インターネットで偶然見付けた言葉にハッとさせられた。スリランカ上座仏教の僧侶で、アルボムッレ・スマナサーラという方の言葉のようだ。

「美しい心の持ち主には、世界は美しく映ります。」

ウーン・・と唸ってしまった。
暗いニュースや不幸な出来事ばかりが目に付き始めると、知らず知らずの内に世の中に批判的になったり、未来に悲観的になったりするように思う。これは、私自身の中にある恐怖心や不安、怒りの感情が共鳴を始めるからではないか。

しかし、スマナサーラ師がおっしゃるように、もし心が美しければ、どんな環境でも美しいものを見出だすことができて、その美しいものに共鳴し、更に美しいオーラのようなものを出せるのではないか。そんな気がしてきた。

今更、顔かたちは美しくなりそうにないから、せめて心を美しく磨いてみよう。多少汚れたり傷付いたりしているだろうから、磨き甲斐がありそうだ(笑)

東大駒場キャンパスの黄葉が益々きれいになった。
ヴィヴァルディの「春」の練習を優先するあまり、男性のみで合奏した「ドラゴン・クエスト」が練習不足となり、冒頭のイントロ部分でミスをしてしまった。

私には男性合奏以外にも出番があったが、中には、この「ドラゴン・クエスト」だけに参加された生徒さんもおられたと思うので、その方々には本当に申し訳なく思う。

来年は合奏にも十分な練習時間を割こうと思う。男性の皆さん、すみませんでした! 

バイオリンの発表会が無事に終わった。

 

練習で上手く弾けないときには、なんでバイオリンなんか始めちゃったんだろうと思ったりもするが、緊張して舞台に上がり、意を決して弾き始め、何とか弾き終えて弓を下ろしたときには「今回も頑張って良かった」という気持ちになれる。多分、何かに挑戦したり努力を続けると、思い通りの成果は得られなくても、何かしら充足感や達成感を得られるということだろう。



発表会の記念ストラップは先生の手作りで、最後に参加者一人ひとりに手渡されるが、私にとっては5回目の発表会なので、ストラップも5本になった。内1本は外れて紛失したので、友達の香織ちゃん作成の猫ちゃんを付けているが、各々の発表会にそれぞれ思い出や感動がある。


今回の感動は「身体が覚えたことは、身体がその通り繰り返してくれる」ということだ。ヴィヴァルディの「春」第一楽章で最も苦戦したのは春を告げる雷を表す激しい3連符が続くところで、これは永遠に弾けないと最初は思った。それが、先生のご指導や激励を得てゆっくりなら弾けるようになり、ほぼ毎日練習を繰り返すことで、それらしく聞こえるまでになったが、毎日10回はここを練習したろうから、通算すれば700回か800回は弾いたことになる。

家族やお隣さんにはいい迷惑だったことと思うが、その成果は本番で遺憾なく発揮されたように思う。というのは、楽譜には最後にこれだけはという注意を書き入れていたのだが、結局はその注意書きも楽譜そのものも見ることもなくこの3連符が続く部分を弾き終えたからだ。不思議な感覚だが、身体が勝手に動いてくれたような気がしている。もちろん、緊張していたし、多少力も入っていたと思うが、この箇所だけは意識が飛んでいたように思うのだ。

ラグビーの現役時代、「練習で出来ないことが本番で出来る訳がない」と教えられたが、これは真実だと思う。私に出来たプレーは練習中に無理なく出来ていたプレーで、真面目に練習したご褒美に身体が勝手に動いてくれたのだと思う。そうと分かれば、練習に励むことが良い演奏の条件になる。これからも努力しようと思う。