彼の声

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

彼の声 2026.1.9 「意思と意志と理性の競演」

voice-172

 何か意図的に情報が操作されているのかと
いうと、そういう部分もあるだろうが、それ
を意図しているのではなく、意図しない操作
となっている可能性もあるらしいが、それが
国家意思や国家意志によるものなのかという
と、意思と意志の違いを正確には区別できな
いし、意思といっても国家に意思があるとい
うのは、単なる比喩表現に過ぎないとしても、
意思があるように意識せざるを得ない場合も
ありそうで、さらに意思ではなく意志という
言葉を使うと、何か強い意志を伴ってやり遂
げなければならない明確な大義が国家にある
かどうかも、その種の政治家たちが国家意志
に従っているように感じられる場合もありそ
うだが、それとは違う分野で、例えば機関投
資家が意図的にやっている株価操作の類いで
あれば、明確な意思や意志が介在していると
言えそうで、といってもアルゴリズム取引に
よる自動的な株の売買であれば、コンピュー
タプログラムが事前に設定されたルールに基
づいて、自動的に売買のタイミングや数量を
決めて注文を繰り返す取引手法となって、そ
の事前に設定されたルールに機関投資家の意
思や意志が反映していることは確かだが、そ
れを直接の意思や意志が伴った操作だと言え
るかどうかも、ちょっと異なるような気はす
るが、果たしてそういうことの延長上で、国
家意思や国家意志をもっともらしく説明でき
るかというと、自分の言語能力を超えている
ような気もしないではないが、国家の動作も
アルゴリズム取引も人間の脳から伝わる心身
の動作も、制度的・システマチックな作用を
伴っていると言えるかも知れないし、そうい
う面ではそうだと言えないこともないが、ト
ランプやトランプ政権を批判するジャーナリ
ストや識者などの論調には違和感を覚えるし、
大統領令などの行政的な措置を絶えず法的な
面から批判を加えようとしていて、今回のベ
ネズエラへの軍事作戦を伴った強権的な武力
介入についても、国際法という法があたかも
国内法と同レベルで機能するかのような論調
で批判しているとすれば、その辺に意図しな
いごまかしの操作が介在しているような気が
してくるのだが、AIによれば、国際法は確
かに存在しているそうで、国家間の関係を規
律する条約や慣習法などのルールの体系があ
って、国内法と同じく法的な拘束力を持つが、
警察による強制力のような中央集権的な執行
機関がないため、国内法とは性質が異なり、
国際社会の秩序の維持、紛争の解決、人権の
保護などに不可欠な法として、世界中で機能
しているそうだが、国際法の主な特徴として
は、国連憲章や海洋法条約などの国家間の合
意で成立する成文法や、多くの国家が反復・
継続して行い、法として受け入れている内政
不干渉の原則や公海自由の原則などの不文の
ルールや、紛争解決などの条約や慣習法を補
完する基本的な原則として、国内法における
基本的なルールや論理が国際関係にも適用さ
れることを意味するらしいが、国内法のよう
に警察や裁判所による強制執行はできないが、
国際司法裁判所での紛争解決や、経済制裁、
国際世論による圧力などが働くが、違反した
場合の直接的な罰則は、国内法ほど明確でな
いのが特徴であり、適用範囲は、国家間の関
係だけでなく、国際機関や個人や企業にも、
人権法や国際投資法などのように影響を及ぼ
す範囲が世界へ広がっているそうで、果たし
て実効を伴った法として機能しているのかと
いうと、国際法は、国連のような国際組織や、
国家間の相互依存関係を通じて、紛争を予防
し、平和的な関係を維持するための共通のル
ールとして機能しているとは言うが、世界各
国が自国のためにも遵守すべき規範であり、
国際社会の安定と発展のために不可欠な存在
であるそうだが、そんな国際法を無視するよ
うなことをトランプやトランプ政権がやって
いるとジャーナリストや識者は非難するわけ
だが、それもごもっともな批判にはなるだろ
うが、現状では国際法よりトランプやトラン
プ政権に取り憑いている国家意思や国家意志
の方が勝っているように感じられるし、もち
ろんトランプだけでなくプーチンや習近平や
エルドアンやインドのモディ首相などにも取
り憑いているだろうが、それらの意思や意志
と似ているのか似ていないのかも、はっきり
とは言えないが、かつてヨーロッパで締結さ
れたウェストファリア条約前後で複数の国家
主義イデオローグの間で話題となった国家理
性というのも興味深いから、その意味も紹介
しておくと、国家意思とは、国家が持つとさ
れる独自の意思や、国家の意思決定を指し、
法理論や政治学では、国家は法人であり、独
自の意思を持つ主体であって、国家法人説と
いう考え方があるらしく、政府などの国家機
関がこれを形成して、外交においては、通告・
約束・抗議などの一方的な意思表明を指すこ
とが多く、また、ルソーの一般意志である普
遍的な公共の利益の概念と関連して、国家の
統治組織や国民の集合体が示す国柄や国体と
いった意味合いも持つそうで、また国家意志
の方でも、国家法人説などにおいて国家その
ものが持つとされる、法秩序を形成して、行
動を決定する独立した意思を指し、また、国
家が掲げる目標や政策、あるいは国民・政府
が国家の存続・発展のために持つべき強い決
意を意味して、単なる個人の意思ではなく、
国家という集合体を一つの主体とみなし、そ
の存続や目的達成のために発揮される力であ
り、外交や国策、軍事力など多岐にわたる形
で現れるそうで、さらには国家理性とは、国
家の存続と繁栄のためには、個人の道徳や一
般の倫理を超えた、国家独自の論理や必要性
が優先されるという考え方で、特に近代国家
論やマキャベリズム思想において重要な概念
であり、これは、フリードリッヒ・マイネッ
ケの『近代史における国家理性の理念』で歴
史的に分析され、国家を感情や欲望に流され
ない生命体と捉えて、その存続のためには必
要に応じた行動が許されるという思想を指す
そうだが、国家理性の主な概念として、国家
の特殊性という観点からは、国家は単なる個
人の集まりではなく、独自の意志と論理を持
つ一つの大きな生命体であるという考え方が
あり、さらに権力追求という観点として、国
家は本質的に権力追求の衝動に駆られており、
そのためにの行動は国家理性によって正当化
されるそうだが、そしてマキャベリズムの観
点からは、国家存続のためには必ずしも道徳
的でない手段も必要とされるという、現実主
義的な政治思想と結びつくそうで、近代国家
の形成過程で、君主の権力から国民の意思へ
と基盤が移りつつも、その内部では国家の必
要性が倫理と対立する問題として認識されて
きたそうだが、それらの意思や意志や理性を
持ち出せば、何やらトランプやトランプ政権
のやり方が正当化されるかも知れないと思う
のと同時に、それを批判するには国際法を持
ち出さなければならないという、何やら議論
が噛み合わないような、平行線に終わるよう
な、どちらも都合の良い論理や理念を持ち出
して、片方は武力を伴った実力行使に出て、
それに対してもう片方は理念を持ち出して批
判するような、そういうのをどう捉えれば良
いのか困惑してしまうというと、またいつも
の嘘をついているような嫌な感じもしないで
はないが、実力行使に出ている方は必要に駆
られてやっていると思っているだろうから、
そんな批判や非難が返ってくるのも想定内で
やっていることである限りで、ある意味で勝
算があると考えてやっているだろうし、少な
くとも批判している側が実力行使している側
に勝てるのかというと、そこでは勝てなくて
も構わないような想定でやっていることなの
かも知れず、もちろん批判している側がそれ
をはっきりと自覚しているわけではないのも、
何となくわかるようなことなのだが、確かに
そこでは勝てなくても、歴史的な経緯が前も
って明らかにしている結果をあらかじめわか
っているから、それをわかっていることも自
覚していないだろうが、とりあえず安心して
批判できるような成り行きなのかも知れない
が、果たしてそれをトランプやトランプ政権
が大方の予想に反して覆すことができるかど
うかに興味があるわけで、というかそうでは
なくて、新たな未知の展開に至るような気も
しているわけだ。

