外出から戻って病院のトイレについて行きました。自宅では付いていくことはなかったのですが、点滴があったので中まで入りました。二十四時間尿量を測定するので母はコップで尿を取りました。するとなんと、母の便は綺麗な血液そのものでした。びっくりして母に
「お母さん、いつからこんなん?」
「10月ぐらいからかな。」
「これはひどいよ。先生に見てもらわないといかんわ。」
「痔から出ているんだと思ってた。」
あまりに衝撃的でした。自分が母の下血を知らなかったことがショックだった事、自宅で母が毎日何回もこんな下血をしていたという事、坐薬を毎日入れていた事……。でも落ち込んでいられません。すぐ看護師に便を見てもらいS医師に連絡してもらうようにしました。S医師が肛門を開いて診ましたが分りませんでした。血液ばかりが出てきて腸を見ることが出来ませんでした。急遽7日に大腸カメラの予約が入りました。
結果は腸が広範囲に糜爛・潰瘍ができているということでした。おそらく抗癌剤の副作用だろうという考えでした。抗癌剤はこの腸が回復しないと出来ない事、胃癌に効果のある薬はもう使用できないかもしれないということが説明されました。母は24時間高カロリー輸液、水分のみ摂取可でした。腸の安静しかなく、S医師からはSクリニックのS医師がいるので自宅でもいいと言ってくれていました。こちらからは在宅になるなら自宅でも高カロリー輸液が必要なので皮下に植え込み式中心静脈カテーテルを挿入してほしい旨を伝えました。関本医師からも在宅の場合、皮膚から出ていないカテーテルのほうが生活しやすいので薦められていました。私も職場で使用しているものなのでなじみがあり利点も良く理解していました。
中心静脈からの植え込み式カテーテルは放射線科の医師が挿入してくれました。腸のほうは再度大腸カメラを実施する予定となり、11月29日に退院の運びになりました。以後は消化器外科から消化器内科に転科になりました。退院前にS医師から消化器内科の医師にコンサルトをとってもらい話しがありました。やはりこの腸は抗癌剤の副作用であるということ、腸の状態がかなりひどいので同じ系列の薬は難しいということでした。私の中では胃癌は抗癌剤が元々効きにくく、良く効くといわれている薬が使用できないのならしないほうがましだと考えていました。大腸カメラの写真では母の腸はまるで熱湯をかけられたような発赤で回復は困難かもと思いました。消化器内科の医師の話しにS医師も同席してくれました。話しが終わって廊下で私はいてもたってもおれずS医師に言いました。
「先生、私は母が効果の少ない抗癌剤治療をするぐらいならしないほうがましだと思うんです。」
「分るよ。僕の父は最期まで抗癌剤で苦しんで死んだから。」
意外な言葉が出てきました。私は日頃からS医師に対しては疑問な事、分からない事、自分の考えは全部話していました。S医師を信頼していましたし、S医師も患者・家族に対して自然でした。変な表現ですが癖がないナチュラルな医師でした。ですから医師の父親の話しが出た時、やはりそういう経験が今の患者・家族に対する対応に結びついているのかも?と思いました。元々の性格かもしれません。でも、母の主治医になってもらってストレスなく日々付き合えました。今後、S医師が主治医にならないのは残念ですが良い出会いが持てたと感謝しました。痛み止めのデュロップパッチRは2.5ミリから5ミリに増量になりました。
母は3週間強の入院生活を終えて退院の運びとなりました。在宅に関してはSクリニックのS医師に連絡し、退院後製薬会社・薬局からそれぞれ看護師、薬剤師が来ることになりました。点滴薬のみ1週間分は入院していたS病院で処方してもらいました。こうして、この先どんなふうな経過をたどるか不安に思いながら退院になりました。まだ下血は完全には止まってなく体力もないので、今後おそらく治療は出来ないのではないかという思いを持っての退院となりました。仕事を続けながらの面会は少々疲れました。なんといっても病院は家から反対方向だったので帰りも時間が掛かり、子どもには一緒に住んでいながらほとんど会えず寂しい思いをさせてしまいました。