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徒然草子

様々なテーマに関する雑感を気ままに綴ったブログです。

5 仏教におけるブラフマー
(3)インド仏教

(一)原始・部派仏教時代
これまでも、度々、触れてきた様にブラフマーは仏教の護法尊としてはインドラと並んで最古参に属し、今日、ヒンドゥー教において一般的な四面像とは異なり、ガンダーラなどにおける出土品から、その当時、一面二臂の神として観念されていた事が伺える。その場合、ブラフマーは、神々の王であるインドラが王侯貴族を意識した身なりをしているのに対して、装身具の類を身につけず、髪を高く結わえ、髭を蓄えて合掌していたり、水瓶を持していたりする。かかるブラフマーの姿は、恐らくは、ブラフマーの子孫とされる聖仙(リシ)や彼等の子孫とされるバラモンの行者の姿を意識したものであろう。
又、『過去現在因果経』によれば、釈尊が誕生した際にはブラフマーは払子を手にして侍っていたとされるが、払子を手に執って仏に侍するブラフマーのイメージは、別述する通り、遠く日本に迄、伝えられる事になる。
その後、インドではヒンドゥー教勃興期に当たるグプタ朝時代において四面四臂のブラフマーの図像がスタンダートとして確立すると、当該図像のブラフマーがインドにおいて一般的に普及し、ヒンドゥー教のみならず、仏教においても導入された。この頃に確立された四面四臂のブラフマーは日本においては、別述する通り、主に密教において、そして特に護方神のグループである十二天の一員として見る事ができる。

(二)インド密教
インド密教においてもブラフマーは仏教の護法尊として曼荼羅などに登場するが、単独で目立った信仰を集めた様子はあまり伺えない。この当たりの信仰の在り方はヒンドゥー教におけるブラフマーの等閑視といった事情が少なからず関係している様に伺える。
曼荼羅儀軌集である『ニシュパンナヨーガーヴァリー』では三種類の四面四臂像が伝えられているが、纏めると、以下の通り。

(ア)身色は黄色、又は白色で、右手は数珠、針、左手は蓮華、水瓶を有し、数珠と蓮華を有する手で合掌し、ハンサ鳥に乗る。

(イ)
身色は黄色、又は白色、右手は数珠、傘、左手は蓮華、水瓶を有し、数珠と蓮華を有する手で合掌し、ハンサ鳥に乗る。

(ウ)
身色は黄色、又は白色、右手は数珠、棒、左手は蓮華、水瓶を有し、数珠と蓮華を有する手で合掌し、ハンサ鳥に乗る。

尚、インド後期密教系の忿怒尊はしばしばブラフマーの首を手にしていたり、又、ヴァジュラバイラヴァの場合、他のヒンドゥー教諸神とともにブラフマーをその足下に踏みしめているが、かかる図像的表現は仏教教理的にはブラフマーに代表されるヒンドゥー教の教理や『ヴェーダ』の権威の否定を象徴しているものと思われるものの、成立の背景としては、やはり、その当時におけるヒンドゥー教と仏教との間の先鋭的な対立関係の存在、更にはヒンドゥー教に圧倒されつつあった仏教陣営の自らの優位性を主張する為と言う事もできる。インド密教の成就者の伝記集である『八十四成就者伝』にはブラフマーがナーガルジュナ(龍樹)を唆して自らの首を刎ねる様に仕向ける話が出てくるが、インド後期密教が行われた時代、仏教最古参の護法神であるブラフマーと言えども、上述の宗教事情を背景に、仏教との関係も友好的と言えなくなってきたのかも知れない。

(4)上座部仏教圏


      
上座部仏教圏において、既に度々述べてきた様に、ヒンドゥー教諸神は現世利益の神々として信仰されているが、ブラフマーもその例から漏れない。
ミャンマーの場合、図像的には四面二臂が一般的の様で、両手に各々持物を持していたり、合掌していたりしている。但し、ミャンマーの場合は護法神としての仏教寺院に迎えられ、単独で信仰される事はあまり無い様である。

