同様バイオリンを習っておられるが、私の演奏に「音程も確かで期待以上だったわよ」とのコメント。一方のA君はニヤニヤしながら「なかなか上手い編曲やったで」とのコメント。一瞬「うん?」と思ったが、私がミスしたところをちゃんと把握し、楽譜とは違う弾き方をした=編曲をしたという表現をしたらしい。憎たらしいがお洒落な言い方だ。今後はミスしたとは言わず、即興で編曲して弾きました、と言おう(笑)