hrrps://www.koike-t.org

彼の声 2026.1.8 「呪いの種類」

voice-172

 それが神だか悪魔だか、それともそんな単
純な概念とは違う複合的な何かが絡み合って、
それに慣習や言い伝えなどが意識の中で混じ
り合った情報なのかも知れないが、それが言
うにはどうも呪いには二種類あって、よく呪
い殺すとか言われるのが、一般的には普通の
呪いに伴って発動する心理的な作用だと思う
が、最近起こった何かをきっかけにして発動
したのはそれとはちょっと種類が違うようで、
それに起因してどうやら長年にわたってアメ
ーバブログで集団的に行われていた何かがバ
レてしまったような感じもしてくるが、それ
がバレてしまったのが、そのきっかけとなっ
たのかどうかも、自分には相変わらずよくわ
からないのだが、ともかくそんなことを執拗
にやっていたクズどもに呪いがかけられたと
伝えてくる奴もいるようで、それがくだらな
いデマなんじゃないかと感じられるのも毎度
の嘘かも知れないし、別にそいつらに呪いを
かけるように自分が頼んだわけでもないのに、
向こうから勝手に気を利かせて呪いをかけた
のかどうかも、その辺もよくわからないのだ
が、自分の意思や意志や意向などは無視して、
その何だかわからない何かが、そいつらに呪
いをかけたと自分に知らせてくるのだから、
いったいどういう仕組みで何を使って知らせ
てきたのかも、今のところは見当がつかない
が、それがテレパシーというのか、たぶんそ
んなのは自分の勝手な思い込みで、ただの幻
聴なのかどうかもわからないのだが、ともか
くそいつがかけた呪いというのが、呪い殺す
のではなく、生かしたまま死ぬまで呪いがか
かり続けるような呪いだそうで、いったんそ
れがかけられてしまうと、そいつらが生きて
いる限りは呪いがかかり続けるらしいが、そ
んな呪いの効果が何なのかといっても、それ
も皆目見当がつかないが、ともかく嫌がらせ
なのかどうかも、自分にはよくわからないが、
何か嫌な感じがしただけで、それが長年にわ
たってアメーバブログから感じられただけで、
だからといって嫌だからやめるわけでもない
ところが、それも自分でもよくわからないの
だが、自分にとって嫌な感じをさせることを、
そいつらが長年にわたって自分に対してやり
続けたことによって、それと引き換えにして
何かマイナスのエネルギーのような力が溜ま
って行くのを、長年にわたって放置するよう
に仕向けられいていたんじゃないかと、そう
なった結果からは言えそうなのだが、もちろ
ん何も確証はないし、勝手な自分の思い込み
なのかも知れないが、自分にかかっていたス
トレスか何かが、そんな妄想を自分に抱かせ
るだけなのかも知れないが、ともかくその妄
想の中身から言えることは、自分にとっては
嫌がらせみたいな何かが何かの糧となってい
たようで、それを通して溜まっていった何か
が何かのリミットを超えると、自動的にそれ
をやっていた奴らやそれに関係した者たちに
呪いがかかるような仕組みだと考えてみたの
だが、そんな何の根拠もないことを想像して
みたところで、何でもないような感じではあ
るわけだが、それに関連しているのか何なの
かもわからないのだが、最近年明けぐらいか
ら、盛んにユーチューブで星占いの動画が表
示されて、まるでそれを見ろと仕向けてくる
みたいで、それによると、いて座の者が今年
は二十四年ぶりに運気が強烈に上昇する期間
に突入すると煽り立てるのだが、確かに自分
の誕生日からすると、いて座になるはずだが、
何やら長年にわたって加えられてきた圧力や
重みから解放されて、それによって長年にわ
たって努力してきたことが報われて、最良の
一年になるそうだが、どうせ他の星座の下に
生まれた者に対しても、その手の気分が良く
なるようなことを言ってチャンネル登録者を
増やしたい魂胆なのかも知れず、占い師の狙
いとしては、主に相談者の悩みや不安を和ら
げ、心理的なサポートを提供することにある
そうで、同時に、多くの他の職業と同様に、
生計を立てることやビジネスとしての成功も
重要な目的だそうだから、それを好意的に受
け取るなら、相談者の人生経験や現在の状況
に寄り添い、ポジティブな方向へ導くことを
目指していて、相談者が抱える人間関係のト
ラブルやストレス、将来への不安などを聞い
て、問題を客観視できるように手助けして、
具体的なアドバイスや予測を通じて、相談者
が自信を持って決断できるよう後押しして、
高いコミュニケーション能力と共感力を活か
して、相談者が話を聞いてもらえたと喜ぶこ
とで、心のケアを行い、また占いの結果をき
っかけにして、相談者自身が自己分析を行い、
新たな視点や気づきを得られるように導くそ
うだが、その一方でビジネス・金銭的な側面
としては、占い師も一つの職業であるため、
生計を立てるためのビジネス的な狙いもあり、
相談者に占いサービスを提供することで、鑑
定料という形で収入を得るわけで、その際に
は顧客満足度を高め、リピーターを獲得する
ことが安定した経営につながり、他の占い師
との差別化を図り、自身のブランド価値を高
めることで、より多くの顧客を集める狙いが
あるそうだが、また一部の占い師は、自身の
経験やスピリチュアルな世界への興味からこ
の道を選んでおり、自己実現や探求心を満た
すことも目的としているが、相談者の人生が
良い方向に向かう手助けをしたいという強い
思いを持っている人もいて、占い技術や心理
学、カウンセリングなどの知識を深め、スキ
ルを磨くこと自体に喜びを感じていて、以上
のことから、占い師の狙いは、相談者の精神
的な充足と問題解決を支援することと、職業
としての経済的側面があると言えるそうだか
ら、まさかとは思うが、本当に呪いが有効に
自らの心身に作用していると感じるなら、占
い師にでも相談することを勧めるわけでもな
いのだが、呪詛返しを仕掛けようにも誰が呪
いをかけているのかも、誰に向かって呪いを
かけているのかも自分にはわかりようがない
から、なぜか完全に蚊帳の外に置かれた部外
者感を禁じ得ないわけでもなく、禁じ得ない
とか、そんな言葉の用法も間違っていそうで、
何だか冗談のような、たぶん何かの冗談には
違いないだろうが、不気味だと言えば、時折
送られてくるスマホのショートメッセージも
最近は不明な差出人が多くて、何の意図や魂
胆があって、そんなメッセージを送ってくる
のか、目的がよくわからないのだが、おかし
な内容のメールも多いし、だから何だという
わけでもないところが、やはりそのスマホの
持ち主なのに部外者のような気がして、いっ
たい誰に宛ててメッセージやメールを送って
くるのか理解に苦しむが、自分が意識してい
ないところで別人格が発現して、何か他の誰
かとの間でやりとりをやっていたら怖いが、
それとも多重世界の向こう側では、自分が他
の誰かや集団で構成する何らかの組織か団体
か何かと派手にやりあっていて、その余波が
こちら側の世界にも影響を及ぼしてくるのか
も知れないと、また勝手な妄想を膨らませて
みても、そんなのも考えてみるまでもなくあ
り得ない馬鹿げた空想になってしまうだろう
が、いずれにしても自分が当事者ではないよ
うな気がするから、そういうところで、せい
ぜいそれらの傍観者となって高みの見物でも
決め込んでいれば良さそうにも感じられるか
ら、それとは違う方面で何か語る必要に迫ら
れているわけでもなく、目下のところは、フ
ーコーの講義集成の第六巻を高いのを買うか
どうかで思い悩んでいて、それを買えば十三
巻全てが揃うのだが、それが何か最後の難関
のような成り行きになっているような、それ
も自分の勝手な経緯であり事情に過ぎないの
だが、その一方で二十数年前の段階では、な
ぜかフーコーの思考集成は十巻全巻揃えるこ
とには成功したわけだが、それがきっかけと
なってフーコーの著作を買って読むようにな
ってしまったのだが、たぶん全てとはならな
いだろうが、主要な著作は買って読んだはず
だが、だからといって、それが価値があると
か、そういうことではないから、他人にとっ
ては何でもないことになるだろうし、マイブ
ームであると同時に、気晴らしや気休めの趣
味でしかなく、そこから何かのビジネスに結
びつくとも思えないから、何だか不思議な感
覚に囚われている今日この頃なわけだ。

