えせえせinアメリカ
アメリカに居るとたまに勘違いしている日本人に会う事がある。
えてして女の子に多いんだが、日本人なのに日本人嫌いなヤツ。
アメリカにそれなりに長く済んでいて彼氏または友達にアメリカ人が確かに多く、
英語もそこそこ喋れる。異文化の中で生活し、色々な物を習得しようとしている。
ここまではいいんだが...
ただアメリカ人の様になろうとして、そうなるには日本人である事を捨てる
または否定する事にはどうも合点がいかない。
勘違いされないように言っておくが俺自身別にナショナリストでもなんでもない。
日本のものが全てアメリカのものより優れているとは決して思わない。
「あそこのバーは日本人がいないから楽しい」
「ここのレストランは白人しか来ないから雰囲気がいい」
「このクラブは黒人しかいないから本物」
おいおい、気付けって!その中に日本人であるお前が入ったら、
そのおまえの好きな状況が壊れてしまうだろ。濁ってしまうだろ。
でもそういうヤツほど自分が「日本人であるがゆえ」という事に目をふさいでいる。
彼氏の方はオリエンタルな容姿の日本人のあなたを気に入ってるわけだろ?
又は日本古来の伝統や独自のサブカルチャーに興味がある事が多いわけで。
日本人である事がプラスに働いているはずなのに。寿司やソニーなんかは自慢するだろ?
周りをアメリカで取り囲んで得意げな顔になってるけど、見てると笑えるって。
まるで服やらなんやら着せられているペットみたい。人間にずっと飼われているペットって
自分の事を飼い主と同じ人間だと思っているらしい。自分が犬だとか認識していない。
飼い主と一緒にすましてお散歩している姿なんてただただ滑稽にしかうつらないのに。
それなら野良犬の方がよっぽど誇り高く見えるよな。
日本人としての誇りを持ってるヤツの方が本当のアメリカ人の友達ができるって。
信頼関係が築けるって。
えてして女の子に多いんだが、日本人なのに日本人嫌いなヤツ。
アメリカにそれなりに長く済んでいて彼氏または友達にアメリカ人が確かに多く、
英語もそこそこ喋れる。異文化の中で生活し、色々な物を習得しようとしている。
ここまではいいんだが...
ただアメリカ人の様になろうとして、そうなるには日本人である事を捨てる
または否定する事にはどうも合点がいかない。
勘違いされないように言っておくが俺自身別にナショナリストでもなんでもない。
日本のものが全てアメリカのものより優れているとは決して思わない。
「あそこのバーは日本人がいないから楽しい」
「ここのレストランは白人しか来ないから雰囲気がいい」
「このクラブは黒人しかいないから本物」
おいおい、気付けって!その中に日本人であるお前が入ったら、
そのおまえの好きな状況が壊れてしまうだろ。濁ってしまうだろ。
でもそういうヤツほど自分が「日本人であるがゆえ」という事に目をふさいでいる。
彼氏の方はオリエンタルな容姿の日本人のあなたを気に入ってるわけだろ?
又は日本古来の伝統や独自のサブカルチャーに興味がある事が多いわけで。
日本人である事がプラスに働いているはずなのに。寿司やソニーなんかは自慢するだろ?
