彼の声 2026.6.25 「自由の認識と解釈」
voice-175
何が自由なのかもわからないままに、自由
に関して勝手な幻想を抱くのはやめておいた
方が良さそうで、意識が世の中の社会情勢や
経済情勢や政治情勢からそれなりに無視でき
ない影響を受けているのは確かだとしても、
自身が何に囚われているのかもわからないま
ま思考を巡らしても、せいぜいが勘違いな認
識や独りよがりな解釈にたどり着くだけかも
知れず、それが世間並みの認識や解釈でしか
ないとしたら、この時代や文化において、大
多数の人々が無意識のうちに共有している当
たり前の価値観や常識に囚われているに過ぎ
ないことだから、自身が暮らす地域社会や、
日々の情報を受け取るマスメディア、慣習な
どを通じてそれらが形成され、個人の行動や
判断の暗黙の指針として機能していると捉え
ておくだけでも、勘違いでも独りよがりでも
ない社会の共同幻想に結びついた認識や解釈
だと受け止めておけば良いことなのかも知れ
ず、それに対して自由についての一般的な認
識は、他者や外部からの強制を受けず、自分
の意志や欲求に従って行動できる状態を指し、
しかも政治や哲学、社会通念など、どの文脈
で捉えるかによってその解釈は多岐にわたる
そうで、他から干渉を受けないことを重視し
た政治的・社会的な自由は、国家や権力、他
者からの干渉や束縛を受けず、個人の領域が
守られている状態を指し、表現の自由、思想・
良心の自由、職業選択の自由などがこれにあ
たり、他者に危害を加えない限り、何をして
も自由であるという近代自由主義の根幹をな
す認識で、それに対して内面的な意思と責任
を重んじる哲学的な自由とは、単に縛られな
いだけでなく、自身のあり方を自分で決定し、
理想を実現する能力を指し、人間は自由とい
う刑に処せられている、とサルトルが述べた
ように、人間は常に自分の行動や選択に責任
を負う主体であるという厳しい解釈で、本能
や衝動、外部の物理的な原因に動かされるの
ではなく、自ら立てた道徳法則や理性に従っ
て自発的に行動することを自由と定義するそ
うで、また資本主義における選択肢を重視す
る経済的な自由は、市場経済において、個人
や企業が政府の統制を受けず自由に財産を保
有し、取引や競争を行える権利を指すそうで、
この自由は、個人の能力発揮や経済発展の原
動力とされる一方で、格差を生む要因にもな
り得るそうだが、これらを考慮に入れつつも
自己実現と規律に基づく日常的・心理的な自
由の解釈は、日常生活において、本当の自由
は単なるわがまま・放縦ではなく、他者や社
会と調和しながら、自分自身の感情や欲望を
コントロールし、自立する力・自己決定力を
伴うものと認識されているそうで、自由とい
う概念は、立場によって権利や責任、自己の
確立など多様な意味を持つそうだが、それが
世間並みの認識とは異質だと感じるなら、世
間と社会とは違う概念だと考えられそうで、
世間の常識とそこから生じる規範となると、
公的な法律やルール以上に、日常生活や職場
での振る舞いを縛り、空気を読む力や共同体
内の暗黙の了解も含み、それに関して、例え
ば、個人がどう生きようがその人の勝手だと
思うなら、それは世間体を気にしていないこ
とを意味し、そうではなく、例えば学校を卒
業して就職し、結婚してマイホームを持ち、
定年を迎えるといった、世間的に推奨されや
すい標準的な人生モデルに沿った人生を歩ん
でいれば、それが世間の空気を読んでいる証
拠とまでは言えないものの、世間体や周囲か
らの目を気にし、集団の輪から外れることを
避ける心理的な傾向に無意識のうちに従って
いると解釈されても、何の不思議も感じられ
ないだろうが、多くの日本人にとっては、世
間と社会は異質な概念として扱われ、コミュ
ニティとしての世間は、自分と直接・間接的
につながりのある、家族、友人、職場、地域
などの具体的な人々の集合体で、義理人情や
お互い様の精神が強い反面、逸脱者には厳し
く、一方で、ソサエティとしての社会は、自
分と直接の利害関係がない人々や、客観的な
ルール・制度で成り立つ広範なシステムを指
し、日本人の価値観における世間は、西洋の
近代的な個人が自立して結びつく関係の総体
である社会とは異なり、日本社会では個人よ
りも共同体の中の和を重んじる世間が優先さ
れてきた歴史的背景があるそうだが、それが
現代のインターネットやSNSが普及した状
況の中で、表向きには誰もが多種多様な情報
や価値観に触れられるようになるに従って、
かつてのような単一の世間並みの認識は崩れ
つつあり、個人がそれぞれの価値観を選択し
て生きる多様性が広がっていると解釈したい
ところだが、実態はそうではないのかも知れ
ず、世間からの束縛は、時には息苦しく感じ
られるだろうが、実は決断する疲れからの解
放や、暗黙のルールに乗る安心感をもたらし、
完全に自由であることは、常に自分で選択し
責任を負うことと同義であって、それよりは
世間の枠組みの中にいる方が心地良いと感じ
る心理的メリットが多く存在するそうで、世
間のルールや常識に縛られて生きることで、
選択と決断のコストが減り、何が正解かわか
らない現代において、一般的なルートや常識
があらかじめ用意されていると、自分で一か
ら正解を探す手間が省け、毎日の些細な決断
や人生の大きな選択を世間に委ねることで、
精神的な疲労を大幅に軽減でき、自分で決断
して失敗すると大きなダメージを受けるが、
世間の基準に従って失敗した場合は、運が悪
かった、皆もやっていることだから、と自分
を納得させやすくなり、それによって迷いが
消え安心感がもたらされ、自由度が高いこと
は、時に、これで本当にいいのだろうか、と
いう強い不安を生み出すが、世間体や社会通
念という常識の枠組みは、生き方や行動の明
確なガイドラインとして機能し、多数派の価
値観や行動に同調することで、自分は世間と
一体化したコミュニティの一員である、とい
う強い所属感や承認を得ることができ、それ
によって共同体内で周囲との摩擦や衝突も回
避でき、逆に個性を強く主張したり、独自の
価値観に従って生きたりすると、周囲との摩
擦が生じやすくなるから、波風を立てない処
世術だと割り切って、世間の常識や暗黙のル
ールに従っている限り、周囲から浮くことは
少なく、人間関係において無用な対立を避け
ることができ、そうなっている限りで、お互
いが世間の一般常識を共有しているから、他
者の言動を予測しやすく、日常生活を非常に
スムーズに送ることが可能となり、逆に完全
に独立して生きることは、社会からの孤立と
紙一重になる危険性もあり、そうはならない
ようにするには、できるだけ世間の価値観を
共有し、それに沿って生きることで、常に世
間の多数派と同じ方向を向いているという連
帯感や安心感を得られるが、あえて自由にな
ることを選んで、世間という共同体内にとど
まることから生じる窮屈さや息苦しさから解
放されようとするか、あるいは多少の窮屈さ
や息苦しさには我慢しながら、世間という共
同体内にとどまろうとするかの選択肢が、ど
のような機会をきっかけにして生じてくるか
は、主にライフステージの変化、深刻な人間
関係の摩擦、あるいは大きな環境の変動を契
機に生じてくるそうで、人生の転換期におい
ては、個人の役割や所属が変わるタイミング
で、従来の世間を見つめ直す機会が生じ、就
職・転職・定年退職などのタイミングで、学
校や会社という特定の共同体から離れる、あ
るいは新しい環境へ入ることで、それまでの
常識が絶対ではないと気づく契機になり、結
婚・出産・育児などのタイミングでは、これ
までとは異なる地域社会やママ友・パパ友コ
ミュニティ、家族関係に組み込まれることで
、新たな同調圧力に直面し、距離感をどうと
るか迫られ、また身内の介護・死別のタイミ
ングでは、従来の人間関係や付き合いを物理
的に維持できなくなり、共同体へのコミット
メントを見直さざるを得なくなるそうだが、
決定的な人間関係の破綻や限界に直面するの
は、共同体内の規範や人間関係に心身の限界
を感じる瞬間でもあり、ハラスメントや村八
分などの、共同体のルールから外れたことに
よる理不尽な扱いを受けたり、疎外された時
や、過度な忖度や同調の強要による燃え尽き
など、空気を読むことや周囲の期待に応える
ことに疲弊し、心身の健康を損ないそうにな
った時や、政治、宗教、教育方針などで共同
体の主流意見と決定的な対立が生じ、居心地
の悪さが決定的になった時などがあり、個人
的な価値観の変容によっても、外的要因では
なく、内面的な成長や気づきによって選択肢
が生まれ、誰かからの評価や世間の目を気に
することよりも、自分自身の本音やありのま
まの生き方を優先したいという欲求が高まっ
た時や、共同体にとらわれずに自由に生きて
いる人と出会って、新しい生き方・価値観に
触れることで、自分も別の生き方を選んでも
いいのだ、と気づく時もあるそうだが、不可
抗力などの外部環境の変化が作用して、個人
の意思を超えたところで、従来の世間が強制
的にリセットされる機会に巻き込まれる場合
もあり、災害やパンデミックなどによって、
日常生活や従来のコミュニティ機能が一時的
に麻痺することで、本当に必要なつながりと
手放しても構わない煩わしいしがらみとが選
別されたり、収入の増減やライフスタイルの
変化によって、それまで維持してきた交際費
や付き合いを継続できなくなる状況も生じて
くるから、自分から無理に苦労してきっかけ
を作ろうとしなくても、自然にそうなってし
まうなら、そんな成り行きに乗らない手はな
いわけだ。
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彼の声 2026.6.24 「固定化された前提に対する反駁」
voice-175
現状において固定化された前提というのが
具体的に何なのかに関して、あまりピンとく
るものはないが、人間は常に自身の利益を最
大化するために最も合理的で計算高い行動を
とると仮定されてきたといっても、それに対
して、行動経済学の台頭により、人間の認知
バイアスや感情に左右される不合理な意思決
定が前提として組み込まれるようになったら
しく、例えば、株価が下がっても損失を確定
させたくない感情から売却できず、損切りの
機会を逃してさらに大損するとか、新しいプ
ランの方がお得でも、変更による失敗を恐れ
て今のプランを続けたり、将来の健康や理想
の体型よりも、目の前にあるお菓子の誘惑に
勝てなかったり、将来のための貯蓄よりも、
今すぐ使える商品や娯楽にお金を使ってしま
ったり、中身をよく知らないまま、みんなが
並んでいるから良い店だと思い込んで並んで
しまったり、周囲が買っているからという理
由だけで、実体価値のない金融商品を高値で
買ったり、過去のわずかな的中体験だけを拠
り所にして、大半の負けた経験を無視してギ
ャンブルを続けたり、自分が購入を決めた商
品の、良い口コミだけを集めて悪い評判を無
視したり、現金が減る痛みを感じにくいため、
クレジットカードや電子マネーだと予算以上
に買ってしまったり、と、これらの行動は行
動経済学によって理論化されているそうだが、
行動経済学が解き明かす不合理なバイアスに
抗い、合理的な意思決定を下すための具体的
な対策は、現在バイアス対策として、余った
ら貯金するのではなく、給与天引きで自動積
立にするとか、損切り拒否や高値づかみ対策
