正月明けに扁桃腺が腫れて声が出なくなり、それが治まったと思ったら、家族の中からインフルエンザ患者が出た。これは私も感染したなと観念し、病院で検査を受けたら陰性との診断。先ずはホッとし、カフェに入って一服した。


しかし、亡くなった母が「病気は生活を見直せというサインなんやで」と言っていたのを思い出す。10年前に比べると体力の低下は明らかだけど、昨日と比較しても差が分からない。だから、ついつい昨日と同じように生活してしまい、少しずつ無理がたまって行くのだろう。

一休みすることを「一服する」というが、この「服」という字は元々「寄り添う」という意味らしい。身体に寄り添うものだから「服」、寄り添って従うから「服従」、困難な状況に寄り添えるようになるから「克服」、なるほど。

そういうことなら、「一服」は一度自分自身の身体や気持ちに寄り添って省みろ、ということか。大切なことだと思うが、怠け者の私は一服が十服にならないようにしないと(笑)
大学ラグビー選手権決勝は明治と天理の間で争われ、明治が勝って久し振りの日本一となった。その明治と早稲田は準決勝で競り合っているし、その早稲田と慶應は2回戦で接戦を演じている。そういう大学選手権の手に汗握る激戦に我が同志社が全く参加できていないことを残念に思う。ラグビー伝統校と言えば早慶明同の4校だろう。同志社はこのままで良いのか?
その前に、私はこのままで良いのか? 反省してみた。

反省その1。

強力な外人パワーがなくても、明治は天理と帝京を破った。早稲田と慶應も帝京に決して大敗はしていない。しかるに我が同志社は天理に0-59のシャットアウト負けだ。早慶明のOBは外人パワーの有無を勝てない言い訳にすることを許さなかったが、私は自分にその言い訳を許していた。深く反省。

反省その2。

同志社は春のシーズン、関西の大学では天理以外に負けていないし、慶應との定期戦は快勝、明治との定期戦もロスタイムに逆転されるという負け方だった。その後の夏合宿では東海と筑波にも勝っているから、今年はそこそこ行けると勝手読みしてしまった。ここでの反省は「関東の大学は秋の本番に強くなる」という過去何度も見せ付けられた実績を忘れてしまったことだ。

反省その3。

OB会費を払うこと以外、何もしなかった。かつては低迷を続ける同志社に業を煮やし、OB会報に現場批判とも取れる厳しい意見を書き続け、あわや除名という騒ぎまで起こした私なのに、最近は何と大人しいことか。

何ができるか考えてみよう。


今年も私が干支に扮し、干支にまつわることわざについて語るという構図だ。何人かの方々から「ボルさんの年賀状が楽しみです」と言われ、このシリーズが止められなくなった。ボルもおだてりゃ干支になる(笑)


24年前の年賀状では「猪突猛進」を使い、「猪突は良いが盲進は危ない」と戒めた。当時の私にはまだ猪突猛進できる体力があった。12年前は「山より大きないのししは出ない」を使い、謙虚であろうと心に誓った。私は居心地の良い山にいたから、ついつい自分を過大評価しがちだったと思う。

さて、今年は「猪見て矢を引く」を取り上げた。変化に気付かず、安逸をむさぼって丸々と太りでもしたら矢を射られて「ぼたん鍋」にされてしまう(笑)  動き回って脂肪を減らし、美味しくない身体を維持しようと思う。