徒然草子 -3ページ目

徒然草子

様々なテーマに関する雑感を気ままに綴ったブログです。



1 導入
ブラフマー(Brahma)とは、インド古典哲学における宇宙の根本原理であるブラフマン(Brahman)を神格化した神であり、又、ヒンドゥー教ではシヴァ、ヴィシュヌと並ぶ三大神のひとりであり、漢訳仏典では主に梵天の名で知られている。
以下、かかるブラフマーの概要を略述してみる。

2 起源
神としてのブラフマーは『ヴェーダ』に登場する事は無く、起源という意味では仏典でよく対の存在とされているインドラ(帝釈天)に比べて新しい神である。
上述の通り、ブラフマーはブラフマンの神格化と言われているが、そもそも、当初、ブラフマンとは祭儀において称えられる讃歌やマントラに内在する力を意味していた。
『ヴェーダ』の時代、人々は祭儀において神々に対して讃歌やマントラを称え、神々の恩恵を乞うていた。
ところが、時代が下り、『ヴェーダ』の編纂が一通り完了して『ヴェーダ』系祭儀の註釈書であるブラーフマナ文献が編纂される頃になると、バラモンらが規定通りに祭儀の次第を進め、かつ定められた讃歌やマントラを称える事により、神々はその意思に関わらず、恩恵を施さざるを得ないと考えられる様になり、又、かかる祭儀において神々を動かし、支配する讃歌やマントラなどに内在する力がブラフマンとして観念される様になった。
そして、更に時代が下り、紀元前5世紀前後、『ヴェーダ』の奥義とも言われるウパニシャッド哲学関連の文献が編纂され始める頃になると、上述の神々をも支配する力であるブラフマンは宇宙の根本原理にして絶対者として捉えられる様になり、ブラフマンに関する真理を悟る事こそが安心への道と考えられる様になった。
以上、ウパニシャッド哲学において確立された宇宙の根本原理としてのブラフマンという思想は主に正統バラモン思想に引き継がれ、その後のインド古典哲学の重要概念として定着した。
そして、かかるブラフマンを神格化した神がブラフマーであり、ブラフマン(Brahman)自体は中性名詞であるにも関わらず、神格化に当たっては男性神とされてブラフマー(Brahma)と称されたが、ブラフマンの神格化の方はヒンドゥー教成立以前のバラモン教と呼ばれるバラモン主導のヴェーダ祭儀の宗教の時代に行われ、それ故、インドラとともにブラフマーは古くから仏典に登場し、仏教の護法神の最古参のひとりに位置している。
仏教とブラフマーの関係に関しては別述するとして、バラモン教以後の神としてのブラフマーの展開に関しては、次述することにする。
7 仏教におけるサラスヴァティー信仰
(5)日本
(四)宇賀弁才天

(Ⅵ)図像
宇賀弁才天の図像は大きく一面二臂系のものと一面八臂系のものがあるが、両者は人頭蛇身の宇賀神を頭頂に戴くという点では共通している。
又、宇賀弁才天の属性の個別的顕現とも言うべき十五童子や眷族、或いは神使とも言うべき白蛇とととも表現される事もあり、更に荼吉尼天(稲荷神)との習合によりその神使である狐をも伴う場合もある。

①一面二臂

『仏説宇賀神王福徳円満陀羅尼経』を典拠とし、右手に剣、左手に宝珠を持する。その図像は頭頂部に宇賀神が存するという点を除けば、殆ど日本化した荼吉尼天と同じであるが、『仏説宇賀神王福徳円満陀羅尼経』と同じく弁才天五部経の一つで、八臂像の典拠である『仏説最勝護国宇賀耶頓得如意宝珠王陀羅尼経』において宇賀弁才天は荼吉尼天と同体視されている事から、中世日本の秘教的弁才天信仰における弁才天と荼吉尼天の習合の一端と見る事もできそうである。

②一面八臂


『仏説最勝護国宇賀耶頓得如意宝珠王陀羅尼経』を典拠としており、、右手は剣、棒、鑰(鍵)、矢を、左手は鉢、輪、弓、宝珠を持している。恐らくは、『金光明経』系の八臂弁才天を土台にしつつ、宇賀神、鑰(鍵)、宝珠などの福徳神的要素を付加して形成されたものと思われる。今日、日本の弁才天像としては、恐らく琵琶を持する二臂弁才天とともにこちらの八臂系の宇賀弁才天もよく見かける事ができる。