として、ドルコスト平均法に従い、投資信託
などを毎月一定額自動で購入し感情を排除す
るとか、損失回避バイアス対策として、購入
価格から10%下がったら、理由を問わず売
却すると事前に株式売却のルールを定めてお
くとか、ネットでの衝動買い対策として、欲
しいと思ってからカゴに入れたまま三日間待
ち、本当に必要か再考するとか、支払いの痛
み鈍麻対策として、クレジットカードの限度
額を低く設定する、またはスマートフォンの
決済アプリからカード情報を削除するとか、
同調バイアス・バンドワゴン効果対策として、
セールの案内やSNSのトレンド通知をオフ
にし、周囲の流行から距離を置くとか、確証
バイアス対策として、自分が買いたい商品の
デメリットや最悪の口コミだけをあえて検索
するとか、また自己中心バイアス対策として、
友人が自分と同じ状況で悩んでいたら、どん
なアドバイスを出すかを想像するとか、何と
なく枝葉末節の、ハウツー的な子供騙しのよ
うな対策の羅列のような気がしないでもない
が、どうも合理的に物事を捉えない方が良い
と勘が知らせてくるような気がして、誰にと
っても合理的に思われたり不合理に思われた
りする行動やバイアスとして、すでによくあ
る事例としてネット上のお悩み相談の類いな
どで取り上げられているものは、その解決法
までがマニュアル化されているものも多いか
ら、何となくリアリティを感じられず、それ
らがよくある話として紋切り型化の効果によ
って無害化されているわけでもないが、ネッ
トのお悩み相談の類いは、よくある事例とし
て最適解がテンプレ化されやすく、その紋切
り型的で予定調和の回答が、当事者のリアリ
ティを損なう原因となっているそうで、個別
具体的な背景となる人間関係の力学や感情の
機微が削ぎ落とされ、誰にでも当てはまる正
論に置き換わったり、相談者が、ただ苦しみ
に共感して欲しいフェーズであっても、即座
に効果的な解決策やアドバイスが提示された
り、相談と回答があまりに定型化していると、
またこのパターンかと予定調和に感じ、生の
感情や切実さが伝わりにくくなり、それらが
リアリティを損なう原因となる一方で、紋切
り型のマニュアル化された回答にも、客観的
な視点を提供し、視野を広げる、第三者の専
門機関へつなぐための道標になる、といった
実用的なメリットはあるそうで、一概に予定
調和の紋切り型的な話だと斬って捨てるわけ
にもいかないそうだが、求めているものが、
今までにない、ハッとするような、気づきに
くく、言語化困難な何かに関して語っている
内容だと、それだけありがたみを感じられる
反面、それ自体が解決するとか解決できるよ
うなことではなく、そうすることのメリット
もデメリットもはっきりせず、ただそんな成
り行きに巻き込まれてしまうと、そうせざる
を得なくなるようなことになってしまい、ど
うすれば良いのか悪いのか、悩むだけ無駄な
ことなのかも知れず、それが何なのかといっ
ても、実際にそうなってみないとわからない
どころか、そうなってもわからないから、自
分でもわからないままそんな行為に及んでい
ると、それについては悩むとかそういうこと
ではなく、お悩み相談の題材とはならないわ
けだが、その場の成り行きに身をまかせろと
一概に言われるようなことでも、その場の成
り行きがどういう成り行きなのかが事前には
わからないわけだから、結果的に成功とか失
敗とかがはっきりした段階で、それがどうい
う成り行きだったのかがわかることもあるだ
ろうが、そうなった時点でもはや結果を変え
ることができなければ、わざとらしくそこか
らもっともらしい教訓の類いを言語的に構成
するにしても、その種の事後的な振り返りで
は遅すぎるというか、手遅れになってから反
省してみても、何かそれでは違うような気が
するわけで、何かを掴み損ねているような感
触だから、いかにそれをもっともらしく説明
しようと、たぶんそれを説明する行為とは違
うレベルで行動しなければならないのだろう
が、だから何か良からぬことをやらかして、
それに対する責任の追及のような行為をメデ
ィアを通じて喧伝するようなことが、何かも
っともらしくも正義の行為のように思われる
としても、メディア的にはそれで構わないだ
ろうが、すでにそんな思惑の裏をかいて何か
良からぬ策を講じてうまく立ち回ってしまっ
た後から、それをいくら批判されても非難さ
れても、やったもん勝ちな結果を覆しようが
なくなっていると現状を把握してみれば、そ
ういうことなんじゃないかと素直に事態を受
け止めるしかなく、そうなる過程において、
いくらでも枝葉末節な過ちや誤りなど犯して
しまっても構わないような成り行きになって
いれば、実際にそういう成り行きになってい
るから、行動経済学的なバイアスに陥っても
痛くも痒くもないどころか、逆にそういうバ
イアスに自意識が従っているから、それとは
違う本質的なところで冷静な判断ができるよ
うな逆説があると信じたいのだが、だから自
身が行動経済学的なバイアスなどに引っかか
っていることを意識していれば、それらの枝
葉末節な過ちや誤りをなん度も犯しながらも、
肝心なところでうまく立ち回れるような柔軟
性が身についていれば、かろうじて何とかな
るような成り行きなのかも知れず、そういう
のは他人に教えられるようなものでもないし、
他人から教わるようなものでもなく、良し悪
しとは無関係に否応なくそうなってしまうよ
うな成り行きに身をまかせてみないことには
くぐり抜けられない試練があって、そういう
試練をくぐり抜けた挙句に、現に高市などは
総理大臣になってしまったのだから、そいう
ことに関しては、やはりきれいごとばかり主
張している左翼リベラルな人々なら、高市を
見習えないどころか、苛烈な批判や非難で応
じるしかないのも、立場上はそうならざるを
得ないわけだが、それに対して行動経済学に
おけるバイアスは、人が物事を判断したり意
思決定を下したりする際に陥る心理的な偏り
や先入観・認知バイアスで、人間は常に合理
的・論理的に判断するとは限らないという前
提に基づき、非合理な行動を引き起こす主な
原因とされ、現在バイアスは、将来の大きな
利益よりも、目先の小さな快楽や利益を優先
してしまう心理で、サンクコストバイアスは、
すでに投資してしまい、回収できない時間や
お金などのサンクコストを惜しむあまり、非
合理な選択を続けてしまう心理で、現状維持
バイアスは、現状に特に不満がなくても、変
化や新しい選択に伴うリスクを恐れ、今の状
態を維持しようとする心理で、確証バイアス
は、自分の考えや思い込みに都合の良い情報
ばかりを集め、都合に反する情報を無視して
しまう心理で、フレーミング効果は、同じ事
実や選択肢であっても、情報の伝え方によっ
て、受け手の印象や判断が大きく変わってし
まう現象だそうだが、バイアスは決して特殊
な症状ではなく、人間が本質的に持っている
脳のショートカット機能の代償として生じて
きて、マーケティングや政策などでは、これ
らの心理的傾向を理解し、人々の行動をより
良い方向へ促すために広く活用されているそ
うだ。
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彼の声 2026.6.23 「技術革新に伴う価値や価格の変動とトレードオフの関係」
voice-175
技術革新による新規分野への投資は、投資
がうまく行けばその分野の生産物の価値を高
められる反面、既存の分野の需要を奪ったり、
生産性を相対的に陳腐化させたりするため、
既存分野の生産物の市場価値や価格を相対的
に引き下げる傾向になり、これは経済学にお
ける創造的破壊や産業構造の高度化と呼ばれ
るメカニズムで説明でき、なぜ価値や価格が
変動するのかといえば、新たに便利で魅力的
な製品が生産物として登場すると、消費者の
関心や予算がそちらへと向かい、従来の生産
物の需要が減るため価格や価値が下がって、
需要のシフトが起こり、イノベーションによ
って新たな生産手段や技術が確立されると、
より安く、より大量にモノを作れるようにな
り、この影響を受けない従来の方法で作られ
た生産物は、相対的に高コストで価値が低い
と見なされるようになり、生産性の向上によ
る価格破壊が起こると共に、投資の価値のト
レードオフも起こり、新規分野に資金や優秀
な人材が大規模に流入すれば、その分野の技
術開発がさらに加速し、新しい価値を次々と
生み出していく一方で、従来の分野には十分
な投資が行われなくなり、技術の進歩が止ま
ってしまうため、時代のニーズとの間で乖離
が生じ、結果として相対的な価値の低下がよ
り顕著になるそうで、それは現在進行中のA
I革命によって、他の産業分野の価値や価格
が相対的に下がる動きにも、すでに一部のデ
ジタル・知識セクターで顕著に現れ始めてい
るそうで、マクロ経済全体や物理的なモノの
価格を見ると、現在は過渡期にあり、逆に一
時的な価格上昇を生み出している分野もある
そうで、相対的あるいは絶対的に価値や価格
が下がっている分野は、AIの導入コストや
処理コストが爆発的なスピードで低下してい
る一方で、それまで情報の複製や処理に依存
していた分野の価値や価格が相対的・絶対的
に下落していて、デジタル・クリエイティブ
領域において、生成AIの普及により、ウェ
ブ製作費の市場相場が短期間で大幅に下落す
るケースや、簡易的なコーディング、データ
入力、翻訳などの外注単価が急落して、ホワ
イトカラーの定型業務も、これまで人間が高
い人件費をかけて行なっていたカスタマーサ
ポートや簡単なレポート作成など知的労働を
要するサービスのコストが構造的に下がって
いるが、反対に価値や価格が急上昇している
分野は、AI革命に伴って大規模な投資が集
中している、AIを動かすために絶対的に必
要な物理的リソースの分野で、他産業と比べ
て相対的かつ絶対的に急上昇していて、特に
半導体とハードウェアは、AIモデルの学習
や運用に必要な画像処理半導体のGPUやデ
ジタルメモリ、ストレージの需要が世界的に
爆増し、この影響で、AIに関係のない一般
のPCやスマートフォンの価格、自動車の製
造コストが押し上げられ、エネルギー・電力
分野では、大規模なデータセンターの増設に
伴い、電力需要が急増して、これによりエネ
ルギー価格が上昇し、伝統的なインフラ産業
の価値や重要性が再評価されていて、長期的
な視点では、AIによって全産業のモノを作
ったりサービスを提供するコストなどの生産
コストが引き下げられ、モノや既存のサービ
スの価値が下がり、生活コストが安くなると
予測する専門家が多くいる一方で、現在の段
階ではAI技術への莫大な投資という需要が
先行しているため、エネルギーや半導体とい
った特定のボトルネックに資金が集中し、他
産業の製品の価格が下がり切る前の調整局面
にあるそうで、それに関して示唆を与える理
屈として思い浮かぶのがトレードオフの理屈
で、投資におけるトレードオフとは、何かを
得ようとすれば、別の何かを犠牲にしなけれ
ばならないという二者択一の関係を示し、リ
スクを抑えつつ高いリターンを出すような都
合の良い投資は存在せず、投資の世界におい
て、トレードオフとなる代表的な関係は、リ
スクとリターンのトレードオフでは、高いリ
ターンを狙う場合、価格の変動幅が大きくな
り、失敗すれば元本割れや大きな損失を被る
リスクを受け入れる必要があり、逆にリスク
