できれば本に埋もれて眠りたい -36ページ目

写真学生(君はやっぱりカメラマンだ)

写真学生

小林紀晴

shashin

上京したカメラの専門学校生のお話。


写真学生」の中で、写真とは、ただ風景を撮るものでなく、自分の思い描くイメージを表現する手段で、撮らされるのではなく、撮る、という事がかかれています。

なるほど、だから小林紀晴の写真には、撮らされた写真ではない何かしらの違和感を感じていたんですね。


が、しかし、文章は写真ほど洗練されてはいないような気がします。

写真で言えば、余計なものが入ったり、ズームを多用したり。

実は「写真学生」は写真も当時のを使用しているので、今と比べるとイマイチです。


君はやっぱりカメラマンのようです。

これからもカメラで君の才能を見せてください。


しかし、表紙の魚喃キリコの絵はなかなかいいですね。


猛スピードで母は

猛スピードで母は

長嶋有

mousupi

文學界新人賞受賞作「サイドカーに犬

芥川賞受賞作「猛スピードで母は

という組み合わせです。



小品佳作、というのでしょうか。



サイドカーに犬」は、両親が夫婦喧嘩をして母が家を出たところに、頓着なく家に入ってきた父の愛人と、それを特に驚かずに受け入れる「ぼく」の話です。



猛スピードで母は

も、微妙に社会になじめないものの腕力と無頓着で押し切る母と、なんでも受け入れながら少しずつ無理が出てくる子供との、静かな物語です。




両者に共通しているのは、登場人物がお互いにお互いの領域に立ち入らない、ということです。

愛人であれ、父であれ、母であれ、子供であれ、それぞれが自分の思いを抱えて生活している。

そして本質的には、人が人に関わることはできない。

できるのは、本人が自分で何かを取り込もうと思ったときだけ。




両編に描かれている静かな世界は、他人のことを思いやれない余裕のなさか、思いやっても通じないあきらめか、他人の干渉がけして届かない、音のない世界で生活しているように思えてきます。

