献食菜集 -174ページ目

習性



歴史とはその記録を残そうとする者の意志の集積である。
「民主と愛国」小熊英二著のの第一章には歴史の記録として残るであろう
太平洋戦争/大東亜戦争のさなか、
さまざまな場での、人間の集まるところで起こった出来事、
つまり歴史の記録としては残らないが、まさにその時代の人たちが生きなければならなかった
切実で悲惨な現実の記録を見る事が出来る。
また戦争中に横行した軍部、官僚、軍需工場のセクショナリズムと権威への癒着は、
それらが戦争の終結とともに消え去ってはおらずに
今の時代にも官僚や組織、機関に残っている事を、
昨今の社会の不祥事を知る者であれば誰でも気付くに違いない。

国家間や異なる思想間で歴史の解釈は違うが、その時に扱われる歴史は
血や涙や叫びがすべてきれいに洗い落とされたものである。
それが人々の前に提示されても、そこから人々は自分達の生死に関わるような
判断の材料を見つけだしたり、教訓を学び取る事は難しい。

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誰でも自分の命を失いたくないと当然のように思うだろうが、
世の中が戦争に向かうかどうかはある日突然決定するのではなくて
日常のひとりひとりの生活の積み重ねであるのかも知れない。

さきのセクショナリズムでいえば
日本は未だにセクショナリズムの弊害、無責任体制は日常に横行し、
官民の癒着も当然のように日常茶飯事に行われている。
その自己保身と私利私欲を満たすことばかりに走る姿勢は
責任の所在をうやむやにして危険な法案も誰とも知らぬうちに通過してしまう。

より多くの収入を得ることにつとめ、得た収入で欲しい者を買い
それを楽しむのは資本主義の社会なら妥当な生き方ではあるが、
あまりそれに過ぎると政治家や官僚の好き放題を許す事にならないか。
自衛隊のイラクへの派遣の際も少しずつ派遣に向けての法案を作り出し
うやむやに解決してしまう。
有権者も政治に無関心であれば本当に少しづつ戦争に向けての
準備をしていても気がつかないままである。

しかも国民ひとりひとりが政治に直接参加出来なくても
自分の意志を投票で表現出来ると思っていたが
それも現実には甘い考えのようで、
政治を変える可能性を有するのは現実的には「中間層」だと、
原田武夫氏の現実的な分析がある。
しかもその「中間層」といういのは彼のことばでいえば
「世界経済の潮目」を読むことができ、
今後より成長する株に投資出来る経済力を有する層の事である。

つまり米国のグローバリズムに
国民レヴェルで参加する事の出来る最低限度が
「中間層」ということであろう。
その日暮らしや投資までは手が回らぬ者、
つまり「中間層」以下の者達には政治を
変える力はないというのが現実か。
もしそうであればそのような者達は
自国においても参政権はかたちだけで実際は蚊帳の外あり、
しかし悪しき政策のしわ寄せだけは
一身に受けなければならないという
大事な役目はちゃんと与えられているということだ。

awadatisou


**てつ**
今日 家の周辺でスケートボードができる場所を歩いて探してみました
取りあえず公園へ行ってみたが 砂だったから滑れませんでした
帰ってYAHOOで検索してみました
情報無し
調べ方が悪いんでしょうか…(;´ω`)ゞ

種々からなる臨時雇用遍歴録



45才にもなり未だに未熟な人間で
社会に何も貢献せず非生産的このうえありません。
図体ばかりでかくて老眼も始まりました。

さて、家の近くに縄文時代の遺跡発掘現場があり
酔狂者が集うお仕事のようで、私も入れてもらう事となりました。
この酔狂勤務も含め、良い機会なので現在にいたるまでの
職遍歴をいまいちど思い出して記録してみようと。

