高校1年の頃。

 

授業に行くため教室に移動しました。

 

隣の校舎の4階まで行くことになります。

 

私の教室は2階だったので、一度降りて、

また4階まで上がることになります。

 

隣の校舎に入り、階段に足をかけた時、

別のクラスの女子が階段の上でキャッキャと大きな声で笑いました。

 

「何?誰だろう?」と階段を見上げました。

 

その時、水色が見えてしまいました。

笑った女子がちょうど私の斜め前を上がっていたのです。

 

 

 

 

4階の教室での授業中、

心臓がドクドクと鳴り、

頭から水色が離れませんでした。

 

 

小学2年の水泳教室。

私は水泳が苦手で、夏休みの3日間出る事になりました。

 

バタ足を練習したこと位でしょうか。

 

 

同級生では、由貴さんが出ていました。

 

私の学校で水着は特に決まりはなく、

男子ならパンツ、女子はワンピースの水着でした。

 

由貴さんは、青の水着でした。

 

 

皆で円になった時、

私は由貴さんを見ました。

 

由貴さんの青い水着が下がっていて、

前が見えていたのです。

 

由貴さんは慌てて水着を上げましたが、

手遅れでした。

 

苦手だった水泳ですが、

こんな事は覚えています。

 

 

高校1年の秋、文化祭があります。

私達1年は、模型を作ることになりました。

展示する所は教室で、机を外に出して作り始めました。

 

椅子がないので座る所がありません。

皆、作業をしていましたが、だんだん疲れてきて休憩となりました。

教室の隅にもたれたり、しゃがんだりしました。

 

その中で、里嘉さんが教室の窓際にもたれ、しゃがみました。

里嘉さんは、成績が良く、きれいな子。

 

 

 

お尻を床につけて、立膝で座ったので、

見えてしまいました。

 

高校1年の文化祭、記憶に残っています。

記憶に残っています。

 

今から20年くらい前の話です。

はなまるマーケットと言う番組があり、

ゲストにはこずえ鈴さんがでていました。

 

こずえ鈴さんは、ハーフの方で、中学の頃来日したそうです。

 

中学ではブルマーが嫌だったというのです。

ブルマーはパンツみたいだからと言い、

岡江さんも同調していました。

 

 

 

ブルマーを穿いていたのは日本だけだったのかな。

体操服という物がなく、服装は自由という国が多いのかもしれません。

日本の中学校に来て驚いたのでしょう。

 

元気で明るい印象のこずえ鈴さんでしたが、

この話題で笑顔は見られませんでした。

 

こずえ鈴さんは昭和55(1980)年2月19日生まれ。

中学入学は平成4(1992)年です。

 

ブルマの時期ですね。

 

 

中学3年生の1学期。

 

体育の授業になりました。

 

授業の前にグラウンドを1周するようになっていました。

 

女子がやってきます。

絵美さんと博子さんと通子さんが走ります。

 

女子はいつも、授業前はジャージを着て、

直前に脱いで授業を受けます。

 

この日、なぜか通子さんはジャージを穿かずに、

ブルマー姿でグラウンドを1周していたのです。

忘れたのか、穿かなくてもいいと思ったかは分かりませんが、

多分後者でしょう。

 

 

また私の悪い癖が出て、ブルマーを見てしまいました。

絵美さんと博子さんはジャージ姿で何ともなかったのですが、

通子さんは太ももが見えて、小柄ですが大きめのお尻が目立ち、

周りを見ながらはにかんでいました。

 

 

 

 

中学1年で、校内記録会という、クラス対抗の陸上の大会がありました。

 

開会式で整列します。

男子と女子で縦に並びました。

男子は緑色の短パン、女子はブルマーでした。

 

学年で色分けされていて、1年は緑色、2年はえんじ色、3年は紺色でした。

初めてなので緊張しながら話を聞いていると、やはり前の生徒が目に入ってきます。

クラスの女子のブルマー姿を見ていました。

白い半袖シャツに、緑色のブルマーが1列に並んでいます。

私の斜め前は友佳子さんという人でした。

 

友佳子さんは普段は眼鏡をかけていますが、

運動の時は外していました。

1番近くにいる友佳子さんのブルマ姿を見てみると、緑色の生地、左右に白い線が3本付いています。

お尻にぴったりとブルマが貼り付き、3本の白い線が縦に伸びています。

 