その悲しさが、少しだけ胸を打ちます。




両編とも、顔の見えないポートレイトような、ちょっとひっかかるタイトルがいいですね。

なんでも長嶋有は俳句もやるそうで、そのあたりの感覚でしょうか。


しかし、この表紙は。

この表紙のイメージだと

「性に奔放だけど自分にはまっすぐな母とまじめな私」とか思ってしまいます。

そんなのよりはずっといい話です。

もったいない。

90年代のもものかんづめ

「もものかんづめ」

さくらももこ


「百年の誤読」に薦められて手にとりました。

90年代のベストセラーといいながら、

「本業はマンガだけど、いつのまにかエッセイを書くことになっていました」

という、ちょっとした投げやり感と

「やるからにはおもしろく」

という気負いが妙にまじっています。

ベストセラー作家の巧いエッセイというよりは、身近すぎ、普通すぎ、でもちょっとマヌケな話題を、きっちりと書ききるプロ魂が見事です。


今、隆盛の身近ネタエッセイマンガの先駆を漫画家エッセイという逆バージョンで先行したと考えればよいのでしょうか。


ただ、今読むと、最初だけにすこしあざとすぎる感があります。

先にすすめばもっと肩の力がぬけるのかな。

モンティニーの狼男爵

モンティニーの狼男爵

佐藤亜紀

monsieur

おぉ、佐藤亜紀の新作か、と思ったら10年も前の本でした。


昔話風に語りで話されるフランスの中世?貴族のお話です。

地味な土地の貴族として満足している若い当主に、叔父が自分の金のために政略結婚をすすめます。

人のよい当主はそれを受け入れ、愛し始め、しかし奥方はそれを裏切り、当主は苦悩します。


Ⅰ章 モンティニーの男爵が奥方を迎えたこと

Ⅱ章 男爵が奥方の裏切りを予感すること

Ⅲ章 <狐>が奥方の愛を得たこと

Ⅳ章 <狼>がモンティニーを追放されたこと

Ⅴ章 大団円。または、良い人は幸せに、悪い人は不幸せに終わったこと


と、目次を読んでいただければ、大体の雰囲気はつかめると思います。

こんな感じです。


まぁ、世界観を楽しむ本で、新しさや解とかを求めてはいけません。

気弱な貴族の世界にどっぷりとつかりたい場合(現実逃避したい雨の土曜昼下がりとか?)はおすすめ。


そういえば、佐藤亜紀の本はすべてそういった「雰囲気」を楽しむ本ですね。

ハードな設定が多い作家ですが、これはそういったところがまったくない作品です。

読みやすくて入門的ではあるのですが、代表作と言えないかな。

入門書としてはやはり「バルタザールの遍歴」でしょうか。


そういえばある有名な漢文作家の有名な作品を思い出しましたが、ま、佐藤亜紀流のの本歌取りみたいなものでしょう。その部分は楽しめました。

FLY, 金城一紀

Fly taiwahen

FLY,DADDY,FLY

対話編」-「恋愛小説」「永遠の円環」「花」-

金城一紀


GO」「REVOLUTION No.3」からまっすぐ続く「FLY,DADDY,FLY」と、別路線を目指す「対話編」です。

読書と喧嘩を欠かさず常に社会に対して武装を怠らない朴舜臣(パク・スンシン)やあまねく不幸を招く山下、抜群の容姿と法学知識を併せ持つアギーなど、「死人の血圧値ぐらいしかない偏差値」「殺しても死なない」ワルガキ集団ザ・ゾンビーズの設定をこのままにしておくのはもったいない、と「REVOLUTION NO.3」を読んでいて思ったのですが、続きました。それが「FLY,DADDY,FLY」です。


かわいい一人娘に暴力をふるわれた父は、復讐のため、暴力をふるった男のいる高校に向かう。

包丁をもって高校に入り、高校生を一人捕まえ(山下)暴力をふるった高校生を呼ぶが、やってきたのは最強の高校生スンシンとザ・ゾンビーズだった。そしてなぜか父はザ・ゾンビーズとタッグを組み、暴力をふるった高校生への、男らしく父らしい復讐を目指す、といった内容です。


父のがんばりはそれはそれでいい話なのですが、やっぱり面白いのがザ・ゾンビーズです。

さぁ、金城一紀。目指せシリーズ化。だが、ザ・ゾンビーズの設定に負けないだけの力はあるのか。

楽しみです。

ちなみに、映画化して、今夏、上映予定ですね。

ジャニーズ史上最高に男前な(と友人が数年前に言っていた)岡田准一がスンシン役だそうです。

ずるいですね。

それに金城一紀によるオリジナル脚本ということで、楽しみです。


そして当然作家としては別路線も目指すでしょう、ということで「対話編」です。

短編集で「恋愛小説」「永遠の円環」「花」が入っています。

「恋愛小説」、映画化もしています。

内容は大学で知り合ったある友人の家に行き、誰もいない家で「死神」と自分のことを説明する友人の、切ない「恋愛小説」です。

「永遠の円環」は、病気で寝ている主人公に見舞いにくる友人の一人に、ある復讐の手伝いをしてもらう、という話。

この2編とも、今まで金城一紀によくあった、「社会に出るには、それなりの武装をしていないと痛い目にあう」的な人物造詣と「社会のなんだかよくわからない深い部分」的な状況設定でした。

まだザ・ゾンビーズの名残を少し感じますが

「花」では、そのゾンビ臭は一掃されます。

静脈瘤を抱える老人との長いドライブに雇われた主人公のロードムービーなのですが、ゾンビーズの漫画的ご都合主義は一掃されて、なんにも持っていない主人公の設定が新しく感じられました。

意味のわからないドライブの謎が後半分かってきて、感動的なラストを迎えます。


シンプルな設定を骨太ではちゃめちゃなセンスで読ませるのが金城一紀の読ませどころなのですが、「対話編」ではそのシンプルである意味ベタな設定が、センスとぴたっ、と一致したというわけではないようで、この本自体は面白いのですが、この先が心配になります。センス一発のベタなくだらい方向やザ・ゾンビーズの自己模倣を続けていくことにならないか。


前にも言いましたが、ザ・ゾンビーズは景山民夫でいう「トラブルバスター」シリーズみたいな、楽しく読めるシリーズ物として書いてもらい、本業としてはセンスを武器にしっかりと小説に向き合ってもらいたいと思っています。