を抑える場合は、安全性は高まるが、得られ
るリターンもそれだけ少なくなるが、安全性
と収益性のトレードオフでは、預貯金などは
元本が保証されており安全だが、金利が低く
インフレによって実質的な価値が目減りする
リスクがある一方で、株式・投資信託などは
資産を大きく増やせるが、元本が保証されな
いから、失敗すれば元本割れを起こして資金
が投資した額を割り込むリスクがあり、流動
性と収益性のトレードオフでは、現金や普通
預金などの流動性が高い資産は、いつでもす
ぐに使えるが、運用で増やすことはできない
一方で、不動産や定期預金などの流動性が低
い資産は、現金化するまでに時間がかかり、
途中で解約しにくい代わりに、高い利回りや
家賃収入を得られ、またインカムゲインとキ
ャピタルゲインのトレードオフでは、インカ
ムゲインを重視した投資をすれば、定期的な
配当金や分配金、利息がもらえるが、株価な
どの急激な上昇による大きな値上がり益は期
待しにくくなる一方で、キャピタルゲインを
重視した投資をすれば、株価の値上がりによ
る大きな利益を狙えるが、配当金が全く出な
いこともあり、そういう意味では完璧な投資
先などなく、すべての要素を同時に満たすこ
とは不可能で、そんな投資におけるトレード
オフの理屈はAIの活用にも当てはまり、A
Iの導入や開発において、性能、コスト、速
度、安全性などのすべての要素を同時に完璧
に満たすことはできないそうで、何かを得る
には、別の要素を犠牲にする必要があり、高
い精度を狙う場合、大規模なAIモデルや膨
大なデータが必要になり、開発費やサーバー
代などのコストが跳ね上がり、逆にコストを
抑える場合、安価または無料の軽量モデルで
済む一方、回答の質や予測の精度は低下し、
利便性を最優先にする場合、社員が自由にA
Iを使えば業務効率は劇的に向上する可能性
はあるが、機密情報の漏洩や著作権侵害のリ
スクも高まり、安全性を最優先にする場合、
厳格な利用ルールの設定や外部通信の遮断を
行うため、安全だがAIの使い勝手や業務の
進化スピードは確実に落ち、高度な処理を求
める場合、AIが深く考えて正確な回答を出
そうとする分だけ、処理に時間がかかりユー
ザーへの応答が遅くなり、即時性を求める場
合、チャットボットなどで一瞬で返答させる
ことができる反面、複雑な文脈の理解や深い
分析はできず、ディープラーニングを使えば、
極めて高い精度で予測や判別ができるが、A
Iがなぜその結論に至ったのかのプロセスが
人間にはわからないブラックボックスになる
一方で、伝統的な統計・機械学習法を使えば、
なぜその結果になったのかの数式やルールな
どの根拠を人間に百パーセント説明できるが、
複雑なデータの予測精度は落ち、AIを活用
する際も投資と同じく、目的に応じて何を最
も重視し、何をどこまで妥協できるかという
最適なバランスを見極める戦略が不可欠だそ
うだが、そうであっても、得ようとしている
利益やリターンははっきりしているが、何を
犠牲にしているのかがわかりづらかったりわ
からなかったりする事例もありそうで、技術
革新の恩恵に与り生活が便利になったと幻想
を抱かせる一方で、アルゴリズムのブラック
ボックス化、労働の分断と疎外、デジタル格
差の固定化といった個人の生活実感として気
づきにくい弊害を生み出していて、これらは
便利さの裏側に隠れているため、問題が表面
化した時にはすでに社会構造に深く根付いて
いるという特徴があるそうだが、アルゴリズ
ムのブラックボックス化と選択の知覚に関し
ては、AIやレコメンド機能を伴った推薦シ
ステムは、ユーザーの好みに合わせて情報を
最適化して、フィルターバブルという見たい
情報しか見えなくする現象やエコーチェンバ
ーという似た意見が増幅される現象により、
知らず知らずのうちに思考や価値観が偏って
しまい、自分が自由に選択していると錯覚さ
せるため、多様性や客観的な事実を見失って
いることに気づけなくなり、労働の細分化・
機械化による労働の阻害に関しては、ギグエ
コノミー等のデジタルプラットフォームや高
度なシステムは、労働を細切れのタスクに分
解して、労働者をシステムの一部の歯車とし
て機能させ、成果の全体像や自身の仕事の意
義を見えにくくさせるから、労働へのやりが
いやモチベーションの低下を招き、また労働
者がシステムによって常に評価・管理される
ため、精神的なプレッシャーが慢性化して、
自身が何よって疲労し疲弊させられているの
かがわからないままとなり、デジタル格差に
関するデータ搾取と機会の不均衡に関しては、
技術の恩恵はすべての人が平等に受けられる
わけではなく、特にデータ社会においては、
個人の行動履歴が企業によって収益化されて、
便利な無料サービスを利用する対価として、
知らず知らずのうちにパーソナルデータが提
供・搾取されていて、また高齢者や一部の地
域住民のような、データを持たない層やデジ
タル技術に不慣れな層は、行政サービスや就
職、信用情報の面で不利を被る構造となって
いて、認知負荷の拡大と情報の非対称性に関
しては、技術の進歩によって処理すべき情報
量が爆発的に増え、常に生成AIやコミュニ
ケーションアプリなどの最新のツールを使い
こなすことが求められ、常に何かを見落とし
ているかも知れないという不安や、システム
への過度な依存によるテクノストレス・認知
疲労が起こり、またシステムを作る側の企業
と使う側の消費者の間で知識・情報の面で圧
倒的な差が生まれ、知らず知らずのうちに不
利な条件を飲まされているケースも少なくな
いそうだ。
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彼の声 2026.6.22 「保護主義とブロック経済化の影響」
voice-175
一般的に言って保護主義とブロック経済化
とは、1929年の世界恐慌後に当時の世界
の大国が自国・自陣営の経済を守るために貿
易制限や排他的な経済圏を形成した動きで、
それによって自由貿易体制が崩壊し、世界貿
易の縮小と政治的対立を招き、第二次世界大
戦の遠因となった歴史的事象であり、背景と
しては、1929年にアメリカで起きた株価
暴落をきっかけに、世界中の資本主義国へと
波及した未曾有の世界的な大不況によって、
経済的な打撃と大量の失業者に直面して、中
でもアメリカの対応は、1930年にスムー
ト・ホーリー法を制定し、史上最高水準の輸
入関税をかけて自国の産業を保護しようとし
て、この動きに反発して他国も報復として関
税を引き上げたことで、世界的な保護主義の
連鎖が起こり、保護主義の傾向が強まる中、
広大な植民地を持つ大国は、本国と植民地を
一体化させた排他的な経済圏を形成し、中で
もイギリスは、1932年のオタワ連邦会議
でスターリング=ブロックを結成して、ブロ
ック内の関税を引き下げて貿易を優遇する一
方、ポンド圏外の国々には高い関税を課して
締め出し、フランスも自国と植民地を結ぶ閉
鎖的な経済圏を形成する一方で、それほど広
大な植民地を持っておらず、輸出市場や資源
へのアクセスを絶たれたアメリカ・ドイツ・
日本・イタリアなどの国々は、自給自足的な
勢力圏の拡大を目指し、これが軍事的な拡張
主義へとつながって行き、結果的に、自由な
市場が分断されたことで、国際貿易は大きく
縮小して、経済全体の規模も縮小したことで、
世界的な経済停滞が長期化して、経済的な対
立が国際関係を悪化させ、これが第二次世界
大戦の引き金となり、未曾有の死傷者数とイ
ンフラの破壊をもたらして、この歴史的な惨
事の教訓から、第二次世界大戦後は、自由で
無差別な多角的貿易体制を目指してGATT
(関税および貿易に関する一般協定)やIM
F(国際通貨基金)などの国際機関が設立さ
れて、現在のWTO(世界貿易機関)へと引
き継がれたが、二十一世紀に入ってから、米
中対立を軸として経済的な分断を目指す動き
が顕著な傾向となり、この傾向が新たな保護
主義の台頭と世界的なブロック化の兆しを見
せ始め、実際にAI、量子コンピューティン
グ、軍事転用可能な先端半導体の分野で、米
国は輸出規制や投資制限を強化し、中国への
技術移転を厳しく阻止し、中国の製造業への
依存度を引き下げるため、アメリカの同盟国
間でのサプライチェーン構築を推進し、通商
面でも高い関税の維持など、両国間の貿易障
壁が高まっているが、完全な経済の分断は世
界経済に壊滅的な打撃を与えるため、現在で
は主要先進国を中心にリスク軽減へと戦略が
移行していて、安全保障上不可欠なコア技術
や重要物資に絞って切り離しを行う、選択的
デカップリングが主流となっていて、米中対
立の長期化により、日本企業はかつての中国
への投資の一極集中を見直して、東南アジア
やインドやメキシコなどに生産拠点を分散さ
せるチャイナプラスワン戦略を加速させたが、
それもトランプ関税によって変更を余儀なく
され、アメリカへ直接投資を強いられ、さら
に輸出管理法制や経済制裁の厳格化に伴い、
サプライヤーのスクリーニングやコンプライ
アンス体制の強化も迫られ、アメリカが主導
する経済安全保障を口実とした保護主義的な
傾向に巻き込まれ、半導体、AI、レアアー
ス・重要鉱物など先端技術や戦略物資におい
て、特定の国への過度な依存を断ち切る動き
が加速していて、なるべく価値観や利害を共
有する同志国のみでサプライチェーンを強靭
化・完結させようとし、これらは関税同盟の
ような明確な排他的ブロックとは異なり、多
国間通商枠組みや、例えば米国主導や中国主
導の枠組みなどの経済安保イニシアチブとい
った現代的な形で形成され、グローバルサウ
スと呼ばれる新興国・途上国は、米中いずれ
かの陣営に完全に従属するのではなく、自国
の利益を最大化するため複数の経済圏と柔軟
に連携する動きを見せていて、世界貿易機関
WTOを中心とした多角的貿易体制よりも、
2国間交渉や特定の有志国連合を重視する傾
向が強まり、現代の状況は、1930年代の
植民地をベースとした排他的なブロック経済
とは異なり、デジタル技術や金融網、先端技
術のサプライチェーンが分断の対象となって
おり、こうした分断がさらに進行すれば、コ
ストの上昇やインフレを招き、世界全体の経
済成長を抑制するリスクを孕んでいるそうだ
が、各国とも金融・財政政策において、政策
余地が枯渇する事態となり、国家間の対立や
紛争が慢性化した状態下でインフレが慢性化
すると、金利上昇による債務負担と実質賃金
の目減りが同時に進行し、経済の安定化が困
難になり、経済危機に陥る度に異次元金融緩
和などのゼロ金利政策や大規模な量的・質的
金融緩和をやって経済の悪化を食い止めよう
とした結果、中央銀行のバランスシートを肥
大化させ、政策の自由度を奪ってきた経緯が
あり、慢性的なインフレを抑え込むためには、
利上げして金融引き締めをやる必要があるが、
長きにわたる緩和で膨張した市場や政府債務
に対して急激な利上げを行うと、景気後退や
金融システムの不安を招くリスクがあり、そ
うかといって政府の財政悪化を懸念して、金
利を据え置くようなことがあれば、中央銀行
のインフレ抑制機能や通貨への信認が低下し、
インフレが進行している局面でのバラマキや
大規模な財政拡張などの、積極的な財政出動
は、市場の需要をさらに刺激して、インフレ
を助長する逆効果をもたらす恐れがあり、す
でに公債残高が積み上がっている財政赤字の
拡大状況で、追加の財政支出を続ければ、財
