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ブックエンドに挟まれて死ぬ

本を買う金が欲しい。

本を読む時間が欲しい。


ブックエンドに挟まれて死ぬ-never


自他共に認める優秀な介護人キャシー・Hは、提供者と呼ばれる人々を世話している。キャシーが生まれ育った施設ヘールシャムの仲間も提供者だ。共に青春 の日々を送り、かたい絆で結ばれた親友のルースとトミーも彼女が介護した。キャシーは病室のベッドに座り、あるいは病院へ車を走らせながら、施設での奇 妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に極端に力をいれた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちの不思議な態度、そして、キャシーと愛する人々 がたどった数奇で皮肉な運命に……。彼女の回想はヘールシャムの驚くべき真実を明かしていく――英米で絶賛の嵐を巻き起こし、代表作『日の名残り』を凌駕する評されたイシグロ文学の最高到達点。解説/柴田元幸。



読んでよかった、と思った。

そのように素直に思えた作品は珍しい。


上記のAmazonから引っ張ってきたあらすじでは何を言っているのかわからないところもあるかもしれないが、読んだぼくからしてみれば、つまりそういうことだよな、としか言いようがない。


素直にあらすじを書いてしまうと、それはもう結論にたどり着いてしまうような作品。

介護人が何であるとか、提供者が・・・というのは読んでいくうちに明らかになることであって、ぼくがここで書くことではないし、Amazonのカスタマーレヴューに隠れている結論をあなたが今から漁りに行くことでもない。



淡々とキャシーの口調で最後まで語られていくことに、ときどき嫌気が差す人がいるかもしれない。

ただそれはこの作品での大きな意味を持っている。

慣れるしかない。しかし慣れたら先を読まずに入られない雰囲気が漂っている。


翻訳も名訳に値する。

日本語でそのままかかれたように仕立て上げられていることは、この物語を読むにあたって本当にすばらしいことだ。


まずは読みなさいといいたい。

もちろん好き嫌いは人それぞれだから、読むのに飽きたり面白くなければ、ぼくの住所を教えるからそこに着払いで送ってもらいたい。

ぼくにはきっとそれらを読み潰す自信がある。

インフルエンザがはやっているようですので、ご注意ください。


今日も受け持っている生徒がインフルエンザで休んでいました。

中学生や高校生のなかには、間近に受験が迫っている人もいましょう。

特に体調には注意していただきたいものです。


そういえば、ぼくも受験前は一律して体調崩していた。

まあ受験には引っ掛からなかったのでよかったというほかないが、中間テストや期末テスト直前に数日休んでしまってあと散々・・・ということがよくあったことを思い出した。


ぼくは高校受験をしていないので、この時期の追い込みであるとか、この時期における勉強の有用性には詳しくないが、中学校受験したとき、小学生ながらにとても緊張したのを覚えている。


大学受験には失敗したけれど、まあ「潔さ」という(ある意味)大人の感情があったおかげで助かった。

今の大学には半分満足半分不満。あまりにも中途半端。

やるならやる、やらないならやらない、ということまでもが中途半端で時々困る・・・。


いまの高校生や中学生に、ぼくが塾で言っているように

「勉強せよ勉強せよ」

と、鸚鵡のようにいうのは酷かもしれないと、実は思っている。


ただ、塾とはそういうところだよな、と楽観視している自分もいる。

いまぼくが教えている受験生に、

「あんたよりもぼくは小学生のときに勉強していたよ」

と言い切る自信があるからこそ、僕は塾で働けているのだと実感せずには居れない。


まあ誇りというやつですか。

もしくはエゴというやつですか。


まあ何でもいっか。


ブックエンドに挟まれて死ぬ-kujira


藤子・F・不二雄をこよなく愛する、有名カメラマンの父・芦沢光が失踪してから五年。残された病気の母と二人、毀れそうな家族をたったひとりで支えてきた高校生・理帆子の前に、思い掛けず現れた一人の青年・別所あきら。彼の優しさが孤独だった理帆子の心を少しずつ癒していくが、昔の恋人の存在によって事態は思わぬ方向へ進んでしまう…。家族と大切な人との繋がりを鋭い感性で描く“少し不思議”な物語。



今回からAmazonに載っているあらすじのようなものを一緒に載せることにする。


辻村作品は『子どもたちは夜と遊ぶ』 → 感想  以来二作目。

『子どもたちは~』から考えると、ミステリの要素とそれに付随してくるグロテスクな要素は少なめ。

そういう意味では軽い。決して文章が軽いわけではない。しっかり辻村深月の文章である。


特徴としては、随所にドラえもんに絡めた話の展開が出てくることが大きい。

もちろんドラえもんを知らずとも楽しめる。

いや、むしろそのほうが面白いかもしれない。

というのも、ドラえもんという要素が、それほど話に直結していないからである。

「あーこういうハナシがドラえもんの中にはあるんだなあ」程度でいいと思う。


ただ、主人公の描写は相変わらずうまい。

キャラクタがしっかりしていてブレない。ほかの登場人物もまたいい。

『子どもたちは~』から比べるとキャラクタの濃さは薄いかもしれないが、それは物語の長さの違いから生まれるものだと思えば納得できる(『子どもたち~』はこのハナシの倍の尺があるのだから)。


やはり引っ掛かるのがラスト。

まさに怒涛である。


すべてを巻き込んで、間欠泉のように巻き上げ撒き散らす。

「どんでん返しだ」といえば聞こえはいいが、やはり消化不良。


ラストまで読んだ感想は「おーそう持って行ったか」である。

・・・良くも悪くもそういう感想を抱くことが多い。


お勧めできる作品であることは確か。

随分と読みやすいし、ちゃんと読者を引き込む力を持っている。

またいつか辻村作品は読みます。

デビュー作「冷たい校舎の時は止まる」に戻るか、次回の文庫化作品にいくかは未定です。



ちなみに今読んでいるのは、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』(ハヤカワepi文庫)。