ケビン・コスナー主演の「Message in a bottle」をテレビ(NHK BS)で見た。共演がロビン・ライト、ポール・ニューマンとあり、てっきりハッピーエンドだろうと思い、油断して見ていたら、大変悲しくも感動的な結末になり、ちょっと考えさせられた。



この3人が織り成す物語だが、妻を亡くしたケビン・コスナーと、離婚してシングル・マザーとなったロビン・ライトが出会い、互いに揺れ動く気持ちと戦いながらも自分の心に正直であろうとする。それをケビン・コスナーの父親で恐らくは過去にさまざまな経験を積み重ねてきたポール・ニューマンが温かく見守る。

私はケビン・コスナーと同い年だから(1955年生まれ)、ついつい彼の心情を共有しようと見ていた感があるが、この映画は1999年の製作だから、当時の彼は(ついでに私もだが・笑)44才の男盛りだった。そうなると、気になるのはポール・ニューマンの年齢で、調べてみると1925年生まれだから、当時は74才だと分かった。

すなわち、私は映画の中のケビン・コスナーではなく、ポール・ニューマンと同年代だから、彼ほどの貫禄は無理だとしても、せめて彼ほどの落ち着きは身に付けたいと思った次第。あと4年の猶予があるから頑張ろうと思う。

OB会の後は京都に戻り、法然院に眠っておられる中学時代の恩師のお墓をお参りしてきた。



恩師は51才で亡くなられたが、その4年程前に、ラグビー試合でアキレス腱を切って入院中だった私を見舞ってくださった。そのときの感覚は、「こういう辛いときには、やっぱり先生が来てくれはる」というもので、お礼は申し上げたものの、当たり前のようにそのご厚意を受けてしまった。



その後、先生は体調を崩され、闘病生活に入られたと聞くが、先生が亡くなられる筈がないと勝手に決め込んでいた私は見舞いにも行かなかった。そのお詫びをお墓参りする度にしているが、多分、先生はニッコリ笑って許してくださっているのだろう。そういう大人になりたいと最近思う。

ラグビーグランドには4年半振りの訪問。緑の人工芝に青い空、白い雲が美しく、写真を撮ろうとグランドに入ったが、人工芝が火傷しそうなほど熱くなっていた。今年の田辺はこれまでになく暑いらしい。



OB会ではいくつかの議題について報告や意見交換が行われたが、OBの関心は当然、今シーズンの見通しにある。関西リーグが来週から始まり、同志社は先ず近畿大と対戦するが、どのように戦うのか、選手達の準備は整っているのか、そんな質問が出ていた。

現役時代に「勝っても負けてもノーサイドの瞬間に膝から崩れ落ちるくらい、力を出し切ってみぃ」と言われた記憶がある。恥ずかしながら、一度もそういうゲームにできなかったが、勝ち負けは相手があってとこと、しかし、力を出し切るかどうかは自分の意思次第。偉そうには言えないが、是非、次のゲームで力を出し切って欲しい。