③天河弁才天(天川弁才天)

此処では古くから弁才天の霊地として知られている天川で祭祀されている弁才天の事ではなく、宇賀弁才天の発展形とも言うべき天河弁才天(天川弁才天)について触れる(※尤も両者は全く無関係と言うべきではない。)。
天河弁才天(天川弁才天)は室町時代初期までには成立していたと見られる『十臂弁才天次第口訣』を典拠とする三面十臂の蛇頭人身の特異な図像の弁才天で、三つの蛇頭は頭頂に宝珠を戴きながら三方を向き、左右第一手は合掌し、その他の手で鍵、宝珠、経巻、米俵、釜などを持し、水天と地天に支えられ、蛇頭の三童子、宇賀弁才天の眷族である十五童子、吉祥天や訶梨帝母などの他、俗形の男神や男女神、蛇、狐等の神使など種々の眷族を引き連れている。
又、背景に火炎宝珠を戴く三山が描かれるが、これらの山々はその中心が弁才天が出現したという伝承のある弥山であり、その左右が大峯山、金峯山と見られている。
かかる特異な図像は『天川弁才天縁起』によれば、役行者の請願を容れて弁才天がその本性を現した姿とされる事から、恐らくは大峰修験における宇賀弁才天信仰の展開の中から生まれたものと考えられる。
ただ、天河弁才天(天川弁才天)の成立等に関しては、上掲の『十臂弁才天次第口訣』が比較的最近にその存在が明らかになった事等と踏まえると、今後の研究の余地は大いにありそうである。

④蛇身弁才天
本来、宇賀弁才天の眷族乃至神使であった蛇の像を以て蛇身弁才天と称する事もある。このケースは、元来、宇賀弁才天信仰に内在していた伝統的な蛇神信仰が肥大化して却って弁才天信仰を飲み込んでしまったものと思われる。

(五)信仰
(Ⅰ)総説
既述の通り、日本における弁才天信仰は奈良時代頃の『金光明経』の伝来とともに始まったと見て良いが、しかしながら、平安時代後期に至る迄、その信仰は低調であった。
しかしながら、平安時代後期頃から弁才天が改めて注目される様になり、竹生島に祭祀されていた、恐らくは、『別尊雑記』所収の図像から元来は『金光明経』系のものと推察される八臂弁才天や琵琶を持する二臂弁才天が盛んに信仰される様になった。そして、八臂の宇賀弁才天もかかる弁才天信仰の高まりの流れとそれとは別系統の穀物神信仰の一端であった宇賀神信仰の統合から生まれたものと思われる。
鎌倉時代以降、二臂弁才天信仰と八臂宇賀弁才天信仰が日本における弁才天信仰の支柱となり、かかる傾向は、今日に至る迄、続いているが、これらの弁才天信仰に関して二臂弁才天の方は琵琶を持物とする事から音楽などの芸能関係を中心とし、宇賀弁才天の方は増益などの福徳関係を中心としている。
とは言え、両弁才天信仰の垣根は、信仰の現場においてしばしば曖昧となっており、現に福神の集合である七福神中の一神として表現される弁才天は八臂の宇賀弁才天ではなく、琵琶を手にする二臂弁才天の方である。
いずれにせよ、弁才天信仰は、中世以降、時代とともに普及し、浸透していったのであり、今日では仏教尊の中ではメジャーな存在として定着しており、又、信仰の裾野の拡大と多様化とともに、稲荷神においても見られる様に、殆ど万能神の様な信仰を集めている。
無論、かかる信仰上の流れを教学的に推し進めた要因の一つは、以前に見た様に、中世天台密教における弁才天に関する様々な考究の存在もあろうかと考えられるが、それらの結果として弁才天信仰は宗派の枠を超えて広く受容され、更には神仏習合の流れに乗って神社においても祭祀されるに至った。