政の持続可能性に対する市場の懸念が高まり、
そんな中で中東有事や台湾有事などに起因し
て、コストプッシュ型のインフレが定着し、
家計の購買力や企業の収益が圧迫される中、
有効な景気対策を打てなくなると、景気停滞
と物価上昇が並存するスタグフレーション状
態に陥る危険性が高まるだろうが、デフレ脱
却を目指した長期の異次元金融緩和を経て、
日本は現在、円安と資源高に起因するインフ
レ圧力に直面していて、実質金利の低下や通
貨安がさらなるインフレを招く悪循環が指摘
されているが、政府・日銀は金融正常化を進
める一方で、財政制度等審議会などは財政拡
張がインフレに与える影響を警戒し、安易な
歳出拡大に警鐘を鳴らしている中で、慢性イ
ンフレに対処するには、需要管理だけでなく
経済構造の変革が不可欠となるそうで、供給
力を強化するには、単なる需要の底上げでは
なく、労働生産性の向上やAI・デジタル化
を活用した技術革新、規制緩和を通じて経済
全体の供給能力を底上げすることが求められ、
中長期的な財政の健全性に対する市場の信認
を維持するため、歳出構造の見直しやプライ
マリーバランスの目標達成が重要視されるが、
経済の構造改革は、既得権益の打破や規制緩
和、社会保障制度の見直しといった痛みを伴
い、短期的には世論の反発を招きやすいため、
政治的に敬遠されがちで、産業構造の変化や
グローバル化によって、中間層の凋落や雇用
不安といった構造的課題が放置され、有権者
の間に政治不信や社会への不満が鬱積して、
こうした不満をすくい上げる形で、エリート
層への批判や、わかりやすいが実現困難な公
約を掲げるポピュリズム勢力が支持を拡大し、
ポピュリズム政党の台頭により、中長期的な
経済政策よりも目先の人気取りや排外的な政
策が優先されて、抜本的な構造改革はさらに
遠のくという悪循環に陥り、民主政治は有権
者の声を直接反映できる反面、減税やバラマ
キなど有権者にとって耳障りの良い政策が優
先されやすくなり、持続可能な財政運営が阻
害される傾向が生じる一方で、デジタル化や
グリーンエネルギーへの移行など、中長期的
に必須となる成長戦略や規制改革が進まない
ことで、国際競争力の低下や景気低迷を招く
要因となるそうだが、グリーンエネルギーへ
の移行自体がかえってコスト高を招いて経済
停滞を招くという意見もあって、その辺は今
後の技術革新の動向にも影響を及ぼすだろう
が、ポピュリズムが支持を集める背景となる
格差や不満への処方箋がない限り、構造改革
の遅れは解消されず、民主主義の機能不全を
招くリスクが指摘され続けるにしても、安易
に処方箋など求めないで、ポピュリズム勢力
のやりたいようにやらせておくことが肝要な
のかも知れず、かつてのファシズム、ナチズ
ム、スターリニズムによる悲劇をすでに人類
が経験しているわけだから、きっと二度目は
喜劇や笑劇や茶番劇に終始するはずで、現に
今もその種の演劇空間の舞台上で何やらそれ
ふうの登場人物たちが茶番な政治劇を演じて
いる最中だと事態を捉えておくだけでも、よ
り冷静かつ客観的な現状認識へと至れるかも
知れないが、それなりに取り返しのつかない
惨事を招いている現実もあるわけだ。
https://www.koike-t.org
彼の声 2026.6.21 「経済政策の循環と行き詰まり」
voice-175
完全雇用、価格の安定、国際収支の均衡、
所得と富の再配分、社会財の提供は、経済学
者リチャード・マスグレイブなどの伝統的な
現代のマクロ経済学において、政府または国
家が果たすべき5つの経済的目標・機能と定
義されていて、これらは、市場の失敗を補い、
国民の厚生を最大化するための統治の基本と
されて、完全雇用は、働く意欲と能力がある
すべての人が、適正な賃金で働ける状態を指
し、統治の役割は、消費+投資+政府支出の
有効需要が不足して発生する非自発的失業を
解消するため、財政政策や金融政策によって
経済全体の需要をコントロールすることにあ
り、価格の安定は、物価上昇をもたらすイン
フレーションや物価下落をもたらすデフレー
ションを防ぎ、貨幣価値を安定させることで、
統治の役割は、中央銀行による金利の操作や
マネーストックの調整などの金融政策や政府
による適切な財政運営を通じて、過度な物価
変動を抑え込むことにあり、国際収支の均衡
は、輸出入や海外との資本取引などのバラン
スを保ち、特定の国への過度な依存や外貨不
足、為替の乱高下を防ぐことで、統治の役割
は、貿易協定の締結、関税・非関税障壁の管
理、および国内の産業競争力強化を通じて、
健全な対外経済関係を維持することにあり、
所得と富の再配分は、自由な市場競争の結果
生じる貧富の格差を是正し、社会の安定を図
ることで、統治の役割は、所得税や相続税の
累進課税制度などの税制と、年金、医療、介
護などの社会保障制度を組み合わせることで
富を再配分して、社会のセーフティネットを
構築することにあり、社会財の提供は、市場
のメカニズムだけでは十分に供給されない、
あるいは供給が困難な財・サービスを提供す
ることで、統治の役割は、警察、国防、司法、
インフラ整備、基礎教育など、国民全体が最
低限の生活水準を維持しながら、公正な競争
に参加できるように政府が責任を持って供給
することにあり、これら5つの目標は相互に
関連していて、例えば、インフレを抑えすぎ
ると失業が増えるなどトレードオフの関係に
なることもあり、統治においてはこれら全体
のバランスをどのように取るかが常に重要な
課題となるそうで、1955〜75年にかけ
て、イギリスの労働党政権が直面した失敗は、
完全雇用と社会保障の維持が国際競争力の低
下・インフレ・財政悪化のジレンマを引き起
こし、いわゆる「英国病」を深刻化させたこ
とに起因しており、完全雇用を最優先したこ
とで内需が拡大し、輸入が増加した一方、イ
ギリスの製造業は国際競争力を失い、好景気
になると貿易赤字が膨らむため、政府は輸入
制限やポンド切り下げ、増税などの景気過熱
時の引き締めと、不況時の拡張政策の繰り返
しとなる「ストップ・ゴー」政策を余儀なく
され、安定的な成長が阻害され、完全雇用の
維持は労働市場における労働組合の交渉力を
極端に高め、インフレ抑制のために賃金上昇
を抑えようとする政府と、実質賃金の維持を
求める労働組合との間で激しい対立が常態化
し、これにより、高インフレと高失業が同居
する経済停滞のスタグフレーションが引き起
こされ、ゆりかごから墓場までと言われる社
会財の提供を掲げた巨大な福祉国家体制は、
税収基盤の弱いイギリス経済にとって過大な
財政負担となり、限られた資源を福祉と公共
投資に回した結果、産業の近代化に必要な企
業の設備投資や技術革新への資金が不足し、
さらなる生産性の低下を招くという悪循環に
陥り、1970年代には深刻な経済危機と大
規模なストライキの頻発を招いて、労働党政
権の経済運営は行き詰まりを見せることにな
ったそうだが、それに対して第二次世界大戦
後の西ドイツの経済的な成功は、社会的市場
経済の徹底、1948年の通貨改革によるマ
ルクの安定、そしてマーシャル・プランによ
る支援と高品質な輸出主導型の産業構造が主
な要因で、西ドイツが価格の安定と国際収支
の均衡という目標を達成し、急速な発展を遂
げた具体的な要因は、1948年の通貨改革
で無価値になっていたライヒスマルクを廃止
し、新通貨ドイツマルクを導入し、これによ
りインフレが収束し、労働者の勤労意欲や企
業の投資意欲が回復し、ルートヴィヒ・エア
ハルト経済相が主導した社会的市場経済とい
う経済システムは、市場における自由競争を
徹底させつつ、競争から脱落した人々や社会
的に弱い立場の人々を保護する手厚い社会保
障を組み合わせることで、公正かつ安定した
成長を実現し、中央銀行であるドイツ連邦銀
行が、政治的な圧力から極めて高い独立性を
保ち、インフレ抑制と物価の安定を至上命題
として金融政策を運営したことで、ドイツマ
ルクは世界的に最も信頼され、安定した通貨
となり、価格の安定と強いマルクを背景に、
輸出主導型の経済構造は高い国際競争力を維
持して、特に世界的に需要が高かった機械や
自動車などの資本財や生産材に特化した輸出
産業を構築し、これが長期間にわたる持続的
な経済成長の原動力となり、アメリカの戦後
復興支援であるマーシャル・プランにより、
破壊された生産設備の近代化と復興資金の確
保に成功し、また、ドイツが元々持っていた
高度な工業技術や熟練労働者の蓄積が、復興
を加速させたそうだが、そんな西ドイツの戦
後復興から影響を受けた、イギリスのサッチ
ャー政権の新自由主義的な経済政策は、「英
国病」と呼ばれた慢性的な不況の克服やイン
フレ退治には一定の成果を挙げた一方で、製
造業の衰退や深刻な格差拡大をもたらしたた
め、その評価は功罪半ばし、現在でも議論が
分かれているそうで、イギリス病の克服につ
いては、1970年代に蔓延していた高いイ
ンフレと低成長を抑え込み、経済の体質改善
に貢献し、競争力の効果については、国営企
業の民営化や規制緩和を断行して、市場原理
を導入することで企業の効率化を図り、労働
組合の改革については、経済の足かせとなっ
ていた過度な労働組合の力を削ぎ、ストライ
キの抑制に成功したが、効率化を最優先した
結果、炭鉱や鉄鋼などの伝統的な基幹産業が
壊滅的な打撃を受け、地域経済が衰退し、産
業の空洞化を招いて、富裕層向けの減税や福
祉の削減により、貧富の差が拡大し、社会的
な分断を招いて、製造業が衰退した代わりに
ロンドン・シティを中心とした金融業への依
存度が高まり、その後の経済の脆弱性につな
がったという指摘もあり、このように、マク
ロ経済の立て直しという点では成功したとさ
れる一方で、社会的な犠牲や長期的な産業構
造の歪みを生んだことで、歴史的な評価は多
面的となっているそうだが、では同時期のア
メリカのレーガン政権はどうだったかという
と、レーガン政権の経済政策である「レーガ
ノミクス」は、インフレ退治と長期的な経済
成長の基盤づくりに成功したと評価される一
方で、深刻な財政赤字や格差拡大を招いたた
め、光と影の両面がある、というのが経済学
的な一般的な見方で、インフレの抑制につい
ては、就任時に10%を超えていた高いイン
フレ率を、当時のFRBのポール・ボルカー
議長による金利引き上げを伴った強力な金融
引き締めと協調して低下させることに成功し、
大幅な減税と規制緩和が民間投資や消費を刺
激し、1980年代後半のアメリカ経済に長
期的な拡大をもたらし、軍事費の増大を通じ
てソビエト連邦との軍拡競争を優位に進め、
結果として冷戦終結の契機を作ったが、大幅
な減税と国防費の膨張に対し、非軍事部門の
歳出削減が追いつかず、財政赤字が巨額化し、
また、これが高金利を招き、ドル高を通じて
貿易赤字も拡大させ、富裕層や大企業への減
税を重視した結果、経済成長の恩恵が低所得
者層に行き届かず、社会的な格差が拡大し、
このように、不況下の物価上昇というスタグ
フレーションに苦しむアメリカ経済を立て直
し、強いアメリカを復活させた点は歴史的功
績とされるが、財政規律の悪化や格差拡大と
いう深刻な歪みも同時に生み出したそうで、
そういった事例を踏まえて、現在の世界各国
における経済政策の循環と行き詰まりは、自
由貿易から保護主義への回帰と拡張財政・金
融緩和の限界によるスタグフレーション的圧