https://www.koike-t.org

彼の声 2026.1.7 「備えあれば憂いなし」

voice-172

 物事の捉え方があべこべになっていること
に気づかない者たちが語る内容に関して、そ
れほど大げさに呆れ返ってみせるわけでもな
く、それに関連して今後どんな出来事が起こ
ることを危惧しているわけでもないし、それ
に備えて身構えているわけでもなく、別に身
構える必要もなさそうで、メディアからもた
らされる執拗な勧誘の類いは受け流しておけ
ば済むようなことであっても、彼らが自分に
向けてわざとらしく嘲笑するような反応を見
せているわけでもないし、元から相手にされ
ていないのだから、現状の中で自意識がどん
な出来事に備えているとも思えないのだが、
できればもっと真面目に向き合いたくなるよ
うな、あまり過剰反応しなくても済むような
無難な成り行きへと、自らを取り巻く環境を
整えたいとは思わなくても、相変わらず無意
識が何をどう思っているのかも、皆目見当が
つかない現状の中で、それが特に卑下すべき
現状なのかというと、逆にそれ相応に現状を
肯定したい心境になりたいのかも知れないか
ら、しかも現状がどうなっているとも思えず、
そうなる以前に現状をうまく把握できていな
いのかも知れず、そんな自分にとってはよく
わからない現状の中で、そうなることを強く
意識してうまく立ち回ろうとすれば、必ず失
敗して惨めな醜態を晒すことになるから、意
識してうまく立ち回ろうとするのではなく、
また事前に策略を巡らすとか、個人レベルで
は太刀打ちできないと思われる集団で構成さ
れる組織などに対して、復讐心に駆られて何
を仕掛けても、無視されるだけだろうから、
少なくとも個人の力で何とかしようとは思わ
ない方が無難なようで、もっと世間に向かっ
て媚びなければならないとか、どうもそうい
うことでもないようで、誰かの軽薄そうなひ
と言アドバイスの類いを真に受けてへどが出
そうなことを述べなければならないとか、触
らぬ神に祟りなしだと思えるようなアメーバ
ブログの惨状なのだから、そんな方面にはあ
まり近づかないようにしておいて、ちょっと
だけ軽く冷やかし程度の感覚で関わっておけ
ばそれで済んでしまうようなことでも、その
ための配慮としてメディアを複数に分散させ
ているわけだから、そうやってヤバそうな方
面からは遠ざかっているふりを装っているの
だが、そうかといって何かこれといって狙い
があるわけでもなく、意識して現状をどうし
ようとしているわけでもないと思うなら、そ
んな思い込みが嘘になってしまうから、何か
の囮となるようなことを述べているようだが、
そのための方策としてわざとフーコーなどか
らそれふうの内容を移入しているのだろうし、
それが何を意図しているわけでもないだろう
から、何だかその辺の無意識の意図や思惑な
どが複雑に絡み合っているようにも感じられ
るのだが、それも相変わらず自意識が捉えら
れないような仕組みとなっているようで、自
分とはそれほど関係のないところで物事が進
行しているような気もするのだが、あまりそ
れを意識の方で強く反応して言説などを伴っ
て出力しようとしても、そういうのも結局は
うまく行かないことは経験上わかっていると
思い込んではいるのだが、それも根拠のない
思い込みに過ぎないから、現状では何とも言
えないところだが、あまりにも被害妄想気味
な言葉を弄しても、何の被害に遭っているの
かもわからない現状の中で勝手に何かを暴発
させてみても、単なる独りよがりな行為にし
か至らないだろうから、そういう成り行きに
持って行くのも意味不明だし、もっとも何か
意味を持つような成り行きというのがどんな
成り行きなのかも皆目見当がつかない限りで、
それでも相変わらず世界は新自由主義とグロ
ーバリズムに支配された状況だと強く危惧し
ているわけでもないが、実際には良心的なジ
ャーナリズムの輩が危惧するような極右的な
ポピュリズムに支配された世界になっていれ
ば、それに立ち向かうために民主主義の価値
観の下に一大勢力を結集させるような成り行
きになってほしいと誰が願っているかも、ど
うもそんな大げさな善と悪との一大決戦前夜
のような情勢認識ではないから、それもよく
わからない現状の中で、ともかく自分とは関
係のない方面で自分にはよくわからない何か
が進行中だと思っておけば良いか悪いかも、
わざわざそこへと自ら首を突っ込みに行くよ
うな愚は避けたいわけで、飛んで火にいる夏
虫だとも思ってはないが、何となく嫌な感じ
がするから、そんな嫌な感じがする方面には
なるべく関わらないようにしたいのだろうが、
それに対しても無意識の勘が働いて、今も無
意識の領域でそれ相応の対応や対処が発動中
なのかも知れないから、自意識の方でも無意
識に対応や対処を任せていると考えれば、妥
当な現状認識なのかも知れないが、最近は迷
惑メール排除機能をかいくぐって意味不明な
メールも結構送られてくるようになってきた
から、被害妄想も発動させたいのだろうが、
大した被害にも遭っていないのに、無駄に妄
想を発動させたところで自意識過剰が空回り
するばかりだから、何となくあくびが出てく
るような結果しかもたらされず、それでも善
意でやっているのか、それとも悪意がこもっ
ているのかもよくわからないところで、得体
の知れない何かが発動中だからこそ、トラン
プもベネズエラへと軍隊を差し向けて、石油
利権をアメリカの勢力圏へと取り戻すことに
したのだろうから、それがベネズエラ国民の
ためになるのかどうかも、利害関係から予想
されるところでは、どうせ枝葉末節な領域で
判断されることでしかないから、あまりこれ
といって、部外者の立場からははっきりと言
えるようなことではなく、それよりはトラン
プが意図している狙いとは違う方面からもた
らされる作用が、利害関心とは無関係な多く
の人々に何かしら恩恵をもたらすような気も
するから、トランプとしてはそんな恩恵など
意識せず気づかずにもたらすことになると他
の誰かが予言しておけば事足りるわけでもな
いだろうが、実際にトランプ本人とは違う方
面から予言ではなく預言がもたらされるわけ
だが、それをどう捉えれば納得できるわけで
もなく、誰も納得できないからこそ預言が力
を持つと考えておけば良いか悪いかではなく、
預言など無視され顧みられないからこそ、誰
も気づかないところでひっそりと社会の中で
機能していると言えるような動作なのかも知
れないが、だからそんな想像的な機能や動作
を肯定せざるを得ないわけだが、実際にはそ
んなよくわからない働きなど幻想に過ぎない
のだから、それも過剰な期待と実際にもたら
されるわずかな収益や利益との間の落差から
失望がもたらされるだけで、というかそんな
収益や利益がどこの誰にもたらされるかも、
現時点ではよくわかっていないのだから、そ
れに直接関わっている当事者でなければ、そ
んなところまで考えが及ぶわけでもなく、し
かも直接関わっているかどうかもよくわから
ないことでしかないのだから、自分に関する
ことではないのかも知れないし、独りよがり
な被害妄想と共に言及すべきこともないよう
で、何だかわからない何かの渦中に巻き込ま
れているとは思わない方が良さそうだから、
絶えず逃げ姿勢を崩さずに事態に対処してい
るつもりなのかも知れないが、果たして逃げ
ずに立ち向かうような機会が巡ってくるかど
うかも現状では判然としないまま、ただ時が
過ぎ去るがままにまかせておいても、それほ
どの不都合は感じていないのだから、変なと
ころで不意に吹き込まれる世間からの誘惑に
捕まって、それを真に受けてその気になって
活動してしまう身の程知らずな者たちがその
後どうなったかは、そんな中でも熾烈な生き
残り競争を強いられた挙句に、未だにメディ
アで利いたふうな意見を述べている人もいく
らでも見かける中でも、何かこれといって気
にかかるようなことを述べていると感じるわ
けでもなく、ああこの人はこれから先も死ぬ
までこんなことを言い続けるのかと呆れ返る
わけでもないから、それをできる範囲内では
肯定的に受け止めなければならないような気
がするのだが、逆にそれに対して敵対的かつ
戦略的な態度で臨めるわけでもそんな立場で
もないから、その大半はそのままスルーする
しかないような現状なのかも知れない。

https://www.koike-t.org

彼の声 2026.1.6 「理由のこじつけ」

voice-172

 そうなることが事前にわかっていたわけで
もないのにそうなってしまったとしたら、そ
れの何がおかしいわけでもなく、そうなるこ
とが事前にわかっていたから動作したり行動
したわけでもないだけだが、それが理由なき
動作や行動になるかというと、理由はいつも
後からわかるのだから、そうなってから理由
を後づけできるとしたら、事前に理由があっ
たわけではないのかも知れないし、ただ単に
そうなってからそうなった理由を思いついた
だけかも知れず、もっともらしい理由をこじ
つけただけかも知れないが、そうやって強引
な辻褄合わせをやっていると、それの何がお
かしいのかというと、ただ単に辻褄が合って
いないような気がするわけでもなく、そんな
理由を後づけてもっともらしく語ろうとする
者の述べていることを信用できなくなるわけ
でもないのだが、ただもっともらしい理由を
つけて、やってしまったことを正当化したい
だけのような気もしないではないが、それを
正当化しているのが、そんなことをやってし
まった当事者なら、そんな気がするだけかも
知れないが、無関係な第三者が勝手な理由づ
けをやっているなら、行為や行動の当事者が、
そんな理由じゃないと反論するかも知れない
し、たぶん力関係からしても無視されるだけ
かも知れないが、新年早々トランプ政権が派
手にやらかしてくれたおかげで、それに対す
る日本のポンコツなジャーナリストや政治家
や識者たちの勝手な理由づけやこじつけや決
めつけには呆れてしまったわけでもないし、
彼らがポンコツではないと言っておかないと
まずいだろうから、少なくとも彼らが常日頃
から事ある度に批判している高市政権の連中
と同程度には優秀であり有能だと誉めておく
しかないのだが、自分などは足元にも及ばな
い愚かさにまみれているのかというと、たぶ
んそれも逆なんじゃないかと思っておかない
と、日本の社会が成り立たないような気がし
てくるから、それも自分の勝手な勘違いなの
だと反省しなければならないし、自分程度の
分際で上から目線で偉そうなことは言わない
方が良さそうで、何かしらヒエラルキーに支
配された社会なんだと思っておくのが無難な
のかも知れないが、フーコーの講義集成を昨
日読んでいたら、十六世紀のヨーロッパのイ
デオローグでテュルケ・ド・マイエルヌとい
う人物の思想が紹介されていて、人間を真の
臣民にすること、人間を、まさに一つの活動
をもち、その活動がその人間の完徳を特徴づ
けるべき、したがってまた国家の完徳を可能
にするものとして、自分の専心する何ものか
へと向かう真の臣民とすること、これこそが
この時以降、国家の内政と呼ばれるものの持
つ根本的な、また最も特徴的な要素の一つで、
内政が狙いとするのは社会の中で行われる人
間の活動であり、それが国家と関係を持つも
のとしての人間の活動だそうで、それまで君
主や国家の関心を惹いていたのは、人間たち
が何であるか、またその身分によって何であ
るか、さらにはその美徳によって、内属的な
質によって何であるかということであり、人
間たちが美徳を持っていること、服従的だと
いうこと、怠惰でなく勤勉に働く者だという
ことが重要であって、国家の質の良さは国家
の諸要素の質の良さに依存していて、かつて
の関係は在り方の関係、在り方の質の関係、
美徳の関係だったのが、テュルケ・ド・マイ
エルヌが考え出した新しい構想では、国家の
関心を惹くのは、人間たちが何であるかでは
なく、司法国家におけるような彼らの係争で
さえもなく、国家の関心を惹くのは人間たち
の金銭でさえもなく、人間たちの金銭に関心
を持つのは、いわば税制国家の特徴であり、
それに対して内政国家を特徴づけるものは、
内政国家が関心を惹くものは、人間たちが何
をしているのか、彼らの活動、彼らの職業で
あり、つまり内政の目標とは、国力の発展に
おける示差的要素をなしうるものとして人間
たちの活動を制御し引き受けることなのであ
り、これがドイツ人が内政国家と呼んだもの、
フランス人はそうは呼ばなかったけれども事
実上設置したものの組織をなすことになるも