    
タイの場合、ブラフマーはサンスクリット語のヴァラブラフマー(Vara Brahma)が訛ったフラフロム(Phra Phrom)と呼ばれるが、図像的には四面四臂、或いは四面八臂で、時として、そのヴァーハナであるハンサ鳥に乗る。
タイに関して特筆すべき点は、1956年にバンコクのホテルの敷地内に建立されたエーラーワン(Erawan)祠の本尊である四面八臂のブラフマーがその霊験で有名になると、ブラフマーは現世利益の神としてタイ国内において人気を集める様になった事であろう。タイにおいて人気があるブラフマーの図像は上述のエーラーワン祠と同様の四面八臂の法螺貝、数珠、書物、棒、水瓶などを持するブラフマーであり、当該図像のブラフマーはタイ人のみならず、東南アジアの華僑や中国人の間でも信仰を集めており、特に彼等の間では当該図像のブラフマーは四面仏と称され、東南アジアや台湾などの中国仏教寺院において祀られている事がある。

(5)チベット
   
チベットにおいてブラフマーは、やはり、飽く迄、仏教の護法神として迎えられ、単独で信仰される事は殆ど無かった様である。チベットにおいて見られるブラフマーの図像はヒンドゥー教の標準的な図像と同じ四面四臂像も知られているが、寧ろ四面二臂像の方が、チベットの場合、よく見かける様である。四面二臂像の場合、ハンサ鳥に乗り、梵天勧請の事蹟を踏まえて両手で法輪を持していたり、或いは水瓶を持している図像がよく知られている。
4 ジャイナ教におけるブラフマー

ジャイナ教は、教理上、宇宙の創造主や主宰神の類は立てないものの、その一方でブラフマーを守護神として同教のパンテオンに加えている。
ジャイナ教のブラフマーは第10代ティールタンカラであるシータナータ(Shitalanatha)の守護神と看做され、又、一般的に知識と智慧の神として信仰されている。
ジャイナ教のブラフマーの図像は、面数に関しては、ヒンドゥー教と同様、四面であるが、臂数に関しては4臂像と8臂像が知られ、特に8臂像の場合、守護神としての性格が強調されて、弓、矢、棍棒、剣、盾等といった武器を有する


5 仏教におけるブラフマー
(1)仏伝におけるブラフマー
ブラフマーが、何時頃、仏教に取り入れられたかは不明だが、
既述の通り、『ヴェーダ』時代の神々の王インドラと並んで仏教のパンテオンに最古参に相当する。
仏教のパンテオンに組み入れられたブラフマーは、先述のジャイナ教の場合と同様、宇宙の主宰神とか創造主としてではなく、専ら同教の護法尊として期待され、ジャイナ教のブラフマーがティールタンカラに随従する様に、仏教のブラフマーはインドラらと共に釈尊に従い、常に彼の説法の場に侍り、その教えを聴いていたとされる。ガンダーラ方面において度々発掘されているブラフマーとインドラを脇侍とする釈迦三尊像は両神のかかる有様を表現したものである。
又、ブラフマーは単に釈尊を守護し、その教えを聴いていただけではなく、仏伝において、釈尊の伝道活動の契機作りを果たすと言う極めて重要な役割も果たしている。
仏伝によると、成道後の釈尊は自身が悟った真理は煩悩に毒されているこの世界の人々には理解され難いと考えていた為、しばらくの間、その教えを説く事を躊躇っていたと言う。かかる釈尊の躊躇いを察知したブラフマーは釈尊の許に出現し、跪拝しながら、この世界と衆生を救済すべく釈尊が悟った真理を開示する様に呼びかけたと言い、ブラフマーの呼びかけに応える形で釈尊は漸く伝道を決意したと言う。漢訳仏典の『雑阿含経』(サンユクタ・アーガマ)(パーリ仏典『相応部』(サンユッタニカーヤ))によると、伝道の決意に際して釈尊は「甘露の門は開かれた。耳ある者は聞け、古き信を去れ。」と述べたと言い、その決意を耳にすると、ブラフマーも姿を消したと言う。かかる仏伝におけるブラフマーの事蹟を梵天勧請と言い、仏伝図などでしばしば表現されている。

