とにかく、どうにかして走ることについて語りたい。

とにかく、どうにかして語ることについて走りたい。


でも、なかなかそれができないし、それをできるようになることが、果たして前向きに歩くことなのか、後ろ向きに退くことになるのかすらわからない。


もっと言えば、前向きに歩くことと、後ろ向きに退くことが、どちらが正しい方向へ歩むことなのかもわからない。


というような気持ちを、文章にできれば、医者になったときに役立つ、、、んなわけないか。。。


でもぼくは、誰よりも「まっすぐに」、誰よりも「なめらかに」、誰よりも「やわらかく」、誰よりも「美しく」、後ろ向きに退こうとしたヒーローたちのことを、本当に尊敬しているし、本当に愛している。


いい加減、そろそろぼくも、後退りし始めなくてはいけない年齢なのかもしれない。


夏草や 兵どもが 夢の跡


やっぱり今年の夏は、特別な夏だった気がする。

うん、「いつも通り」、特別な夏だったと思う。


秋が来るなぁ。。。

昨日の記事をシリーズ化したかったのですが、キャパオーバーしたのでいとも簡単に諦めました、笑っ


ということで、ぼくなりの「無常」「空(クウ)」「0(ゼロ)」の見つけ方、、、つまり、ぼくなりのリラックスの仕方を考えた結果、ぼくの部屋にいる愛犬を紹介してみることにしました。


くしくも今日は、日本の「ゼロ・ポジション」を決めかねない一日になりそうなので・・・


・・・(だいぶムリヤリですが、とにかくひと呼吸つきたかったようです)・・・


ということで、疲れたぼくを癒してくれるかわゆいやつ、一昨日くらいからプロフィール画像にご登場いただいている、この子のご紹介っ!!!


ぼくの愛犬、「あいざっく」くんでぇす♪       前から見ると、こんな感じ☆

          ↓↓↓                        ↓↓↓
語ることについて走るときにボブの歩む道         語ることについて走るときにボブの歩む道


かわゆいでしょお~!!??


実は「あいざっく」くん、ぬいぐるみとミニチュアヘルメットは元々全然別の品物。


ぬいぐるみは、大阪USJの「バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド」の売店で買った、「アインシュタイン」(映画中でドクが1985年に買っている愛犬)のぬいぐるみ。


ミニチュアヘルメットは、UCLA(カルフォルニア大学ロサンゼルス校)の大学生協の売店で買った、UCLAアメフトチームのグッズ。


以前は別々に部屋に飾っていたのですが、あるとき、「ん??ひょっとしてこれは??」と思って、「カポっ」とかぶせてみたところ、運命のいたずらと思わせるほどサイズぴったりぃ♪


ぴったり過ぎて既製品にすら見えませんか??


しかもUCLAなら、ハリウッド作品のバック・トゥ・ザ・フューチャーにも合っていて、う~ん、メイク・センス!!


ぬいぐるみとミニチュアヘルメット、それぞれ別々でも十分インテリアとして機能するけれど、

2つ(1匹と1つ)を合わせることで織り成される、見事なまでの「合わせ技一本」!!うーん、アッパレ♪


めちゃめちゃアメリカンなやつかと思いきや、カツカレー、漢字仮名交じり文、日本語ラップ、、、

そんな「グレート"和"イズム」を持った、粋でいなせなやつなんです。


どうかかわいがってやってください、ねっ☆★☆★

インナーマッスルの適切な整え方や、効率よくインナーマッスルを用いたからだの使い方などは、インド宗教の哲学や、仏教における「無常」や「空(クウ)」といった概念が、親和性が高いような気がしています。


注)いつもに増してつまらない話になるので、選挙速報に飽きたころにでも読んでいただければ幸いです。・・・



インナーマッスルにできるだけ効率よく働いてもらうには、「どうやってアウターマッスルが働かなくなるポジションを見つけるか」が大切になります。


つまり、インナーマッスルを効かせるためには、アウターマッスルが働けないような「適正な配置への転換」を行うしかありません。


なぜなら、脳からの刺激でアウターマッスルを収縮(緊張)させることはできても、脳からの命令でアウターマッスルを弛緩(リラックス)させることはできないからです。

(脳からの命令で上腕二頭筋に力こぶを作ることはできますが、上腕二頭筋を完全にリラックスさせるには、肘を伸ばすしかありません。)


よりマクロな視点に立って、それぞれのアウターマッスルを、チームスポーツにおけるそれぞれの選手に見立てても同じようなことが言えます。


試合前の選手たちに、コーチや監督が「緊張するな!!」「リラックス、リラックス♪」と言ったところで選手の緊張がほぐれるはずがありません。(少なくともぼくはそんな現場を見たことがありません。)


このような場合、コーチや監督がやらなければいけない作業は、「どうやっても緊張できないような位置関係」へと選手同士のポジショニングを整えなおしてあげることが重要です。


例えばサッカーでは、監督が「長谷部、もっと上がれ!!」と指示を出すことでチーム全体の位置関係を整えたり、ボランチなどのMFを中心に、選手同士が自分たちでポジショニングを変えることでチームとしての位置関係を整えたりしています。


