できれば本に埋もれて眠りたい -32ページ目

台所に走る

壇流クッキング

檀一雄


小説家壇一雄の料理好きは結構有名かと思いますが、その名を世に知らしめたのがこの本でしょう。

昭和44年から週一で読売新聞で連載されたもので、最近復刻しました中公文庫BIBLIO版には94食の料理が指南されています。

さすが世界を放浪した作家だけあり、中国料理はもちろん、フレンチ、スペイン、韓国料理とバラエティに飛んでいます。もちろん和食に関しては日本全国から紹介しています。

また、一貫して庶民の家庭料理そして紹介しているため、安くまた簡単、材料が揃わなければ代換材料を示して、台所での立ち姿が目に浮かびます。

とくに目新しい?のは材料の分量をほとんど明記しないこと。大さじやカップ、等と言う言葉はほとんど出てきません。

そういう料理本があってもいいですよね。


で、実際につくってみました。

今さら書くのもなんなのですが、おせち料理です。

伊達巻きです。


datemaki


季節ごとに別れているので、今やってみたいと思っているのは

ショッツル鍋、キリタンポ鍋、オニオンスープ、クラムチャウダー、ザワーブラーテン、ブイヤベースなどなど。


読んでいて関心したのは「日本料理は内臓料理を知らない」ということ。

なるほど、煮込み系は海外の料理の方が発達しているかも。


壇さんみたいに、自由闊達に料理ができるのは、一つの理想ですよね。


ただ、嵐山光三郎が「文人悪食」でも書いているように、壇一雄にとって料理を作ることは狂気が疾走する歯止めになっていたんだな、と考えると、この料理本の底知れぬ熱意が分かるような気がします。



個人的な諸事情により更新が滞っていました。

なんどもアクセスいただいた方、申し訳ございません。

やっとネット環境が整いましたので、今までの分含め更新していきたいと思います。

今年もよろしくお願いいたします。


泣き虫でも弱虫でもないけれど

弱虫泣き虫諸葛孔明

酒見賢一

nakimushi

最初の章で三国志の中でも人気のある忠烈義仁の男、諸葛孔明を、現在の感覚で「平和になろうとしているのに、戦をしかける大人気ない人」、と語ってしまうあたりに、酒見賢一の成熟ぶりが感じられます。


中国歴史小説についての事実のみにとらわれるのでもなく、かといってエンターテイメントを意識するのではなく、自分なりに面白く感じたことを感じたように書いていく。

大作「陋巷にあり」を書き終えた自信なのでしょうか。

最初に「三国志は私には手におえない」といってしまっている余裕からでしょうか。

想像力豊かに劉備元徳出会うまでの諸葛孔明をのびのびと書きたい放題書いています。


劉備が誰に対しても異常にへりくだる礼儀礼節と第六感で生き残った山賊の大将。

関羽は寡黙で話は分かるが、一度暴れだしたら止まらない(らしい)大人。

張飛は酒乱の殺人狂。


で、肝心の諸葛孔明はというと、大志があるようなないような韜晦として本心は分からないし、様々な策を練るものの「宇宙からみれば・・・」と煙に巻くやっかいものとなっています。

本当はたんに本心を悟らせないようにしているだけのようですが。


ここまで三国志の英雄達を偉大に書かないのも珍しいと思います。

まじめな三国志ファンが読んだらひどく怒られそうな内容ですが、酒見賢一ファンとしてはまずまずの面白さでした。

「ニシノユキヒコの恋と冒険」の具合

ニシノユキヒコの恋と冒険

川上弘美

nishikino

エンターテイメント系の本が続いたので、そろそろ純文学が読みたくなり、最近信頼のおける川上弘美を物色。

そこで、タイトルから、男性が主人公でストーリーが面白そうな「ニシキノユキヒロの恋と冒険」を読むことにしました。


読み始めると、恋人からニシキノユキヒロを語る、という物語で、恋人が何人もでてきます。

しかも少年のころから亡くなるまでの間の様々な年齢と様々なタイプの女性が。


ニシキノユキヒロという人は、優しかったり清潔だったりマメだったり甘い顔だったりして非常にもてるようです。


理由もなくニシキノユキヒコを好きになってしまう女性。

突然、ニシキノユキヒコが本当に人を好きになることができないことを見抜いてしまう女性。


登場人物の多くが直感を頼りに多くの物事を決めていて、これは女性の世界?、と思いました。

理由をすっとばした直感力を、分けの分からない世界観で覆ってしまうか、現実世界と奇妙に結びつけるところが、川上弘美の作品の面白いところだったのですが、今回はちょっと私の期待とは、ずれてしまったようです。

