保立さんの「現代語訳 老子」を少しずつ読んでいる。
※本の概略についてはこちらを参照
■第1部 「運・鈍・根」で生きる
第三課 女と男が身体を知り、身体を守る
第三課は男女の関係について書かれている部分が集められており、「老子は男女の性愛について語ることをタブーとしない」(p94)という通り、性愛についての記述も見られる。
また、老子は房中術の祖とされることがあるが、房中術は王侯の後宮から始まったものでその可能性は考えにくいとしている。
いずれにせよ、老子の女性尊重的な思想は当時では珍しいものであったはずである。
「老子」においては男女間の結びつきはこのように始まる。(原典28章)
【現代語訳】
女が男を知り、男が女を守る生活のなかで、男女の間にある原初の谷間が開く。
【書き下し文】
其の雄を知り、其の雌を知れば、天下の渓と為る。
※保立道久「現代語訳 老子」ちくま新書p100-101
保立さんはこの「原初の谷間」の先にあるのは赤ん坊としての再生であるという。
個人的には、ここでは男女の非対称性の内容に注目したい。
この段階で既に、男の側は女を知るのではなく守るのである。
次には原典54章を挙げて男女の在り方について指摘している。
【現代語訳】
男の本性が打ち建てたものは抜けることはなく、女の本性が抱き入れたものは脱げることはなく、それ故にその子孫の祭りは止むことはない。
【書き下し文】
善く建てたるは抜けず、善く抱けるは脱ちず。子孫以って祭祀して輟(や)まず。
※保立道久「現代語訳 老子」ちくま新書p121-122
男は「建て」、女は「抱く」という在り方を推し進めていくのがよく、これが天下に普く広がるのが天下のあり様としてしかるべであるとしているという。
また天下の始まりは「母から始まる」と訳している。(原典52章)
【現代語訳】
天下に始めがあるとしたら、それは母から始まる。
【書き下し文】
天下に始め有り、以て天下の母と為す。
※保立道久「現代語訳 老子」ちくま新書p108-109
まっすぐなよい訳であると思う。
そして生まれたものを増やしていく徳(玄徳)について、母親の無私の心に例えて訳している。(原典10章)
【現代語訳】
「道」が万物を最初に生じさせるが、それを蓄え増やすのは「徳」であり、徳こそが、子を生んだ母親のように、世界を私のものとせず、為(し)てやっても見返りは求めず、生育させても支配しようとしない。これを玄徳という。
【書き下し文】
(道)これを生じ、(徳)これを畜(ふや)し、生じて有せず、為して恃(たの)まず、長じて宰せず。是を玄徳と謂う。
※保立道久「現代語訳 老子」ちくま新書p117-118
的を得た訳であると思う。
更に女性的・母性的な徳(はたらき)は「水」に例えられ、万物にしみ通り世界を動かしているというのである。(原典43章)
【現代語訳】
世界で最も柔らかいものが世界でもっとも固いものを動かしている。柔らかい水のようなものが、すべての隙間を埋めて広がっていく。我々は、その無為な動きが有益な変化をもたらすことを知っている。言葉を必要としない教えが、意図しないままに広がっていき、天下にはこれに敵うものがない。
【書き下し文】
天下の至柔は、天下の至堅を馳騁(ちてい)し、無有は無間に入る。吾れ是れを以って無為の有益なるを知る。不言の教、無為の益は、天下のこれに及ぶこと希なり。
※保立道久「現代語訳 老子」ちくま新書p124
男が「建てる」ような働きではなく、女性的な徳(はたらき)は常につつみ込むように働き世界を動かしているのである。
▼保立道久「現代語訳 老子」ちくま新書2018
【目次】
序 老子と『老子』について
第1部 「運・鈍・根」で生きる第一課 じょうぶな頭とかしこい体になるために
第二課 「善」と「信」の哲学
第三課 女と男が身体を知り、身体を守る
第四課 老年と人生の諦観
第2部 星空と神話と「士」の実践哲学第一課 宇宙の生成と「道」
第二課 女神と鬼神の神話、その行方
第三課 「士」の矜持と道と徳の哲学
第四課 「士」と民衆、その周辺
第3部 王と平和と世直しと第一課 王権を補佐する
第二課 「世直し」の思想
第三課 平和主義と「やむを得ざる」戦争
第四課 帝国と連邦制の理想