(Ⅱ)神道における弁才天
神仏習合思想において弁才天は、多くの場合、市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)の本地と看做される。記紀神話によれば、
市杵島姫命とは田心姫命(タゴリヒメノミコト)と湍津姫命(タギツヒメノミコト)とともに天照大神が弟である須佐之命と天安河を挟んで対峙した時にその赤心を証明すべく生まれたとされ、元来は九州の宗像氏が祭祀していた女神である。
古くから市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命の三神は海上交通の守護神として信仰され、宗像氏が祭祀を行う宗像大社をはじめ、厳島神社などの諸社で祭祀されてきたが、上記三神の内、市杵島姫命が、何故、弁才天と習合する事になったのかはよく分からない。
しかしながら、上述の様な事情により、明治時代以降の神仏分離に際して神社において祭祀されていた弁才天(及び寺院が神仏分離に際して神社に衣替えした場合はこれまで祭祀されてきた弁才天)は天川大弁財天社の例に見られる様に
市杵島姫命として改めて神道式に祭祀された場合が少なからず見られる。

(Ⅲ)弁才天の霊地
弁才天の霊地は全国各地にあるが、此処では主要な三つを挙げておく。
①竹生島
記録においても最古の弁才天の霊場である。
『渓嵐拾葉集』によれば、その本地は如意輪観音であり、弁才天が釈尊が垂迹した竹生島の地主神の許に出現した事が霊場としての始まりと言う。そして、行基菩薩がかかる弁才天を祀り、その後、慈覚大師円仁が中興したと言う。
又、『竹生嶋縁起』によれば竹生島の地主神である浅井姫は釈尊の垂迹であり、又、弁才天自身も釈尊の垂迹と言い、更に眷族の十五童子は三輪、熱田、稲荷、春日等の日本の主要神に垂迹したと言う。

②江ノ島
鎌倉幕府の初代将軍源頼朝が文覚上人の勧めに従って竹生島の弁才天を勧請して祀り、奥州藤原氏の平定を祈願した事が始まりと言う。本地は釈尊、又は如意輪観音とされる。
後世、江ノ島の弁才天の名が高まると、それに相応しい伝承が編纂される様になり、例えば、『江嶋縁起』によれば、欽明天皇の時代に弁才天が悪龍を教化した事がその始まりとされ、その後、慈覚大師円仁により、中興されたと言い、又、『新編相模国風土記稿』によれば、役行者、泰澄、道智といった高名な行者が次々と感得し、更に弘法大師空海、続いて慈覚大師円仁が中興し、その後、源頼朝を本願として文覚上人が改めて勧請したと言う。

③天川(天河)
天川(天河)は大峰山系の麓にあり、古くから大峰修験とも密接な関係にあった。大峰山系の一つである弥山は役行者が弁才天を感得した地と言い、その弁才天を祀った社が現在の天河大弁財天社と言う(尚、弥山の山頂には当該弁財天社の奥宮があり、弁才天を祀っている。)。
『金峯山秘密伝』によれば、大峰山系は釈迦岳を中心に南北を胎蔵界、金剛界に分かつ事ができるが、その中間である釈迦岳の麓にある天河弁才天社は金胎不二の蘇悉地の曼荼羅であり、天河の弁才天は両部冥会の秘尊、蘇悉地の妙体であり、「宝部ノ大将」、「護国利生ノ首領」であると言う。
その本地に関しては、『金峯山秘密伝』は釈尊、文殊菩薩、如意輪観音、千手観音の四説を挙げているが、明確で無い故か、
本地深奥ナレハ利生尤モ甚妙と述べている。

7 仏教におけるサラスヴァティー信仰
(5)日本
(四)宇賀弁才天

(Ⅳ)弁才天五部経
宇賀弁才天の普及に当たって功があったのが、日本において作成された弁才天関係の偽経である。これらの偽経は、今日、弁才天五部経と称され、以下のものが知られている。
➀『仏説最勝護国宇賀耶頓得如意宝珠王陀羅尼経』
②『仏説即身貧転福徳円満宇賀神将菩薩白蛇示現三日成就経』
③『仏説宇賀神王福徳円満陀羅尼経』
④『仏説大宇賀功徳弁才天経』
⑤『大弁才天女秘密陀羅尼経』
これらの経典は唐代を代表する密教僧で、訳経僧としても名高い不空に仮託されているものの、江戸時代の真言僧浄厳の口訣に見られる様に、比較的古くから
和製偽経であることは知られていた。
しかしながら、これらの経典が宇賀弁才天信仰の確立、普及の典拠として大いに力を発揮してきた事は否めず、上述の様な一部の学僧の古くからの指摘に関わらず、その影響は今日にまで及んでいる。
ところで、上記の①から⑤の内、山本ひろ子氏によれば、①から③は相対的に古くから成立していた様であり、比叡山を中心とする天台密教における宇賀弁才天信仰の重要な柱になっていた様である。その一方で④と⑤の方は他三部の経典に比して内容も乏しく、その成立も新しい様である。
其処で、以下、山本氏に倣って、主に①から③の、所謂、弁才天三部経の概要を見てゆく事にする。

