小学校時代の同級生が懐かしい写真を送ってきてくれた。

 

 

京都会館(現・ロームシアター京都)で催された何かのイベントに参加し、リコーダーで演奏したのだと思う。小学校高学年だとしても50年以上前の写真だ。


もし、タイムマシンがあって、当時の私に何かしら言葉を掛けられるとしたら、何と言うだろう。穴があったら入りたくなるような失敗があるし、あの時ああすれば良かったという後悔もある。


それを伝えようかと一瞬思ったが、そういう失敗や後悔があって今の自分があるのかなと思えてきた。写真の中の私は無邪気に微笑んでいるのだから、「おぅ!お前の人生、なかなか面白いぞ。頑張れ!」だけで良いかな(笑)

1月26日の日曜日、日本モーツァルト愛好会主催のオペラコンサート、「コジ・ファン・トゥッテ」を聴きに行った。全2幕、字幕付き、邦訳すると「女はみんなこうしたもの」になるらしい。初演は1790年1月26日というから、ちょうど230年前のことになる。


ストーリーはこうだ。
友人同士の青年士官2人が貴族令嬢の姉妹とそれぞれ婚約している。そこに老哲学者が現れ、「女には貞節など存在しない」と2人を挑発する。激怒した青年士官2人は「女性の貞節」を巡る賭けを老哲学者と始めてしまい、老哲学者から言われた通りに変装すると、それぞれ相手を変えて姉妹にアプローチする。内心、貞節を守ってくれと祈りながらも熱心に口説き始める青年士官たち、そして、頑なにアプローチを拒否しながらも次第に心を開き始める姉妹たち・・。

ストーリーはそういう庶民的で分かりやすく、平たく言うとベタなコメディのようにも思えたのだが、音楽そのものは大変素晴らしく、歌手の皆さんの歌声にはそれぞれ個性があって楽しめたし、ピアニストの朴令鈴さんが多くの曲をさまざまな趣で弾き続けられたことには感心した。

一緒にいた同級生のA山さんは「ストーリーと音楽のギャップこそがコジ・ファン・トゥッテの魅力なんとちゃう?」と言っていたが、なるほど、その通りかも。オペラとしては評価が分かれるそうだが、230年もの間、受け継がれて来ただけのことはあると私は思う。
先日の勉強会でも近況報告を簡潔に済ませようと、「私の2020年1月」なる書面を用意し、皆さんに配った。私が働く業界での出来事、取り組んでいる仕事、世界で起こった事件と私の感じ方、そして、大学ラグビー選手権で感じたことを書いて行った。


「決勝は早稲田vs明治という伝統校同士の対戦。素材は明治が上、練習量は同じ、しかし、自らの弱点を認知し、明治に勝つにはどうすべきかを理解し、共有していた早稲田がチーム力で上回った。我が同志社は素材、練習量、チーム力の全てで彼らの後塵を拝した。負けて当然。」

この「チーム力」を上手く説明できなかったのだが、日経ビジネスで健康社会学者の河合薫さんが紹介されていたアリストテレスの言葉を見付けた。これこそ、私が言いたかったことだ。

The whole is greater than the sum of its parts.

久しぶりに早稲田らしいチームを見たように思う。親父も天国でニンマリしていることだろう。