お取引先の社長にステーキハウスでご馳走になった。足を踏み入れた途端、高級店であることは分かったが、「どのお肉にされますか?」と何種類かのお肉を持ってマネージャーが聞きに来られた時点で、 「超」高級店であることが分かった。

 

 

「どのお肉でも構いません。早く食べさせて下さい」が私の本音で、恐らく目が血走っていたと思うが、お取引先の社長が「せっかくだから、シャトーブリアンにしましょう」とおっしゃった。シャトーブリアン?聞いたことがあるようなないような・・・という私の表情を見て、マネージャーの方が「フィレの中でも最高の部位で、ナイフで切るというよりも横にずらすだけで細かく分けられる柔らかなお肉ですが、食べて頂くと必ず感動頂けると思います」と説明下さった。メニューのお値段をチラリと見てその高さに驚いたが、ここは社長のご厚意に甘えることとした。

 

コース料理の前菜やサラダを頂き、いよいよメインディッシュのステーキが出てきた。ずっしりしたお肉の塊、表面にはこんがりと焼き色が付いているが、中はきれいなピンク色をしている。「お塩と胡椒で味付けしてありますので、そのままお召し上がり下さい」とマネージャー。見るからに美味しそうだが、香りも素晴らしい。もうそれだけで幸せな気分になった。

 

 

そして、お肉に入刀。マネージャーの言葉通り、ナイフを静かに動かすだけでキレイに切れる。ドキドキしながら口に入れる。「あ~ぁぁ・・・」と思わず溜め息が漏れる美味しさ。噛む度に溶けるようにお肉がなくなっていく。しかし、絶妙に味付けされた全くクセのないストレートなお肉の味だけが静かに残る。こんなお肉は初めてだ。心から感動した。

 

帰宅後、シャトーブリアンを調べてみたら、「フランスの作家・政治家で、美食家としても知られるフランソワ・シャトーブリアンの料理人モンミレイユが考案し、この名を付けたとされる」という解説が出てきた。牛1頭から600gしか取れない「幻の部位」とも言われているらしいが、シャトーブリアン氏はこれを好んで食べたとのこと。そんなに美味しいものばかり食べていたら、若くして成人病に罹り早死にしたのでは、と思って更に調べると、1768年生まれで1848年に没しているから享年80才、当時としては長寿に違いない。

 

ならば、私も好んで食べてやるぞと一瞬思ったのだが、直ぐに値段を思い出し、年に一度、いやいや、忘れた頃に一度を目標にすることとした(笑) そもそも、空腹なら何を頂いても美味しい筈だ。空腹になるまで働いたり、考えたり、何かに打ち込んだりすることの方を大事にしよう。

横浜市で開催された第15回「西区民合唱祭」に参加し、讃美歌「ガリラヤの風かおる丘で」と、シューベルト作曲の詩編23「主はわが牧者」を歌った。

 

(私が所属するのは同志社グリークラブOBが主力メンバーのDSK CHOIR)

 

詩編23の歌詞はドイツ語で、練習では見慣れない文字や難しい発音に苦労した。しかし、学生時代にドイツ語を学ばれたというメンバーが発音を指導されたり、別のメンバーは歌詞の日本語訳を準備して配られ、詞に込められた祈りをちゃんと理解しようと提案されたりして、少しでも良い演奏にしようと努力される先輩の皆さまに頭の下がる思いがした。

 

当日の朝の短い練習で、指導頂いているW先生から、「私に向って歌うのではなく、私の後ろにある会場に向かって歌いましょう」という注意を受けた。又、出番を直前に控えた舞台裏では、「観客の皆さんは讃美歌など聞かれたことがないかも知れません。だから、きちんと話すように歌いましょう」と注意された。どちらもハッとさせられる注意で、「なるほど」と感心した。

 

しかし、もっと感心したのは、皆さんが先生の注意通りに舞台で歌われたことで、後列の歌声が前列にいた私の頭の上を飛び越えていくように聞こえたし、讃美歌の歌詞はピアニッシモの部分まできちんと聞き取ることができた。先生の注意が分かり易いということもあるだろうが、それを実践できたのは合唱団に実力があったからだろう。

 

新参者の私が足を引っ張ってはいけない・・・舞台に上がる時より大きなプレッシャーを感じながら舞台を降りた。

「ファッションレンタルサービス」というビジネスが2年ほど前に生まれ、成長しているらしい。以前から、冠婚葬祭用の衣料など特別な機会にしか着ないものはレンタルで済ませることが多かったように思うが、このファッション・レンタル・サービスの対象になっているのはいわゆる「普段着」だ。毎日着るものまでレンタルで済ませるのか?

 

記事によれば、このサービスを利用すると安い費用で違う衣料を次々に借りられるという経済上のメリットがあるらしい。更には、プロのスタイリストと服装の相談ができ、スタイリストの提案や選択を受けることができるとのこと。お洒落に興味や自信がない人は、スタイリストに服を選んでもらうことで気持ちが楽になるというのだ。

 

カーシェアリングが登場したときも驚いたが、車の価格や維持費を考えると確かに贅沢品で無駄が多いから、これは合理的なシステムだと最後は納得できた。しかし、普段着までシェアするというシステムに違和感を覚えるのは、多分、私にとっての普段着は個性そのものであるという意識があるからだろう。

 

いずれにせよ、いろんな生き方を選択できる時代になった。私は日本が経済成長している最中に生まれ、豊かになっていく生活を実感し、バブル景気も体験することができた。そういう私からすると、欲しいものがあった方が頑張れる。が、これはちょっと高望みが過ぎるかな(笑)