『仏説最勝護国宇賀耶頓得如意宝珠王陀羅尼経』
頭頂部に人頭蛇身の老翁相の宇賀神を戴く一面八臂の宇賀弁才天の図像が説かれる。八臂の宇賀弁才天の持物は左手は鉢、輪、弓、如意宝珠、右手は剣、棒、鑰(鍵)、矢である。尚、頭頂部の宇賀神が老翁相である所以は過去世より諸仏の出世に会い、衆生を利益してきたからと言い、又、それ故の瑞相と言う。
更に宇賀弁才天の眷族として十五童子が説かれ、各々の名称や呪も説かれている。此処で十五童子の名称だけを列挙しておく。
印鑰童子 官帯童子 筆硯童子 金財童子 稲籾童子 斗枡童子 飯櫃童子 衣裳童子
蚕養童子 酒泉童子 愛敬童子 生命童子 従者童子 牛馬童子 船車童子

又、福徳成就、怨敵退散、敬愛成就の最勝護国宇賀耶頓得如意宝珠王根本大陀羅尼が説かれ、その他供養法も説いている。
更に宇賀弁才天に関して、彼女は西方極楽浄土における無量寿仏であり、又、娑婆世界における如意輪観音であるとし、その正身は日輪に在って須弥山世界を照らし、荼吉尼天として示現する時は衆生に福寿を授け、歓喜天として示現する時は現当二世の障害を斥け、愛染明王として示現する時は衆生に愛福を授け、終に無上菩提へと導くと説かれている。

『仏説即身貧転福徳円満宇賀神将菩薩白蛇示現三日成就経』
宇賀神は過去世において正法明如来という仏であり、衆生利益の為に様々な相を示現してきたが、現世では白蛇形の宇賀神として存在していると言う。かかる宇賀神は家内に在っては亥戌の方位をその居住地とし、家に福徳を齎すと言う。
その他、3日以内に福徳を成就する定業貧転呪などを説く。

③『仏説宇賀神王福徳円満陀羅尼経』

衆生を苦しめる悪神として飢渇神、貪欲神、障礙神を説き、各々順に餓鬼相で黒雲色、蝦蟇相で五色、空体で黄色であると言い、これらの三神は無始の過去より衆生にまとわりついていると言い、この三悪神の存在により衆生の福徳成就が妨げられていると言う。
これに対して宇賀神王はその頭上の白蛇で貪欲神を斥け、持物である利剣で障礙神を降伏し、同じく持物である如意宝珠の効能で飢渇神を破ると言う。

ところで、これら三悪神は貪、嗔、癡の三毒の具現化であり、これら三悪神の上首として多婆天王という荒神が存在し、当荒神は根本無明の具現化と言う。其処で当該荒神を降伏する呪が説かれる。

(Ⅴ)天台密教における宇賀弁才天の教学的秘説
宇賀弁才天に関しては特に中世の天台密教山門派において熱心に研究された様であり、それらの教学的秘説は、今日、『渓嵐拾葉集』などのテクストに残されている。
以下、中世の秘教的信仰の展開における宇賀弁才天信仰の一端を伺うべく主要な教学的秘説に関して掻い摘んで概観してみる。

①謙忠最勝護国宇賀耶頓得如意宝珠王修儀
最勝護国宇賀耶頓得如意宝珠王修儀』は宇賀弁才天の修法の次第書で、13世紀中頃の人で、天台密教山門派の一派穴太流に属する謙忠という僧が著したものである。著者である謙忠の伝記の詳細はよく分かっていないが、残されている史料類より京都と鎌倉で活躍していた事が分かっており、又、宇賀弁才天の法の験者としても知られ、その才により早くから伝説的な人物になっていた様である。
・宇賀神の三義
宇:万徳尊  法身  天  金剛界  父  陽
賀:諸法藏  般若  地  胎蔵界  母  陰
神:大弁才  解脱  人  蘇悉地  

