ぼくは、子供のころからもの覚えが悪かった。


だから、一生懸命勉強した、、、こともあった、、、と思う、笑っ。


その代わり、ぼくは、一度覚えたことを、なかなか忘れない。


今でも、算数の時間に、どんな問題が出て、誰が黒板に行って、どんな解法でその問題を解いて、先生がどうコメントしたか、逐一覚い出せる、、、問題も中にはある、、、し、国語の時間に朗読した文章は、恐らく普通の人よりは多くの文章を諳んじることができる、、、と思う、、、笑っ。


でも、それは、決して僕の記憶力がいいからではない。

というか、「記憶力がいい」とはこーゆーことを言うわけではない。


大好きだった先生が、毎時間毎時間、とてつもなく面白い問題を用意してくれて、やっぱり大好きだったクラスメートたちが、ぼくには到底思いつかない解き方を思いついてくれて、みんながみんな、こんなものわかりが悪いぼくがわかるまで、根気強く説明してくれたからだ。


大好きだったクラスメートたちが、みんな一生懸命感情をこめて朗読してくれて、大好きだった先生が、どんなに朗読が下手であっても、必ず朗読のよかったところを褒めてくれて、でもここをこう工夫するともっとよくなるよ、と毎回必ず励ましてくれたからだ。


ぼくはとにかく、要領をつかむのが苦手で、理解するのが人より遅くて、もの覚えがとことん悪かった。

だけど、どんなにもの覚えの悪い生徒でも、人間というものは、おもしろいと思ったこと、アッパレと思ったこと、感動したこと、そういったことは忘れないように創られているらしい。


もうすぐ卒業試験がやってくる。


ぼくは、恐らく、学年で一番勉強していない学生の一人だと思う。もの覚えの悪い学生が、他人よりも勉強していないんだから、救いようがない。


そんな輩が言う台詞ではないけれど、どんなに簡単な問題でも、ぼくがわかるまで説明してくれた小学校の先生や、どんなにぼくの作業が遅くても、放課後に居残ったり朝早く学校に来たりしてぼくの課題を手伝ってくれたクラスメートが、今はとても懐かしい。


やっぱりぼくは、彼らがいないと、生きていけないんだなぁと思う。


ぼくの「思い出す」能力が高い秘密は、いつも一緒にバトンをつなぎ合った、大好きな「リレーメンバー」の中に隠されていたのかもしれない。


みんな、元気に暮らしているのかなぁ・・・