古代世界の「ドラッグ事情」─人類はなぜ麻薬にはまってきたのか
ハアレツ(イスラエル)
Text by Terry Madenholm
人類は古代より麻薬を作り、使い、乱用もしてきた。麻薬が文化的に認められる場合もあれば、危険だと警告される場合もある。では古代人は、そんな麻薬とどう付き合っていたのだろうか。古今東西変わらない人間の欲望に関心を抱く、イスラエル紙「ハアレツ」の考古学記者テリー・マデンホルムがその歴史をたどる。
麻薬の使用と乱用は、はるか昔からある。大麻にいち早く夢中になった民族が、古代エジプト人だ。大麻は古代エジプトで、緑内障や発熱の治療にも用いられた。
けれども、大麻使用の痕跡でいまのところ最古のものは、イスラエルにある。イスラエル南部のネゲブ砂漠で発見された2700年前の祭壇だ。
かつてテル・アラドの神殿内に設置されていたその祭壇から明らかなのは、古代イスラエル人が、大麻によって“神”を経験する儀式に慣れ親しんでいたということだ。大麻は祭壇で燃やされ、その精神活性化合物で信者はハイになっていたようだ
左側の四角い祭壇上で大麻が燃やされていたようだ Photo: DeAgostini / Getty Images
いまの中国西部に当たる地域に住んでいた古代人たちも、大麻を密閉空間で燃やしていた。パミール高原のジルザンカル墓地遺跡では、大麻の残留物が入った木製の香炉一式が発掘された。
およそ2500年前の残留物には、驚くほど高濃度のTHC(テトラヒドロカンナビノール)が含まれていた。THCとは、大麻が精神に作用する原因となる化合物だ。葬式に集まった人たちは、謹んでその煙を吸い込み、故人を悼んでいた
古代世界をあちこち旅した「歴史の父」ヘロドトスは、遊牧民族であるスキタイ人のあいだに同様の儀式があったと記録している。ヘロドトスによれば、スキタイ人は清めの儀式や葬式の最中に大麻を満喫していた。ヘロドトスはこう書いている。
「スキタイ人が大麻から種を取り出して、焼け石の上に放り投げると、燃えて、煙が立ち上った。彼らはそれを敷物で覆い、その下に潜り込むのであった。煙がもうもうと立ち上り、ギリシャの蒸し風呂でも敵わないほどであった。スキタイ人はその煙風呂で歓声を上げていた」
トラキア人も葬式後の「清め」の儀式で、大麻を同じようにして使った。ヘロドトスはこの習慣を、心身を清める一手段と見ていたようだ。いわば、蒸し風呂の別バージョンか
笑い草
ギリシャ人もだいぶ早くから、大麻の魅力にはまっていた。とくに注目されていたのが、麻薬の“楽しい”側面だ。それでギリシャ人は大麻を「笑い草」と呼んだ(名付け親はギリシャ人の医者ディオスコリデス)。
ギリシャ人の医者でローマ皇帝マルクス・アウレリウスに仕えたペルガモンのガレノスは、宴会で大麻ケーキが食されていたことを記録している。
「それは不味くて、消化不良や腹痛、頭痛を引き起こす。にもかかわらず、それを乾燥させてから、ほかのデザートと一緒に食べる人たちもいるのだ
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古来から「大麻」を栽培してきた日本でなぜ規制緩和が進まないのか
ほかの国々が続々と規制を緩めているのに
宮部貴幸はCBD製品を娘のてんかんの治療に使ってから大麻に対する考え方が変わったという
Photo: Kosuke Okahara/The New York Time
ニューヨーク・タイムズ(米国)
Text by Ben Dooley and Hikari Hida