・宇賀神の本地、垂迹
宇賀神の本地は仏であり、垂迹して天女形(弁才天)、天童(十五童子)となり、その与官与福の利益は新たである。

・妙音弁才天(※)、宇賀弁才天の三昧耶形
妙音弁才天の三昧耶形は琵琶であり、その本地は観音菩薩にしてその垂迹が弁財天である。
宇賀弁才天は宝珠が変じたものであり、釈尊、虚空蔵、地蔵と同体である。
琵琶を持物とする二臂弁才天の事。

②光宗『渓嵐拾葉集』
光宗(1276-1350)は鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した天台僧で、記家として比叡山等に伝わる様々な秘説や口伝等を収集し、
『渓嵐拾葉集』を著した。

・弁才天の霊地
竹生島と江ノ島は生身の弁才天の霊地である。それ故、比叡山や鎌倉で仏教が栄えている。又、これらの霊地はいずれも日本の湖海上にあるが、それは日本が大乗流布の地であるからであり、又、湖海が弁才天の浄土だからである。そして、竹生島のある琵琶湖はその形から弁才天の三昧耶形である琵琶を表している。
日本における弁才天の霊地として上記の竹生島、江ノ島の他に、吉野の天河、安芸の厳島がある。

・竹生島の弁才天
竹生島の弁才天はその本地は石山寺の如意輪観音である。その垂迹である龍女が宝部の三摩地に入った姿が弁才天であり、釈尊の垂迹である竹生島の地主神の許に現れ、鎮座したものである。

・二種の弁才天
妙音弁才天は諸仏の智慧であり、釈尊、又は薬師、或いは阿弥陀を本地とする。種字はsa。
宇賀弁才天は虚空蔵、或いは地蔵、若しくは弥勒菩薩等が本地と言われている。種字はom。
又、宇賀弁才天は観音菩薩の智慧であり、妙音弁才天は音声の当体であるとも言う。

宇賀神の三義
宇:天  父 金剛界  虚空蔵菩薩 u
賀:地  母 胎蔵界  地蔵菩薩 ha
神:人     蘇悉地 

宇賀とは虚空蔵と地蔵の両菩薩の徳が合体したuhaの義であり、天地の両徳が合わさっている事を意味する。そして、天地の間に生存する人をはじめ、あらゆる衆生は天地の徳の恩恵を受けている。それ故、それらの徳を兼ね備えた宇賀弁才天は「福徳尊」である。

・宇賀弁才天の種字、垂迹、図像の意義について
宇賀弁才天は観音菩薩の所変で、その種字はomである。そして、omとは如意宝珠を表している。その垂迹において白蛇をその体とするが、かかる蛇身は「三毒極成ノ体」であり、三悪道を包摂している。又、宇賀弁才天の智剣は万法
亡泯、空観の二乗界(声聞、縁覚)を表し、如意宝珠は万法龍生、菩薩界を表す。そして、頭頂部の老翁形(宇賀神)は中道の仏果を表し、宇賀弁才天全体で法界全体を表している。

・三悪神の退治について

根本無明である荒神の上首多婆天王は
飢渇神、貪欲神、障礙神の三悪神に命じて衆生の福徳を収奪するが、三悪神は極めて強力であり、一生補処の菩薩ですら退治できない。しかしながら、仏を除けば、宇賀弁才天のみが三悪神を退治する事ができる。その所以は宇賀弁才天の智慧は妙覚智であり、又、宇賀弁才天は「本地無作三身ノ内証」であり、菩薩らの始覚因分の智慧の及ぶ所ではないからである。

・十五童子について
十五童子は弁才天の眷族の上首である。十五童子は五尊毎に禄、命、身の三グループに分類される。そして、禄とは果報、寿とは寿命、身とは果報と寿命が一体となった人体を指す。禄、寿、身は各々法、報、応の三身に対応し、応身において法、報は和合一体となっている。
又、禄は干支であり、空居天七曜九執、命は十二神将、身は十二時である。そして、身において五大が和合し、五行を為す。

・十五布置観
十五童子は行者の身体を住処とし、行者を常に守護すると言う。この事を確認すべく身体の各部位に十五童子を配する観想が行われるが、その際に頭頂部には印鑰童子、両足に船車童子を配する。その所以は印鑰童子とは「実相ノ一印仏果証得法門」であり、一方、船車童子とは定恵の二法であるが、船は水行故に定に、車は陸行故に恵に当たるが、これら船車は身命を助けるものである。

