献食菜集 -165ページ目

寝ぼけた頭で

人類は地球を滅ぼすために誕生したのかも知れない、と思っていたが実はそれはたいへん傲慢な考え方であるといわれたような気がした。



それは、このまま人類が好き勝手なことをやってオゾンホールをますます大きくし、またco2をこのまま排出し続ければたしかに地球環境は変わりその影響で人類は破滅するかもしれないが、それでも地球は残るであろうし、地球環境が変わる前に自然環境のほうからたとえば大津波や大地震や疫病などによって人類は大打撃を受け滅亡の危機に陥いるかもしれない。



人間の力によって地球を破滅させることが出来るというのはあまりにも驕った考え方で、人類が生存するには不適な環境になっても、おそらく地球環境はまた時間をかけて変化したいように変化するのだろう。たまたま人類がはびこっているに過ぎない。



「人類が誕生して10万年から15万年しか経過していない。
何億年も地球に生息している種と比較すると、人類がこの地球という環境に適合している種かどうかはまだ答えがでていないのである。」
との一文を、朝起きぬけに読んだからです。





































才能保存機械

才能に会う、という感覚をはじめて知った。
誰それに会うではなく、いろんな才能に会うという感じ。

これは楽しい。

大概のことはなるべく無視してかかれる。

何かに取り組んでいるひとであれば
老若男女を問わず、そういう付き合いが出来るかもしれないし、
またそうしたいと思う。

























足場からみえたもの

5年ぶりに友人の壁画作家の仕事を手伝ってきました。
石やタイルやガラスを割るのも何もかもが5年ぶりでした。
足場の上では話が芸術談義にかわりました。

周りには防水工事の若者が数人仕事を
していましたが、我々の話をききながらの工事はいかがだったでしょうか。



建物のまえの広い道路は結構な交通量で、いらついたクラクションや
せこい違反を追いかける白バイのサイレンがいったり来たりしていました。

壁画のなかには亡くなった壁画作家の女性が生前に集めていた優しい色のタイルもあちこちに
混じっていて、優しい絵になっていました。




































まいどありがとうございました。

mott galleryの企画展もあと1週間をきりました。
残念ながら私の作品をひきろうというかたはあらわれません。
しかし、私の家内と娘がそれぞれ一点づつ気に入った作品を購入していました。
なるほど買われるということはこういうことなんだなと半分だけ買う立場から見ました。




















予感の的中について

mottギャラリーでの個展が終了しました。
前回のブログにも書きましたが、なぜ20年以上も前の夏のスクーリングを予感していたのか。
その答えがこのmott gyalleryにありました。

私の個展期間中に次々と若い作家や設計士、デザイナーが訪ねてきてくれます。彼らは普段からこのギャラリーに集い情報網もあります。みな私の作品を理解して堪能してくれました。
その才能たちと言葉を交わすと彼らの可能性を強く感じます。
私にとってはまさに20年前全国から集まったスクーリング以来の暑い、熱い出来事に出会えたのです。

3年前にタバコを止めましたが、その理由はタバコをやめれば何かが17歳の頃に戻るのではないかと感じたからです。

戻っているという表現は当たりませんが、確実に動いています。