夜、吉田修一で

長崎乱楽坂

ランドマーク

吉田修一

nagasaki landmark

吉田修一の長崎シリーズとでもいうのでしょうか。

初期短編「破片」のにおいが残る「長崎乱楽坂」です。

長崎のやくざくずれの家に生まれ、刺青や痴話や刃傷沙汰に囲まれて育つ主人公。

幼年から青年になるにつれ、主人公の周りの生き生きとした世界は、近所や肉親や年上のチンピラや長崎の肌にまとわりつく暑さに沈んでいきます。

そして主人公はいつのまにか、立ち上がるきっかけも堕落するきっかけも手にしながら、長崎に座り込んでしまいます。


ランドマーク」は、大宮に建設予定の高層ビルに関わる設計士と鉄筋工の話です。

設計士は理想であったねじれた美しく壮大なビルを大宮に設計していくが、家庭生活にも愛人にも倦怠を覚えている。

鉄筋工は、猥雑な寮の四人部屋に住み、ある突然思い立ち、貞操帯を付け仕事に出始める。

初めは違和感を覚えるものの、だんだんとそれに慣れはじめ、そして・・・。


と、ざっと要約しましたが、「可能性を自ら閉ざしていった地方の青年」や「スマートな設計士の破綻」、「鉄筋工の非日常」など、少し変わった「ヤクザ一家」「スパイラルビル」「貞操帯」などの道具によって目線は変わるものの、その世界に驚きは余りありません。

パレード」では、青年の日常を丹念に追いながら最後に日常生活の一線を超えてしまうところや、「パークライフ」の背後に広がるひたひたと崩壊まで水をためるダムのような雰囲気は、「長崎乱楽坂」や、特に「ランドマーク」には感じられませんでした。残念です。