のの中核であり、テュルケ・ド・マイエルヌ

の企図を通じて見られるのは、つまるところ

は、国家の構成要素としての人間の活動であ

り、内政は、人間の活動が実際に国力とその

発展である国家に統合されるために必要充分

な全てのものを道具として手に入れるのでな

ければならず、国家に実際に有用な仕方でそ

の活動を刺激し、規定し、方向づけることが

できるようにするのでなければならず、ここ

で問題となるのは人間たちの活動から出発し

て、その活動を通じてなされる国家にとって

の有用性の創造なのであり、職業・活動など

の人間たち行ないから出発して、公的有用性

が創造され、そこから出発してこそ、そこで

近代的な内政という理念の核心を改めて捉え

てこそ、内政がこれ以降引き受けると主張す

る対象を容易に演繹できるようになり、まず

第一に内政は人間たちの数を引き受けなけれ

ばならなくなり、人間たちの活動に関しても、

また国家に関わる有用性への人間たちの統合

に関しても、まず人間たちがどれだけいるか

は、またそれをできるだけ多くすることは重

要であり、生きている、健康な、平和な人間

が豊富にいなければ、正義を行うことも、戦

争を行うことも、財政状態を向上させること

もできないから、人間が多ければそれだけ、

国家・君主は力あるものになり、また内省の

第二の対象は生活必需品であって、人間たち

がいるだけでは充分ではなく、さらにその人

間たちが生きられなければならず、内政はこ

の直接的な必要物に携わることになり、人民

のために食糧・衣服・住居・暖房を手にいれ

るという内政の目標は、農業政策を含意して

いて、租税負担や民兵の規模を縮小すること

で、田園地帯の人民を増やし、農耕地でない

土地を農耕地にし、これはまた物品の商品化

や流通、食糧難に備えて備蓄などの正確な制

御をも含意していて、そのためには食糧・物

品の商品化が監視されることになり、さらに

内政の第三の目標として、健康という問題が

あり、多くの人間たちが、提供される食糧や

必需品によって生き延びて、労働し活動し、

仕事ができるようにしなければならず、その

ためには疾病一般を見張らなければならない

から、それが都市空間の中での公衆衛生対策

にも結びつき、健康に次ぐ、内政の第四の対

象は、多くの人間たちが生きていくことがで

き、しかも健康だとすると、次はその人間た

ちの活動を見張ることであり、その人間たち

が何もしないでいることがないようにすると

いうことであり、労働できる者を全て労働に

就かせるということになり、そして内政の最

後の対象は、人間たちの活動から生じてくる

商品・生産物の流通であり、流通はまずは、

そこにもたらすべき物質的な道具という意味

で了解する必要があり、街道の状態や発達の

程度、河川や運河などの航行可能性に携わり、

またその物流空間においては、商品や人間た

ちの流通を見張って、そこで統制を行なって、

人間の浮浪を抑止しながら、他方では商品が

これこれの方面に流通するのを促進したり、

熟練工が自分の労働の現場から離れるのを妨

害したりして、そうやって内政が引き受ける

のは社会という広大な領域になるわけで、つ

まり、内政は人間たちが生きること、しかも

多数で生きることを確保して、人間たちが生

きるための食糧を手にしている、つまりあま

り死なないだけのもの、大量に死ぬことがな

いだけのものを手にしている状態を確保しな

ければならず、そして同時にまた、人間たち

の活動において単純な生存以上のもの全てが

事実うまく行き、生産され配分されて、それ

によって国家がそこから力を実際に引き出す

ことができるようになるという状態も確保し

なければならないそうだが、内政とは、人間

が生きること、ただ生きるというより少しマ

シに生きることや、多くの人間が共存するこ

とが、国力の構成・増強にとって実際に有用

となることを確保する様々な介入・手段から

なる総体のことだそうだが、そんな内容を読

んで、なるほど高市やトランプは国家の臣民

なのかとちょっと思ったが、また日本の右翼

は天皇の臣民になることを願っているのかど

うかは定かでないが、それも実質的には国家

の臣民になることを願っているのに、それに

気づかないだけなのではないのかと考えてし

まったわけで、それも無理なこじつけになっ

てしまうのかも知れない。

https://www.koike-t.org

彼の声 2026.1.5 「用意周到な準備」

voice-172

 ちょっとした気の迷いなんだろうが、彼ら
の困惑の色を隠せない顔に、どんな禍々しい
影が映り込んでいるようにも見えないが、懸
命に自らの思想信条からはみ出ないように堪
えている姿について、単なるやらかしへの反
応としてはそうならざるを得ないと考えてみ
ても、それが単なるやらかしではなく、もっ
と深刻で重大な何かだと受け止めざるを得な
い態度を保ちたいのだから、そうならざるを
得ないだろうが、そんなふうに〜ざるを得な
いという表現の連発が、何か嘘をついている
証拠なのかも知れず、わざと真意をねじ曲げ
てでも訴えかけたいことでもあるのかどうか
も、言論ではなく実践を伴う成り行きにはな
るだろうが、言論を行使することも実践には
違いないのだが、今はまだそれを明らかにす
る時期ではないのかも知れないし、時期も何
も、そんな段階でもなく、今がまさにそれを
やっている最中なのだろうから、それが理性
の狡知なのか自然の狡知なのか神の狡知なの
かは、他にも色々と含みがありそうだが、そ
ういう力が働いているとしか思えないような
ことなのかも知れず、人が苦し紛れに頼ろう
とする合理的な理屈を凌駕する理不尽な力が
働いている最中なのだから、信じられる理屈
が通用しない現状の中で、どう振る舞ってみ
ても過ちを犯してしまうのかも知れないが、
それが過ちなのか誤りなのかは、振る舞って
みた結果から判断したところで、やはりそれ
も判断ミスだと受け取られかねないから、そ
んな判断ミスが瓢箪から駒のような結果に結
びつくことを期待するしかないのかも知れな
いが、そんなのは無理に決まっていると事前
にあきらめてしまっても構わないのかも知れ
ず、実際にあきらめたふりを装いながらも、
一縷の望みに何を託しているのかも、そんな
わずかな希望ですらも勘違いな幻想に囚われ
ているに過ぎないとしたら、果たしてこれが
絶望的な状況なのかというと、そうではない
からこそ、こうして余裕綽々の態度で見え透
いた嘘を毎度のことのようについていると受
け止めてしまうのだが、それが自分の態度で
はないとすれば、わかる人にはわかるような
わけ知り顔の態度にもなれないとしたら、ご
く平凡な平常心を装う程度で済ませられると
軽く考えているなら、それを心がけておくだ
けも気休めにはなりそうで、今さら一年の抱
負もないだろうから、新年早々ちょっとした
サプライズがあったものの、その程度ことは
事前に予想されていたことなんだと強弁して
みせるのも、俺がそれを他の誰よりも早く予
想していたじゃないかと強がってみせたとこ
ろで、ユーチューブでそんなことをやってみ
せたところで、お仕事ご苦労さんとねぎらい
のひと言でもかけてほしいのかと穿った見方
しかできないが、今年もその程度の態度を保
ちたいと思っているわけでもないのに、自然
とそんな態度で身構えてしまうのだから、何
のことはなく、何かに踊らされている最中で
あることを意識せざるを得ないのだが、だか
ら事前に用意周到な戦略や作戦を練っている
ように見せかけながらも、あたかも自然に押
し出されるようにしてやってしまうことが、
結果的にどんなにひどい惨状になろうと、そ
れで構わないとは思えないしても、否応なく
そうなってしまうのだから、やってしまった
当事者にはそれが間違っているとは思えない
し、いったんそういう策略的なやり方に手を
染めてしまうと、普通に考えて後戻りができ
なくなってしまうだろうから、そうなる前の
段階で起こったことに素直に反応して自然に
対応するようなやり方が身についていれば、
それで構わないようなことになってしまいそ
うで、果たしてそんな自然な対応ができるよ
うな状況なのかどうかも、現状ではそんなこ
とをやっているつもりにはなれるのだが、本
当にやっているかどうかもよくわからないが、
実際にそうなっているならそれに越したこと
はなく、なっていなくても構わないようなら、
どちらでも構わないとその場の都合に合わせ
て思っておくぐらいが無難な態度になるだろ
うが、そうやって自分の都合が許す範囲内で
やっていることが収まるなら、うまくやって
いることになりそうで、そんなやり方で構わ
ないようなことになってしまいそうだが、組
織的な連携動作もそういうことの延長上で、
個人の意向など無視しているわけでもないだ
ろうが、それに関わっっている限りで、部分
的な意思疎通の中だけで意識されるのとは違
うことが実際には行われているわけで、それ
に関わっている各々の意識が完全には把握で
きなくても構わないとは思えないが、実際に
それを把握できないわけだから、把握できな
いことまで知ろうとすることに、どんな意義
や価値を見出せるわけでもなければ、無駄で
余計な詮索になってしまうだろうが、それも
自身の利害関心とは別に知りたいことがある
なら、単に興味深いから惹かれるのかも知れ
ないし、そんな興味の対象が何なのかという
と、この世界の中で何をやるにも絶えず法律
や制度との兼ね合いの中でやることになるか
ら、やっていることの都合が許す限りで場合
によってはそれらに対する侵犯行為が行われ
て、そんな許されない行為のどこまでが結果
的にはうやむやにされながらも、うまく切り
抜けられるなら、やったもん勝ちなことにも
なりかねないから、それを許すまじと多くの
人々が思うだろうが、実際にやったもん勝ち
にされてしまうと、何らかの権力や権限を利
用してそれが行われるとしても、場合によっ
てはそれが実力行使でやられることの一部始
終になるのだろうから、それを止めようがな
く、止められないから、後からそれを言語に
よって評価したがるわけで、すでにそれが行
われた結果を否定的に捉えて、やってはなら
ないことが行われたと批判したり非難するわ
けだろうが、それが後の祭りに過ぎないなら、
やはりやったもん勝ちを目指していることに
なるわけで、それに対して用意周到な準備を
怠らずに万全な備えで応じようとしているの
だから、それが行われた後からそんなことを
言いわけ作りと共に行なっていると受け取ら
れて、肝心の実力行使にやっていることが追
いついていないことになるだろうが、そうや
って絶えず後出しじゃんけんが空回りし続け
ながらも、結果的には自分たちの体裁を保っ
ているように見せかけようとしているわけだ
から、完全に後手に回っていることになるだ
ろうが、そういう情勢を作り出すことに腐心
している態度が、果たしてそれを用意周到な
準備だとは言わないだろうが、それ以前に直
接には関わっていないわけだから、対応が後
手に回ってしまうのも当然だろうから、それ
が部外者にとっての精一杯の対応だと言えそ
うで、そんな部外者などに何を言ってみても
意味がなく、単なるその場にお呼びでないが
らくた人間がユーチューブを見ているに過ぎ
ないだろうが、それを見て笑っている自分が
情けなくなるわけでもなく、それを笑うため
に見ているとも思えないのだが、そこから何
を探し出そうとしているのか、動画のどこに
秘密が埋もれているのか、それを探している
わけでもないのだが、見つけ出そうとしてい
るとも思えない何かが、そこにはないことも
わかっていて、そこにはないが別のどこかに
もないなら、それを見る必要もないわけでは
なく、必要に迫られて見ているわけでもなけ
れば、必要もないのにそれを見ながら別のこ
とを考えているとも思えないが、それも実際
にはそう考えているのだから、そう考えてい
る限りで、有効活用ができていると考えてい
るのかも知れないし、そうなると必要か不要
かというよりは、すでにそこに探しているも
のがあるのに、それを見ないようにしている
としか考えられず、それを見ないようにする
ために、わざと意識してユーチューブを見よ
うとしているとも思えないが、見るというか
観ながらそれをやり過ごすことに意義がある
のかも知れず、わざとではなく必要に迫られ
てもいないなら、素直な態度で自然な成り行
きとしてやり過ごせるように、そのためにも
事前に用意周到な準備を怠らないことが肝心
だと思っているのかも知れないが、その辺も
うまく活用できれば、今後も後出しじゃんけ
ん的なずるい態度で世の中で起こっている物
事に臨むしかなさそうだ。