(2)仏教的世界観におけるブラフマー

仏教における教理研究であるアビダルマの発達整理とともにその世界観も次第に構築されていった。
完成された仏教的世界観によると、世界は衆生の精神のレベルや禅定の程度に裏付けられた垂直構造となっており、下方より欲情に拘束される欲界、欲情から解放されているが、色形が残存する色界、色形をも脱している無色界の三界より成る。
そして、神々の世界は欲界の一部と色界、無色界に相当するが、『ヴェーダ』の神々の王であるインドラは地上世界の最高処であるものの、欲界の一部である須弥山の頂上に住しており、一方、ブラフマーは欲界の上方に位置する色界を構成する十八天の内、最初の三天、すなわち初禅三天を自身の世界としている。
ブラフマーの世界である初禅の三天は大きく梵衆天(ブラフマカーイカー)、梵輔天(ブラフマプロヒーター)、大梵天(マハーブラフマー)に分かれるが、バラモン教やヒンドゥー教の神としてのブラフマーは大梵天(マハーブラフマー)を住処としているとされ、当該世界の寿命は1.5劫とされる。一方、梵衆天はブラフマーが領し、かつその支配に服する衆生の世界であり、梵輔天はブラフマーに侍し、彼を補佐する衆生の世界であるとされ、それらの世界の寿命は各々0.5劫、1劫とされる。
又、ブラフマーの世界は色界の中でも下位に位置する為、須弥山世界の終焉時の壊劫の三災を逃れる事はできない。その一方で成劫時に新たに須弥山世界が形成される時には先ずブラフマーの宮殿とその世界である大梵天が形成され、続いて梵輔天、梵衆天の順に形成されると言う。
3 ヒンドゥー教におけるブラフマー
(3)図像
今日のヒンドゥー教においてブラフマーの図像は四面四臂で表現されるが、ブラフマーの四面は当該神の図像上の最大の特徴でもあり、四面により聖典『ヴェーダ』を構成する『リグ・ヴェーダ』などの四つの『ヴェーダ』を表していると言われている。
尚、嘗て、ブラフマーの面数は五面であったが、ブラフマーの態度に激怒したシヴァがその首の一つを刎ねた為、四面になったという伝承もある。
又、ブラフマーの面相に関して、しばしば豊かな髭を蓄えた翁相で表現される事もあるが、その所以はブラフマンの神格化であるブラフマーの原初性を表現する為とも言われている。
ブラフマーの持物としては蓮華、数珠、聖典、水瓶が一般的であるが、その他に祭儀で用いる杓を持したり、与願印を結んでいたりしている。ヴァーハナ(乗物)はハンサ鳥。
しかしながら、ヒンドゥー教以前の、所謂、バラモン教と呼ばれる時代においてブラフマーは図像的に四面四臂の神として観念されていなかったらしい。この頃のバラモンの祭儀において神像が用いられる事は無かったから、バラモン達がブラフマーを具体的にどの様に思い描いていたかに関して知る術は無いものの、ガンダーラの仏教遺跡において発見されている仏陀の三尊像においてインドラと対を成して脇侍として釈尊の左側に侍しているブラフマーは一面二臂の通常の人間と同じ姿で表現されているから、古くは一面二臂の神として観念されていた様である。
眷族に関して、先ず妃としてブラフマーと同じく『ヴェーダ』の管理者と言われるサラスヴァティーや『ヴェーダ』の母と呼ばれるガーヤトリーがいる。又、子としてはプラジャーパティとされるマーリチ、アトリ、アンギラス、プラスティヤ、プラハ、クラトゥ、ヴァシシュタ、ダクシャ、ブリグ、ナーラダといった聖仙(リシ)等がいる。

