Dustbin of Life -19ページ目

Dustbin of Life

Don't think.FEEL!
It is like a finger pointing away to the moon.

「自分はいつも正しい」
って思ってるヤツは、他者と迎合することができない。

他者と迎合できない人間は、他者を潰すか自分が潰れるかのどちらかを選択するしかなくなるだろう。

1人の他者を潰しても、次から次に他者は現れる。
しかし、自分が潰れてしまっては、次はなくなってしまうのだ。

そのことに早く気付いた方が良いと思うよ。

やはり前日の疲れがたたり、後半は殆ど記憶がない。
延長とPK戦は見た。

俺が眠くてたまらないってことは日本は負けるのかな、って思いながら観戦。
(試合はいい試合だったと思うけど)

PK、駒野を見て、
「外すな」
と直感。
こういう感だけは、自分でも鋭いと思う。
っていうか、ああいう表情のときは人間って、うまくいかない。

そういえば、シドニーオリンピックの時も中田が外すのを直感した。

逆にソウルオリンピックの時(古いな)、鈴木大地がスタート前に名前を呼ばれた時の表情で、金メダルを取るなって思ったこともある。


こういう感覚が馬に対して持てるのであれば、今すぐ仕事を辞めるんだが。
日本の試合がありますが、昨日(今朝)4:00まで仕事をし、1時間半しか寝ていないので、見れるかどうかわかりません。

ふがいない試合であれば、すぐに寝るでしょう。
俺を寝かさないような試合をすれば、勝てるのではないでしょうか。

がんばるな、ニッポン。




俺が高校3年生の頃、ストリートファイト/タイマンで俺に勝てる高校生は、県内で5人もいなかったと思う。
誤解して欲しくないのは、その5人以外の高校生に俺が勝てたというわけではない。
ストリートファイトをする状況で、逃げる俺を捕まえることができ、しかも俺よりもケンカが強かったやつは、そうそういなかったであろう、と言うことだ。

俺は400mの選手だった。県大会で3位が最高だったが……
「逃げる」という面において、400mの選手が最強だと思う。
人間が全力疾走し続けることができる距離は300m強といわれ、それを超えた距離を戦っていたのだ。逃げるということにおいて、そこらの人間に負けるはずはない。

ワールドカップでもそうだが、勝てなくても、負けなければ良いのだ。




なぜ、この曲か。
高校生の頃、ディスコで遊んだ後、あることをして警察に追いかけられたことがある。
結局、友人が捕まり、警察に出頭することになったのだが、そのときに警察官に
「とんでもないスピードで走り去った奴が居たが、あれは誰だ」
といわれたとき、どんな大会で入賞したときよりも嬉しかったという覚えがある。

その当時、この曲が流行っていた。
いつもこの曲を踊ってから帰っていたような気がするほど、ラストに相応しいと感じていた曲だ。
警察に追いかけられた日も、そのパターンだったような気がする。

「踊りつかれたディスコの帰り。これで青春も終わりかなとつぶやいて」
って歌があるが、俺にとっては、
「走りつかれたディスコの帰り。これで青春も終わりかなとつぶやいて」
って感じた曲だ。
90年のコベントガーデン。
何となく入ったショップのBGMがこの曲だった。



日本じゃありえないよな、としばらく聞き入ったことを妙に思い出す。

こんな曲が流れる国に住んでて、羨ましいなあ・・・・・・と。
先日UFOを見たという記事を書いたが、俺は神様を見たことがある。
正確に言うと、イエス・キリストを見たことがある。

この2行で、俺を頭のおかしい人間だと思う人が大半だろう。
しかし、事実だ。


俺は怪奇現象とか霊とか、そういう非科学的と言われるものに一切興味は無いし、そういう話題を良くする人間と友達にはならない。


俺が神を見た日は1994年11月5日である。

その瞬間の映像がこれだ。



俺が神を見たのは2回。
このジョージ・フォアマンという歴史上のボクサーが、若いチャンピオンを倒した後、一度天を仰いだ瞬間と、コーナーポストに跪き、神に祈った瞬間。
彼の瞳の中に神が写っていた事を確認したということだ。

この勝利は奇跡的な勝利だった。
神が奇跡を起こしたのではない。
一人の才能ある人間が、その波乱万丈の人生の中で出会った神を信仰することで、努力を積み重ね、この奇跡を起こしたのである。
俺の前に神が現れるかどうかではなく、確実に彼の中に神はいるのだ、という意味で俺は神の存在を確認したのである。
自分の目で見たことだけが事実ではない。

私は彼が、
「神様はいますよ」
と言えば、それを否定することは一切できないだろう。
(実際に彼は神を見たと言って、一度ボクシングを辞め、宣教師になった後、カムバックした)

彼の人生を知らずして、この書き込みの意味は伝わらないだろうとは思う。

とにもかくにも、現在においても無宗教であり、これからも何かを信仰しようなど一切思わない俺が、神の存在を信じる理由がこの試合だ。

ジョージ・フォアマンの名言
「老いは恥じることではない」

俺も、この時のフォアマンの年令になってしまっている。



俺が考える「やさしさ」というのは、よく女性に
「好きなタイプは?」
と聞かれた時に答える「やさしさ」とは大きく異なると思う。

先日TVで誰かが、
「やさしい人が好きっていう人は、結局誰でも良いって言ってるのと同じことですよ」
と言っていたが、その通りだと思う。

やさしくされたい、とだけ思っている女性に優しくしたいとは思わない。
おまえは俺にやさしくできるのか? と思ってしまう。
やさしさを求めるだけの女性に、俺のやさしさなんてくれてやるか( ̄へ  ̄ 凸