力というサイクルとして顕著に表れていて、
これを裏付ける具体的な兆候として挙げられ
るのは、保護主義とブロック経済化の進行、
金融・財政政策のカード切れとインフレの慢
性化、GDP至上主義から生活実感・ウェル
ビーイングへの転換、ポピュリズムの台頭と
構造改革の遅れ、の4点だそうで、他にもア
メリカや欧州や中国における政策の失敗例も
あるそうだが、今この時点でのもっともらし
い意見や指摘や見解は、この時代に特有な限
界とともに、後の時代においては、もっとも
らしくは思えなくなっているのかも知れない。
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彼の声 2026.6.20 「モラルハザードとは」
voice-175
社会の秩序の崩壊や人や集団の暴走を防ぐ
歯止めとして機能しているのは、法や制度と
いった外部からの強制力から、道徳や世間体
のような内面・社会規範に至るまで、色々と
ありそうだが、憲法、刑法、行政処分、コン
プライアンスなど、違反した際に直接的な罰
則が伴う法制や、市場原理や罰金、税制など、
損得勘定によって非合理的な行為や不祥事に
ブレーキをかける仕組みや、道徳、倫理、世
間の目、SNSで炎上を恐れるとか、法律で
裁かれない行動でも、社会的孤立や信用失墜
を防ぐための抑止力としての社会規範や世間
体や、その人が持つ価値観や宗教的信念、外
部からの監視がない状況でも、内面から不正
を思いとどまらせる最後の防波堤としての個
人の倫理観や良心などがあり、これらが複雑
に絡み合うことで、社会全体の安定が保たれ
ているように感じられるだろうが、何かのき
っかけからそれらの歯止めを突破してやらな
ければならないことややらざるを得ないこと
が生じてくるとしたら、人や集団が法制度や
社会規範を破る行為に駆り立てられるのは、
それら行為を正当化したくなる状況や情勢の
中で、例えば不当な抑圧からの解放とか、生
存の危機に直面していれば、そんなものなど
守ってはいられなくなるだろうし、そうなっ
ていること自体が、社会の秩序が崩壊して混
乱状態に陥っていることを物語っていそうだ
が、混乱状態でなくても、社会規範自体が形
骸化していて、世の中に悪徳が栄えるような
不条理な事態に陥っていれば、正直者が馬鹿
を見るような情勢になっているだろうから、
卑怯なやり方や卑劣な行為に及んででも生き
抜かなければならないと思うまでもなく、自
身の生存本能に従って行動していれば自然と
そうなってしまい、良心の呵責など感じてい
る場合ではないが、他にも集団心理によるモ
ラルハザードという、個人では持つことのな
い無責任な行動や倫理観の低下が、組織や群
衆の中に入ることによって引き起こされる場
合もあり、例えば、赤信号みんなで渡れば怖
くない、という心理のように、責任の所在が
曖昧になることで発生するそうで、集団内で
は、他の人もやっているとか、自分一人がや
らなくても誰かがやるだろうとか、責任が細
分化されることで、罪悪感が薄れ、大きな集
団に紛れることで個人の特定が難しくなり、
普段なら避けるような不正やルール違反に対
する心理的なハードルが下がって手を染めや
すくなり、周囲から同調圧力を感じて、集団
内で主流となっている意見や行動に合わせな
ければならないというプレッシャーから、間
違った判断に流されてしまい、みんなで決め
たことだから、上司の指示だからと、本来は
法令違反や不適切だとわかっていても、そん
な行為を見過ごしてしまったり、匿名性の高
いSNS空間で、特定の個人に対する誹謗中
傷や攻撃が、正義や祭りとして集団化し、エ
スカレートしたり、混雑した場所での列の割
り込みや、ゴミのポイ捨てなど、誰も守って
いないから自分もいいだろうと規律が崩壊す
る現象などがあるそうだが、そうしたモラル
ハザードを防ぐための対策として、個人のモ
ラルに頼るだけでは解決が難しく、集団の構
造や環境にアプローチする必要があり、集団
内で、個人の役割と責任範囲をはっきりと定
め、評価基準を透明化して、明らかにおかし
い行為や言動には、異論を唱えやすい環境を
整え、集団の暴走を未然に防ぐことが重要だ
そうだが、それでも制定されたルールや道徳
が、特定の状況下で個人の生存や尊厳を著し
く脅かす場合、それを打開するための手段と
して、規範破りが正当化されるそうで、法や
道徳が個人の生存や尊厳を脅かすのは、弱者
や少数者の存在を想定していない硬直した運
用がなされる場合や、特定の価値観や公益が
絶対視され、個人の生命・自由が手段として
扱われる状況で、制定されたルールは、想定
された標準的な状況において機能するように
設計されているが、個人の事情は複雑で、場
合によってはルールが逆に暴力として機能し
てしまうケースもあり、自然災害や紛争、病
気などの緊急事態において、厳格な書類や資
格要件を満たせないため、避難所への収容、
医療、食料配給などの公的な支援から排除さ
れるケース、病気による体調不良や障害、家
庭の事情といった個別の事情を考慮せず、一
律の欠席・遅刻・退職扱いなどを適用し、社
会的な孤立や経済的困窮に追い込むケースな
どがあり、また社会の秩序や多数派の利益を
最優先するあまり、個人の命や尊厳が軽視さ
れる状況や、戦争や感染症のパンデミックな
どの非常事態下で、治安維持や感染症拡大防
止を名目に、移動の自由やプライバシーが必
要以上に奪われて、個人の生活が破壊される
ケース、宗教観や家族観など伝統や特定のイ
デオロギーに基づく道徳が社会の規範となり、
それに合わない生き方をする人々を犯罪者や
異常者として糾弾・排除するケースなどがあ
り、さらに倫理や道徳的なジレンマにおいて、
特定のルールを守ることが結果として誰かの
生存を脅かすパラドックスとして、少数者を
犠牲にして多数者を救うというような功利的
な判断が絶対化された際に、犠牲にされる側
の個人の尊厳が踏みにじられるケース、個人
の、苦しみから解放されたい、尊厳ある死を
迎えたい、という強い願いと、宗教的・伝統
的な、命は神聖なものであり人為的に操作し
てはならない、という道徳規範が対立し、本
人の自己決定権が法によって阻まれるケース
などもあり、制定されたルールや道徳は、本
来、人々が平和に、人間らしく生きるための
手段であるべきで、時代背景や価値観の変化
に伴って、常にその妥当性を問い直し続ける
必要があるが、時代遅れの道徳観や、実態に
そぐわない不合理な制度が放置されている場
合、その制度そのものに対する信頼が失われ、
破られることが常態化して、また利益の最大
化や組織の存続などの目標達成があまりにも
重視され、それを達成するためなら、ルール
を破ってでも結果を出せば良いという、目的
と手段の倒錯した思考に陥るケースもあるそ
うで、そうした何かとセンシティブで思想信
条的な問題が絡んできそうに感じられる場合
ではなくても、一般的な意味でのモラルハザ
ードとは、保険やセーフティネットなどの救
済措置があることで、リスクに対する意識が
薄れ、不注意や無責任な行動を引き起こす現
象や、個人の倫理観の欠如ではなく、制度の
構造によって生じる構造的な無責任状態を指
し、主に情報の非対称性が存在する状況で発
生し、保険分野では、自動車保険や医療保険
に加入することで、損害をカバーしてもらえ
る、という安心感が生まれ、運転の注意力が
低下したり、健康管理が疎かになる現象で、
金融・経済分野では、経営破綻しても政府や
中央銀行が救済してくれるという期待がある
と、金融機関や企業がリスクの高い投資や杜
撰な経営に走りやすくなり、企業組織・雇用
では、成果や業績に関係なく給与や雇用が保
障されている環境では、従業員が努力を怠っ
たり、業務の手抜きをしやすくなり、そうな
ることを防ぐための対策としては、当事者が
適切な行動をとることが自身の利益に直結す
るように、インセンティブの最適化や、行動
が見えないことによる怠慢を防ぐために、業
務プロセスの可視化や監視を行う、モニタリ
ングの強化が挙げられるそうだが、動機づけ
という意味でのインセンティブというのも、
例えば、従業員のモチベーションや成果を最
大化するために、報酬、表彰、評価などの動
機づけの仕組みを、個人の特性や組織の目標
に合わせて最も効果的な状態に調整すること
だと言われても、何だか意味がわからないが、
一律の金銭報酬とか、画一的なインセンティ
ブ制度だけでは、多様な価値観を持つすべて
の社員のモチベーションを引き出すことは困
難であり、インセンティブの最適化を行うこ
とで、コスト対効果を高め、評価基準の透明
性を高めて、納得感のある報酬体系を構築し、
従業員の不平不満を解消したり、個人成績ば
かりに固執せず、チームワークや中長期的な
企業価値向上にもつながる設計にして、短期
志向の防止に役立てたり、金銭だけでなく、
表彰、特別休暇、自己実現の機会など、複数
の報酬を最適に組み合わせて、多様なニーズ
への対応を図り、最適化するための主なアプ
ローチとしては、売上、新規獲得、顧客満足
度などの達成すべきゴールに対し、それに連
動する適切なKPI=重要業績評価指標と報
酬のバランスを計算・設定し、目標と指標を
精査し、金銭的報酬に加え、評価、人的環境、
キャリアアップなどの非金銭的インセンティ
ブを組み合わせ、インセンティブ報酬管理シ
ステムなどのテクノロジーを活用し、個々の
従業員のパフォーマンスデータを分析して最
適な報酬プランをシミュレーションし、適用
するなどが挙げられるらしいが、そういう取
り組みを専門に手掛けている分野に従事して
いない者にとっては、門外漢のような無関係
な実感しか得られないかも知れない。
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彼の声 2026.6.19 「技術革新と政治情勢の裏腹な関係」
voice-175
ここ数十年の産業の技術革新の傾向から窺
えることは、情報革命が情報の集積と伝達を
効率化し、続くAI革命がそれを解釈し、自
律的に判断・創造する段階へと進化させ、こ
の転換により、単なる知識の蓄積ではなく、
人間の創造性や判断力の本質、そして真に付
加価値を生む領域がどこかという、知のパラ
ダイムシフトが浮き彫りになっているそうだ
が、情報革命の到達点は、インターネットを
通じて、誰もが瞬時に世界中のあらゆる情報
にアクセスできるようになったことであるが、
得られた情報を活用して、AIが大量のデー
タを自律的に学習し、仮説の生成、プログラ
ミング、デザイン、創薬などの高度な知的作
業を自動化・効率化し、これにより、人間は
ゼロからアイデアを出すフェーズから、AI
が出した複数の選択肢から最適なものを評価・
編集するフェーズへと移行し、結果的に技術
革新のスピードが増したはずで、特に生成A
Iの普及は、過去の技術革命よりも遥かに速
いペースで社会に浸透して、あらゆる産業サ
イクルを劇的に加速させ、創薬や材料工学、
ソフトウェア開発などの分野において、AI
が仮説立案やシミュレーション、データ解析
を瞬時に行い、新製品や技術の誕生にかかる
期間が劇的に短縮されて、これまで人間の専
門家しか行えなかった知的労働が自動化され
たことで、業務効率化や新たなビジネスモデ
ルの開発サイクルが早まって、誰でも手軽に
高性能なAIツールにアクセスできるため、
企業だけでなく個人でも新しいサービスのプ