友佳子さんの太股を見ると、毛が目立っていました。ブルマー姿になると太ももの意外な部分も見えます。

 

開会式の話を聞きながら、友佳子さんのブルマーや足を見ていたことを思い出しました。

 

 

中学時代に通っていた塾の話です。

夏休み夏期講習がありました。 

前回の恭子さん、今度は水色のワンピースで来たのです。

 

膝上10センチはあったでしょうか。

扉を開けて入ってきたとき、私は、情けないながら、スカートと足を見てしまいました。

 

恭子さんが座り、何かを書いています。

私は採点されるために、立ち上がりました。

 

足下が隠れる机なんて物ではなく、教室で見られる、

1人用の机でした。

目がいってしまいました。

恭子さんは、足を斜めにして座っています。

可愛い人だなあと見ていました。

 

私の採点が終わり、席に戻ります。

恭子さんは、塾の手伝いをしています。

見てみると、足を真っ正面に向けて座っていました。

 

水色のワンピースと足の間から、また白い物が見えてしまったのです。

恭子さんは気づいていない。

周りを気にせず作業中でした。

何年たっても忘れない、恭子さんの足とスカートです。

 

私は中学生時代塾に通っていました。

小さい塾ですが、中学1年生から高校3年生が通う、小さな塾でした。

 

これは、私が中学3年生の頃の話です。

この当時、高校生の間ではミニスカートが流行り、

膝上10cmのスカートは当たり前でした。

今なら考えられない短さです。

 

私の2年先輩で、高校2年生に恭子さんという人がいました。

真面目で優しくて声が可愛い人で、私はいい人だなと思っていました。

 

そんな恭子さんも、スカートは膝上10cm位だったことを覚えています。

恭子さんの足は、がっちりとしていて、いわゆる大○足ですが、

見とれてしまう足でした。

 

ある日、私はいつも通り塾に通い、難問に悩んでいた時、

恭子さんが塾に入ってきました。

何と、茶色の半袖ワンピースで、膝上10cm以上あるスカートで来たのです。

 

真面目そうな恭子さんですが、大胆に足を見せる服装で、

ボディコン程ではありませんが、体の線も出ていました。

その頃恭子さんは、塾の事務的な仕事を手伝っていて、

他の机で作業をしていました。

 

私の席と真向かいになっていたのです。

気になる恭子さんが真正面にいて、しかもミニスカートで座る。

ひざ掛けもなく、机には縦の板もなく、恭子さんのスカートが見えています。

 

私は、気になり、見てしまいました。

中学3年生で、高校生のお姉さんのミニスカートや太腿をどうしても見てしまう。

 

恭子さんも、座った時のスカートの短さに気が付いて、押さえていましたが、

手を離さないと作業できません。

 

茶色のスカートから、白いものがちらっと見えました。

字を書く時左手で紙を押さえるので、どうしてもスカートの中が見えてしまいます。

 

私はかわいそうだなと思いつつ、見てしまうのでした。

 

あるテレビ番組で、三浦瑠麗さんが、

ブルマを強要してくる日本社会と学校が憎かった」と発言したと

話題になっています。

 

三浦瑠麗さんは1980(昭和55)年生まれ。

小学校入学は1987(昭和62)年、

中学校入学は1993(平成5)年でしょう。

 

私の地域の女子は、

小学校では短パンだったので、

中学校でブルマデビューでした。

 

中学入学前、制服と体操服を購入し、

初めての体育の授業でブルマを穿いたとき、

どんな気持ちになったのでしょうか。

 

中学1年の4月、ブルマ姿で出てきた女子は、

何だか落ち着かない様子でした。

 

中学時代の三浦さんも、

ブルマ姿で体育をしている時、

「何でこんなもの穿かないといけないの」

という怒りがあったのでしょうか。

 

 

 

 

高校1年の休み時間。

 

弥紗さんと慶子さんが話していました。

 

弥紗さんが一言。

「中学校の時、12月まで半袖でブルマで走らされたよ。」

慶子さんは

「ひどいなあ。」

 

と返す。

 

弥紗さんは、背が170cmと大柄で、

脚も健康的でした。

 

そんな弥紗さんがブルマ姿で走っている所を想像すると、

冬でもブルマ姿で走ることが可哀想だと同時に、

弥紗さんも恥ずかしかったんだなという気持ちが湧きました。