首都圏在住の北大合唱団OBが結成された男声合唱団、クラーククラブが第13回演奏会を開催された。



第1ステージ「あの日たち」5曲の詩は24才で夭逝した詩人、立原道造の処女詩集から選ばれたとのことだが、最初の「またある夜に」が良かった。失恋を取り上げ、「私らは別れるであらう」と歌いながらも、別れを惜しみ抗う男心が伝わってきたように思う。


第2ステージ「JPOP あの頃へ」の最初の曲「島唄」は男女のラブソングではなく、実は沖縄戦とその犠牲者への鎮魂歌だと解説にあり、それを知った上で聞くと幻想的なピアノ伴奏に各パートの歌声が重なり合い、最後にはそれらが一つになったように聞こえ、さまざまな思いはあるが平和を望む心は一つ、と教えられたように感じた。



第3ステージ「シベリウス男声合唱曲」はフィンランドを代表するシベリウスの作曲によるものと書かれていたが、聞き慣れないメロディーに不思議な世界に誘われるような感覚に包まれた。6曲演奏されたが、第4曲「島の火」の明るいエネルギーに暫し現実に戻れたように思った。


第4ステージの「男声合唱組曲 方舟」は戦後日本を代表する詩人、大岡 信の詩を題材に木下牧子が作曲した合唱組曲とのことだが、第4曲の「方舟」に心が震えた。音楽には素人だが、「5拍子」という普段耳にすることのない曲に不安定ながらも力に溢れ、未来につながる希望を乗せた方舟を感じ取れたのかなと思う。


アンコール曲の「郷愁」、「フィンランディア」、「麦の唄」はどれもこれも聞き応えがあった。恐らく、年代は異なっても同じ北大という共通の文化をお持ちの合唱団だからこそ出せる味わいなのかなと思った。素晴らしいコンサートだった。

ケビン・コスナー主演の「Message in a bottle」をテレビ(NHK BS)で見た。共演がロビン・ライト、ポール・ニューマンとあり、てっきりハッピーエンドだろうと思い、油断して見ていたら、大変悲しくも感動的な結末になり、ちょっと考えさせられた。



この3人が織り成す物語だが、妻を亡くしたケビン・コスナーと、離婚してシングル・マザーとなったロビン・ライトが出会い、互いに揺れ動く気持ちと戦いながらも自分の心に正直であろうとする。それをケビン・コスナーの父親で恐らくは過去にさまざまな経験を積み重ねてきたポール・ニューマンが温かく見守る。

私はケビン・コスナーと同い年だから(1955年生まれ)、ついつい彼の心情を共有しようと見ていた感があるが、この映画は1999年の製作だから、当時の彼は(ついでに私もだが・笑)44才の男盛りだった。そうなると、気になるのはポール・ニューマンの年齢で、調べてみると1925年生まれだから、当時は74才だと分かった。

すなわち、私は映画の中のケビン・コスナーではなく、ポール・ニューマンと同年代だから、彼ほどの貫禄は無理だとしても、せめて彼ほどの落ち着きは身に付けたいと思った次第。あと4年の猶予があるから頑張ろうと思う。

OB会の後は京都に戻り、法然院に眠っておられる中学時代の恩師のお墓をお参りしてきた。



恩師は51才で亡くなられたが、その4年程前に、ラグビー試合でアキレス腱を切って入院中だった私を見舞ってくださった。そのときの感覚は、「こういう辛いときには、やっぱり先生が来てくれはる」というもので、お礼は申し上げたものの、当たり前のようにそのご厚意を受けてしまった。



その後、先生は体調を崩され、闘病生活に入られたと聞くが、先生が亡くなられる筈がないと勝手に決め込んでいた私は見舞いにも行かなかった。そのお詫びをお墓参りする度にしているが、多分、先生はニッコリ笑って許してくださっているのだろう。そういう大人になりたいと最近思う。