ロトタイプ作成や市場投入を短期間で行える
ようになり、この技術革新の指数関数的なス
ピード化は、産業構造そのものを現在進行形
で変化させ、AIが定型的な事務作業や基本
的な分析、創作の一部を代替するようになっ
たことで、人間の役割が絞り込まれ、感情に
寄り添う力や、複雑な利害関係を調整するリ
ーダーシップの重要性が高まり、何のために
その技術を使うのか、その活用形態はどうあ
るべきか、という哲学的な問いや意思決定は、
依然として人間固有の領域である一方で、単
純な情報処理やコーディングから、業務全体
のプロセスを設計する力や、AIに対する適
切な指示を出す力へ需要がシフトしていて、
ビジネスや行政において、データに基づく未
来予測やリスク分析が即座に行えるようにな
り、社会の意思決定サイクルが劇的に短縮さ
れたが、技術の進化は、新たなリスクや課題
も可視化させたそうで、フェイクニュースや
ディープフェイクが高度化し、情報の信頼性
を見極めるメディアリテラシーがこれまで以
上に問われるようになり、またAIツールを
使いこなす層とそうでない層の間で、生産性
や経済的な格差が拡大する懸念が現実化して
いて、技術革新がもたらす急激な社会構造の
変化が、経済的・心理的な不安を生み出し、
その不満の受け皿として排外主義や既存のエ
リートリベラル層への批判が結びつくことで、
産業の技術革新、ポピュリズム・ファシズム
の台頭、リベラル叩きの横行は、歴史的に見
ても極めて高い確率で同時並行的に連鎖反応
として発生するそうで、技術革新は生産性を
飛躍的に高める一方で、従来の産業に従事し
ていた労働者の雇用を奪い、富を一部の資本
家や技術者に集中させ、これにより生じた巨
大な経済格差が、社会の分断を決定づけて、
急速な変化についてゆけない人々や、社会的
地位を脅かされたと感じる層は強い不安を抱
き、ポピュリズムやファシズムは、この恐怖
心を利用し、移民、マイノリティ、既存の政
治家などの特定の人々を問題の原因としてス
ケープゴートに仕立て上げて糾弾し、単純で
強力な解決策を提示することで支持を集める
一方で、技術革新を推進してきたのは多くの
場合グローバルな市場経済で、多様性や寛容
性を重視するリベラルなエリート層は、取り
残された労働者階級の苦境に寄り添えていな
いと見なされがちで、これがリベラル叩きや
反知性主義の横行へとつながるそうだが、歴
史的な具体例としては、十九世紀の産業革命
とその反動期における、産業革命による機械
化が職を奪うと考えられたイギリスで起きた
ラッダイト運動は、初期の技術反発とポピュ
リズム的な暴動の一形態で、その時期、労働
者の不安は後の過激な政治運動やファシズム
の温床となり、二十世紀初頭の第二次産業革
命と世界大戦の時期にも、フォードシステム
に代表される大量生産体制の確立が資本主義
を大きく変革させた時代、大衆社会の到来と
ともに、イタリアのファシズムやドイツのナ
チズムといった全体主義が台頭し、二十一世
紀のデジタル・AI革命の時代においても、
SNSの普及とAI・ITによる産業構想の
激変が、現代のポピュリズム政党の台頭や、
既存リベラルに対するバックラッシュを引き
起こしていると言えるそうだが、バックラッ
シュとは政治的な文脈では、ジェンダー平等
や人種差別解消、多様性を尊重する動きなど、
社会を前進させようとする動きに対して起こ
る反発や保守化への揺り戻しを指し、フェミ
ニズムやLGBTQ+の権利拡大などの進歩
的な動きに対し、伝統的な価値観が壊される
と危機感を持った層から起こる反対運動や法
規制の後退などを指すそうで、大衆が左派リ
ベラルを嫌う主な理由は、知識人やエリート
層による上から目線の道徳的説教や、伝統的
な価値観や共同体意識との衝突、そして理想
主義的な政策が現実の経済や安全保障と乖離
していると感じられる点にあるそうで、民衆
から反発を招く具体的な要因は、大衆を見下
すような態度、正しさを押し付ける道徳的・
ポリコレ的説教が、エリートの偽善として反
発を招き、国家、郷土、家族といった伝統的
な価値観や帰属意識を否定・軽視するように
映る姿勢が、多くの人々のアイデンティティ
や安定感を脅かすと受け取られ、理想や平等
を優先するあまり、経済成長、雇用、財政、
現実的な安全保障などの実利的な課題を軽視
しているという不満もあるそうで、本来は寛
容であるはずの主張が、他者への過度な干渉
や言論統制のように感じられ、逆差別や社会
の分断を生んでいるという指摘もあるそうだ
が、社会の急激な変化やポリコレの押し付け
を警戒し、伝統的な共同体や既存の価値観を
守りたいと考える人々が守りたい慣習とイデ
オロギーは、夫婦同性や古くからあるとされ
る男女の役割分担などを重視し、制度の変更
によって家族の絆や地域社会の安定が崩れる
ことを懸念し、自国の歴史、伝統文化、国旗・
国歌などの象徴を重んじ、自虐史観的な言説
や歴史の書き換えに対して抵抗感を示し、個
人の権利ばかりを主張するのではなく、伝統
的な地域コミュニティや集団の和などの同調
性を大切にする慣習を守ろうとし、グローバ
リズムや過度な移民の受け入れに反対し、国
家の利益や国境、自国民の雇用・安全を最優
先にすべきだという思想で、個人の責任や努
力を重視し、左翼リベラルが推し進める、結
果の平等やマイノリティへの過度な配慮は不
公平であると捉え、エリート層やリベラル知
識人による抽象的な理想主義や規範よりも、
現場の実感や古くからの常識こそが正しい社
会の基盤である、と考えているそうだが、こ
うした情勢を功利主義的な観点から見ると、
左派リベラルを嫌う大衆は、現状の社会秩序
や経済システムの安定を図るためのバランサ
ーや、エリート層の政策推進に対する正当化
の根拠として利用される側面があり、この大
衆の存在そのものが社会の功利を最大化する
手段となり得るそうで、左派リベラルの掲げ
る急進的な構造改革や富裕層への増税や大企
業への規制強化など再分配政策に反発する大
衆は、既存の自由競争や資本主義的な経済的
功利のシステムを支持する強固な基盤となり、
彼らが現状維持やボトムアップ型の経済活動
を支えることで、社会全体の生産性や総体的
な富の最大化が維持され、リベラル層が推進
しようとする多様性尊重や伝統的価値観の解
体に対して、大衆層が反発を示すことは、社
会のまとまりや連帯感を保つ機能を果たし、
急激な変化は社会にコストと混乱をもたらす
ため、大衆の保守的な感情や常識がブレーキ
の役割を果たして、社会の崩壊を防ぐバラン
サーとして機能し、政治的な功利主義やポピ
ュリズムの観点では、大衆の不満やリベラル
嫌悪はそのまま強力な政治的エネルギーに変
換され、一部の指導者や利益集団は、この大
衆のルサンチマンや疎外感の感情を糾合する
ことで、選挙での勝利や特定法案の推進など、
自らの権力や利益の確保と最大化という目標
を達成するための手段として利用しているそ
うだが、政治や経済の分野で幅広く分布して
いる功利主義的な勢力は、意図してそんな思
惑を抱きながら行動しているわけではなく、
行動しているうちに自然とそんな傾向になっ
てしまうから、そういう意味ではアダム・ス
ミスの言う、見えざる手に導かれながら、そ
うなってしまうと考えられるのではないか。
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彼の声 2026.6.18 「新自由主義と法治国家の関係」
voice-175
新自由主義的な経済統治に関して、ハイエ
クは、法治国家ないし法の支配の原則の経済
秩序への適用が意味することを、政府は事前
に定められた普遍的かつ形式的なルールのみ
に従い、特定の人々や状況に対して恣意的な
介入を行わないこと、と定義したそうで、政
府は、予見可能性を保証するため、経済活動
のルールを事前に制定して公表しておかなけ
ればならず、これにより、個人や企業は将来
の計画を立てることが可能になり、また特定
の目的や結果を定めない形式的なルールに従
い、特定の個人や企業を名指しして利益や負
担を与えたり、特定の結果をもたらそうとす
る、特定の価格水準や所得分配を実現したり
するような介入主義は排除され、さらに市場
のメカニズムを尊重し、政府は競争の枠組み
となるルールを整備するにとどめ、価格決定
や資源配分といった経済活動の具体的な内容
は、市場における自生的秩序に委ねるべきだ
とし、ハイエクは、『隷従への道』などの主
著において、政府による中央計画経済や広範
な経済介入は、必然的に法の支配を破壊し、
権力者の恣意的な人の支配や全体主義へとつ
ながると強く警告したそうで、これが何を意
味するのかというと、例えば物価高騰の兆候
が確認されたら中央銀行が利上げするという
のが、事前に定めておく予見可能で形式的な
ルールと言えるかどうかは、事前に定めてお
く予見可能なルール=フォワードガイダンス
や金融政策のルールとして機能するが、しか
し、経済状況に応じて柔軟な判断が求められ
るため、完全に機械的で固定的なルールとは
見なされないそうで、中央銀行が物価目標と
して、例えば+2%を超過・上振れするリス
クがあると判断した際、どのように動くかと
いう基本方針を事前に表明しておくことは、
市場に予見可能性を与えるため、立派なルー
ルの役割を果たし、経済学では、物価上昇率
や景気の過熱具合に応じて政策金利を機械的
に調整する、テーラー・ルールという代表的
な規範が存在し、この考え方に沿ったもので
あれば、事前に設定されたルールと評価でき
るが、物価高騰の兆候をどのように定義する
かは非常に曖昧で、原油高や為替変動などの
一時的なコストプッシュ要因なのか、賃金の
上昇を伴う基調的なインフレなのかを見極め
る必要があり、中央銀行は複数の経済指標や
先行きの見通し、展望レポートなどから総合
的に判断し、兆候が出てから即座に判断する
か、景気への悪影響を考慮して少し様子を見
るのかなど、実行のタイミングは中央銀行の
裁量や判断が大きく介在するそうで、経済学
では古くから中央銀行の運営について議論が
なされていて、ルール主義は、市場の期待を
安定させやすく、予期せぬインフレを防ぐ効
果が高いとされ、裁量主義は、パンデミック
や金融危機などの予期せぬ経済ショックが起
きた際に、柔軟かつ機動的な対応が可能とな
り、日本銀行やFRBなどの実際の中央銀行
は、この中間に位置していて、物価の安定と
いう大前提の基本ルールや方針をあらかじめ
公開して市場の予見可能性を高めつつ、実際
の利上げのタイミングや幅についてはその時
の経済環境に応じて柔軟に調整する、ルール
に縛られた裁量を採用しているそうだが、中
央銀行による政策金利の上げ下げによって、
世の中で有利になったり不利になったりする
人や企業が出てくるとしても、こうなれば金
利を上げる可能性が高くなり、ああなれば金
利を下げる可能性が高くなるという傾向が、
前もって示されていれば、人や企業はそれに
対応して行動するしかなく、それが経済への
介入の普遍的かつ形式的なルールを体現して
いるとすれば、経済への介入は形式的なもの
にとどまる一方で、社会への介入は積極的な
ものになり、新自由主義における社会介入主
義とは、市場の自由化を進める一方で、国家
があえて社会や個人の生活に積極的に介入し、
競争原理や自己責任を強制する統治手法を指
すそうで、例えば、ワークフェア、労働強制