(4)神格と信仰
ブラフマーの性格はプラーナ系の伝承において、しばしば、尊大、或いは傲慢と言われている。それ故、度々、触れてきた様にブラフマーはシヴァの怒りを買った事があり、又、聖仙ブリグが彼を訪ねて来た時に挨拶もしないで無視していた為、ブリグに呪われ、後世、ブラフマーの信者は殆どいなくなったとされている。
しかしながら、数は少ないとは言え、今日、南インドを中心にブラフマーを本尊とするヒンドゥー教寺院がインドにおいて幾つか存在し、一定の信仰が保たれている事が伺える。
又、『ヴェーダ』の管理者という性格上、ブラフマーは智慧の神と看做され、又、運命の神としてこの世界の衆生の運命を定めているとも言われている。
運命の神としてのブラフマーは祭儀の執行者を意味するヴィディ(Vidhi)、或いは摂理の支配者を意味するヴィダータ(Vidhata)等と呼ばれ、個々の衆生の運命に関して自身の書に記していると言う。尤もその内容に関して、通常の人間が伺う事はできないが、聖仙(リシ)の他、熟練のヨーガ行者(yogi)ならば、伺う事ができると言う。
その他、ブラフマー自身はシヴァやヴィシュヌの様に武器を有する事は無いものの、ブラフマーストラ(Brahmastra)やブラフマーシルシャーストラ(Brahmashirshastra)と呼ばれる武器を創造したと言われている。これらの武器は『ラーマヤーナ』、『マハーバーラタ』等に登場するもので、一種の投擲武器であり、ブラフマーがこの世界の摂理を守るべく創造したとされている。
ブラフマーストラの威力に関しては、1000の太陽の光に匹敵する炎と煙を発すると言い、この武器を受けた一帯の生類は尽く死に絶える他、その地域を不毛の大地とし、その地に生きる人々は、性別を問わず、不妊に苦しむと言う。尚、ブラフマーストラに対抗すべくブラフマー自身が創造した兵器がブラフマーダンダーストラ(Brahmadhandaastra)で、先程のブラフマーストラの威力を無力化させることができると言う。
ブラフマーストラをより強力にした兵器がブラフマーシルシャーストラ(Brahmashirshastra)で、『マハーバーラタ』などに登場し、ブラフマーストラの4倍の威力があると言い、この兵器を用いられた大地では、12年の間、草も生えず、雨も降らず、大地は毒されると言う。尚、かかるブラフマーシルシャーストラに関しても、先掲のブラフマーダンダーストラによって対抗できると言う。
以下は簡単な雑感である。

古代ギリシアに始まった叡智の探求、ハイデッガー風に言えば、存在の問いとでも言うべきかも知れないが、人類の知的財産を豊潤なものとし、数多の哲人達を生み出してきた。
かかる古代世界の偉大なる哲人達の中で最も人口に膾炙されている人物と言えば、ソクラテス、プラトン、アリストテレスを挙げる事ができようし、彼等の偉大さについては、今更、言及する迄も無い(※ニーチェやハイデッガーらの視点に立てば、この辺りの評価は、又、色々と変わってくるが、今はその辺りの問題には立ち入らない。)。
とは言え、後世の学問、哲学、或いは知的シーンへの影響度から言えば、帝政ローマ時代の3世紀に活躍した新プラトン主義の事実上の創始者とも言うべきプロティノスも決して上記の彼等に劣るものでは無かろうと思われる。
プロティノスの伝記の詳細は他に譲るとし、此処では単なる個人的雑感を書き散らすだけにするが、彼が構築しようとした一者(to hen)を頂点とする存在論の体系は、彼自身は彼が敬愛して止まないプラトンの解釈に過ぎないと考えていたとしても、十二分にユニークなものであり、その体系は彼の後継者達によって発展、又は改造が加えられて、先ずは台頭しつつあったキリスト教に対する伝統的な古代の多神教の護教神学として活用され、一方、一者(to hen)に関する教説やその体系自体の一神教との親和性との高さにより、プロティノス本人の意図に関わらず、キリスト教神学の構築に当たっての十分な素材を提供し、又、その神秘主義的傾向により、東西両教会の神秘主義に間接的に影響を与え続け、更にアリストテレス的な装いにより、屈折的かつ間接的な形でイスラーム哲学や中世ユダヤ哲学の形成に影響を及ぼした。そして、ルネサンス以降、プロティノスの著書が直接知られる様になった事で主に近世の西ヨーロッパにおける文化等に改めて影響を及ぼし続けている。
繰り返す様だが、彼自身は自らをプラトンの伝統に連なる者として位置づけていたし、それはそれで事実である。しかしながら、彼の「解釈」の体系とその知的系譜は、彼自身の本来の意図に沿うものかどうかは兎も角として、今日においては新プラトン主義の名の許に総括され、人類の重要な知的財産の一つとして不朽の価値を保ち続けている。


