Dustbin of Life -20ページ目

Dustbin of Life

Don't think.FEEL!
It is like a finger pointing away to the moon.

Don't think.FEEL. It is like a finger pointing away to the moon.
「考えるんじゃなく、感じろ。月をさし示す『指』のようにな」

ブルース・リーが「燃えよドラゴン」の冒頭部分で、若い弟子に伝える言葉である。

どんなに理に適った思考を持っている者でも、感性がなければ成功しないのだ、とい

うことだと思う。





まあ、そんな感性など全く不必要な職場で働いているわけで、だからこそ、こういう

言葉が強く頭の中に残ってしまうのだと思う。
そして、感じることのない者を見ると、何となく同情してしまうのである。

俺は、酒を飲んだ場合
「吐いたら負け」
と思っている。

長い飲酒歴の中で、負けは3度しかない。
どの敗戦も、相当なインパクトを残した戦いであった。

せっかく美味しいものを食べて、おいしく酒を飲んで、それを吐き出すなんて、考えられない。
平気で吐くヤツなど、自分を律することができない半端者だと思うし、すぐにケツを割る負け犬だと思う。

そもそも、
「美味しいものを食べる」とか
「良い酒を飲む」とか
「楽しい時間を過ごす」
という快楽を理解していない人間のなせる業である。

「吐いたら、楽になるから」
と良く言うが、そういう人は
「負けたら、楽になるから」
という発想と変わりはしないだろう。
負けることの恥ずかしさを知らない、恥知らずだ。
夜の敗者は自分のしでかした後始末すら出来はしない。

まず、吐いている格好が「敗者丸出し」だから嫌なのだ。
同様に、俺はトイレが嫌いだ。
完全に隙だらけの体勢だからだ。





オランダ戦の敗戦の後、日本代表はインタビューを受けていた。
敗者はインタビューなどに答えるべきではない。
敗者に言葉など要らないし、敗者の言葉など聞きたくもない。
敗者の言葉を聞こうとしているマスコミと、それが聞きたいと思っている視聴者など、「吐いたら楽になる」とすぐに言うタイプの、根っからの負け犬である。

敗戦後、すぐにインタビューを受けている選手の姿を見た瞬間、俺は日本代表への期待を完全に失った。(監督がインタビューを受けるのは許しても良いが)

「ノーコメントだ」
敗戦後、そういえない人間に国を背負う資格などない。
勝つ気がないなら、戦うんじゃねえ。

ブログに
「今日はこんな美味しいものを食べてます」
なんて、画像付きの記事を書いておきながら、その何時間か後にその食べ物を吐いているような人間と同じくらいに醜い姿だ。

家電芸人とか良くやってるけど、家電に興味は全く無い。
ああいうのが好きな人は、単純に新しいモノ好きな人が多いな。

流行りものが好きで、商業資本に乗っかった音楽が大好きなタイプだね。
俺の世代だと、おにゃん子クラブ(今ならAKBでもモー娘)が好きで、月9ドラマの主題歌になった曲だから、「それは良い曲だ」と信じて疑わないタイプじゃないかな。

最新式を持っていないことが不安だったり、身近に「○○が良い」っていう人がいたら、すぐに「○○は良い」って思っちゃたり。

自分が無いというか、カラッポというか、物事の判断を相対的なものでしかできないんだろうな。
たぶん母親に甘やかされて、何でもしてもらってた頼りない野郎って感じだろう。

要するに「現代の奴隷」だね。
そんな奴隷に限って、自分の思い通りにならなければいけない、って思ってたりする。
奴隷は思い通りにできないから奴隷なんだよ。


どうせなら、奴隷は作る立場の方が面白いに違いない。

そういえば、最近、マルコム・マクラーレンが死んだ。
月9ドラマの主題歌をヒットさせるプロデューサーやアイドルグループと変わりはないんだろうが、なんと言っても反社会的(を装ってる)だから、エンターテイメントとして信頼できるのである。