女性ならリアルワールドとして楽しめたりするのでしょうか。


装丁は結構凝っていて結構好きですが。

「邪魔」だ

邪魔

奥田英朗

jama

最近メキメキと頭角をあらわしてきたエンターテイメント作家、奥田英朗

邪魔」は、小さな放火事件から始まる、小市民クライムノベル、とでもいうのでしょうか。


近視眼的な好き嫌いに支配され、小さな責任を取れずに大きな間違いを犯していく様子は滑稽ながらも狂気をはらんでいきます。

小犯罪の疑いがかかる夫。それを気にしながらパートの組合にのめり込む妻。

そんな小市民を追う、癖のある刑事達。


邪魔」とは生活のなかで現れてくるイレギュラーなものにあったときの感情でしょうか。

その狭窄的な視野感は、この2文字によく現れています。


しかし読後に、本を読むときに期待する「何か」が残らないのは、なんでしょう。

どうせなにも残らないなら、私は「空中ブランコ」の方がずっと楽しめました。

柔らかな頬をどうしようか

柔らかな頬

桐野夏生

yawarakanahoho

ミステリー作家の領分を越え、現代小説の一翼を担うとされる桐野夏生

そのなかでも代表作とされ、1999年の直木賞を受賞した「柔らかな頬」。


話はこんな感じです。

仕事先の男性と不倫関係をもつ主人公カスミ。

その相手の家族と自分の家族で北海道の別荘に出かけます。

そこでカスミの長女が失踪。

贖罪ともいえるカスミの長女探しを丹念に追うような内容になっています。


ここで、気になるのがカスミの人物設定。

実は高校卒業後、実家を出奔し以後家族とは一切連絡を取らずに生きています。

そして不倫。心の中では家族を捨ててもいいところまで、盛り上がります。

ここでいえるのは、自分本位の人、ということです。

そしてカスミのキーワードは、「脱出」。

家出も不倫も、現状に行き詰まったときの結果です。


そこで長女失踪となるのですが、カスミは自分を許せなく、何年も娘を探します。

周りからは白い目で見られ、夫からもだんだん理解を得られないようになってきて、かつての不倫相手とは音信不通。


そして北海道に行き、末期の癌を患った元刑事と長女の情報を探すようになるうちに、(身近な死に触れたことで?)また新たな「脱出」を感じるようになります。


私の感想としては、子供を失った悲しみも分かった。自分を許せない感情も分かった。それを超える方法はもしかしたら忘却しかないかもしれません。

が、これだけのことがあったのに、どうもカスミの自分勝手さは変わっていないようです。むしろ、自分勝手だからこそ、生き抜いていける、とでもいっているような気もします。

「私なりに生きてきたけど、子供の失踪はつらい。でもまた私なりに生きていく」

といったメッセージなのかもしれませんが、自分勝手さの基準が私には合わず、納得するためには小説のなかで、その自分勝手さと周りとの状況にそれなりの落とし前的説明をつけて欲しかったと思います。