3 ヒンドゥー教におけるブラフマー
(1)創造主としてのブラフマー
 既述の通り、ブラフマンは宇宙の根本原理であり、この世界の一切の存在の原因でもあるから、その直接的な神格化であるブラフマーがこの世界の創造主と看做されるに至ったのもブラフマーに関する思惟として自然な流れであった。
 創造主としてのブラフマーがインドのバラモン主導の正統信仰において嘗てはどの様に看做されていたかについては、バラモン教からヒンドゥー教への改編期に当たるグプタ朝時代の5世紀の詩聖カーリダーサの『王子の誕生』(クマーラ・サンバヴァ)の第2章の記述から伺う事ができ、当該箇所において、ブラフマーは「一切の創造主」、「創造以前においては純粋なる我」、「生まれざる者」、「一切の源」、「創造、維持、破壊の原因である唯一者」、「世界の母胎」、「世界の終わり」、「世界の始まり」、「世界の主」、「ヴェーダの源」、「父達の父」、「神々の神」、「創造者達の創造者」等と讃えられており、それらの表現は恰も一神教の神を想起させる。
 又、上掲のカーリダーサの作品の記述にある様に、ブラフマーは古くは聖典『ヴェーダ』の源であり、又、その管理者と看做されてきた。そして、ブラフマーと同じく『ヴェーダ』の管理者と看做されていたサラスヴァティーの父にしてその配偶者と看做され、又、彼は、元来、『ヴェーダ』中の韻律の一種を意味していたガーヤトリーまでもブラフマーの妃として看做される様になった。
      
 
 更にブラーフマナ文献においてこの世界の生類(プラジャー)の創造者であるプラジャーパティ(Prajapati)への信仰が登場し、 これらの文献群においてプラジャーパティによる様々な宇宙創造神話が登場するが、かかるプラジャーパティと創造主ブラフマーを同一視しようとする思想は比較的古くから登場しており、例えば、紀元前3世紀頃の編纂と見られる仏典『長阿含経』(ディールガアーガマ)(※パーリ仏典『長部』(ディーガニカーヤ))所収の『堅固経』(ケーヴァッダスッタ)においてブラフマーは「創造者にして一切の生類の父」と述べられている。此処で生類とは、神々や人間の他、悪魔達も含んでおり、又、あらゆる生類達の祖であることを表すブラフマーの称号の一つとして上述のカーリダーサの作品において、上掲の通り、「父達の父」という文言が登場しており、彼は神々であれ、人であれ、悪魔であれ、苦行により彼を満足させた者達に等しく恩恵を施すとされている。
 尤も生類の創造者としてのプラジャーパティ(Prajapati)の職能の方は、今日のヒンドゥー教信仰の基礎となっている神々の伝承集であるプラーナ文献が編纂される頃になると、ブラフマー自身では無く、ダクシャをはじめとする複数のブラフマーの子らに譲られる様になり、又、ブラフマーが保持していた宇宙の創造主としての地位自体もその信仰面において大神ヴィシュヌや同じく大神シヴァらにより脅かされる様になった。
 ところで、一神教的表現でブラフマーを讃えているカーリダーサの『王子の誕生』が編まれていた頃、既述の通り、シヴァやヴィシュヌが大神としての勢力を伸長させていた時代であり、そもそも『王子の誕生』という作品自体が、実の所、大神シヴァとその妃パールヴァティーの結婚と彼等の子スカンダ(カールティケーヤ)の誕生とその活躍をメインテーマにしたものである。当該作品においてブラフマーは神々の王インドラに神々の窮状を打破する為のアドヴァイスは行うものの、自らは決して積極的に行動しようとはしない。かかる事情に関してはヒンドゥー教生成期におけるヴィシュヌ、シヴァ信仰の伸長、そして、その陰におけるブラフマー信仰の衰退がその背景にあると考えられるが、次節ではかかるブラフマーとヴィシュヌ、シヴァらとの関係について概観する。