周りをアメリカで取り囲んで得意げな顔になってるけど、見てると笑えるって。
まるで服やらなんやら着せられているペットみたい。人間にずっと飼われているペットって
自分の事を飼い主と同じ人間だと思っているらしい。自分が犬だとか認識していない。
飼い主と一緒にすましてお散歩している姿なんてただただ滑稽にしかうつらないのに。
それなら野良犬の方がよっぽど誇り高く見えるよな。
日本人としての誇りを持ってるヤツの方が本当のアメリカ人の友達ができるって。
信頼関係が築けるって。
映画評:Vol.1「バベル」- その1
このブログを始めた一番の理由でもある映画評の第一弾。
シネフィルでも学術的に映画を学んだ訳でもないので
評論にならない感想のような文になるかと思いますがあしからず。
一回目はアレハンドロ・イニャリトゥ監督『バベル』を取り上げます。
注:日本ではまだ未公開でネタバレもあるため以下に読み進める人は
その事を念頭に置いてください。
最近見た映画ではかなり良い方で映画館に3回見に行きました。
簡単なあらすじは地球上の4つの異なる場所(東京、モロッコ、メキシコ、カリフォルニア)
で起こる物語が微妙に関連しながら交差していき、それぞれに影響を与えるというもの。
まずこの映画で自分が感じ取った事は人間の「性(さが)」というか「業」みたいなもの。
そしてそれには愚かな部分と良性な部分両方合わせ持つ。
映画は全編を通じて観客にそれを提示してくる。
登場人物達は映画の中でそれぞれに苦しんでいる。
しかしそれらの苦しみは人間という生き物が本質的に持つ
生命活動や人間性に由来し、決して「悪」なものではない。
菊池凛子演じる女子高生とモロッコのジプシー少年が異性に
興味を示したり相手を求めるのは本来自然な行ないである。
しかし女子高生は聾唖という障害のため拒否され、
ジプシーの少年は宗教に基づいた道徳観のためそれを否定されてしまう。
一方で息子の結婚式のために故郷に帰って来たメキシコ人家政婦は
年齢や貞操感で一旦ためらうが、異性を受け入れる。
(「求めて受け入れられない」のと「求められて受け入れる」の違いはある。)
この時間を生きてきた人間のキスの美しさよ。暖かさよ。
人間が異性を求める行為というもはやはり正しいんだと示している。
これこそが人間賛美とも言えるのでは。
同様にブラット・ピットとケイト・ブランシェットの夫婦が交わすキスは
人間の強さを表している。生命の危機に扮している妻が尿を漏らし
再びもよおした時にそれを2人して笑い、くちづけができるのは
人間が備え持つ強さであろう。
- その2につづく -
シネフィルでも学術的に映画を学んだ訳でもないので
評論にならない感想のような文になるかと思いますがあしからず。
一回目はアレハンドロ・イニャリトゥ監督『バベル』を取り上げます。
注:日本ではまだ未公開でネタバレもあるため以下に読み進める人は
その事を念頭に置いてください。
最近見た映画ではかなり良い方で映画館に3回見に行きました。
簡単なあらすじは地球上の4つの異なる場所(東京、モロッコ、メキシコ、カリフォルニア)
で起こる物語が微妙に関連しながら交差していき、それぞれに影響を与えるというもの。
まずこの映画で自分が感じ取った事は人間の「性(さが)」というか「業」みたいなもの。
そしてそれには愚かな部分と良性な部分両方合わせ持つ。
映画は全編を通じて観客にそれを提示してくる。
登場人物達は映画の中でそれぞれに苦しんでいる。
しかしそれらの苦しみは人間という生き物が本質的に持つ
生命活動や人間性に由来し、決して「悪」なものではない。
菊池凛子演じる女子高生とモロッコのジプシー少年が異性に
興味を示したり相手を求めるのは本来自然な行ないである。
しかし女子高生は聾唖という障害のため拒否され、
ジプシーの少年は宗教に基づいた道徳観のためそれを否定されてしまう。
一方で息子の結婚式のために故郷に帰って来たメキシコ人家政婦は
年齢や貞操感で一旦ためらうが、異性を受け入れる。
(「求めて受け入れられない」のと「求められて受け入れる」の違いはある。)
この時間を生きてきた人間のキスの美しさよ。暖かさよ。
人間が異性を求める行為というもはやはり正しいんだと示している。
これこそが人間賛美とも言えるのでは。
同様にブラット・ピットとケイト・ブランシェットの夫婦が交わすキスは
人間の強さを表している。生命の危機に扮している妻が尿を漏らし
再びもよおした時にそれを2人して笑い、くちづけができるのは
人間が備え持つ強さであろう。
- その2につづく -
LAクラブ紀行:その1
ロサンゼルスのイベントやパーティーを不定期に紹介していきます。
注)私的な趣味による偏りがありますのであしからず。
まず第一弾はファイヤークラッカーというイベント。
自分が約6年前にロサンゼルスに移り住んでから、