というわけで、あくまで個人的な感想ですが、なんだか凝っている割にはピンとこない料理を食べているような読後感でした。

歯車があわないというか、肌に合わないというか。

悪食 光三郎

文人悪食

嵐山光三郎

bunnjinn
明治から昭和にかけて、夏目漱石から三島由紀夫まで、その食から文人を語ります。


たとえば正岡子規は脊椎カリエスで苦しみながらも三食に間食と大食し、苦しみます。
「まるで食べることで自分を攻撃する修行僧のようだ」と。


泉鏡花はバイ菌恐怖症のため、あらゆる食べ物をぐらぐらと煮沸しないと、食べることができません。

大根おろしも。

夏目漱石はずっと胃腸を病んでいました。

お腹がすくと痛み、消化に悪いものを食べると痛み、これが生涯続きます。

晩年アイスクリームやビスケットを好み、末期の水は葡萄酒だったそうです。


川端康成は食が細くお弁当を4回に分けて食べていたそうです。

しかし食は豪勢で、戦時中すでに文人として名を成していたので、差し入れが絶えず、肉魚野菜お菓子と出版社のパーティーよりも豪華な食事が毎日続いていたそうです。


種田山頭火については「飯を食うため、酒を飲むため、句を読むために出家した。」といっています。

実際大飯食いで本人も『私は5合食べる』『自分で自分の胃袋のでかいのに呆れる』と書いています。


三島由紀夫は、食事というよりも栄養補給といいたほうがいいかも。

味覚に隷属する日本文化を嫌悪し、罵倒していますが、本人は味音痴でそれを認めています。


などなど。


食は必要という意味では万人に平等であるため、いかなる文人も同じ立場で感じることができます。

その分、薄気味悪いこともあり、なかなか楽しめる本でした。


文人をこよなく愛する嵐山光三郎だからこそ、5年かけ700あまりの資料と小説にあたり、文献としてではなく、興味深い読み物として成立しています。


37人の様々な食文化を楽しんでください。

マタギと鉱夫

邂逅の森

熊谷達也

kaikounomori

あらすじを書きますので多少ネタバレです。


熊やカモシカを狙う東北の猟師「マタギ」。

平地もなく稲作もできない東北の寒村では、マタギは現金を稼げる重要な冬の仕事です。

主人公の富治はマタギの下っ端として登場します。

吹雪けば動物さえも動けなくなる厳冬の山に入り、冬眠している熊や崖を駆け下りるカモシカを追いかけるマタギは、天候の判断1つで生命を落としかねない厳しい環境でこそ磨かれてきた伝統の技で、自分の生死と誇り、そして家族を支えていくのです。

そんなマタギ達のなかでもだんだんと頭角をあらわしてきた富治ですが、村の長者の娘に惹かれ、逢瀬を重ねるようになります。しかし、露呈。村を追い出されます。


そこで向かわされたのが銅鉱山。

落盤で簡単に命を落とす鉱夫の仕事は「友子制度」という義理の親子、義兄弟の契りを結び、働くことになります。新大工は「3年3ヶ月10日」といって、3年は山主のため、3ヶ月は親分のため、10日は兄弟のために働き、あとはどこで働いても自由となります。

マタギに生きがいを感じ始めていたころに突然鉱夫に。

富治は納得いかないものもありながら、自分のここで逃げ出しては親子兄弟に迷惑がかかると勤め上げ、鉱夫としてもいっぱしの職人となって、渡り鉱夫として次の鉱山に向かいます。


次の鉱山では、兄分として弟子に小太郎をとることとなります。

これが名前に似合わず大男で、力は強く気もいいが口の利き方を知らず、酔うと暴れて手がつけられない。ちょっと何を考えているかわからないところもある。そんな厄介モノを弟分として面倒を見ていくうちに、小太郎を介してまた猟と出会うことになります。


と、ここまでで半分ぐらい。

この後もまったく先の読めない富治の人生が続いていきます。

はじめはマタギ青春期ぐらいかと思っていたのですが、鉱夫あり、村のしがらみあり、恋愛あり、奇縁ありでかなりの展開を盛り込んだ富治一代記になっています。


東北の当時(戦前)の言葉や風習や風土が興味深くかかれ、物語的にも波乱万丈で、エンターテイメント的には楽しめる作品です。

こんな行き当たりばったりな生活は先行き不安にならないのだろうかといらぬ心配をしてしまいますが、そこはいつの時代も同じことですね。今が安定している思っているときこそ、行く末が危ないのは、どの時代も同じこと。


