前回招き猫が豪徳寺からと書いていましたが、

別なお話がありました。
こちらは、豪徳寺より以前になります。


新吉原三浦屋の三代目薄雲太夫の話。

この太夫が一匹猫を飼っておりまして、

可愛がり過ぎたのかいつもどこにも、太夫について来るんですね、

あまりにくっついてくるので見兼ねた郭のしゅじんが首を切り落としたところ、首がすっ飛んで、大蛇にがぶりと噛み付いたんだそうです。

くっついていたのは実は、いつも可愛がってくれる太夫を猫が守っていたわけです。

傷心した太夫を慰めるため、猫の木像を作り、それにあやかって真似た猫の像を浅草の歳の市で売られたのが招き猫の始まりだという話ですね。

実際はこの話より百年後に回向院の前に金銀の猫を飾った金猫銀猫という郭が流行った為に招き猫が信仰されたらしいです。

しかし、その他にも関西の京都三条大橋、檀王院無上法林寺で売られていたという話もあります。
こちらの境内にある主夜神堂に奉られている婆珊婆演底主夜神の神使が猫なんだそうです。

この主夜神のお姿が左手を下に、右手を挙げるというのが豪徳寺の招き猫の右手を挙げたスタイルなのでは?という仮説ですね。続く
招き猫は右手と左手とで意味が違うということを最近知った。

招き猫は通常

左で、

「客」を呼ぶ招き猫に対して、

右は、

「福」を呼ぶ。

そもそも、世田谷の豪徳寺が発祥だそうで、

むかーしむかし(笑)

江戸時代、豪徳寺は貧乏な荒れ寺で、

そこの住職が白い猫を大変可愛がっておりまして。

ある日住職がその白猫に「お前も恩義を知るなら、何か果報を招いてくれ」と軽い冗談で言ったそうな。

そしてその後、その辺りを当時の藩主井伊直孝(直弼の先祖)がたまたま通りがかった時に、

白猫が何故か直孝様に「右手」でおいでおいでをしている。

で、直孝様がなんとなく立ち寄り住職に法話をして貰っていたところ、

突然夕立落雷が起こった。

「ずぶ濡れを猫に救われた」

と直孝様たいそう感激して住職(秀道和尚)に帰依し、豪徳寺を菩提寺と定めましたとさ。

それ以来招き猫は右手で「福を呼ぶ」んだそうな。


たまにはマジメに書かないとね。(´・ω・`)


人によっちゃあどうでもよい話?(笑)


ん?はっ!Σ( ̄□ ̄;)

皆さん実はこーゆーの望んでいたとか?


だとしたら


スイマセン!


出直して参ります。
( -_-)ひらめき電球チーン
長生きしたい?ブログネタ:長生きしたい? 参加中


カモッ!


長生きしたいか?って?

別にチョキ


「死ね」ってか?プッ!


いや死にたいわけじゃなくてね。


長生きする努力するぐらいなら、やりたいことやって死ぬときが来たら「サヨーナラ」でいいっすわ
(゚д゚)v


つか頭がちょっとアレになって残された家族に迷惑はかけたくないのよ。

このへんの問題をキチッと政策で無理なくクリアできたら

長生きしたいな。


って思うかもね。


クリアするにはどうしたらいいか?って?

そりゃ言えねえな。

簡単な問題だよ。

別に思考停止させるもよし。

尚も考えつづけるもよし。

自称「自由の国」日本DAKARAさ富士山


ま、遠回りになるが教育の改革も手だろうな。


マンガ規制したり子供達の遊び規制するまえに、
先ずモンスターと揶揄される人々をなんとかすれば?あと官僚もな!