献食菜集 -123ページ目

青い月

ベランダで月を見ている。
南から風が吹いて涼しい。
明るい月の光が接眼レンズから溢れて、とても眩しい。

大きな南のクレーターからは、衝突時の衝撃を表す傷が月面を縦断している。

静かな夜。

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たばこ

なぜか、このごろ、しきりにタバコをすいたい気分になる。
困った。
やめて丸12年が経過した。
完全にタバコのことは忘れていたのに。

タバコなんかすったら息は続かなくなるし、胃も痛くなるし。
第一タバコくさくなる。部屋も歯も肺も汚れる。
良いことなんかないとし知っているのに。

最期に愛飲していたのは手巻きタバコで、
へんぴなところに住んでいたのに、品揃えの多いタバコ屋が近所にあり、良く利用した。

セブンスター ショートホープ ハイライト 缶ピース 煙管 パイプ 色々楽しんだ。
無理にやめたわけではなく、とてもやめたい気持ちになってやめた。

でも、まだ喫煙歴のほうが長いな。同じになったらも一回考えよう。
それと60歳過ぎたらすっても良いかなとも思っている。

まさか12年目にこんな気持ちになるとは思ってもいなかった。



































































「a visit /訪ねる」 新作掲載

もうやめよう、と思ってから4作品。
切り抜きは限界だとおもうのに。

ただ、画面に描くだけでは見られない世界があり、それ見たさで作ってしまう。
この連作の前の icon on a mirror surface も自分の作品を素材として組み合わせ、鉛やガラスで組み立てていく時に、やはり別の世界が作られていくので同じように2年間続けた。

icon on a mirror surfaceの連作が現在止まっているのは、決して行き詰ったわけではなく、作品の置き場がない事と、売れないものに材料費をかけられない、という事情からだ。

重ねる(見えなくなる)、切り抜く(見えるようになる)、組み合わせる(新しいものがうまれる)。
取り組みはじめて12年。周期を一回迎えたところで、足踏みしている。

「a visit /訪ねる」
何か新しいものの訪問、到来を待つ気持ちだろうか。
足踏み状態だからこそ出来たものともいえる。






































算盤珠再利用

長年、きんぴらごぼうを自己流で作り続けた。美味しかったが、工夫など特にしなかった。弱火の料理の旨さに気付いたのは、かなり遅い。料理は強火、と思い込んでいた。

きんぴらも同様だった。
しかし2ヶ月前、ごぼうを入れたフライパンを弱火で放ったらかして、時々混ぜつつ別の料理に集中していた。
気がついたら弱火なのに結構水分が飛んだようでごぼうが丸まっていた。
少量ごま油をいれ鷹の爪、砂糖、酒、醤油などで味付けして、いつものように食べたら驚いた。お、美味しい。

私は今までよくもあんなきんぴらを食っていたものだと恥ずかしく且つ家族の者に謝りたい気持ちになった。

シャキッとコリっとして旨い。
乾煎り時間も長いので香りも良い。
後日、調味の時にごま油より先に、砂糖を入れるのも結構いけると思った。
鷹の爪は最初からごぼうと一緒に弱火で乾煎りするのが良さそうだ。自炊、料理親父歴合わせて28年目の驚きだ。

下の写真は壊れた算盤を捨てるのが惜しく、珠だけ全部残しておいたものをストラップのしたもの。

なかなか可愛くできた。スーパーの野菜売り場の棚に置き忘れ、慌てて戻ったら、若い男性のふたり連れが、このキイを目の前に揺らせて珍しそうに見ていた。
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夏休みだな子供達は

いよいよ夏休みか。
年中夏休みの私には、学校プールから戻る子供達は、駅に近づくと遠くから近づいてくる別の線路の様にも見える。

蝉も割と鳴いているようだ。我が家のクチナシにも蝉の抜け殻がいくつかあった。
蝉は地中にいる時の年数が素数だそうだ。
不思議だと思っていたら、ある人物が昆虫は別の次元の生き物だと書いていた記事を読んで思わず納得した。
更にはトンボの羽の構造ではバックできないという別の記事も読んだ。琵琶湖で育った私はトンボをよく知っているが、確かにトンボのバックは瞬間だ。
ちょっと他にない。
うーん。納得。