・蘇悉地と弁才天
比叡山には唐の青龍寺に倣って天子本命の道場として総持院があり、当院には
熾盛光仏頂を安置する熾盛光堂と仏眼仏母を安置する仏眼堂がある。そして、熾盛光仏頂とは金剛界大日如来であり、仏眼仏母とは胎蔵界大日如来である。両堂の中間に塔婆があるが、これは金胎不二の蘇悉地を表し、其処に安置されている五仏は不二蘇悉地の全体を表す。
金輪仏頂は元神として衆生の心法を作り、仏眼仏母は本命七星として衆生の色法を作るが、これら心法色法が合わさって衆生を形成するから、蘇悉地とは本命星と元神の和合であり、心色の和合より五仏が生じる。そして、その三昧耶形が塔婆である。
以上より蘇悉地とは諸仏出世の根源、万法成就の砌であるが、その教令輪身が弁才天である。


・龍女と弁才天
『法華経』の龍女成仏の話に登場する龍女はその本地が如意輪観音であり、弁才天である。その龍女の手にする宝珠は彼女の自証法門であり、又、彼女の三昧耶形である。
かかる龍女はその法身が宝部の宝生如来であり、又、
如意輪観音は報身であり、龍女自身はその応身である。
又、宝生如来は五智中の平等性智を司るが、それは宝生如来の法門が平等の法門であり、平等とは境智冥合の一乗であり、十界皆成の妙理である。龍女の成道は不二平等の三摩地に入った事であり、諸法が法華の実体である事を開顕した事である。
そして、釈尊の一代の教法は宝珠の法門に窮まる。一代の開悟の機用は龍女に窮まり、龍女の速疾成仏は一切衆生成仏の手本である。正覚は顕教によれば八相成道を意味するが、密教においては五相成身観の成就である。

・hum字と弁才天
龍神は大海の底に住んでいるが、その所以は、龍畜身は「三毒極成ノ身」であり、輪廻界における「生死沈没ノ本源」であるからである。
人身の肺藏中には金色の水があり、其処に三寸の蛇が住んでいるが、肺藏は五智の一つである妙観察智の住処であり、その蛇は衆生の心王である。
妙観察智は是非思量の覚体であり、その種字はhumで表される。
この
hum字は弁才天の種字であり、又、衆生の「無作本覺本有全體」は蛇形である事を表している。弘法大師空海(原文「高野大師」)も一切の神祇冥道の垂迹は蛇形であると述べているが、この事は一切衆生の「本有ノ念体」が蛇曲の心であるが故による。
以上より、垂迹の神々は蛇身を顕現し、一切衆生本有の仏性もこの念体の事である。
『法華経』によれば、龍女は速疾に成仏したと言うが、それは龍女の眼前に在った宝塔内の釈尊、多宝両尊が金胎の両大日、塔婆は不二一乗の法門だからであり、龍女は大日如来から親しく教法を伝授された
金剛薩埵だからである。
又、龍女が教法を伝授されたのは、龍畜の迷心がそのままで、無作本有の念体が無作不動本覚の体である事を表している。

③運海『弁才天秘密供』

著者である運海は光宗の弟子である。
・宇賀耶とは、頓得如意宝珠王の事であり、内証秘密の真心、如意宝頓得成の義、諸法実相の正体であると言う。

・宇賀弁才天において弁才天は仏菩薩に通じ、宇賀神は龍畜の癡体を摂っている。それ故、弁才天が本であり、宇賀神は迹である。

④運海『弁才天秘密要集』
・道場観
宇賀弁才天の道場観は法界一如観に依る。同観法に拠り、本尊と法界は一体であり、更に行者と法界、本尊とは一体であり、又、本尊は自心より生じ、荒神も自身に他ならない事を観察する。そして、法界は無別にして一身三諦、一身即三身、無明即法性である事を知り、この観
法を成就すれば、諸法も成就する。

・愛染明王はhum字を以て体とする。
hum字は風大であり、妙観察智の本元でもある。これは如意輪観音でもあり、如意輪観音の三摩耶形は宝珠である。

⑤『円戒十六帖』

・弁才天の宝冠中に白蛇がおり、それは老翁の相を取っているが、(宇賀神とも言われる)その白蛇は大黒天である。大黒天と弁才天の関係は陰陽、父母の関係であり、両天は「万法能生之義」を表している。