https://www.koike-t.org

彼の声 2026.1.4 「ベネズエラの石油利権」

voice-172

 取り立てて何がどうなったわけでもないの
だが、ベネズエラは世界最大の石油埋蔵量が
あると言われるが、石油の質が悪く、精製に
は手間とコストがかかるそうで、左翼独裁政
権の大統領がアメリカから奇襲攻撃を受けて
拘束されて、今後親米政権が誕生するのかも
知れないが、これでトランプ政権がベネズエ
ラの石油利権を手に入れたことになるとして
も、隣国のガイアナの石油の方が質が良くて
低コストで精製できるそうで、そちらはアメ
リカのエクソンモービルが開発しているそう
だから、アメリカとしてはこれで南米の石油
を押さえたことになるのかどうか、その隣の
スリナムでも石油開発が進んでいて、さらに
はフランス領ギアナでも石油資源が確認され
ているらしいから、あの地域では今後石油が
増産されるようだが、そういう経済的な論理
でアメリカが事を進める一方で、相変わらず
日本では日本共産党が、勝手に他国を侵略し
たとしてトランプ政権に対する批難声明でも
出しているらしいが、そういう論理からすれ
ば、これで中国が台湾への武力侵攻がやりや
すくなったと言えるかどうかも、中国政府の
論理では台湾は元から中国の領土で、他国へ
の武力侵攻とは言えないから、それとこれと
は違うのかどうかも何とも言えないところだ
が、そんな世界情勢にそれほど興味や関心が
あるわけでもなく、不意を突かれて少し驚き
はしたが、少し前からベネズエラの周辺で麻
薬密輸船に攻撃を加えたと発表していたのだ
から、その兆しは窺えて、そうなってからは、
なるほどと納得したような気がしただけで、
だから取り立てて何がどうなったとも思えな
いのだが、国際法がどうたらこうたらではな
く、アメリカの利益になるかどうかという論
理が優先されるのだろうから、それをどう正
当化できるわけでも合理化できるわけでもな
く、ただの国益優先主義だと考えるしかない
だろうが、そんな国際法を無視した軍事行動
に対して反動や反発のような反応が返ってく
るかも知れないが、それがどんな反応になる
かなんて現時点では予想しようがないが、考
えるとっかかりがつかめないというか、思考
の糸口が見つからないのとはわけが違うよう
で、共和党のブッシュ政権が当時のパナマに
軍事侵攻して独裁者のノリエガ将軍を拘束し
たことが先例となって、今回のベネズエラの
大統領の拘束についてもそれと似たようなこ
とをやっただけかも知れないものの、だから
と言ってそれの何がヤバいとかではなく、何
かが違っていて、何かそれがビジネスの一環
でやっているようにも感じられて、愛国ビジ
ネスかもよくわからないが、トランプとして
は一応政治的な主義主張とは違う方面からビ
ジネスライクなことをやっているような印象
を受けるのだが、少なくとも思想信条的な使
命感に燃えた大げさな大義ではないのだから、
そういうところが中国の習近平だとかロシア
のプーチンだとかとはやっていることの重み
が違い、トランプの方が軽く作業をこなして
いる感じなのだが、それで良いのか悪いのか
というよりは、正義の度合いが低いから、軽
いノリでやってしまえるようなことかも知れ
ないところが、逆説的にはヤバいのかも知れ
ないが、それをヤバいとは感じられないのだ
から、ヤバいのではなく軽いのであって、ビ
ジネスライクな軽さなのかも知れないし、そ
れに対して日本で勝手に批判や非難の行為に
及ぶ奴らがどうなのかというと、相変わらず
の古風なイデオロギー込みの正義漢ふうな物
言いに終始するしかないのかも知れないから、
それではビジネスライクなトランプの軽さに
は太刀打ちできそうもなく、何だか議論が噛
み合わないまま平行線に終始するような予感
がしてくるが、それで構わないようなことだ
ろうから、やはり何がどうなるわけでもなく、
日本で批判や非難に及んでいる奴らもトラン
プも勝手に我が道を行く程度の成り行きなの
ではないかと踏んでいるのだが、そう現状を
捉えるとやはり時代がそれだけ先に進んだよ
うな気もしてきて、仕事のやり方にしても、
執拗な粘着質の情念や憎しみや恨みつらみな
んかを伴わずに軽くビジネスライクに済ませ
ようとしているように見えてしまい、かえっ
てそちらの方が見方によってはヤバそうに感
じられるかも知れないが、それに伴ってユー
チューブに出てくる左翼系の老人たちも時代
の急速な進捗から置いて行かれているように
も見えてしまうのだが、別にそれでも構わな
いのかも知れないし、そんなことを平気でや
っているトランプの身にも、やがて何らかの
報いとなる災禍が降りかかってくるようにも
感じられるし、そうなることを願っている者
も世界中に大勢いるような気もするが、なぜ
か結局そうはならないとしたら、他にもプー
チンやネタニヤフやエルドアンやハメネイな
んかもいるし、トランプより先に、まずはそ
いつらの方に災禍が降りかかってくるだろう
から、トランプは逃げ切れるんじゃないかと
無責任に予想したくなってくるのだが、そう
いう意味ではトランプの取り柄が、いつの間
にか存在の耐えられない軽さを身につけたこ
とが功を奏しているのかも知れず、もちろん
それが原題の小説や映画とは何の関係もない
軽さなのだが、彼らの共通点としては、新自
由主義とグローバリズムに逆らっているふり
を装う限りで命脈が保たれるというか、もち
ろん実態としてはそれなしではあり得ないの
だが、それに全面的に従ってしまうと、そこ
からもたらされる不具合や欠陥の責任を取ら
されるから、政治的なポーズとしては、それ
に逆らっているふりをしておかないと、右派
保守系勢力や政府の官僚機構からも見放され
てしまうから、そういうところでうまく立ち
回る必要がありそうだが、もちろんそれに対
して左派リベラル勢力の方でも新自由主義や
グローバリズムを批判し続けてきたわけだか
ら、どちらにしても欺瞞や偽善の徒であるの
を免れないわけだが、そんな胡散臭い態度や
姿勢を民衆の方でもどう受け止めれば良いの
かが、今ひとつ定まった基準や論理や価値観
が形成されていない現状がありそうで、それ
に対してトランプの場合はひたすら功利的な
振る舞いに終始することによって、軽くそれ
らの主義主張をあしらっているようにも見え
るし、自らを軽薄に見せかけることによって、
それを批判勢力がつけ入る隙だと誤って判断
して攻撃してしまうから、うまく彼らをあし
らうことにも成功していると言えるかどうか
も、勝手にそう見えてしまうだけなのかも知
れないが、機会を捉えてこれ見よがしに大げ
さな大義を言い放つようなパフォーマンスも
やってみせることは確かだが、それを誰も真
に受けないのかどうかも、誰もそれを真に受
けていないように見えてしまうのだが、だか
ら軽く振る舞うことに成功していると考えら
れるが、それに対してオバマやバイデンなん
かは本気で理想の大統領像を演じているよう
にも見えてしまったから、実質的なことは何
もできないままに終わってしまった悲劇の主
人公のような印象を受けるのだが、それに対
してトランプは始めから自身の役割が間抜け
な道化で軽薄な裸の王様でも構わないことを
心得ているというか、割り切っているという
か、それを自覚しないでその種の理性の徒か
ら批判や非難の的となることを受け入れてい
るから、逆にそんな制約を取り払って振る舞
えるわけだろうが、果たしてそれによって無
敵になったと言えるのかどうかも、実際にヨ
ーロッパのリベラル系の首相や大統領にはで
きないことを強引にやっている最中なのだが、
それも彼らとは立場や条件が違うからそうな
ってしまうのだろうが、それが思想信条的な
主義主張ではなく、あくまでも効果的な振る
舞いであり、計算や機能を伴った功利性であ
るから、利益の最大化を実現しようとする戦
略的な行動や言動であるところが、思考して
いる次元が違うわけだが、自国を利するのに
都合の良い国内秩序や国際秩序を維持しつつ
も、国力を最大限に増強したいわけだから、
そうするにあたって利害関心とは関係のない
思想信条とか主義主張なんかにかまっている
暇はなく、絶えず意表を突いて先手を打って、
交渉相手や戦っている相手が体制を立て直す
暇を与えないように振る舞わなければならな
いと考えるより前に、そんなビジネスライク
な割り切り方が自然に身についていると解釈
したくなるのだが、それでは少々トランプを
買い被り過ぎな印象も受けるが、ちょっと間
抜けで馬鹿なところも見せておかないと、相
手が油断してくれないのではないか。