型福祉という、失業手当などの受給条件を厳
しくして、職業訓練や就労活動を義務付ける
制度があり、福祉の依存体質を脱却させる名
目で、国家が個人の労働市場への参加を積極
的に管理する手法で、またナッジ理論という、
行動経済学の活用で、強制的な法律や規制に
よらず、人々の選択の構造をデザインし、自
発的に望ましい行動をとるよう誘導する介入
手法があり、例として健康増進や省エネの促
進などで用いられるそうで、さらに教育や医
療の準市場化は、公立学校の運営に民間企業
の経営手法を導入したり、数値目標などの評
価性を導入したりして、競争させるシステム
で、公共サービスを市場原理で統制し、これ
らの事例は、単に国家が何もしないのではな
く、市場で生き残れる主体を育成・管理する
ために国家が社会に積極的に介入する、とい
う新自由主義の統治的特徴を示しているそう
だが、こういう事例を持ち出すと、左翼リベ
ラル勢力がその失敗例を挙げて、新自由主義
的な統治への批判的な言説を構成しやすくな
るだろうが、フーコーによれば、今や法律が、
一人一人が自分の責任で自由に行うゲームの
ための規則以外の何者でもあるべきでないと
するなら、その時、司法的なものは逆に、単
なる法律の適用という機能に還元される代わ
りに、新たな自律性と重要性とを獲得するこ
とになり、真の経済主体が、交換する人間で
もなければ、消費者でも生産者でもなく、企
業であるような、自由主義社会において、企
業が単に一つの制度ではなく、経済領野の中
で行動するある種のやり方、目標や戦術など
を備えた計画や企図に応じて競争するという
形で行動するある種のやり方であるような、
経済的かつ社会的体制となり、そのようなも
のとしての企業社会において、法律が個々人
に対し自由企業という形の下で好きなように
行動する可能性を残しておくようになればな
るほど、また、社会において企業という単位
に特徴的な多数多様でダイナミックな形態が
発達すればするほど、それと同時に、そうし
た様々に異なる単位の間の摩擦は多大なもの
となり、衝突の機会、訴訟の機会が増加する
ことになり、経済調整が、競争の形式的属性
によって自然発生的になされるのに対し、社
会的調整に関しては、衝突や、不正な行動様
式、一方が他方に対して与える被害などの社
会的調整に関しては、社会的介入主義が要求
されるようになり、つまり、ゲームの規則の
枠組みの中における仲裁としての司法による
社会的介入主義が要求されるようになるとい
うことであり、企業を増加させれば、摩擦、
環境への影響などを増加させることになり、
その結果、経済主体を自由化しそれぞれのゲ
ームをプレーさせておけばおくほど、つまり
経済主体を自由化すればするほど、それと同
時に、一つの計画によって定められていた潜
在的官吏の地位からそうした主体を切り離す
ことになり、必然的に裁判官を増加させるこ
とになり、官吏が減少するにつれて、という
よりむしろ、計画に備わっていた経済行動が
脱官吏化され、企業のダイナミズムが波及す
るにつれて、それと同時に、ますます数多く
の司法的審級ないし仲裁の審級が必要となっ
て行き、社会介入主義を伴う競争市場経済を
企図するということ、そしてその社会介入主
義は、それ自身、企業という単位を根本的な
経済主体として再評価することを中心とした
制度的な刷新を含意しているということは、
ただ単に、現在における資本主義の危機の純
然たる帰結のみでもなければ、そうした危機
の一つのイデオロギーあるいは一つの経済理
論あるいは一つの政治的選択への投影のみで
もなく、ここに誕生しつつあるもの、それは、
おそらく短い期間、あるいは多少とも長い期
間にわたって、新たな統治術となるような何
か、あるいは自由主義統治術のある種の刷新
のような何かであるように思われるそうだが、
そこから半世紀近くが経った現在において、
以上に述べたような新自由主義的統治術も、
絶えず左翼リベラル勢力から批判や非難を浴
びながらも、その不具合や欠陥を繰り返し指
摘されながらも世の中に定着しているように
感じられるし、もちろんそんな統治を促す資
本主義市場経済も延々と続いているし、それ
に対して相変わらず資本主義は行き詰まって
その終わりが近いと予言し続けるマルクス主
義的な主張もいくらでもその種の著作の中で
語られている現状もあるだろうから、そうい
った終わりなき挑戦だとか、終わりなき戦い
だとか、終わりなき悪夢だとか、他にも終わ
りなき〜と表現したくなるような物事の成り
行きの中で、どうしてもそれらの統治術と言
えるような誘導的試みが、結局それほどには
うまく行かないから、逆に創意工夫を凝らし
ながら手を替え品を替えて続けられている現
状があるような気がするわけだが、その必ず
しもうまく行かないから試行錯誤の機会をも
たらして終わりようがなくなるという逆説が、
資本主義市場経済が終わらない理由なんじゃ
ないかと結論づけたくなるわけだ。
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彼の声 2026.6.17 「政治と経済の現実」
voice-175
誰もがすぐに気づきそうなことは、民主主
義国家において完全な計画経済を実施するこ
とは、理論的および実践的に極めて困難であ
るということで、国家があらゆる資源の配分
や生産、価格の決定を中央集権的に管理する
には、個人の自由や市場の競争原理を大幅に
制限する必要があり、市場には無数の商品と
消費者の多様なニーズが存在し、中央政府が
これら全てを正確に把握し、最適な生産計画
を計算することは現実的に不可能で、職業選
択の自由や消費者の購買の自由を認めた場合、
中央の計画通りに経済を動かすことは困難で、
強権的な統制なしには計画の維持は困難で、
資源の配分方法を民主的なプロセスで決定し
ようとすると、莫大な時間と議論を要し、急
激な経済運営や迅速な政策決定が求められる
局面では対応が困難となり、計画経済は民主
主義国家では実施不可能と言われているが、
ただし、国家が経済へ全く介入しないわけで
はなく、多くの民主主義国家では、資本主義
をベースとしつつ、インフラ整備や社会保障、
環境規制などの分野において、部分的な計画
や政府の介入を取り入れているそうで、歴史
的には資本主義市場経済と民主主義の親和性
は高いとされていて、これは両者が自由と平
等という理念を共有しているからであり、経
済発展と民主化の条件は、経済成長によって
所得の水準が向上し、中産階級が台頭してく
ると、政治的な民主化が促されるという傾向
が、欧米の近代化の歴史から導き出され、所
得の格差が小さいほど民主主義体制が維持さ
れやすいというデータも示されていて、経済
発展による民衆の富裕化と共に教育水準が向
上し、市民の政治的権利への意識が高まり、
独裁体制を不安定化させる要因となる一方で、
根本的に資本主義は市場の競争原理を是とし、
競争した結果から経済格差が生じてくるから、
民主主義は全ての人の平等を前提とするため、
本質的に矛盾を孕んでいて、こうした資本主
義の下で生じる貧富の格差を、民主的な選挙
制度を通じて、社会保障の充実などの再分配
で調整できることが資本主義と民主主義の両
立の条件となり、権力を監視する制度や、私
有財産を守る法の支配が確立されていること
が、その前提条件となるが、一般的には資本
主義+自由民主主義の体制が西側諸国では構
築されている一方で、中国のように、高度な
市場経済を導入しつつも一党独裁体制を維持
するケースもあり、かつてのソ連のように計
画経済と共産党独裁が結びついたケースもあ
るから、政治的自由と経済的自由は必ずしも
セットで発展するわけではなく、それぞれの
国が持つ歴史的背景や社会構造によって、適
合する形態は異なり、過度な経済的不平等は
民主主義を機能不全に陥れるというのが政治
学や経済学における一般的な見解で、適度な
競争やインセンティブは資本主義の成長に必
要だが、競争の結果として格差が拡大し過ぎ
ると、民主政治の根幹が揺らぎ、富裕層が政
治献金やロビー活動を通じて権力を独占しや
すくなり、経済的な階級対立が激化し、国民
の合意形成や連帯感が失われ、貧困層などの
不遇な層が政治システムそのものに絶望し、
政治参加しなくなるか、極端なポピュリズム
へと民衆の支持が向かい、強いリーダーシッ
プによる強権的な政治体制を求める声が高ま
ることになり、そういう意味では民主主義が
健全に機能するには、ある程度の社会的・経
済的な平等が不可欠であるとされていて、富
の再配分や、教育・医療などの機会の平等を
保障することが、民主的な社会の安定につな
がり、経済的な不平等を是正するために、政
治的な民主主義の拡大や深化を目指す動きが
活発化する傾向にあるそうだが、果たして日
本の現状が、貧困層などの不遇な層が政治シ
ステムそのものに絶望し、政治参加しなくな
るか、極端なポピュリズムへと民衆の支持が
向かい、強いリーダーシップによる強権的な
政治体制を求める声が高まっている状態だと
言えるかどうかも、そのままそんな典型事例
が当てはまっているわけではないものの、そ
れらしい雰囲気がメディア的には醸し出され
ていることは、誰もが薄々感じ取っているの
ではないかと情勢分析したくなるわけだが、
それもリベラル的な考え方に当てはめればそ
う感じられる程度の現状なのかも知れず、そ
ういうリベラル的な考え方にはそれなりに抵
抗感を覚えるのだが、そのままリベラル的な
考え方に沿って論を進めると、政治的民主主
義が目指される理由として、選挙を通じて多
数派の意思が反映されることで、富裕層への
課税強化や社会保障の拡充などの、格差是正
の政策が通りやすくなる一方で、経済的な格
差があまりに拡大すると、一部の富裕層や大
企業が政治に過剰な影響力を持つようになり、
民主主義の根幹が脅かされるから、教育や雇
用へのアクセスなど、全ての人が生まれに関
わらず公平なスタートラインに立てるように、
法や制度の改正を目指すことが重要で、これ
は社会的包摂という、年齢、性別、経済状態
に関わらず、全ての人々を政治的・経済的な
意思決定プロセスから取り残さないことを目
指す考え方で、それに関連して、経済民主主
義という、政治的な民主主義が実現されても
経済的不平等が残る場合、完全な民主主義と
は言えないとし、企業の意思決定への労働者
の参加などを提唱する概念があり、この主張
が一見して正しいことを述べているように感
じられるのだが、社会的包摂や経済民主主義
が正しい理念であると感じられる一方で、現
状がそれに反していることを示す証拠には、
深刻な富の集中、労働環境の二極化、政治へ
のアクセス格差の3点が挙げられ、これらは、
万人が社会に参画し、経済的利益や決定権を
共有する理想から現実が遠ざかっていること
を裏付けているそうで、経済民主主義は生産
手段や利益が広く共有されることを目指すが、
現実には一部の層への富の集中が進み、世界
の上位1%の富裕層が、世界の全資産の過半
数を所有し続けていて、労働生産性が向上し
ても労働者の実質賃金は長期的に停滞し、労
働者や地域社会よりも、株主への利益還元が
優先される傾向が強く、社会包摂の観点では、
全ての人が安定した雇用と生活を保障される
べきだが、労働市場は階層化され、雇用形態
によって賃金の額や福利厚生に大きな格差が
存在し、就業形態の違いにより、失業保険や