7 仏教におけるサラスヴァティー信仰
(5)日本
(四)宇賀弁才天


(Ⅲ)弁才天と蛇
先述の通り、ヒンドゥー教や他の仏教圏においてサラスヴァティーは少なくとも図像的には蛇との関係を伺う事はできない。かかるサラスヴァティーは日本においては、既述の通り、人頭蛇身の宇賀神と習合する一方、蛇を自らの神使とし、更に蛇との習合が進むと、蛇頭人身の天河弁才天を生み出すに至っている。
天河弁才天等については別述するとして、此処で日本に来るまでは全く見られなかったサラスヴァティーの蛇との親和性は果たして当該女神自身に内在していたのか、或いは日本における全くのオリジナルの要素なのかという問いが浮かんでくる。
かかる問いに関する一つの仮説として頼富本宏氏、下泉全暁氏らはインド密教の女性尊であるジャーングリー(Janguli)の図像的特徴が混入してきたのではないかという可能性を提示している。

ジャーングリー(Janguli)は漢訳仏典では穣虞梨童女とも常瞿利毒女等とも称される女性尊で、阿閦如来の部族に属するとも、或いは観音菩薩の化身とも言われ、又、毒蛇をはじめとする悪獣等を自身の眷族とし、蛇を自身の装身具、或いは持物、若しくはヴァーハナ(乗物)としている。かかる彼女は蛇毒をはじめとする諸々の生物的な毒の他、煩悩の様な形而上的な毒をも消滅させるとされ、又、『サーダナマーラー』では彼女の幾つかの図像を説いているが、その中には身色白色で一面四臂であって蛇などの他にサラスヴァティーの様にヴィーナを持する図像も登場している(上記画像参照)。
其処で頼富本宏氏らは『サーダナマーラー』やチベットなどで知られるジャーングリーの図像やヴェーダ系の資料にサラスヴァティーに蛇毒を解毒させる力があるという記述などを基にかかるジャーングリーという女性尊が実はサラスヴァティーを起源としているのではないかという説を踏まえた上で上述の様な仮説を提示している。
当該仮説は個人的にも大変興味深い仮説ではあるものの、漢訳仏典が伝えるジャーングリーこと穣虞梨童女の図像は琵琶を持物としないし、又、現存する日本密教の図像資料でも彼女は琵琶を持していない。


いずれにせよ、蛇と琵琶を持する穣虞梨童女の図像、若しくは何らかのテクストといった物証が発見されない限り、上述の説は、飽く迄、仮説の域に留まり続けることであろう。
此処で『金光明経』の「大辯才天女品」に戻ってみると、「或在山巖深險處、或居坎窟及河邊、或在大樹諸叢林、天女多依此中住。」とあり、弁才天は深山や大樹が繁る森林、河辺等といった場所を好んで住処としている事が伺えるが、日本の風土において湿気や水気に富んだこれらの場所は蛇の方も好んで住処としている所でもある。日本における弁才天と蛇の親和性は、案外、弁才天が好むとされる住処と蛇の生息圏域の重複というシンプルな事実に由来するものかも知れない。
7 仏教におけるサラスヴァティー信仰
(5)日本
(四)宇賀弁才天

(Ⅰ)導入
今日、日本の弁才天信仰の中核を成すのは、以前、取り上げた琵琶を弾奏する二臂弁才天とこれから取り上げてゆこうとする宇賀弁才天である。
宇賀弁才天とは、その名の通り、宇賀神と呼ばれる神と弁才天が習合した弁才天の一種で、日本独自の尊格である。
とは言え、その成立過程は、現在の所、不明で、そもそも宇賀神自体も出自不明である。ただ言える事は平安時代後期頃に徐々に成熟してゆき、鎌倉時代中期頃に表立って登場し、以降、中世を通じてその信仰を急拡大させて財宝神としての地位を吉祥天から取って代わり、やがて、日本の代表的な福徳の神として宗派や更に神仏の枠を超えた地位を確立させていったと言う事である。
かかる宇賀神と弁才天との関係の在り方を考える上で回避できない宇賀神の成立に関して、今日の所、大きく以下の二説がある様に見受けられる。