https://www.koike-t.org

彼の声 2026.1.3 「現実を変える力」

voice-172

 世の中には、金の力で現実を変えようとす
る者たちと、言葉の力によって現実を変えよ
うとする者たちと、他にも直接の暴力とか、
政治的な権力とか、他にもいろいろな力を使
って現実を変えようとする者たちがいるだろ
うが、それらの力を効果的に組み合わせて多
くの人や勢力が現状でも何か仕掛けているよ
うで、そんな方面からの圧力を意識せざるを
得ないが、それに対して何をどう考えている
のかというと、すでにそんなふうにわざと物
事を単純化して捉えているのだから、それに
対してどう答えればいいのかわからないよう
なことを問われているわけでもないだろうが、
言葉に関してそれを比喩的に表現するなら、
人の意識に言葉が感染していると言えるよう
なことかも知れないし、言葉の感染力を利用
して、現実に起こっていることを言葉を使っ
て押さえ込んだりねじ曲げようとしていると
言えそうだが、誰がそんなことをやっている
のかというと、そこに自分も含まれているの
かも知れないし、他にも色々と厄介な者たち
がいることは、SNSや他のメディアの動向
などからは窺えそうだが、政府や政権に批判
的な奴らも含めて、言葉を使う奴らが信用で
きないのはいつもそう思うところだが、信用
できなくても信頼しているというと、もちろ
んそれもいつもの嘘に含まれるだろうが、そ
れでもやってはいけないことの一線を越えて
言葉の力を信じ過ぎてしまうと、N国の立花
氏のようにいつも元気に張り切って活動する
ことになるから、結局は嘘やデマの虜となっ
てしまいそうだが、一線を越えてから後戻り
が利かなくなることも承知の上でそんな行為
に及ぶのだから、ある意味で覚悟ができてい
ると言えそうで、権力による後ろ盾がないと
それに起因する事件が起こった後から容赦の
ない攻撃にさらされることになり、実際に今
も攻撃にさらされている最中だと言えそうで、
しかもそんなふうに正義の逆側から述べてし
まうことも、何か間違っているような気がし
てしまうわけで、その違和感に気づかないと、
言葉の正しい使い方に関して、それが現実を
変えるために使うのではなく、現実を表現す
るために使われていることも、何となくそう
ではないような気がしてくるわけで、そうい
う意味では立花氏を攻撃する者たちよりも、
立花氏を信用したくなってしまうのだが、も
ちろんそれが詐欺師やペテン師の類いを信用
してしまうことと同義なのかも知れないが、
加えてヒトラーやムッソリーニなんかも信用
したくなってしまうとしたら、トランプやプ
ーチンやネタニヤフやエルドアンなども信用
したくなってしまうのだが、彼らを一緒くた
にするのも間違っていそうだが、それでも無
理に同一視したくなるのだから、彼らがつか
んでいると思い込んでいる現実というのが、
それが何であれ、力の行使の有効性を信じる
ことにつながるのではないかと考えてしまう
わけだが、その一方で理性的な態度を取るこ
とによって言葉の力を疑ってしまうとしても、
自信のないことの表れとなりそうだが、自ら
の力を信じられなくなると共に、自らが繰り
出す言葉の力も信じられなくなるとしたら、
そんなものを頑なに信じるには及ばないし、
信じるとか信じないとかではなく、それを利
用して現状の中で機能しなければならず、そ
の機能が何なのかと考えてみたところで、そ
れがわかった後から何がどうなるとも思えな
いが、力を加えても何ももたらされなければ、
力が幻想に過ぎなかったことを実感できるわ
けでもなく、力が足りなかったからとか、他
から邪魔をされているとか、考えようによっ
ては何とでも解釈が可能だと思っているわけ
でもないが、それも物理的に加えられる現実
の力の比喩として言語に力が宿っているよう
な気がするわけで、実際に発せられる言葉に
よって人や物や情報が動けば、言葉に力が宿
っていることを信じたくなってしまうだろう
が、その延長上で立花氏から発せられた言葉
によって、その標的となった数人の人物が死
んだのだから、立花氏の言葉には人を殺すだ
けの力があったことが証明されたような気が
するはずだが、それも考えようによっては言
葉を使うことによって人を殺せるだけの力を
持っている立花氏はすごいと言えるだろうか
ら、信者もその力を信じてついてくるかも知
れないし、もちろん立花氏が数人であるのに
対して、ヒトラーやポルポトであれば数百万
人になって、さらにはスターリンや毛沢東で
あれば数千万人に上るのだから、その圧倒的
な規模感に天と地ほどの差がありそうだが、
彼らと立花氏の違いが何なのかといえば、政
治的な権力の差になるだろうが、立花氏が徒
手空拳でそこまでやれたのには、あっぱれな
気もしないではないにしても、というか日本
社会の中に立花氏の居場所を提供したのは、
他でもないNHKの貢献度が大きいだろうし、
放送法という法律に守られたNHKの存在が、
ある意味で理不尽に思われる受信料を徴収す
る制度が、立花氏に活躍の場を与えたことに
対して、政府や政権に批判的な者たちが明確
な見解を示さないことも、何となく欺瞞や偽
善を感じさせる限りで、それが日本社会に巣
食う闇だと言えそうだが、だから日本社会を
変えるには放送法を改正してNHKを単なる
民間の有料放送業者にする必要があるかどう
かも、果たして現状の政治勢力やメディア勢
力にそんなことをやれる力があるかどうかも、
どうも現時点ではないような気がするわけで、
NHKの社会への影響力が諸悪の根源だと言
いたいわけではないが、立花氏を単体で、他
との結びつきから切り離して攻撃しているわ
けでもないのだろうが、自分がNHKの受信
料の支払いを拒否する口実を見つけたのが、
かなり昔の元号が昭和から平成へと移り変わ
る前後で、天皇の病状を延々と報道したり、
自粛ムードを煽ったり、また亡くなってから
は、それも延々とそれを報道し続けたと記憶
しているが、その後引越しを機にテレビを捨
ててしまって、これで受信料など支払わなく
ても構わないだろうと勝ち誇ったわけでもな
いが、そういうところから一時的には反体制
派気取りにはなれたのだが、そこから数十年
が経過してみると、今やテレビなど見ないの
が当たり前の世の中になりつつある中で、N
HKが悪知恵を働かせたわけでもないだろう
が、今度はネットに接続できれば受信料を徴
収できるとか無茶な論理を通用させようとし
ていると噂されているみたいで、本当にそん
な無茶を実現できるかどうかも、そんなこと
が実現したら自分がどうなるかも、その時に
なってみなければよくわからないが、そうは
ならないことを祈るばかりというわけでもな
く、それほど深刻に受け止めているわけでも
ないが、そんな理不尽なことがまさか実現す
るわけもないと今のところは楽観視している
わけだが、NHKに対する抵抗運動なんかを
残りの人生を捧げてやらなければならないと
かいうのも、そんな光景を思い浮かべてみる
とゾッとするが、NHKから訴訟を起こされ
て裁判所に出向いて、何か証言しなければな
らないようなことが、自分の身に起こるなん
て、現状では考えられないが、今もNHKの
受信料の徴収人と玄関先で何度も口論となっ
たのが思い出されて、他にも執拗に尋ねてく
る新聞の勧誘員とも何度も口論となったり、
人として未熟な若い頃の自分の態度に問題が
あることは、今から振り返れば痛いほどわか
るのだが、そういう若気の至りの経験から、
マスコミをマスゴミと揶揄するような風潮に
は、若い頃の自分なら嬉々として賛同するだ
ろうから、今時の若者が高市政権を圧倒的に
支持しているのもわかるような気がするわけ
で、そういう面では高市政権に批判的なジャ
ーナリストの類いには不利な世の中になって
いるのだろうが、もちろんNHKも高市政権
側の勢力に入るだろうから、その辺が微妙に
昔からそうなっている方面でも理不尽な気も
しないではないが、今では政権に批判的なジ
ャーナリストの類いも政権に迎合的なメディ
ア全般も、それら全てが相互補完的な関係だ
と勝手に解釈したくなるのだから、そういう
ところでもご都合主義的で身勝手な偏見や錯
覚や間違った固定観念に自分が囚われていて
も構わないような気がするとしても、別にそ
