古代仏教の仙人の山から静かな尾根道を歩く その1 | 写真小話

写真小話

私が撮影しながら散歩した備忘録的な記録

2025.11.02

ホルモン治療による体力低下も加減が分かってきて、こんな感じだったらちょっと山へ登れるんじゃないの?という気になり、ひっさしぶりに登る山を物色、骨折の後遺症で左足首の柔軟性が失われている中で、いきなり沢登りはちょっとリスクが高いので、まぁハイキング…でもちょっと長くて、できれば歩いたことのない所で人の少なそうな所。

丹沢、寄(やどりき)の雨山峠から東に連なる稜線は、人気がないので静かな山歩きができそう、特に秦野峠から大野山までの尾根道は万年破線ルートになっていて誰も歩きていなさそう、自分も歩いたことがないので、今回ちょっと歩いてみる事にした、寄のすぐ西にあるシダンゴ山もこんな事でもなければ来ることも無いかもしれないので、この機会にここから大野山まで歩きてみる事にした。

新松田駅からバスに乗って先ずは寄へ

骨折&癌発覚の後、発の山散歩。

それにあたりザックを新調しまた。

アコンカグアというザックメーカーの「コルドバ」というザックの35Lバージョン。

実はアコンカグアのザックは結構愛用していて、通勤RUNで背負っているバックパックもアコンカグア製だし、マジ冬山で使っている70Lもアコンカグア製です。

このザックに関しては後半でレビューしていきましょう。

因みに2泊くらいの野宿山行だったらこのコルドバで行っちゃうつもりです。

今回も日帰りハイキングだけど、ビバーク装備込みの重量で歩けるか試すために、野宿山行の装備(ツェルト、シュラフ、コンロ、鍋、燃料)を積載して来ました。

なので、ちょっと重ためです。

寄バス停から中津川を渡ってシンダンゴ山へ。

橋を渡った集落を抜けると、そこは里山風景、道祖伸がお出迎え。

先行していたご夫婦ハイカーがもじもじしていて何かと思ったら、地元の人ににクマが出た事がある言われてたじろいでいたみたい。

行こうがどうしようか迷われている様子。

今年はブナの実が凶作で、山の中に食べものが無くてクマが里に下りてくる事が日本中で発生しているみたい。

特に今時分が冬眠前の食いだめの時期なので、山に食べ物がないとなれば、まぁ里でもどこでも出て行くでしょうね。

上の画像のように、収穫しない柿の木もクマの良いエサになっているんじゃないでしょうか。

クマが出た事があるなら、ほんの数日前って事でもなさそうだし、そりゃ山の際なんだからそういう事もあるでしょう。

このあたりは結構、茶畑があって、それなりにお茶作りをしているみたい。

ここで作ったお茶は足柄茶って事になるのだろうか?

かつて畑があったと思われる藪。

山村の人口が減って行く中、全国でこういう荒地が散見されます、この荒地にも収穫されることのない柿の木がありました(画像の右奥)。

途中の水場で水を追加で補充し、携行する水が全部で3Lになりました。

過剰な量だけど、まぁテストですから。

鹿よけの扉をくぐると、針葉樹林のガン登りになります。

ナンテンショウの実、葉っぱからしてウラシマソウかね?

よくある段差的な山道をひと登りで視界が開けてきた。

妙に背の低い木が出てきてすぐに頂上に到着。

頂上は明るく開けていて、小さな祠があって、シタンゴ山の名の由来が記されていた。

シダンゴとは「震旦郷」と書くらしい「震旦」とは中国の呼び名で、日本での呼び名じゃあなくて古代インドでの呼び名「チーナスターナ」の音に漢字をあてたものだそうな。

チーナスターナのチーナは秦を差し、スターナは場所という意味なんだって。

支那のシナはチーナから来ていて、つまりは秦をさしているって事なのかな?

そしてここが、震旦郷ということは、ここいら辺に中国人の村でもあったのですか? というと、そういう事じゃなくて、まだ空海が渡る前の中国から渡来したばかりの仏教を広める人(修験者)がこの山に居たから、そう呼んでいたようです。

まぁこの山に限らず、丹沢は修験道が盛んだったようなので、あちらこちらに居たり、集団で居たりしていたのでしょうね。

で、その人たちが、当時大陸(中国)で最先端の仏教を広めていたので、震旦と呼んでいたのでしょう。

空海より前、飛鳥時代の前の古墳時代に、丹沢に当時最先端の仏教を修めた人が修行していたって言うのが感慨深いですよね。

飛鳥時代になると、大陸で戦に敗れた人達が日本に逃げて流れて来て、当時の大和朝廷がそういう人達をたぶん鬱陶しいから、都に近い所じゃなくて関東に流して住まわして、その関東に住み着いた渡来人の末裔が後に坂東武者になり、武士の世を作ったのだと思っているのですが、そのもっと前から関東に渡来人もしくはその文化が伝わっていたという事なのかな?

う~ん面白いねぇ。

シダンゴ山なんて、ふざけた名前の山だと40年以上も思い続けていましたが、登って納得!

ちゃんとした理由があったのですね。

祠の中にはホラ貝らしき物がチラ見えしてますが、これは今でも修験者が吹いたりするのですかね?

 

山頂で菓子パンを齧って西へ進みます。

林道を横切って登り返すとダルマ沢の頭につきます。

ダルマ沢の頭を下って、高松山方面への道を分け、さらに下ると林道秦野峠に到着する。

ここはすでにマイナー不人気ルートなので誰もいなくてとても静かです。

つづく