進化について考えることがあります。

進化のシステムについて。



先日ともだちが「考える細胞」だかなんだかって本を読んだといってました。
ひとつひとつの細胞が、ある程度の意思をもっているという内容だったそうで、

「そうだよねっ!やっぱりね!」

とくいついたのは私です。



そうか。
どこぞの博士が言うくらいだから、
私の考え方もまんざら間違ってないかもだ。

進化する、たとえば身体の形態が変わること。

これは脳で考え続けた結果ではなく、
細胞単位での集団的な意思のなせる技だと思うのね。

脳で考えた結果だとすると、
植物は進化しないということになる。

植物は進化する。

植物は「こうありたい」と願うだけの気持ちを持ってるってことね。
おそらくそれは、動物も植物も昆虫も大差ないのだと思う。

そしてその思いは細胞に宿ってるってことだ。


ほら。

思い当たる事があるはず。


どきん  とするとき、
ひいっ って思うとき、

全身の細胞が泡立つような感じがする。
脳みそ云々ではないよね。


それ、それが細胞に宿ってる思いだと思うのさ。

第六感というのも、ようはこの類いだと思われる。


この思いはことのほか影響力があって、
まさに、身体の形態を変えるほどに強いってことだ。

すごくない?

生えてたしっぽも引っ込むんだよ?
花がカマキリの形になるんだよ?


そしてこの思いは主に「生存」と「それに伴う死」の方向へと働くのね。
そしてそして、意外と短期間にそれは起こりうるのね。
小さな変化なら一代のうちに起こりうる。



ほらね、いろんなものがみえてくる。

ああ、そういうことかって思う事がぼろぼろでてくる。



これまで、つい、つい、と考えてはほったらかしにしていた進化と思いについての、
集大成というか導きでた答えというか、
研究してないけど研究結果を、こっそり書いておきたいとおもいます。






というわけで、 つ づ く っっっっ!