長くなりそうなのでちょっと途中は端折りますが、このように、ある集合の中で振る舞うそれぞれの個体が緊張しすぎてしまっているとき、それらを強制的にリラックスさせ、その代わりに、バランスを整えるために働くようなような「もうひとつのシステム」を起動させるには、単に位置関係を整えるだけでなく、


①適切な順番で、②適切なタイミングで、③適切な位置関係へと個体を配置しなおすこと


そのような一連の作業(ルーティーン)が鍵になります。



このような「もうひとつのシステム」、あるいは「もうひとつのブラウザ」を起動させる鍵を見つけるには、特別な才能を持った天才でない限り、なんらかのトレーニングが必要です。つまり、メインのブラウザが強制終了され、もうひとつのブラウザが起動し始める状況を見つけ出すトレーニングです。


そのために用いられるのが、「無常」、「空(クウ)」、「0(ゼロ)」といった概念なのだと考えています。


最初は偶然に、でもそれを何度か体感したり、既にそれができている天才たちのマネをし続けることで、

「メインのブラウザが強制終了される①順番、②タイミング、③位置関係」を自力で探し出すができるようになると、メインのブラウザをシャットダウンさせ、「もうひとつのブラウザ」を自力で立ち上げることができるようになる。


その一連の作業が思い通りにできるようになるためのコツやエッセンスを体得するために、「無我の境地」への修行があるのではないかと、考えてみたりしています。


ということで、少しでもシャングリ・ラへ近づくために、、、ひとっ走りしてきまぁす♪


P.S.

ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございます。

明日以降(と最初書きましたが、イマイチまとまらなさそうなのでいつか)、もっとわかりやすい具体例なんかも出していければと思っているので、よろしければそのままstay TUNEd♪

ぼくは、子供のころからもの覚えが悪かった。


だから、一生懸命勉強した、、、こともあった、、、と思う、笑っ。


その代わり、ぼくは、一度覚えたことを、なかなか忘れない。


今でも、算数の時間に、どんな問題が出て、誰が黒板に行って、どんな解法でその問題を解いて、先生がどうコメントしたか、逐一覚い出せる、、、問題も中にはある、、、し、国語の時間に朗読した文章は、恐らく普通の人よりは多くの文章を諳んじることができる、、、と思う、、、笑っ。


でも、それは、決して僕の記憶力がいいからではない。

というか、「記憶力がいい」とはこーゆーことを言うわけではない。


大好きだった先生が、毎時間毎時間、とてつもなく面白い問題を用意してくれて、やっぱり大好きだったクラスメートたちが、ぼくには到底思いつかない解き方を思いついてくれて、みんながみんな、こんなものわかりが悪いぼくがわかるまで、根気強く説明してくれたからだ。


大好きだったクラスメートたちが、みんな一生懸命感情をこめて朗読してくれて、大好きだった先生が、どんなに朗読が下手であっても、必ず朗読のよかったところを褒めてくれて、でもここをこう工夫するともっとよくなるよ、と毎回必ず励ましてくれたからだ。


ぼくはとにかく、要領をつかむのが苦手で、理解するのが人より遅くて、もの覚えがとことん悪かった。

だけど、どんなにもの覚えの悪い生徒でも、人間というものは、おもしろいと思ったこと、アッパレと思ったこと、感動したこと、そういったことは忘れないように創られているらしい。


もうすぐ卒業試験がやってくる。


ぼくは、恐らく、学年で一番勉強していない学生の一人だと思う。もの覚えの悪い学生が、他人よりも勉強していないんだから、救いようがない。


そんな輩が言う台詞ではないけれど、どんなに簡単な問題でも、ぼくがわかるまで説明してくれた小学校の先生や、どんなにぼくの作業が遅くても、放課後に居残ったり朝早く学校に来たりしてぼくの課題を手伝ってくれたクラスメートが、今はとても懐かしい。


やっぱりぼくは、彼らがいないと、生きていけないんだなぁと思う。


ぼくの「思い出す」能力が高い秘密は、いつも一緒にバトンをつなぎ合った、大好きな「リレーメンバー」の中に隠されていたのかもしれない。


みんな、元気に暮らしているのかなぁ・・・

「ぼく」は戌年で、

「オレ」は獅子座だ。

だけどやっぱり、

「吾輩」は猫、、、らしい。


石橋を叩いて渡れる人間は星の数ほどいるけれど、

渡った石橋を叩ける人間は、ほとんどいない気がしています。


ちなみに、そんなぼくはというと、、、高所恐怖症です。。。


「にゃおーん♪」


でも、そんなぼくも、そんなおれも、そしてそんな吾輩でさえも、

「猫に噛みつこうと窮している鼠」のことが、だいだいだいだーいすきっ、、、なんです。。。


吾輩は太陽の下で走るのが好きである。名前は「ボブ」、、、らしい。

だが、一番の親友は、太陽がまぶしすぎて地下で走りまわっている、鼠の「ミッキー」だ。

今日も、こうして「ミッキー」に手紙を書いている。


たまごの甘い香りがする、秋色の夜更けに。。。