(2)ブラフマーとヴィシュヌ、シヴァとの関係について
(一)トリムルティ

 シヴァやヴィシュヌといった神々は既に『ヴェーダ』において各々各自の原型を有していたが、これらの神々は自分たちの教線を拡張して、紀元前3世紀、或いは2世紀頃になると、シヴァ派、或いはヴィシュヌ派といった具合に各々を主神とするグループを形成するに至り、又、同時に大神として他の神々に対して圧倒的に優位な立場を有する様になった。
 そして、これらのグループでは、嘗て、創造主として観念されていたブラフマーを差し置き、シヴァやヴィシュヌといった神々こそが真の創造主と看做され、又、これらの神々こそが宇宙の根本原理であるブラフマンと観念される様になった。これに類似した現象は、シヴァ派やヴィシュヌ派以後に登場した女神信仰を称揚するシャークタ派においても見る事ができ、シャークタ派ではドゥルガーやカーリー等といった女神こそが大女神(マハーデーヴィー)であり、かつブラフマンと看做される。
 シャークタ派の件に関しては今は措くとして、ブラフマーと大神と化したシヴァやヴィシュヌの関係を調停すべく考え出された思想が一種の三位一体とでも言うべきトリムルティ(Trimurti)であり、トリムルティにおいて彼等三大神は根本原理ブラフマンの三つの相であり、よく知られている様に、ブラフマーが創造、ヴィシュヌが維持、シヴァが破壊を表しているとされる。又、トリムルティにおける三大神をより根本的な一神の部分として見る場合は彼等三大神はトリカーヤアンガ(Trikayaanga)とも呼ばれるが、此処でトリカーヤアンガとは、三つ(トリ)の身体(カーヤ)を肢体(アンガ)とする者の意である。
 余談ながら、トリムルティの思想は、断片的ながら、漢訳仏典を通じて古くより日本に知られており、『理趣経』「第14段」において三大神は「末度迦羅天三兄弟」の名で登場する。此処で末度迦羅天とはマドゥカラの音写であり、それはブラフマーの異名でもある。
 ところで、上述のトリムルティを実際に図像的に表現する場合、中尊としてヴィシュヌ、又はシヴァが迎えられ、その一方でブラフマーが中尊となる事は無く、専ら中尊の脇侍として表現されるが、かかる図像的表現の実情に関しては、三大神中、信仰に関して、ブラフマーが最も人気が無いという事情が反映している様に伺える。
 又、トリムルティの教説は三大神の関係に関する一種の調停の試みではあるが、ヒンドゥー教における実際の信仰の現場において決して徹底されているとは言えず、例えば、トリムルティにおいてシヴァは、上述の通り、ブラフマンの破壊の相とされてはいるものの、シヴァを最高神として崇めるシヴァ派においてシヴァは破壊のみならず、世界の創造や維持をも司るとされており、ブラフマーはシヴァの単なる引き立て役でしかなくなっている。
 