①説
宇賀神は記紀の諸神に還元できる神ではなく、宇賀弁才天の成立に際して案出された神である。

②説
宇賀神は起源不明ながらも、宇賀弁才天より先行して存在していた神であり、宇賀弁才天は、飽く迄、先行する宇賀神と弁才天との習合により成立したものである。

①説に関しては、山本ひろ子氏らが取っている説であり、山本氏の場合、先行研究の他、叡山文庫所蔵の台密の関係諸書等を駆使して上記の説に至っている。②説は伊藤聡氏らの説で、真福寺の大須文庫所収の弁才天が登場しない宇賀神単独経典の存在などが根拠になっている。
これらの説の妥当性に関して、個人的に判じ得る立場に無いので、以下、保留にしておくが、宇賀弁才天自体を取り上げる前に、先ずは宇賀神に関して概観する。

(Ⅱ)宇賀神
宇賀弁才天の図像に関しては、いずれ触れる予定であるが、予め本節において必要な点として述べておくと宇賀弁才天の最大の特徴はその頭頂に人頭蛇身の老翁相の神を戴いている所である。
そして、この人頭蛇身の老翁相の神こそが、所謂、宇賀神と呼ばれる神である。

尚、宇賀神と同じく人頭蛇身の老翁相の神として羽黒修験の方では羽黒神という神が伝わっているが、恐らく同一神の別称、若しくは同根の神であろう。
日本では大和国の三輪山の神の伝承から知られる様に、記紀の時代から蛇はその容姿や脱皮を繰り返して成長するという生物学的特性から宗教的神秘の存在であったが、かかる蛇は水辺や湿地などに好んで住んでいる事から水に関わる神霊、若しくはそれらの化身等と看做され、又、農業と水の深い関係から蛇は容易に結びつき得る要素があった。人頭蛇身の宇賀神の姿はかかる日本古来からの水神、更には穀物神としての蛇に対する信仰がその成立背景に在った事を推察する事ができ、又、同神の老翁の相は、稲荷神の項において、別途、触れた様に、老翁が図像的には長寿、繁栄のシンボルである事から、宇賀神が農業経済社会における富の象徴としての穀物の豊作、そして、蛇の脱皮の神秘から敷衍される生命力の増長の現れとしての長寿と結びついている事が伺える。かかる宇賀神は比較的早くに弁才天と習合した故か、今日、宇賀弁才天の頭頂部において見かける事の方が多いが、宇賀神単独で祀られる例も少なくなく、主な例として三室戸寺や高野山親王院などの神像を挙げる事ができる。
さて、宇賀神が弁才天と習合すべく宇賀弁才天と同時に生まれたのか、先行して生まれたのかに関する議論は此処では避けて宇賀神のみに集中して続けてゆくことにする。
宇賀神の神名の由来に関しては幾つかの説が見受けられるが、恐らく最も一般的に受容されている説は記紀以来の穀物神であるウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)に由来するというものであろう。
稲荷神に比定される事が多いウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)は、記紀の記述上、性別は不明だが、古来より女神とする説と男神とする説が行われてきた。そして、男神として表現される場合は一般的には、やはり、繁栄と長寿のシンボルである老翁相で表現される。
此処で老翁相のウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)が古来からの蛇信仰と結びついた結果、これまで述べてきた人頭蛇身の老翁相の神が誕生し、その出自の一つに因んで宇賀神と名付けられたのかも知れないと想像する事も可能ではあるが、如何せん、この辺りの事情は完全に歴史の闇の中なので、新たな物証が発見されない限り、仮説の域を出るものではない。
ただ、想像力を逞しくすれば、性別不明のウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)に関して、男神としての老翁相の神が人頭蛇身の宇賀神と展開したとして、その一方で同じく女神とも言われるウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)が同じく女神である弁才天と結びつき、前者の宇賀神と統合された時、宇賀弁才天が誕生したと推察する事もできる(※繰り返すが、想像力を逞しくすればの話である。)。
事実、後世、宇賀神と宇賀弁才天は夫婦関係にあるとも言われる様になり、更に宇賀神と宇賀弁才天の習合が進行すると、女性形の人頭蛇身の宇賀神も考案され、老翁形の宇賀神と夫婦として祀られる例も現れ、又、宇賀神自体が蛇身弁才天と称されて祀られる例も見られる様になった。


ところで、日本の弁才天の母源とも言うべきヒンドゥー教の女神サラスヴァティーに関しては図像的にも蛇と関連する要素は全く見当たらないし、又、他の仏教圏におけるサラスヴァティーに関しても蛇との関連は全く見られない。
其処で宇賀弁才天の成立背景の要素の一つと言うべきか、宇賀神、或は蛇と弁才天とを結びつける媒介に関して、次に推察してゆくことにする。