いまどきの日本のプロデューサーのように、現代に奴隷を作ってるヤツが善人ぶるから、おかしなことになってるんだと思う。




そういえば、日頃サッカーなんて見ないのに、ワールドカップだけは見る、なんて人種が本当に多いよな。
日本人にとって、ワールドカップは祭かな。
好きだよね、祭りが。

祭なんて、それこそ、虐げられた人が束の間の解放を感じるためのものでしょ。
まさに奴隷のためのもの。

毎日快楽を感じる人間に祭りなど必要ではない。
ドイツといい、スペインといい、本当にサッカーは何があるかわからないものですねえ。

ドイツがPKを外した瞬間は、思わず声を出してしまいました。ラーメン屋で。

ドイツやスペインが負けたからといって、日本がオランダに勝てるとは思いませんが、まあ、がんばれ。


それよりも、密かに石川遼が凄い。
17番、バーディー取ったかよ・・・・・・


俺は30歳になるころまで、泣いた記憶がほとんどない。
(赤ん坊の頃は泣いただろうが)

痛みで泣いたことも泣ければ、悔しくて泣いたこともない。
失恋などで泣いたこともないし、もちろん誰かにいじめられて泣かされたこともない。

泣いたことがないといえば嘘になるが、それは人生において相当な出来事のときのみだった。

それがこの10年、よく泣く。
泣く理由の98%は、娘だ。
泣くことは、悪いものではない。
なるべく泣きたくないのだが、泣けるものはしょうがない。




この曲、「アルマゲドン」って映画が存在せず、このミュージックビデオの作りがなければ、ただのラブソングとして聞いてただろうな。

映画の内容とビデオ、そして映画の出演している「娘」と主題歌を歌う「父親」という関係によって、この曲の「君」が「娘」となり、その瞬間、この曲は娘を持つ男にとって、とてつもなく「堪らない曲」へと昇華してしまう。

娘というものは成長し、父親の考える「娘」というものなど、実はとうの昔に自分の前から消え去っているのかもしれない。
それでも、自分の娘を思う気持ちは変わらない。

スティーブン・タイラーがどういう気持ちでこの曲を作ったのかは知らない。
(スティーブン・タイラーが作ったのかどうかも不明だが)
しかし、このビデオの作りなら間違いなく、娘にあてたものと思いたい。

ラブソングに見せかけて、娘への思いを歌うなんてカッコイイ。

しかし、いくらこの曲を「恋人への思い」に見せかけていたとしても、「娘に対する思い」は遥かにそれを凌駕して、こうして言葉が溢れかえってしまうのである。

そうして思えば、アイドルのブログばかり見ているような、わけのわからん頼りない男に娘を連れ去られるならば、俺は絶対にそいつを許さん( ̄へ  ̄ 凸
ゴルフに行っちゃだめだな。
散々なスコアだった。

カミさんに嘘をついて(出張だ)、せっかく行ったのに。

サッカー見て寝不足だったし……

あんなスコア、いつ以来だろ。

なんて、どうでもいいや。
見てたけどね。
泥試合って感じかな。

そんなことより、日曜日のNHK教育テレビのドキュメンタリーに感動した。

幼いわが子の脳死を告知するシーンの、両親の表情と「間」は民放のフィクションドラマにはできないだろうなあ・・・・・・
リアルさとは「無駄な時間」の積み重ねなのかな。