ネットで気になる人間がいる。この「メタル姫」だ。
この画像、割と古いものだと思うが、男か女かって論争があるみたいだ。
これを見つけたきっかけは、単純にHot for teacherを弾いてる人が見ようと検索していたら出てきたのである。
フリフリの服を着て、女をアピールしてて、そこは好みではないのだが、なかなかギターテクニックがワイルドでゴツいのだ。
結構、こういうのに弱い。(フリフリは……orz)



こんなところで自分の好きな女のタイプを書くのもどうかと思うが、俺は理想の女性と聞かれると
「100mを11秒台前半で走れる女性」
と答える。

早く走れることが凄いのではなく、女性で100m11秒台という、凄さのバランスが好みなのである。
女性で11秒台は凄いが、男ならいくらでも居る。
しかし、11秒台で走れる女性はそのタイムに誇りを持っているだろう。そこが良いのだ。
それは女性の特性を理解し、それに誇りを持っている証拠でもある。

自己の性に対して誇りを持つ女性はかっこいい。

逆に「男性と女性は平等だ」と唱えるウーマンリブ信奉者は、どうぞ子孫を残さずに絶滅してくれと思う。

苦手なのは、「私って、女の子でしょ。やさしくしてね」ってタイプである。
自分の性に媚びている女は信用したくない。

ということで、カルーアミルクを飲んで
「私、お酒弱いの~」
って弱さをアピールする女より、ウィスキーベースのカクテルをあおる女性の方が好きだ。

「いまバーでニコラシカを飲んでる。おいしい~」
とメールをされると、ついつい飛んでいってしまうのだ。
酔った女性をどうにかしようというのではない。

そんなものを飲んでも、全然大丈夫だということを判ったうえで、
「もし潰れたら、背負って帰ってやるから、好きなだけ飲め」
と密かに思ってやれる存在が、俺を幸せな気分にしてくれるのだ。

占いに行く女性って、変わり者じゃないよな。

変わり者の女性とは、
「占いなんて、バカじゃない」
っていう女でしょ。

そして、占いに行って
「あなたは変わり者ですね」
って言われて喜ぶ。

変わり者という言葉で、あなたは他の人とは違うんですよ、って言われて喜んでる。
「わあ、この人、凄~い」
人間誰しも多少は他の誰かと違っているもの。それをプライドにしているわけで、そこをくすぐられることで、占い師の術中にハマって行くわけだ。

占いを信じるあなたを、私が占ってあげよう。

「あなたは、だまされやすい人間ですね」

当たってるだろ(w

悪いことじゃないけどさ。

こうしたバカさ加減を
「可愛らしいでしょ?」
って思っているなら、言っておこう。

「類は友を呼ぶ」
キングスクロス・セントパンクラスという地下鉄の駅を降り、ロンドンという街に初めて足を踏み入れた瞬間、俺はなぜか
「なつかしい」
と感じた。

高校を卒業して、田舎から東京に住んだとき、東京という街に何の感想もなかった。
どんなに大きな街だとしても、住んでいるのは日本人で、見聞きしているものはほとんど同じ、同じ教育を受けているのだから、まあ、変わった人間に出会う確率は高くても、どうせ想像の範囲内だろうと思っていたからだ。

東京という街でカルチャーショックを受けなかった自分が、ロンドンでカルチャーショックを受けるというのなら、意味もわかるが(いや、実際にはロンドンではカルチャーショックを受けた)、最初の感覚が「なつかしい」というのは明らかに変だ。

見聞きする全てのものがこれまでの人生で感じた全てと異なるのに、懐かしさを感じたあの感覚は20年以上経ってもよく覚えている。

ロンドンと聞いて、俺がすぐに思い浮かべるバンドのひとつが「The Crash」だ。
テムズ川の船上レストランに行ったとき、甲板の上に立って、すぐにこのビデオを思い出した。



The CrashのTheCrashたるところが、俺にとってのロンドンであるようにも思える。

最初に行ったときは3ヶ月間、その後も3回ロンドンに数週間程度の滞在をしたけれど、あの当時の俺に今の俺が何をして生計を立てているか教えてやりたいものだ。

もし、当時の俺が今の職業を聞いたならば、それは人生の中で最も大きなカルチャーショックとなるだろう。

「ありえない」
きっと、そう言うだろう。

マーキークラブの前で、ガードレールに腰掛けて、シンガポールヌードルを食っていた頃の気持ちを忘れることはないだろうな。
それは今の自分と昔の自分を繋ぐ糸であり、こういうビデオがその糸をより太いものにしてくれる。

こういうものをいつでも見られるような時代になったことを、喜ばなければならない。

昨日、ビルの外で上司達とタバコを吸いながら、空を見上げていたら、UFOを見た。

白く光る丸い物体が、ゆらゆら揺れながら飛んでいった。

「今、UFOが飛んでました……」

このところのハードワークを上司二人は心配してくれていたのだが、俺のその言葉に、
『本当に大丈夫か?』
という顔をされた上、
「今日は帰っても良いぞ」
と言われた。

「飛蚊症って目の病気もある」

いや、本当なんだって……

職場に帰っても、言えば言うほど、ぽかーん。(゜д゜;)

UFOは仕事が忙しい時期に見るものではない。



UFOを見たのは20年ぶりだ。(いや、ピンクレディーではなく)

俺が見たのはUFOであることに間違いはない。
俺が見たのは「未確認飛行物体」であって、別に「宇宙船」を見たと言っているわけではない。
宇宙人はいるだろうと思っているが・・・・・・

ポカーン とした職場の皆んなより、余程、俺のほうが理知的だと思うのだが(。・ε・。)

疲れか?