*1981から
日本IBM でメモリー集積回路製造/
週休2日を体験。
身体に帯電した静電気が大迷惑であることを知る。

ナショナル住宅のアフターサービス/
屋根修理の時
板を踏み抜いて危うく落ちそうになる。

運送屋4トントラックの運転、荷運び助手/
狭い道で相手のおろしたて新車の横っ腹を
思いっきり傷つける。

精密加工工場でフェライトの精密加工/
私の性質にまったく合わない仕事で
4ヶ月めのある朝、
全身にジンマシンが発生し辞める。

家業 淡水真珠の養殖の手伝い/
琵琶湖が一番汚い頃
真珠が育たぬ。

不要貝殻でアクセサリーをつくる/
家の横に山積みの貝殻を加工してアクセサリーを作る。
現在も少し手元に残る。

京組み紐やでアクセサリー製作/
貝殻でそんな事を
していると言う事で知り合った方の仕事を
しばらく手伝う、デパート催事場などで製作販売。
わたしのアクセサリーには美しい女性は来ず、集るのは変わった感じの
個性的な女性ばかりでした。

レストランココスの厨房で調理/
不可入男子厨房で育った私が初めて包丁を握りました。
昼間は本格的なお店につとめているコックさんが
親切に包丁の使い方など手ほどきしてくれたのです。
ウェイトレスのちかチャンがとても可愛かった。
彼女ももう40才になるのでは。



*1985(上京)
レストランロイヤルホストの厨房で調理/
武蔵野美術短大の専攻科に編入学し、苦学生のわたしは
ここで生活費と学費を稼がねばならず
毎日学校がおわると深夜まで働きました。

第一パンで深夜早朝の商品仕分け/
レストランの給料では全然間に合わず
絵の具もまともに買えません。
もっと高い給料をと夜7時から明朝4時までの
仕事につきました。
北海道、九州の炭坑閉山で転職された方が多く
大変親切で、皆さんに本当によくしていただきました。
余熱で湧かした風呂に皆で一緒にはいり帰宅しました。
居心地の良い職場でしたが不規則な生活がたたり
胃潰瘍になり
専攻科を中退する原因となりました。

第一パンで知り合った友人と仮設住宅の建方をはじめる/
鉛筆しか持った事のない営業畑の出身の相棒と
工事現場事務所の仮設事務所をたてる仕事をはじめました。
最初の頃は私が杭を3本打つ間にやっと彼が1本打つ
といった調子で実に大変でした。
2階の屋根鉄骨組の上を足場もなく伝い歩き
重い屋根パネルを入れる行程は
ほんなこつ恐ろしかった。

引越し専門運送屋で助手/
これが結構おもしろかった。
フツーの勤め人の家の人に限ってとても親切で
僕らにおやつをくれたりお小遣いをいただいたりして
給料意外に臨時収入で大変助けてもらいました。

一方お金持ちそうな医者の引越しでは、使い倒されて
お駄賃等など皆無で賞味期限が切れて数年たった菓子を
まるでゴミ箱にすてるように私達に下さいました。
三鷹駅前の@@@院一生忘れません。

一番刺激的だったのは新宿のマンションに住う
美しい水商売の女性の引越し。
私は寝室の荷造りを頼まれ、クローゼットを開けると
衣類はいい香りがして、持っても羽の様に軽く、
こちらまでフニャフニャになるような柔らかさ。

手伝いに来られたお店の仲間と思しき
数人の女性もべっぴんさんばかりで
しかももちろんお小遣いは当然のように下さいました。
だめ押しには西洋寝台を運びましたが
然るべき所にその激しさを物語る様に
然るべき形跡を発見した時
その感動は頂点に達しました

佐川急便の倉庫で深夜早朝仕分け業務/
何もいうことありません、ただ
歩くと「歩くんじゃねえ、荷物放るんじゃねえ」と
監視役のおっさんのどすのきいた声が
スピーカーを通じ構内に響きわたりました。

*1987
その頃流行しはじめた、ジーンズのold washed加工/
オートバイに乗って九州までのたびをふらふら始めましたが
所持金8千円で岡山倉敷の知り合いの牧師さんの教会に泊めて
いただきながら、加工工場で働き旅費を稼ぎました。
気さくな人達ばかりですぐに仲良くなり九州からの帰路でも
しばらく働かせてもらうことになります。

熊本でクロネコヤマト運送の深夜荷物仕分け/
乗って行ったバイクが壊れ新しくバイクを買わねばならず
友人の所に居候しながらはたらき5000円の24回払いで
中古車購入しました。よく友人と阿蘇をツーリングしました。