それにしても、お兄ちゃんの利発さは「子供店長」の比じゃないし、おねえちゃんの悲しみの表情はあまりにも気の毒だった。

死んだ目をした我が子を抱くお母さんの愛情の深さに脱帽です。

脳死というものがどういうものか、どう考えるべきなのか、自分なりによく感じ取れましたね。
たまには馬券を見ないとね。

でも、オッズを解析できないから、自宅で競馬をした方が良いな。

なんとなく餃子が食べたくなったので、久々に行ってみよう。

チャーハンではなく天津飯(かにもどき)で(=⌒▽⌒=)
「一番おいしいと思う食べ物はなにか」と問われたとき、

「○○って店の、▲▲牛のローストビーフ」とか
「銀座の××寿司の裏メニューの■■丼」とか
「ベネチアの裏通りのリストランテで食べたスカンピのリゾット」とか言うような人間は、貧しい人間だと思う。

一番おいしいと思えるものは、毎日でも食べることができなければならないものだ。
一番おいしいものを、食べたいと思ってもすぐに食べることができないというのは、本質的に心が貧しいのである。

上記のようなものを毎日食える財力があれば良いだけなんだが、一庶民がぬかしてんじゃねえよってことでもある。分相応とか恥を知らない人間は嫌いだ。

そういう俺が一番おいしいと思う食べ物は、「日清やきそば」である。
UFOではない。袋のヤツだ。他のメーカーのものではいけない。

しかも、出来上がる間際に火を止め、フライパンの中に卵を投入しなければならない。
ソースに絡む半熟卵をまとったその様はほとんど、明け方の繁華街に存在する「アレ」に似ている。

とても自宅にやってきた彼女に
「俺の得意料理なんだ」
って出せる代物ではない。
もちろん、あえて勧めはしない。

しかし旨い。
どんなに安っぽかろうが、見た目が悪かろうが、子供の頃からこれが大好きだし、今でも思いたったら食べる。


では
「一番好きな曲は何か?」
と聞かれたら、俺は即答する。



何故この曲が好きなのか、説明すると野暮ったいので割愛するが、ブライアン・ジョーンズのマリンバの響きは、「自分はこうありたい」と思える「音」として俺の中に存在している。


「Under My Thumbって、かっこいいよね」
そういう会話を日常で交わすことができないという意味で、この曲は「日清やきそば」に通じるものがあるかもしれない。
俺は、誰か他人のことを羨ましく思うことなんて全然ないし、他人が持っているものを欲しいと思ったこともない。

自分と同年代の連中が、スーパーカーやガンダムや松田聖子に熱狂していても、全然興味がなかったなあ。
プロレスは流行ったけど、タイガーマスクの派手なパフォーマンスが好きなのではなく、会社に「やれ」といわれて、しょうがなくリング上で謀反を起こし、悲しげな目をしているキラー・カンの表情が好きだったりした。


子供の頃からアイドルはたくさんいた。

例えば、「ブルース・リー」とか「アントニオ猪木」とか「長州力」とか「松田優作」とか「シド・ビシャス」かな。

俺にとってのアイドルは、間違く「男」だし、アイドルというよりヒーローだったのかな?

だけど、ヒーローはいても、
「この人になりたい」
って思うような人はいなかった。


そんな俺が唯一、それも最近になって
「誰かになれるなら、この人になりたい」
って思うのが、デビッド・ボウイ。

10代の頃に、70年代のグラムロックやパンクに傾倒してたので、「ジギー・スターダスト」や「ダイアモンド・ドッグス」はよく聞いていた。
(そもそも、日本中がピンクレディーに熱中していた頃、イギリスはコレかよ! って子供ながらにショックを受けたのが最初だったかな)

んで、YouTubeでビデオクリップを探してて、見つけたのが、これ。





かっこよすぎる。
70年代のエキセントリックさ全開の時代の曲を、こんなにかっこよくされちゃったら、たまんないね。
今、63歳だよ。
このビデオのときでさえ、50代半ば。
ロックスターとして最高にかっこいいキャリアを持っているのに、歳とってコレ・・・・・・

そういえば、15年以上前に、当時俺が働いていた街にライブで来た。(見にいけなかった )
そのときに、会場近くを一人でブラブラしたらしい。
地元の市場をさまよっていた写真を見たことがある。

会いたかったな。