社会保障から漏れる人々が出てきて、フルタ
イムで働いても貧困ラインを下回る層が一定
数存在する現状もあり、経済民主主義や社会
包摂は、市民が社会の意思決定に関与するこ
とを求めるが、現状では構造的な障壁が存在
し、巨大企業やロビー団体が政治プロセスに
不当な影響力を行使している現状もあり、そ
の一方で低所得層や若年層の投票率が低く、
彼らの意見が政策に反映されにくく、また社
会的マイノリティや女性が、重要な意思決定
機関である企業の役員会や自治体の議会など
に十分参加できていない現状もあるそうだが、
そんな現状認識も何か違うような、世の中の
現実からズレているような気がするわけで、
グーグル検索などから出力されるAIによる
まとめ的な主張や分析や見解からは求めよう
がない世の中の傾向があるらしいと感じてい
るのだが、それが何なのかというと、現状を
認めるとか認めないとか、認め難いが認めざ
るを得ないとか、理想と現実の間で許容し難
い差異があるから、その差異をできる限り縮
めて理想状態へと漸近的に近づけなければな
らないとか、そういう主張ではなく、現状を
利用して何ができるかというと実践的な活動
となりそうで、しかも現状で否定的に捉えら
れている傾向を利用する必要があり、それも
否定的な傾向を肯定的な傾向へと変えようと
するのではなく、ただ単に否定的な傾向から
利益を引き出そうとする試みが世の中の各方
面・各分野で行われているように感じられる
わけで、そういう意味ではリベラル的な傾向
の各種の勢力が批判している対象を利用しつ
つ、そこから多くの人や団体が利益を引き出
そうとしているわけで、彼らが批判している
対象を、彼らと一緒になって批判するのでは
なく、批判の対象となっている人や勢力のや
っていることを利用して、そこから利益を得
ようとしているわけで、そしてそんな傾向の
活動もリベラル的な傾向の各種の勢力が批判
の対象として否定的に語ろうとしているわけ
だから、ますますそれらの傾向を否定的に語
ろうとする人や勢力が世の中の多数派から見
放されてジリ貧に陥っているかというと、そ
れもそう単純に事態を捉えてしまうと勘違い
の原因となってしまいそうで、彼らも彼らで
それを否定的に語ることで彼らの支持者から
利益を得ているわけだから、そんな利益を得
る行為に関してはお互い様な経済活動を誰も
が共有している現状があるわけだ。
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彼の声 2026.6.16 「資本主義の通俗的な定式化」
voice-175
何かうまく回らないサイクルがあるらしく、
何が回らないのかというと、単純に経済が回
らないと考えるのも的外れかも知れないが、
それに関して比喩的な表現を持ち出すなら、
自由主義的であるということは、マンチェス
ター学派のように、自動車をあらゆる方向に
向かって好き勝手に走らせておくことではな
く、そんなことをすれば絶えず交通渋滞や交
通事故が起こって収拾がつかなくなり、また
計画主義者のように、すべての自動車に対し
てその発車時刻とその道程とを定めることで
もなく、そんなことをすれば計画を立てるだ
けでも膨大な時間を費やし、計画通りに事を
進めるためのコストも膨大にかかることにな
り、自由主義的であること、それは一つの交
通法規を課すことであり、ただし乗合馬車の
時代と高速交通機関の時代とではその法規が
異なるということを認めつつそれを課すこと
である、ということらしいが、これはルール
に基づく自由主義の本質を見事に捉えた比喩
だそうで、自由放任主義と中央集権的な計画
主義のどちらでもなく、時代の変化に応じた
法制度の設計こそが、自由主義の役割である
と説いているそうで、自由とは無法地帯であ
ることではなく、誰もが安全かつ円滑に目的
地へ向かえるための公正なゲームのルールが
存在して初めて成立するという考え方である
そうだが、その一方で資本主義社会における
矛盾、袋小路、非合理性とは、経済の無限の
拡大を求めるシステムが、人間の生存や社会
の安定と衝突して生じる構造的な諸問題を指
すそうで、資本主義は富を生み出すシステム
だが、その過程で自己矛盾を引き起こし、売
るための商品を大量に作り続け、消費能力を
超過すれば、過剰生産となり、資本の集中に
よって貧富の差が拡大すれば、富の二極化が
もたらされ、労働者は自らの労働や製品の主
人ではなく、製造する機械の歯車として扱わ
れ、そのシステムが行き詰まると、容易には
抜け出せない袋小路を形成し、無限の経済成
長を目指せば、資源の枯渇と環境負荷の増大
という地球環境の限界に直面し、金融資本の
肥大化は実体経済から乖離してマネーゲーム
を常態化させ、経済のグローバル化は格差を
拡大させ、民主的な合意形成を困難にして、
個人や企業の合理的な利益追求の行動が、社
会全体にとっては不条理な結果をもたらし、
功利的な利益の追求が、逆に人間性の喪失と
環境破壊を招いて、幸福になろうとして荒ん
だ社会環境をもたらすという目的と結果の乖
離が生じ、また各企業が人件費を削って競争
力を高めようとすれば、社会全体の購買力が
落ちるという皮肉な逆説が生じ、さらに人の
命や時間、自然など、すべての価値が価格に
換算されるという価値の貨幣化によって、金
銭的な価値以外の価値が無視されると、価格
のないものの過小評価、社会的・モラル的な
退廃、および社会の持続可能性の崩壊という
3つの重大な不合理が生じ、生態系の機能や
生物多様性などの価値は数値化・貨幣化しに
くいため、経済的な利益が優先されると、不
可逆的な環境破壊を招く危険性があり、また
育児、介護、家事などのケア労働は貨幣換算
されにくく、GDPなどの経済指標から除外
され、社会的に過小評価され、金銭に換算で
きない感謝や道徳といった社会規範に基づく
行動が、金銭的なインセンティブに置き換わ
ることでモラルが低下し、あらゆるものを市
場で取引可能にすると、富裕層は道徳や生命
の安全までも金銭で買えるようになり、貧富
の差が本質的な格差へと直結し、経済面でも
利益やコストといった貨幣価値のみを目標に
すると、それを達成するために品質の低下や
不正、長期的なリスクの無視が引き起こされ、
社会面でも伝統芸能や地域の祭りのような文
化的・共同体的な価値を観光資源という経済
価値としてのみ捉え直すことで、本来の歴史
的意義や共同体の絆が失われ、このように、
あらゆる価値を金銭的な単一のものさしで測
ろうとすることで、人間の幸福や社会の存立
基盤そのものが損なわれるという構造的な矛
盾が生じるそうだが、マルクス主義による資
本の論理の通俗的な定式化とは、資本の運動
形態を貨幣ー商品ー貨幣+剰余価値という循
環の図式として簡潔に表現したものを指し、
この定式化は、資本が自己の価値を増殖させ
ながら際限なく拡大していく運動法則を象徴
していて、資本家が最初に持っている資本を
使って、原材料や労働力を購入し、生産され
た商品を販売し、元の資金よりも剰余価値の
分だけ増大した貨幣を回収するという、元手
を超えて増加した利潤である剰余価値がどこ
から生じてくるのかに関して、批判的な言説
を構成するのがマルクス主義の特徴と言えそ
うだが、資本の論理のプロセスは、世の中の
あらゆるものや労働力を市場で交換可能な商
品に変えることで商品化の拡大が促され、労
働者が生み出した価値のうち、賃金として支
払われる以上の部分を剰余価値と見なし、そ
の剰余価値を資本家が無償で取得するという
のが、マルクス主義の論理なのだが、商品が
売れなかったり、安い価格でしか売れずに赤
字となってしまうリスクを考慮に入れていな
いように感じられるが、獲得した剰余価値を
再び資本に組み込み、さらなる利潤を求めて
拡大再生産を繰り返すことで、資本の目的が
消費ではなく、価値をどこまでも増殖させ続
けること自体にあり、本来は人間が豊かに生
きるための生産が、資本を増やすための手段
へと転倒するのが、資本の論理が通俗化され
る背景だそうで、普通に考えて、そういった
資本が増殖するサイクルがうまく回って行く
とは限らないから、サイクルがうまく回らず
に行き詰まったケースに着目すれば、そこか
ら資本主義社会の矛盾や袋小路や非合理性を
導き出すことができるだろうが、フーコーに
よれば、資本主義のあらゆる歴史的形象を資
本とその蓄積の論理に関連づけようとする限
り、マルクス主義者が予言したように、資本
主義が現在表明している歴史的袋小路によっ
て資本主義の終焉がしるしづけられることに
なるわけだが、実際に終わる終わると十九世
紀の昔から延々と言われ続けられながらも現
状では終わっていないわけだから、マルクス
主義には何か見込み違いがありそうに思われ
るのだが、それに関連して資本主義を存続さ
せるための新自由主義的な法規制とは、市場
の競争原理を最大限に働かせるために、国家
があえて創り出すルールの体系を指すそうだ
が、政府の役割を単なる小さな政府へと縮小
させるのではなく、市場を機能させるための
法的インフラを能動的に再構築する点が特徴
で、競争を促す市場開放と規制緩和に関して
は、市場の公正な競争環境を守るための規制、
独占禁止法の運用強化や、既存の免許や認可
を廃止し、企業の新規参入を促す法律、異業
種間の参入規制の撤廃や、郵便や通信などの
公営事業を民間企業に移行させる特別措置法、
国営企業の民営化法、国境を越えたモノやサ
ービスの自由な移動を認める条約、自由貿易
協定などがあり、労働市場の流動化と柔軟性
の確保に関しては、非正規雇用の解禁や対象
業務の拡大を行う労働法制、労働者派遣法の
改正や、労働契約法などにおける解雇ルール
の明確化・金銭解決制度の導入、雇用規制の
緩和や、地域間格差を容認し、経済実態に合
わせた柔軟な賃金設定への誘導、制定賃金の
改訂見直しなどがあり、また資本移動の自由
化と金融改革に関しては、外国為替及び外国
貿易法の改正などによる資本取引の自由化、
金融ビッグバン関連法や、会社法改正等によ
る株主利益の最大化と、経営陣へのインセン
ティブ付与、コーポレートガバナンス改革な
どがあり、サービス提供の民間委託に関して
は、公共施設の建設・運営に民間の資本とノ
ウハウを導入する法律、民間資金等活用事業
法や、行政サービスの効率化と競争原理の導
入、公立学校や病院の民営化・独立行政法人
化などがあるそうで、これらの全てがうまく
回っているわけではなく、何かと不具合や不
祥事が出て批判や非難の的となっている制度
改正もあるだろうが、これらの法規制は、資
本が国境を超えて利潤を追求し、経済全体の
効率性を高める原動力となってきた一方で、
競争の激化や雇用形態の多様化をもたらした
ことで、格差の拡大や社会保障の弱体化とい
った新たな課題も生み出しているそうだが、
これらの新自由主義的な試みがもたらしてい
るのは、法的介入主義と呼びうるような側面
であり、実際、もし問題となっているのが、
資本そのものの論理そのものから派生する資
本主義そのものではなく、経済的かつ制度的
総体によって構成された一つの特異な資本主
義であるとするなら、そうした総体に介入す
ること、別の資本主義を自らのために発明す
るようなやり方で介入することが可能でなけ
ればならないそうだ。
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