(二)ヴィシュヌとの関係
 ヴィシュヌ派系の伝承によると、ブラフマーはヴィシュヌから生まれたと言う。それによると、この世界がまだ混沌の状態であった時、ヴィシュヌは千の頭を有する大蛇アナンタの上で眠っていたと言う。そして、極めて長い時間が過ぎたある時、アナンタに横たわるヴィシュヌの臍から一本の蓮華が生じた。そして、その蓮華が花開いた時にブラフマーが出現し、宇宙の創造が始まったと言う。
 この伝承に従えば、ブラフマーにはこの宇宙の創造主としての役割が残されているものの、かかるブラフマー自体がヴィシュヌの被造物の様に彼の体から生まれてきたとされているから、結局の所、この宇宙の真の創造主はヴィシュヌである事をこの伝承は物語っている。
 ヴィシュヌの臍から生じた蓮華からブラフマーが誕生する図像はヴィシュヌの絶対的な偉大さを表現するものとしてヒンドゥー教絵画などで好んで取り上げられてきた題材である。又、当該伝承自体は漢訳仏典である『雑譬喩経』を通じて日本でも古くから知られていた所である。

(三)シヴァとの関係
 ブラフマーとヴィシュヌの関係に比べて、シヴァとブラフマーの関係に関する伝承は険悪な空気が漂っているものが多い。その要因の一つとして、シヴァは聖典『ヴェーダ』においてルドラというその原型の一つを有しているにも関わらず、シヴァ信仰においてその一環として抽象化された男性器であるリンガへの信仰が存するなどその信仰は非アーリア的、或いは土俗的な要素を多分に含んでいる事が伺われ、それ故、嘗てはブラフマーに代表される正統バラモン陣営側においてシヴァ信仰の受容に少なからずの抵抗があったものと推察される所である。其処で、以下に幾つかの伝承を概観してみよう。

(ア)ある時、シヴァはブラフマーの子として生まれる事を望み、一方、ブラフマーはシヴァからあらゆる恩恵を受ける事を望んだ。両神は互いの約束を守ったが、その後、ブラフマーが次第に尊大になってきた為、シヴァはブラフマーを罰するべく、五つあったブラフマーの首の一つを呪いにより奪った。
 だが、ブラフマーはバラモンの長であったから、かかるシヴァの行為はバラモンの殺害の罪を犯した事に等しかったから、その罪によってシヴァの身体は、麻痺してしまい、その結果、シヴァはブラフマーが造り出した悪魔達に無抵抗になってしまった。シヴァは彼等から逃れようとしたが、結局、捉えられてしまい、贖罪の苦行を課せられてしまった。

(イ)ある時、ブラフマーはシヴァを創造して髑髏を持する者の意でカパーリン(Kapalin)と呼び、この世界を守護する様にシヴァに頼んだ。だが、カパーリンという呼称を自身への蔑称として受け取ったシヴァは怒り、自身の爪でブラフマーの首の一つを斬り落とした。
 ところが、斬り落とした首がシヴァの手から離れようとしない為、シヴァはブラフマーにこの首を離す術を尋ねた所、ブラフマーはシヴァに髑髏を手にして、12年の間、修行すれば良いと答えた。其処でシヴァは髪で作った紐を纏い、人骨で作った数珠を手にして巡礼の旅を行ない、12年を経て、ヴァーラーナシーに到着すると、漸くその手から首が離れたと言う。

(ウ)ある時、聖仙(リシ)の一人がブラフマーに対して世界の創造者は誰かと尋ねた所、ブラフマーは偽ってブラフマー自身が創造者であると答えた。すると、シヴァが出現して、シヴァ自身が世界の真の創造者であると反論した。更にシヴァは全ての聖典においてシヴァが創造者であると記述されている事を指摘したが、ブラフマーは頑なにその事を認めようとはしなかった。
ブラフマーの傲慢さにシヴァが激怒すると、空中に巨大な火炎が出現し、シヴァはその中に立った。そして、自身の化身としてバイラヴァ(Bhairava)を出現させると、ブラフマーの5つある首の内の一つを斬る様に命じたので、バイラヴァはブラフマーの首をひとつ斬った。此処に至って漸くブラフマーは自身の非を認めてシヴァに謝ったので、シヴァはブラフマーを許し、その命を助けた。
 尚、別の伝承では、シヴァはシヴァ自身がその爪でブラフマーの首を斬ったとされている。

