曽野綾子さんの著書だ。過去に書かれたエッセイをテーマ毎に再編集し、一部加筆修正されたものらしい。何度か著書を読んだ経験からすると、曽野綾子さんは「孤独を恐れず毅然と生き、思うところは遠慮なく、しかし、大声ではなく品良くサラリとおっしゃる方」のように思う。


言い方は優しくとも、ここまで言うと反論してくる人もいるでしょうね、と言いたくなるエッセイもあったが、私自身は心の中で拍手を贈りながら読ませて頂いた。そんな中、最も印象深かったのは、元ペルー大統領のアルベルト・フジモリ氏について書かれたエッセイだ。私の記憶にも残る驚きの出来事だったはずだが、曽野綾子さんはこんな風にサラリと書いておられる。

「2000年の11月に元ペルー大統領のフジモリ氏は滞在中の日本で亡命し、その翌日から私の家で約百日あまりを過ごすことになった。私たち夫婦はただ、当時空いていたプレハブの別棟をフジモリ氏と広報官という人に、お使いください、と言っただけなのである。」

フジモリ氏が出て行かれた日には、警備の警察署長も一緒に満開の枝垂れ桜の下で記念写真を撮られたとか。人生など予測できないから、時としてこうした艶やかな別れを贈られる、と結んでおられるが、国籍や政治、宗教、思想、信条を超えて、人はここまで強くなれるという見本のように私は思う。
日経ビジネスに野村克也さんの言葉を紹介する記事が出ていた。「優勝というのは強いか弱いかで決まるのではない。優勝するにふさわしいかどうかで決まる」・・・記事を書かれた田村編集委員は、「ふさわしい」とは一人々々の意識が勝つ組織に似合うものになっているかどうか、と言葉を足しておられるが、正にその通りだろう。

野村克也さんは監督時代、春のキャンプでは先ず「人生を考えろ」と選手たちに話し掛け、「何のために野球をやっているのか」、「どう生きるのか」と問い掛けられたらしい。プロ野球そのものが長丁場だか、それでも人生から見ればごく一部だから、人生そのものを考えないと心が開かないし、真の力も湧いて来ない、そういう意味なんだろうと私は思う。

野村克也さんは父親を戦争でなくし、貧しい環境で育たれたとのこと。周りの恵まれた人たちを見て羨ましいと思われたことも多かったろうが、無いものねだりはせず、欲しければ自分で取りに行くという生き方を通されたのだろう。だから、野村克也さんにとってはプロ野球選手も監督も一つの通過点で、野村克也さんの言葉にはプロ野球の世界に留まらない普遍性があるのだと思う。

私は今年、WHOの規定では高齢者となるが、もう一度どう生きるのかを考え、足りないものを探し、それを自ら取りに行こうと思う。
コロナウィルス感染の拡大は日本や世界の政治に混乱を、そして経済には大きな打撃を与えるが、人々のライフスタイルも大きく変化させるのではないか。

例えば私は、食料と飲料水があれば何とかなるかと思い始めており、これら以外のものを購入しようという意欲が明らかに小さくなった。言い換えると、この騒ぎが終わったら町に繰り出して買い物を楽しむぞ、という気持ちにはなれず、健康と安全が大事で、食べ物と飲み水、安心して眠れる場所があって本当に良かった、という気持ちに近い。。

(例年通り、今年も蕾を膨らませる桜)

又、朝晩の通勤電車が空くようになったが、これも時差出勤の快適さや在宅勤務の利便性の発見につながる可能性があるし、そうなれば、高い家賃が求められる都心のオフィスにも見直しが入るだろう。結果として、私たちのライフスタイルにも変化が訪れるように思うのだが、そのきっかけをコロナウィルスが持ち込んだように思う。

変化は大歓迎だが、変えないものもちゃんと決め、大切にしていこうと思う。