私が読めていないのかもしれませんが、「お薦め」の話を聞くまでは吉田修一は少しお休みします。


しかし、「長崎乱楽坂」の表紙は質感があっていいですね。

誤読に薦められて

hyakunennogodoku 「百年の誤読」岡野宏文 豊崎由美

ここ100年間のベストセラーを再読して再書評しようという、意欲的とも無謀ともいえる本です。

その気概は買いたいのですが、いかんせん、対話形式なので口が滑って、「毒を言いたいだけ」みたいになっているのが残念です。「毒」の入れ具合は難しいですね。

とはいうものの、それなりに手にとろうと思ったものも出てきましたので簡単に書き出して見ます。


1900年代 

「金色夜叉」尾崎紅葉 エンタメ小説の古典ともいえ、あらゆるドラマの要素を含んでいるそうなので

「春昼」泉鏡花 泉鏡花の傑作短編といわれると食指が・・・

「蒲団」田山花袋 田山先生のダメぶりを読んでみたい

1910年代

「羅生門」芥川龍之介 「巧い」といわれるとあらためて読んでみたくなります

1920年代

「冥途」内田百閒 あの百閒先生の傑作といわれると

「蟹工船」小林多喜二 なんでも蟹工船内は船でも工場でもないので労働法規は守られていないそうです

「押絵と旅する男」江戸川乱歩 もう、これだけですごく怖い

1930年代

「風立ちぬ」堀辰雄 サナトリウム文学の傑作、ということで一度は読みたいですね

「綴方教室」豊田正子 小4の正子ちゃんが授業で書いた生活文。描写力が卓越しているとのこと

「夫婦善哉」織田作之助 戯作風(げさくふう)の読み心地のいい文と上方の愛嬌あるダメ男に興味あり

1940年代

「斜陽」太宰治 太宰治のあらゆる要素が入っていると言われる傑作ですが未読でした

「細雪」谷崎潤一郎 谷崎の長編をゆっくり読んでみたい

1950年代

「光ほのかに アンネの日記」アンネ・フランク 14歳の女の子に書ける文ではないそうです

「にあんちゃん」安本末子 九州の炭坑で働く親のいない四人兄弟の日記文って、もうこれだけで

1960年代

「赤頭巾ちゃん気をつけて」庄田薫 「ライ麦畑でつかまえて」のポジティブバージョンというので

1970年代

ええっと、なしです

1980年代

この時代もなし

1990年代

「もものかんづめ」さくらももこ 各所で絶賛です。楽しみ。

2000年代

ここもなし


すでに読んでいたのではずしたのもあります。


また逆に読む優先順位が下がったものもあります。

「マディソン郡の橋」「だから、あなたも生きぬいて」「ハリー・ポッターと賢者の石」「世界の中心で愛をさけぶ」

ちょっと読んでみたいような、でもどうしよう、という感じです。


後半、読みたいものがなくなったのは、読みたいものは読んでしまったせいと、読みたいベストセラーがないせいですね。


感じたことは「いつの時代もいい作家は貴重」というのと「若くてもいい本は書ける」ということでしょうか。

タイトル 100年の誤読

■ タイトル 100年の誤読 ■ 記事

「100年の誤読」

岡野宏文

豊崎由美


内容は1900年から、10年ごとに各時代のベストセラーを書評する、というなかなか野心的な書評になっています。

「毒」を「薬」変えるとき、適量というのがなかなか難しいもので、書評でもどの程度入れ込むかが難しい。

福田和也なんかは毒の使い方が作為的で、信用できるときとできないときがあるけれども、よく読めば、大体その悪意が分かります。


そういった意味で「100年の誤読」は多少自家中毒に陥っている場所が見受けられるものの、全体的に、良書発見悪書駆逐の指針にはなるかと思います。


ちょっと心が動いた本は


1900年代

「金色夜叉」尾崎紅葉 エンタメ要素盛りだくさんで絶賛でした。

「春昼」泉鏡花 泉鏡花の傑作短編とのことです。

「蒲団」田山花袋 田山先生のなさけなさ具合を読んでみたい。

1910年代

「羅生門」芥川龍之介 やっぱりそのうまさに脱帽だそうです。

1920年代

「冥途」内田百閒 夏目漱石の弟子なのに、ファンタジー的な自由な書きぶりと完成度が高いとのことなので。

「蟹工船」小林多喜二 船の中の工場は就業法規にそわなくても法的問題なかったのでひどい労働条件になったそうです。ノンフィクションとして読んでみたい。

「押絵と散歩する男」江戸川乱歩 傑作と。読んだことがないので。


■ 日時 2005-06-12 21:07:47

地面から5cm浮く日常

「光ってみえるもの、あれは」

川上弘美

hikattemierumono

書評家・SF翻訳家の大森望が雑誌「SIGHT」で、川上弘美のことを「低テンション系作家」とうまいことを言っていました。

なるほど。低テンションが日常であるなら、感じる世界の違和感も納得できます。


あらすじは、なんとなく未婚で僕を生んだ母、何事もきちんとする祖母、たまに顔をだす実の父「大鳥さん」、「私のこと、本当に好き?」と問いかける美しい恋人、女装して登校する友人、そんな個性的な人々に囲まれながら淡々と高校生活を送る主人公。もしくは淡々と日々を送っているように見られる主人公。そんな主人公を丁寧な文章でおっていきます。


たしかに低テンションなのですが、周囲には気づかれないような地下水が脈々と流れているのが感じられます。

「元気」とか「明朗」から遠く離れ、周りへの反応が薄い状況は、自分の思い通りにならない環境へ斜に構えてしまう様子がよく描けていると思います。


こういった、元気になる作品でなく、なんとなく落ち着く作品を読むのもいいものです。

このずれた、いつも地面から少し浮いているような視点は、読めばさすがの川上弘美でした。



舞城は元気か

minnagenki kemuri

舞城王太郎
みんな元気。「Cuckoos & The Invisible Devile」
煙か土か食い物 「Smoke, Soil or Sacrifices」


結果的に、最新作とデビュー作を同時に読むことになってしまいました。

みんな元気。」
あらすじは、竜巻に乗ってある家族が現れ、主人公の妹を奪っていきます。
家族を失った主人公「枇杷」は・・・、という内容ですが、まっ、あらすじはどうでもいいでしょう、舞城王太郎なんで。展開でどんどん読めるのは確かです。
ただ、「阿修羅ガール」から続く女子高校生口調でも、人の心理をリアルに扱う技はさすがです。娘を奪われて何年も後悔し続ける父、姉に似ていることで誰とも付き合えない枇杷、妹の代わりにきた新しい弟の喪失感。
圧巻は最後、人生の選択肢を同時に味わう場面でしょう。3人の夫との記憶と家族を同時に体感する場面は、さすが舞城です。
そのほかにも短編が収録されていて、「Dead of Good」の暴力的なイメージ、「我が家のトトロ」のトトロがみえることへの考察、「矢を止める5羽の梔鳥」の暴走、めずらしくまっとうな「スクールアタック・シンドローム」の親子の心理戦、どれも切れ味鋭い心理分析と暴走気味の展開の楽しさを味わうことがでしました。
1冊読んでの感想は、抜き身の刀。
切れ味はあるのに収まるところがない。

方向性の定まらないまま、一体どこにいってしまうのか心配です。
舞城王太郎に全体小説を書いてもらいたい、と思っています。
今風じゃないけど。


で、出世作、メフィスト賞を取った「煙か土か食い物」。
スーパーな探偵が力ずくで事件解決、みたいな痛快ミステリーと思っていましたがそんなことありませんでした。
幼少期のトラウマの執拗な記述は、書き出したらただでは終われない舞城王太郎ワールドの現れでしょうか。ただ、今読むとミステリーにしてもノアールにしても中途半端かな。


ちなみに「みんな元気。
表紙はかわいいのですが、このタイトルでこの絵は、舞城王太郎知らない人にはちょっと誤解されてしまうかも。
でも片山若子 さん、いい絵です。