一番最初に通い始めたイベントの一つ。
ここら辺のクラブ通いでアメリカ人の友達を作ったので、
思い出深い場所。飽きて2、3年前は殆ど行かなくなってたけど、
最近また盛り上がり返してるんで出戻りで参加してます。
場所はLAダウンタウンのチャイナタウンにあり、
チャイニーズスタイルなジャズバー。
一階は通常ジャズバンドが演奏しているラウンジで
二階がダンスフロアのあるクラブ型式。
DJ陣は Eric Coleman や Kutmah といったLAを代表する面々。
Hiphop/House/Electronica/Techno/Latin/Brazilian/Jazz/Soul/R&B/80's
といったオールジャンルミックス。本物のパーティーミュージックって感じかな。
バイブもフレンドリーで客は白人、黒人、ラティーノにアジアンが
均等な割合でいます。年齢層も幅広く、アートや音楽など
何かしらやっている人が多い。少し気取ってるけど。
同じLAでもいわゆるハリウッド的なパーティーとは対極に位置する。
LA内外のDJやミュージシャンからリスペクトを受け
今まで数多くの有名どころがプレーしました。
アンダーグランドなセレブ達も客としてよく見かけます。
そんなファイアークラッカーも先日めでたく8周年を迎えました。
記念イベントとしてニューヨークからMasters At Work のケニー・ドープと
地元LAの Sa-Ra がゲストとして登場。
ケニー・ドープは気合い入ってたのかCDJだったけど
4時間近くみっちり回してくれたので少し感激。
チョロチョロっと小一時間ほど回して金もらって帰るゲストが殆どだからね。
内容はハウスをたっぷりかけた後にお情け程度でレゲエとヒップホップを30分ずつ。
1階のラウンジでは Sa-Ra がキーボードやドラムマシーンで演奏。
が何だかメンバー各自がビートのサンプルを持ち寄って
「これどう?こんなのもあるけど?」って感じで
演奏自体の完成度は高くなかったかも。
とにもかくにもいわゆる今の『LAサウンド』を体験できるイベントで
これからもシーンを引っ張っていってほしいですね。期待大。詳細は下記のアドをチェック。
http://profile.myspace.com/index.cfm?fuseaction=user.viewprofile&friendid=926665
注)私的な趣味による偏りがありますのであしからず。
まず第一弾はファイヤークラッカーというイベント。
自分が約6年前にロサンゼルスに移り住んでから、
一番最初に通い始めたイベントの一つ。
ここら辺のクラブ通いでアメリカ人の友達を作ったので、
思い出深い場所。飽きて2、3年前は殆ど行かなくなってたけど、
最近また盛り上がり返してるんで出戻りで参加してます。
場所はLAダウンタウンのチャイナタウンにあり、
チャイニーズスタイルなジャズバー。
一階は通常ジャズバンドが演奏しているラウンジで
二階がダンスフロアのあるクラブ型式。
DJ陣は Eric Coleman や Kutmah といったLAを代表する面々。
Hiphop/House/Electronica/Techno/Latin/Brazilian/Jazz/Soul/R&B/80's
といったオールジャンルミックス。本物のパーティーミュージックって感じかな。
バイブもフレンドリーで客は白人、黒人、ラティーノにアジアンが
均等な割合でいます。年齢層も幅広く、アートや音楽など
何かしらやっている人が多い。少し気取ってるけど。
同じLAでもいわゆるハリウッド的なパーティーとは対極に位置する。
LA内外のDJやミュージシャンからリスペクトを受け
今まで数多くの有名どころがプレーしました。
アンダーグランドなセレブ達も客としてよく見かけます。
そんなファイアークラッカーも先日めでたく8周年を迎えました。
記念イベントとしてニューヨークからMasters At Work のケニー・ドープと
地元LAの Sa-Ra がゲストとして登場。
ケニー・ドープは気合い入ってたのかCDJだったけど
4時間近くみっちり回してくれたので少し感激。
チョロチョロっと小一時間ほど回して金もらって帰るゲストが殆どだからね。
内容はハウスをたっぷりかけた後にお情け程度でレゲエとヒップホップを30分ずつ。
1階のラウンジでは Sa-Ra がキーボードやドラムマシーンで演奏。
が何だかメンバー各自がビートのサンプルを持ち寄って
「これどう?こんなのもあるけど?」って感じで
演奏自体の完成度は高くなかったかも。
とにもかくにもいわゆる今の『LAサウンド』を体験できるイベントで
これからもシーンを引っ張っていってほしいですね。期待大。詳細は下記のアドをチェック。
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