檜原村の土建屋で山の独特な土方のアルバイト/
檜原に行ったはいいが仕事がなく近くの土建屋さんで働かせて
もらいました。冬には青森からの出稼ぎチームと一緒にはたらき
夜は彼らの飯場に招待していただきお酒を
ごちそうになったりしました。
にんにくをアルミホイルでくるみストーブの上で焼いたもの。
彼らの実家から持って来た豚で作ったモツ煮など
寒い檜原の夜にはこたえられませんでした。

ミクロネシアのポナペ島で校舎の工事をする酔狂なしごと/
倉敷の知り合いの牧師さんのの家で居候している時に
仕事先を紹介して下さった方がこれも紹介してくださった。
40万円くらい貯金してポナペまで行き、ボランティアで
校舎建設を手伝って来ました。

檜原村で知り合った塚本氏と車も入れない所に
家を建てる大変かつ楽しいしごと/
海外のダム建設工事をされていた塚本さんという
インテリドカチンが私の住む小屋の下の方に家を作る
事になりましたが車も重機も入れない所、すべてを人力で
開墾から棟上げまで手伝いました。
お元気にされているでしょうか。

*1989
壁画工房に入る

*2006
日野市の遺跡発掘、いかなる経験となるのでしょうか。





















臨時賞与

kanban

藤田東吾氏が「耐震強度偽装」について
YOU TUBEやきっこの部屋経由で
あれほど頻繁にメッセージを出しているのに関らず、
マスコミでは全く報道されていないと友人から聞いた。

我が家にはTVや新聞がないので主な情報はインターネットや友人から
だけれども、あの藤田東吾氏のメッセージがたとえTVラジオ新聞で
取り上げられていなくても
今やネットを通じて多くの人があのメッセージに触れているのでは
ないだろうか。

耐震強度偽装した設計士やそれを検査時に見逃した検査機間、
それを確認した役所の該当部所の責任者達、耐震構造や強度が事実とは違うことをしりつつ
そのマンションや建物を販売したり、新たに建築させようとしている業者。

しかし建設業者が入っていないがなぜだろうか。
「ああそうですか」、と設計図を全面信頼し、
ただ建設するだけが建設会社の仕事なのだろうか。

明治時代の欧化政策はまず建物と道路のおおがかりな作り直しからはじまる。
それ以来の大手建設会社と政治との癒着は常識でもある。
しかし今のところゼの字も出て来ない。

仕事は元請けから孫請け、ひ孫請け、ひひ孫請けと、ひとつの仕事がまるで
川の水が流れて行く様に最末端までいくあいだに次ぎに手渡すだけで料金は
差し引かれて行く。
建設現場で実際にからだを使い動かし大変な仕事をしている様々な業種の
労働者が手にする仕事料金はバブル崩壊後に格段に下落している。

資本主義社会で生きていくのだから、収益を上げるという行為は
あまりにも当然ではあるが、何をおいてもお金が優先されるというところに
今の社会問題の根本があると思うが、しかし、どのプロセスでも必死であり
気前よく相手の事ばかりかまっていては自分が干上がるという状況でもある。

鉄筋を細く、少なくすれば材料費や工事時間や人件費は節約されるだろう。
でもその建物の安全性はどうか、公示内容と実際が違うのに客に
購入させるのはどうか。
新築ビルの現場で検査日までは1階が部屋であったのに次の日に行くと
壁を砕いて駐車場にしていた場面に出くわした事もある。

また大手ではなくとも中小工務店の新築欠陥住宅の例もある。
不正は上から下まで十分に行き渡っている。

でも世の中とは、日本の社会とはこういうものではないのか。
自分の立場を大いに利用して自分より色んな意味で弱いものへ
しわよせさせて自己保身をはかる。
それが社会の正体ではないのか。
世界とはこういうものではないのか。
正しい社会とはどんなものか。より良い社会とはどんなものか。
今の社会が利己的にすぎるのであれば
たとえば利他的であるとは、
相手の利の為に自分が損をひっかぶる事ではないのか。

武器商人がごろごろいて、戦争を金儲けの手段と考える国を相手に
清く正しい国は、不正のない国ならどんな対応ができるのか。

アメリカはいろんな意見が自由に活発に交わされる国だという。
ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争を強行しても国内では
反対運動も盛んに行われるし反対デモもある。
でも実際は街を壊し道路を壊し人を殺す。
これはいったい何か。