私自身の感想は、面白く最後まで(そうです・・・あんな最後でも・・・)楽しめたのですが、もう少し奥深さがあった方が楽しめました。マタギの技の詳細や富治の人生の諦観などでしょうか。その辺りの表現をもう少し作者なりの表現で書いていただければ、と思いました。


久しぶりの更新です。

1年経ったというのに、もっと更新しろ、といった感じです。

もっともっと、読んで面白い書評を書いていきたいと思います。

これからもよろしくです。

一年が過ぎました

ブログを始めて先日で一年が経ちました。

初めは100-200人もいなかった書評ブログですが今は4000オーバー。

毎日本を紹介している方から、アメブロを卒業された方まで、

ハードな純文読者から、理系関連読者まで、本当に色々な方がいらっしゃいます。

そんななかで、1年100本以上書評がかけたのは、やっぱりアメブロと読者の皆さんのおかげです。

本を読むのは好きでしたが、こんな機会と様々な反応があってここまでやってこれたのだと思います。

ありがとうございました。


アメブロでの発見

1、本というメディアの弱さ。TB探しに書名で検索するとき、その本が映画化されていると、必ず映画評のページの方がヒット数が多い。

2、さらに弱い純文学。読んでいるけど書評が少ないのか、本当に読んでいないのか。

3、さらにさらに弱いノンフィクション。意外な事実。検索してもページがヒットしないこと多々。

4、90年代前半になると写真データがない。名表紙が記憶のなかだけに留まっている。

5、書評したい人も多いが、小説を書きたい人も多い。


最後に

1周年を記念して何かしようと思っていたのですが、思っているだけで何もできませんでした。

なので、別HPで展開している紀行文を紹介します。なのでじゃないか。


旅目旅肌紀行


短期間になるかもしれませんが、暇つぶしにみてください。

イルカは玉石

イルカの海 巨樹の森

宇津 孝

irukanoumi

伊豆七島の1つ御蔵島の写真集です。

島の人いわく「イルカは海岸に転がっている玉石のようなもの。珍しくもなんともない。都会の人が車とか電車とか見ても『あっ車だ』とか思わないでしょ」というほどのイルカ島。

故ジャック・マイヨールも良くイルカ遊びに来ていたというほどの島ですが、黒潮の中、標高851mもの御山のため、年間降水量3000mmを超えるためスダシイが茂る「森の島」でもあったんです。

ありていにいってしまうとまるで屋久島のよう。

しかもまだ森の島としては認知されていないような気がするので、ちょっと行ってみたいなと思っています。


ほかにも、オオミズナギドリが数百万羽この島で営巣していて、木の根に巣穴作るため、大木が倒れたりするほどだそうです。


宇津さんは小笠原→御蔵島→長野と今は農家をやっているそうです。

それも興味深い。

HP もありました。

今何をやっているかイマイチ分かりませんが、イルカや鯨のいい写真があります。

星新一?

光の帝国-常野物語-

恩田陸

hikarinokuni

あとがきにもありますが

ゼナ・ヘンダースンの『ピープル』のような、高度な知性と能力を隠してひっそりと暮らす人々を、穏やかな品のいいタッチの作品を目指したそうです。

私はSFは不案内でゼナさんを知らないのですが、知らない中でも似ているのは星新一のショートショートを少し長く少し上品にしたように感じています。


短編連作で、毎回主人公が違うので、筆者のあらゆる引出しをを総動員して書き上げたそうです。

たしかにアイデアは豊富で、短編のままにしておくのはもったいないような気もします。

内容は超能力者の話ですが、その特殊な能力そのものよりは、それをもった人がどう社会に溶け込んでいるかを丁寧に書いているので、とても読みやすいSF小説です。


ただ、短編だったために掘り下げも少なく、物語もなんとなくいいところで終わっていました。

恩田陸、読みつづけるべきか、判断のしどころです。

とりあえず半年前に図書館で予約した「夜のピクニック」は、いつの日にか借りることができたら読もうと思います。そのあたりで私にあうかどうか決めたいと思います。