(エ)ある時、ブラフマーは酒に酔って自身の娘と交わった。これら一連の行為を見ていたシヴァはブラフマーを罰するべく、その首のひとつを斬ったと言う。
 類似の別の伝承によると、ブラフマーは自身の娘であり、シヴァの妃であったサンドヤに言い寄り、交わろうとした。サンドヤは父ブラフマーから逃れ、牝鹿に化けた所、ブラフマーの方も牡鹿に化けてサンドヤを追いかけた。その様子を見ていたシヴァはブラフマーに対して矢を放ち、牡鹿の首を斬り落とした。其処でブラフマーはシヴァに謝り、彼に対して敬意を払う様になったと言う。

(オ)一つの宇宙が終わり、新たな宇宙が始まろうとしていた時、ヴィシュヌは大海の上で漂っていた。すると、光明が出現し、その中からブラフマーが出現した。ブラフマーは自身に先行する者が存在する事に驚くと、ヴィシュヌに対して自身を創造主であると自己紹介しつつ、何者であるかと尋ねた所、ヴィシュヌの方はブラフマーに対して自分こそがこの宇宙の創造主であると告げた。
 そして、ヴィシュヌとブラフマーの両神は自分こそが真の創造主であると言い張って主張を譲らず、論争を続けていたが、やがて、巨大な炎のリンガが両神の前に出現した。彼等の前に現れた炎のリンガの頂上は天空の遥か彼方まで聳えていて見る事ができず、又、その底も海の奥深くまで続いていて、やはり、伺う事ができなかった。
 其処でヴィシュヌとブラフマーの両神は炎のリンガの一方の果を見定める事ができた神こそがより偉大な神であると決めると、ブラフマーは白鳥に化して天空へと飛び、一方、ヴィシュヌは猪となって海の奥深くへと潜って行った。だが、ブラフマーもヴィシュヌも目指す炎のリンガの一方の果を、何処まで行っても、見定める事ができず、結局、元の場所へと戻って来た。
 すると、巨大なリンガの中からシヴァが出現し、ブラフマーに向かっては彼はシヴァの右の腰から生まれた神であると告げ、ヴィシュヌに向かっては彼はシヴァの左の腰から生まれた神であると告げ、ブラフマーとヴィシュヌは一なるシヴァより分化した存在である事を諭した。其処でブラフマーとヴィシュヌはシヴァこそがこの宇宙の真の創造主である事を認め、礼拝を捧げたと言う。

(四)総括
 以上、ブラフマーとヴィシュヌ、シヴァとの関係を見てきたが、上述の通り、ブラフマーとシヴァの関係に関しては、上述の伝承の他、パールヴァティーの項でも触れた、ブラフマーの子であり、パールヴァティーの前世の姿とされるサティーの父であるダクシャとシヴァの関係も含めてぎくしゃくしている様子が伺えるが、ヴィシュヌとブラフマーの関係に関しては、シヴァの場合程、表立ってはいないものの、今日、ヴィシュヌの事蹟とされている事柄の中には古くはブラフマーの事蹟であったものが含まれていると言われており、この点を踏まえると、三大神間の関係はかなり微妙なものである事が推察される。
 とは言え、今日のヒンドゥー教の信仰の実態に関して言えば、シヴァやヴィシュヌの圧倒的な勢力の前にしてはブラフマーは全く無力の様にも見える。
 しかしながら、一方でブラフマーは何度も触れてきた様に根本原理ブラフマンの直接的な神格化であり、嘗てのバラモン教においてそれなりの地位を築いていた神でもある。其処で先述したトリムルティに関して、実際の信仰の場面においては殆ど形骸化しているとは言え、ブラフマーに対して形式的にもシヴァやヴィシュヌと対等の地位を与え、ブラフマーを通じて『ヴェーダ』以降の信仰の伝統に対して敬意を表している点に意義がある様に思われる。