数十万のお金が払えずに自殺に追い込まれる人がいる一方で
数百何、数千万円という税金や賄賂を簡単に懐にいれる事のできる者や
賄賂を贈る者がいる。
彼らと数万円に四苦八苦する私たちとの違いは何か。
その違いは努力によってなんとかなるものか。
何とかなると思えばこそ
学歴にも執着するのではないのか。
権力とパイプを持とうとするのではないか

政治家や官僚は国民の未来をあずかっている。
1億数千万人の生活を左右する立場にいる。
それほど重要な仕事だから報酬も高いのであろう
市井の者には想像もできない苦労をして他国との
交渉にあたってくれているのであろう。

国歌公務員、地方公務員は
おそらく膨大で煩雑な国や自治体の運営に日々頭を悩ませ
その対策に四苦八苦してくれているのだろう。
誰でもできることではなさそうだ。
それを信用し権力も与えられ、収入も保証され、
利益を生み出さないにも関らず臨時賞与がでているのであろう。

民間人は働かなければ、能力が認められなければ、存在価値を認められなければ
1銭にもならないのである。どんなに強欲な者でも吝嗇家でも、その悪評を受けつつ
努力をするし、痛い目にも会うのだ。

学力もあり学歴もあり優秀でもあるのでしょうが
それを私腹を肥やす事と自己保身にばかりに使わないでもらいたい。
なけなしのところから更に絞られてもっていかれている税金が
皆さんの給料であることを思い知ってもらいたい。
不正を行うのははあなた達ばかりではない。
でも皆さんは公務員である事を忘れないでいただきたい。














100えん ドーナッツ

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画材や書籍の購入で聖蹟桜ヶ丘によくでかける。
駅の近くにチェーン店のドーナッツ店があり、たまに買って帰る。

そのお店では忘れた頃に100円セール期間があり、
その時はドーナッツを1個100円で売る。

それで先日もオールドファッションを人数分持ち帰り
おやつの時間に食べる事となったが、
袋から取り出すやいなや
「ずいぶん穴が大きくなったなぁ」と子達が言う。
言われてながめてみれな、穴が大きくなったというか
ドーナッツのリングが確かに細くなったように見える。

なるほど100円セールにもみそがあるのかと感心する。

20代の頃、某有名デパートで仕事をするはめになっていたことがある。
そのデパートは強い球団をもっており
優勝セールと称し商品を安く売るのだが
いつも店頭にある品物を特別価格で売るのではなく
セール用に仕入れて安く売るので
早く言えば安く売れるものを安く売っているだけの話し。

しかしドーナッツの穴が大きくなっている、
という表現は非常に興味深く、かつユニークな作戦であると
思われるのでした。

つまり、リングが細くなっていると思ったり
全体が小さくなっていたりすれば
騙されたような気がします。
しかし穴が大きくなっているというのは、結果は同じかも
しれませんが、ドーナッツという物体に関する認識を
露にするのでしょう。
穴も商品の一部と認識している事に気付くのです。

しかも原材料の質をおとすとか、セール用の品物を仕入れるのは
秘密裏のことですが
それに比べて、穴を大きくするというのは実に公明正大です。
 
価格を下げているのに商品の一部が大きくなっている。
なのに損もしていない。

御見事。



黄色は青か、赤も青か。

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運転歴10年以上のひとなら
ここ数年来の黄色信号に対する運転者たちの
対応に不満をもっているのではないだろうか。

止らない運転手が多いと思わないでしょうか。
今や赤信号の最初の一秒まで交差点に侵入する
車も少なくない。
交差点内で右折待ちしている時にも平気で直進侵入してくる。

したがってくそ真面目に黄色信号で止る時は
後方の車に注意しなければならない。
黄色信号は突破するものと思っている人が
後続車の運転をしていればもちろん慌てるからである。

先日、野猿街道を走行中に黄色信号で停止したら
左の車線を走行中の自動車が黄色で止らず通過
していった。

自動車を見たら、何と教習車ではないかいな。

黄色信号は安全に停止出来る時は停止。とわたしは
教習所で習った。

赤信号の最初までが青信号の長さと認識する
運転手がこんなに増えては
「安全に停止出来る時」がもはやないのかも知れない。

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