大麻の規制緩和が欧米では進んでいるが、日本ではむしろ規制が強化されている。その理由は何なのか? 日本の大麻推進派はどう考えているのか? 米紙「ニューヨーク・タイムズ」が取材した
大麻は怖いもの──日本社会で幼い頃から、宮部貴幸はそう教え込まれてきた。だがそれは、自分の幼い娘が特殊なてんかんと診断される前の話だ。
インターネットで治療法を必死に探して、思いがけない救いの手に巡りあった。大麻から抽出される「カンナビジオール(CBD)」と呼ばれる成分だ。
仕事でカリフォルニアに出張したとき、奇跡を期待して、この魔法の液体が入った小さな琥珀色の瓶を購入した
期待は裏切られなかった。治療をはじめてから数週間後、娘のてんかんの発作が止まった。
「大麻に対する考え方が180度変わりました」と宮部は言う。
「ゲートウェイドラッグ」へのゲートウェイに
いま宮部は妻と独自のCBDオイル製品を開発している。大麻にまつわるものはことごとく避けるよう教えられてきた消費者にCBDオイルを売ろうという日本の起業家たちの仲間入りをしたのだ。いまこうした起業家が、日本で増えつつある。
だが簡単にはいかないだろう
世界の主要国は、大麻の医学的な有効性が明らかになるにつれて規制を緩めている。ところが、日本は大麻事犯の検挙件数を増やし、大麻に肯定的な情報が海外から入ってくるのを、啓発活動や法律の強化で阻止するなどして強硬な姿勢を強めているからだ。
それでも日本の大麻推進派は、(医学的な有効性は実証されているが、大麻の中毒作用はない)CBDが、「ゲートウェイドラッグ」とも呼ばれる大麻へのゲートウェイになることを期待している。
この戦略はアメリカを参考にしていると言うのは、大麻合法化を目指すNPO「グリーン・ゾーン・ジャパン」共同創設者の三木直子だ。
アメリカでは、CBDが一部の小児てんかんに効果があると報道されてから大麻に対する世間の意識が変わり、大幅な法改正につながったと三木は説明する。
日本にも「グリーンラッシュ」は来るのか
CBDは、日本でも法の抜け穴のせいで合法だ。抗炎症やリラクゼーション、睡眠促進などさまざまな効果があると魅力的な製品でもある。
日本でのCBDサプリメントの年間需要は、2024年までに約900億円に達する可能性があるとアナリストたちは予測する。
「CBDのおかげで、医療用大麻にも娯楽用大麻にも関心がなかった人が大勢この市場に入ってきています。新しい扉が開かれたような感じです」と三木は言う。
欧米で大麻の規制が緩和され、ゴールドラッシュならぬ「グリーンラッシュ」で儲けようとしている起業家にとって、日本は魅力的な市場だ。
世界第3位の経済大国で世界のどこよりも高齢化が進む日本の人口構成はまさに理想的と言える。潤沢な可処分所得を持ち、病を癒すサプリメントに底なしの関心を抱く健康志向の強い高齢の消費者が多いからだ
だが日本には、ドラッグに不寛容な東アジアのなかでも最も厳しい大麻関連の法律がある。
東アジアのどの国も、娯楽用大麻を合法化する気配はない。それでも台湾と韓国は、有効性を示す証拠が増えてきた医療用大麻を合法化した。中国は、産業用大麻とその関連製品の最大の生産国だ(中国ではCBDは生産できるが、使用はできない
古来から「大麻」を栽培してきた日本でなぜ規制緩和が進まないのか | クーリエ・ジャポン
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高齢者の大麻使用が増えるとどうなる?