れがどうしたわけでもないと思いたいわけだ。

https://www.koike-t.org

彼の声 2026.1.2 「国家の捉え方」

voice-172

 今もこうして語っている内容が、語りの対
象となっている物事の全体を語っているわけ
でもなく、絶えずその中から部分的に語るの
に都合の良い要素や要因を選んで語っている
に過ぎないとしても、それについて語るとは
そういうことだから、その何かが何なのかと
いうと、政治や経済や社会や他の何らかの分
野を構成する何かになるしかなく、それにつ
いて語るとはそういうことでしかないという
否定的な語り方ではまずいと思うなら、では
他にどう語れば納得できるわけでもなく、そ
れについて語っていると思い込んでいても、
自分でも気づかないうちにそれとは違う何か
についても語っていることになるかも知れな
いから、語る対象をこれだと特定できないジ
レンマに陥るかも知れないが、語っているこ
と自体も、語るのではなく書き記しているよ
うにも思えないし、ただキーボードを叩いて
いるに過ぎないと言える程度のことであるか
ら、語ることと書き記すこととキーボードを
叩くことの間に生じている差異を無視できる
かというと、そんな枝葉末節な方面へと興味
や関心が向かって行くのを別の方面へと強引
にねじ曲げて語るなら、最近まで混同してい
た言葉の差異を知る機会が巡ってきて、それ
が対立と競合の違いだと言えるかどうかも、
トランプが前任者のバイデンとの違いを意識
しているかどうかも一概には言えないものの、
トランプにとってそれが米中対立ではなく米
中競合なんだと言いたいような傾向をその言
動から感じられることとして、帝国主義的な
侵略形態の相似性を意識できるなら、ロシア
がウクライナへと軍事侵攻したのに対して、
同じように中国が台湾へと軍事侵攻するかど
うかも、またトランプ政権のアメリカが最近
ベネズエラへと軍事的な圧力をかけている事
態を、それぞれの差異を無視して、それを一
律に帝国主義的な侵略だと見なすのもちょっ
と乱暴すぎるような気もしないではないが、
その辺のところがそれに関する語り方から生
じてくるごまかしやまやかしの類いだと感じ
られるのだが、ではそれをどう捉えれば納得
できるのかどうかも、そちらへと関心が向か
ないし、それを語る者の都合の良いように事
態を捉えるしかないようにも思われる限りで、
それはそういうことだと受け止めておいて、
それとは違う方面からそれを説明したいなら、
かつてのイタリア国内でのフィレンツェやベ
ネチアなどの小国同士の競合関係を、三十年
戦争後の欧州内では、イギリス、オーストリ
ア、フランス、スペインなどの間で当時の大
国同士の競合関係に置き換えてみれば、そこ
でヨーロッパのパワーバランスという力の均
衡状態が意識されて、そして現代ではそれを、
アメリカ、中国、EU、インド、ロシアなど
の間で世界の大国同士の競合関係に置き換え
てみれば、そこで世界のパワーバランスとい
う力の均衡状態が意識されるかも知れないが、
何かそれが胡散臭い相似性から連想される過
去の繰り返しのように単純化しては考えられ
ない程度には、過去から現在に至るまでの歴
史的な経緯と各時代における特有な事情も考
慮に入れるなら、そんな相似性を持ち出した
ところで、何の説得力も得られないとは思わ
れるのだが、その一方で、少なくとも現状で
は、ロシアが国力の増強に失敗しつつある最
中なのは、そういう方面に関心を持っている
多くの人々が認めるところだろうが、そして
中国も台湾に武力侵攻するなら、建前として
の大義名分は違うとしても、実質的な目的と
しては国力を増強したいから台湾を手に入れ
たいわけだろうから、逆にそれによって世界
各国からの経済制裁などによって国力の増強
に失敗してしまうなら、ロシアの二の舞とな
りかねないだろうが、とりあえず現状ではそ
こまで事態が進行していないから、台湾周辺
で大規模な軍事演習などを行なっているにし
ても、それが国内の不動産バブル崩壊などか
ら生じている経済的な苦境から民衆の関心を
逸らすという政治的な意図や思惑があるのか
どうかも、その程度のことだとは到底思えな
いだろうが、国家の指導者的な役職を担って
いる者たちや政府の官僚機構の構成員などが、
何をどう考えて自分たちの組織的な活動目的
を合理的に導き出しても、複数の国が世界の
中で競合している限りで、フーコーが言うよ
うな国家理性が発動して、国政に関わる政治
家や官僚たちが国力増強の論理に囚われてし
まうのも、競合関係からもたらされる自然な
成り行きには違いないわけで、それに関して、
単純に国家とは何かと考えてみても、国家と
はいわば、フーコー風に難しく言えば、知解
可能性の原則にして戦略的な図式であり、統
治的理性の調整的理念のことであって、国家
とは、すでに所与のものになっているいくつ
かの要素・制度をそれらに固有の本性・結び
つき・関係において思考するしかじかのやり
方のことだとすれば、主権者とは何か?行政
官とは何か?官憲とは何か?法とは何か?領
土とは何か?その領土に住んでいる住民とは
何か?このようなことが国家の要素として知
覚されるが、国家とはすでに所与のものとな
っているそれらの要素や本性や関係を構想・
分析・定義するしかじかのことであり、国家
とはすでに打ち立てられている諸制度からな
る一大総体に関する知解可能性の一つの図式
のことだと説明されても、普通の一般人には
ちんぷんかんぷんだろうが、そこから王や大
統領や首相などが特有の役割を持つ人物とし
て定義されていることに人は気づくそうで、
その役割は神に対する役割や人間たちの救済
に対する役割というよりは、行政官僚や判事
などといった国家に対する役割であり、つま
り国家は、所与のものとなっている現実の知
解可能性の原則であり、すでに打ち立てられ
ている制度的総体の知解可能性の原則であっ
て、そして国家はこの政治的理性において一
つの目標として機能して、つまりそれは、能
動的介入の終局に獲得されるべきものとして
機能するわけで、国家とは、統治術の合理化
という操作の果てにあるべきものであり、国
家理性の介入によって獲得されるべきは国家
の完全性・完了・強化であり、また国家が危
険にさらされたり、何らかの革命によって国
家が転覆されたり、一時的に国家に特有な力・
効果が停止された場合には国家の再建が目標
となるが、現実にうまく国家を存在させるた
めにでなければ、国家といったものを理解す
ることはできず、国家を合理的に存在させる
ための知解可能性の原則にして戦略的な目標
こそが、国家理性と呼ばれていた統治的理性
を枠づけるものだそうだが、だからトランプ
や習近平やプーチンなんかも、国家理性に操
られながら、自分たちが経営している国家を
絶えず強化して完全な国家にしなければなら
ないという使命に従わされているわけだろう
が、だからトランプにとってのアメリカが完
全な国家になるにはカナダやグリーンランド
が必要だろうし、習近平にとっては台湾が必
要となり、プーチンにとってはウクライナの
占領地域がロシアのものとなる必要がありそ
うだが、つまり国家とは本質的にまずもって、
政治と呼ばれるあの思考・考察・計算・介入
の形式に関する調整的な理念のことなのであ
って、それはマテーシスとしての政治、統治
術の合理的形式としての政治であり、統治的
理性は現実を読解するにあたっての原則とし
て立て、目標として、命令として国家を立て
るのであって、国家とは、統治的理性に命令
を下し、様々な必要性に応じて合理的に統治
できるように計らうもののことで、それは現
実的なものに対して国家が持つ知解可能性の
機能で、統治するということはこの機能によ
ってこそ合理的に統治するということであり、
国家を統治する役割を担っていると自覚して
いる者たちには、国家理性によって、絶えず
国家を維持し増強するように命令が下されて
いるのだろうが、それが歴史的経緯からは、
国家の誕生、増強、完成、衰退という誰もが
知っているサイクルが待ち受けているわけで、
どうもこのサイクルのことを革命と呼ぶらし
く、そこで国家理性を介して命令されている
内容としては、革命を回避して国家を完成さ
れた恒常状態に維持しろということらしい。

