私が好きなジム・ロジャースさんの新著。副題は「混乱する世界をどう読むか」で、少しでも考え方を整理できればと読み始めた。



納得したところ、読み返したいところはページの端を折る癖があるから、ジム・ロジャースさんの本はだいたいこうなる。


特にストンと落ちたところがいくつかある。先ず、原油や天然ガスなどのエネルギー、金や銀、銅やリチウムなどの貴金属、トウモロコシや大豆などの穀物の価格が今後も上昇するのではという指摘。紙幣は容易に印刷できるし、事実、新型コロナを契機に多くの国が紙幣を大量に印刷しているから、急に増産できないものの価値は相対的に上昇するように思う。

もう一つ、債務が増えている国の通貨は価値が下がるから敬遠されるし、ウクライナ戦争を巡る米国の対応が米ドル離れに拍車を掛けているとおっしゃるが、一方で、米ドルに代わる基軸通貨は未だ見当たらないとおっしゃる。確かに、中国の人民元は未だブロック通貨(制限付きの通貨)のままだ。

しかし、今、最も多くのエンジニアを排出しているのは中国でアメリカの10倍以上になるというし、中国の人口を考えると巨大な消費市場になる可能性を秘めている。日米関係が重要であることに異論はないが、中国との関係も今後ますます重要になるように思う。

表紙には「この浮世絵、よく見ると ちょっとヘン!?」と書かれているし、著者の若林 悠さんが記された「はじめに」の冒頭には「江戸の知性を紹介したい」とあるから、いったいこれは何のことやらと興味が湧いた。



鳥羽伏見の戦いで旧幕府軍と維新政府軍の内線が勃発し、自分たちの住む場所が戦場になると考えた江戸の庶民は、表面上は従順さを装いながらも、登場してくる武士やエゴ丸出しの諸藩を極めて冷徹な目で見て非難し、軽蔑し、時には応援したりするようになるが、そういう情報をテレビもラジオも新聞もなかった時代に江戸庶民に提供したのが浮世絵だというのだ。


中でも豊原国周の「善悪鬼人鏡」は、お上を非難することがご法度のこの時代に、対象となる武士や藩を人気の役者に仕立てた上で、思う存分弄ぶという浮世絵を描き、シリーズ化している。感心するのは、役者に仕立ててはいるが、それが誰なのかが分かるヒントを加えていることだが、それが理解できた江戸庶民の知的レベルも相当高いということなのだ。



これは勝海舟を描いたもので、実在した江戸初期の学者、由井正雪をモデルにした宇治常悦という役柄を五代目・大谷友右衛門という歌舞伎役者が演じたものとして描かれている。では、これが勝海舟だと分かるヒントは、①着物柄の花びらは平仮名(くずし字)の「か」、②花芯はカタカナの「ツ」で「勝」、③輪(わ)の中の文字は「あ+の」で「安房守(あわのかみ)」という勝海舟の官職名、④手に持っているのは「羅針盤」等々だが、当時の江戸っ子は薩長政権を望んでいなかったから、江戸無血開城に貢献した勝海舟を実は批判している。それが分かるのは、①左上の星三つは長州藩の家紋「一文字に三つ星」に通じる、②五代目・大谷友右衛門の定紋は丸十で薩摩藩の家紋「丸に十文字」と同じ。すなわち、勝海舟は長州藩やは薩摩藩の手先だと言っているとのこと。


何でもかんでも言いたい放題が可能な現代とは違い、当時の江戸は危険を侵してでも言いたいことを言うという情熱と知恵があったということか。勉強になった。

東京ムジーククライスの演奏会に初めてお邪魔した。同合唱団は「バロックや古典・ロマン派の宗教曲、とりわけ J.S. バッハの作品の研究、及びその演奏活動を目的に設立された合唱団、音楽団体」とのことで、これまでご縁のない合唱団だったが、たまたま同志社混声合唱団(東京)で一緒に歌っていた Y中君が所属されており、わざわざ招待状を送ってきてくれた。



演目は J.S. バッハ作曲の「カンタータ第4番『キリストは死の縄目につながれたり』 BWV4」、「モテット『来たれ、イエスよ、来たれ』 BWV229」、「ミサ曲 イ長調 BEV234」で、いずれも初めて聞く曲で、ドイツ語の歌詞には理解が及ばなかったけれど、芯と張りのある美しい歌声がホールに響き渡り、うっとりしてしまった。20代、30代の団員しか居られないようだから、なるほど、声も若々しい筈だ。


又、指揮者の渡辺祐介さん始め、ご出演の歌手やオーケストラの中にはバッハ・コレギウム・ジャパンで活動されている方が居られることが分かり、バッハを愛する皆さんが揃うと、こういう迷いのない演奏になるのかと思った。ムジーククライスはドイツ語で「音楽の輪」という意味らしいが、まさに、その名に相応しいステージだったと思う。


さて、素敵な午後の時間を過ごせて幸せだったが、もう一つ嬉しかったのは、Y中君が同志社混声合唱団(東京)で私と共に団の運営に携わってくれた幹事仲間を招待し、彼らと再会できる機会を提供してくれたことだ。彼らが支えてくれたから、合唱経験の殆どない私でも幹事長が務まった。彼らは恩人だ。いつか借りを返そうと思う。