カナダで嗜好用大麻合法化
バンクーバー・サン(カナダ)
Text by Nick Eagland
カナダでは、2018年10月17日、嗜好用大麻が合法化された。その直前、バンクーバーで、大麻が高齢者ケア業界におよぼす影響について話し合うパネルディスカッション「ケアにおけるカナビス──根掘‘葉’掘知りたい」が「ブリティッシュコロンビア州介護従事者協会」主催で開かれた
そのリアルなテーマを地元紙「バンクーバー・サン」がレポート
高齢者の大麻使用、その効果と課題
高齢者の大麻使用は今後増えることが見込まれている。合法化により悪いイメージが消え、大麻をアルコールや医薬品の代用として試す人が増えてくるからだ
高齢者の医療用大麻使用に関する最近の研究では、被検者の94%の体調に改善がみられ、かなりの人が転倒が減ったと答えた。『欧州医学ジャーナル』に掲載されたこの研究によると、高齢者が医療用大麻を使用することによって、処方薬の使用が減ったという。
パネリストのひとりで「カノピー・グロース」社の継続介護ディレクター、デイヴィッド・グレブは、高齢者はスモーキングやベーピングよりも食べる大麻を好むだろうと言い、ただし少量から始めることが重要と指摘する。大麻は経口摂取されると、効きはじめるのは1〜2時間後で、高揚感は4~6時間続く
大麻は高齢者の社会生活の質を高め、飲酒量を減らし、痛みのコントロールにも役立つという点で、害を減らす強力なツールとなりうる、とグレブは言う。
だが、本人にとって大麻の使用が適切かどうかを介護従事者はその家族と話し合う必要があり、認知能力が低下してきている場合はなおさらだとグレブは指摘する。
多くの家族がケアホーム入居者のために家から嗜好用大麻を持ってきて、これで高齢の家族の体調が良くなるか試すだろうとグレブは予想してもいる。グレブは言う
これまで、入居者の家族が大麻を臨床薬剤師やケアホームに無断でこっそり差し入れるのを何度も見ました。よく見かけるのが大麻入りブラウニーです。
家族はたいてい感情的になっていますから。本人の生活を少しでも改善できる可能性があるものは手当たり次第試したいのです
医療用大麻リソースセンター」の創設者であり理事長のテリー・ロイクロフトは、介護従事者は高齢者の服用には注意するべきだと言う
食用大麻は嗜好用大麻合法化から1年くらいは市場に出回らないが、そのあいだ、大麻使用者は乾燥大麻と油から自分で食用を作るだろう。食品・飲料メーカーは、こぞって味の良い大麻入り商品を開発中で、そこにはキャンディーやチョコレートも含まれる。これは問題をもたらすだろう、とロイクロフトは付け加える。
すでにロイクロフトは、連邦政府から入手した医療用大麻を使って高齢の親のためにブラウニーを焼いている人たちを見たことがあるという。その親は、強すぎるTHC(テトラヒドロカンナビノール)摂取で具合を悪くした。
「いまのところ、それで死んだ人はいませんが、自分は死ぬんじゃないかと感じるくらい具合
が悪くなります。副作用を経験した人のほとんどは、もういらないとなります」
高齢者ケア業界と大麻
バンクーバーにある「パークプレイス・シニア・リビング」施設長兼CEOのアル・ジーナは、スタッフとケアホームが保護されることも極めて重要だと話す。入居者も、大麻の使用にどのようなリスクがあるかをよく理解しておく必要がある
入居者に嗜好用大麻の使用を許可したら、自己管理と使用量が大きな懸案事項になるとジーナは言う。高齢の入居者はその日に大麻を使ったかどうかを忘れるかもしれないので、介護従事者は使用を監視する方法も決めなければならない。
ひとつの方法として、大麻を二重鍵キャビネットに保管し、入居者がそれを取るには、スタッフに鍵を持ってきてもらわないといけないようにすることを考えている。
別のリスク要因としてジーナが挙げるのは、入居者同士での大麻のシェア、服用薬への影響、臨時スタッフや夜勤のスタッフが適切な大麻使用について充分な知識を持っているかなどだ。
職場の安全性という観点から、大麻の使用は入居者とスタッフのリスクを高め、その責任のほとんどが従業員にかぶさってくる、と言うのは「ワークセーフBC」戦略的雇用コンサルタント、スティーブン・サイモンだ。
サイモンは、大麻がケア施設に持ち込まれたら、従業員はこれらのリスクを特定し、入居者が機能障害に陥りケガをする可能性を評価することが重要だと語る
同社は長きにわたってアルコール、処方薬、大麻を含むドラッグなどの物質と機能障害に関する政策を実施してきた。そしてこれらの政策には、合法化が見込まれていてもいまのところ変更はない。しかし合法化が近づき、ケアホームの管理者たちは機能障害に関する政策や研修を更新する時期に来ている。
大麻の副作用を防ぎ、管理するために、スタッフとの話し合いも必要だとサイモンは言う。さらに、入居型介護施設は入居者にとっては家だが、スタッフにとっては職場であり、スタッフたちには大麻の煙から守られて安全に働く権利があることを忘れてはならないとも語った