https://www.koike-t.org

彼の声 2026.1.1 「ポピュリズム的な展望」

voice-172

 最近は何に依存しているのかと言えば、他
はそれほどでもないのだが、何かを文章にし
て語る面ではAIに依存しているらしく、A
Iが出力してくるもっともらしい回答にわざ
と反論しているように装いながらも、それで
してやったりな気分になれるわけでもなく、
不十分なことを述べているような気がして、
それでもポピュリズム的な主張よって一過性
の人気を得ることに成功した政治家のような
宣伝文句に動じるわけでもなく、どうしても
無難なところでごく当たり前の常識的な意見
に逆らうようなことを述べようとして、結局
はそれに失敗しているような気がするのだが、
それもいつものように、だから何だという開
き直りの笑いが発動するわけでもなく、批判
的な意見としては若者たちを騙しているポピ
ュリストの政治家やメディア関係者などが述
べていることを真に受けるわけでも、その種
の者たちが若者たちに試練を課していると思
っているわけでもないから、そんな若者たち
を巻き込んでポピュリズム勢力に退潮の兆し
が忍び寄っているとも思えない限りで、今後
もそんな傾向が執拗に続いて行きそうな気配
を感じているし、それで構わないような時代
状況なのかも知れないと感じられる限りで、
かなり勘違いな思い込みに凝り固まっている
とも思えないし、それが見せかけの傾向であ
る限りは、物事の本質がそこにあるとも思え
ないわけで、では本質がどこにあるのかと言
えば、それが世界の経済的な成り行きの中に
あるとも思えないなら、自然現象の中に物事
の本質があると思うしかないのかも知れず、
ではそんな自然現象が具体的に何なのかとい
うと、それが人工的な現象だとも人為的な世
論誘導だとも思えないから、日頃の人の生活
から実感としてそれがもたらされていて、そ
んな生活から生じてくる不満をどこにぶつけ
るかという成り行きになれば、それを政治や
メディアが利用しようとして、安易な攻撃の
対象を一般大衆の前に提示して、こいつらを
SNSで攻撃しろとそそのかしているわけで
もないが、しかもそこまでは想定の範囲内な
のだから、誰かがそれをやってしまうと、他
の誰かから馬鹿なんじゃないかと笑われるわ
けでもなく、どこの誰がそれを笑っているわ
けでもないから、大半の人はそんな間抜けな
犯人探しに対して見て見ぬふりを装っている
に過ぎないだろうが、だから現状で批判や非
難や攻撃の対象として誰がいて、どんな勢力
が対象になっているとしても、意識を物事の
本質から逸らすには、必要不可欠な囮の役目
を担っていそうなのだが、しかしそうやって
人々の目を物事の本質から逸らそうとする意
図や思惑の持ち主が何を狙っているのかもよ
くわからないわけで、それに関してよく言わ
れるような、一方に右派保守勢力がいて、も
う一方に左派リベラル勢力がいて、両方の勢
力の中にもポピュリズム勢力が混在している
ような相関図を頭の中に思い浮かべても、ど
うもそれが見せかけの構図であって、そんな
構図を信じてしまってはまずいような気がし
てしまい、その見せかけの構図というのが、
一見すると自然で偶然のように見える物事の
配置が、実は非常に緻密に計算された見せか
けの構図というわけではなく、それが比喩的
な表現として、物事の表面的な体裁や、人間
関係や組織や団体の力関係や対立関係で、現
状の世論調査で判明している表向きの勢力バ
ランスなどを真に受けてしまうと、それが錯
覚となってしまうのかも知れず、実は裏では
全く異なる意図や力関係が成り立っていて、
見せかけとしては明確な対立や敵対関係が装
われているとしても、それこそが密かな連携
関係の徴しであったり、それに関して最もわ
かりやすいのが、米中ロの対立関係になるだ
ろうし、対立しつつも帝国主義的な観点から
すれば、紛れもない連携関係や連帯関係なの
だから、対立自体が見せかけの対立だと言え
そうで、実際には支え合っているように見え
るなら、米中ロの3カ国はEUと対立してい
ると言えそうで、しかも対立しているとは完
全には言えないわけだから、そんなのは間違
った解釈に違いないのだが、それが国家の統
治形態というレベルで見るなら、明らかに米
中ロは国家統治の段階なのに、EUは国家統
治の段階から一歩先を行っていて、しかもそ
れが世界の各方面から統治の限界を指摘され
るわけだから、何とかしてEUを解体させた
いという思惑も働いているのだろうが、そう
なると物事の本質が政治や経済の問題から少
し外れて、国家統治の問題へと移ってくるだ
ろうが、もちろん統治の限界を露呈している
のが政治や経済の方面なのだから、それが同
時に政治や経済の問題でもあるわけだが、で
はEUがどんな問題に直面しているのかとい
っても、それも表面的には加盟国の多様性に
伴う政策決定の難しさや、加盟各国の国内政
策の自由度の制約や、経済格差や移民問題へ
の対応の遅れや、民主主義の赤字といった点
に集約されるそうで、加盟国がEUの法律や
規制に従う必要があり、特に経済や移民政策
において、各国の事情を十分に考慮しない一
律の方針が国民の反発を招いて、また加盟各
国で経済発展の段階や歴史的背景が異なるか
ら、内部対立が生じやすく、全会一致が求め
られる分野などでの迅速な意思決定が困難に
なっていて、各国で守るべき財政規律に関し
ても、EU域内で経済格差が大きいから、ユ
ーロ圏内における財政規律を遵守できない国
が出てきてしまい、それが加盟国間の対立を
深める要因ともなっていて、さらに国境管理
という加盟国の主権に関わるセンシティブな
問題が、共通の政策を行う上で、例えば難民
の分担受け入れ案などを巡る意見の対立が、
EUのガバナンスの課題として顕在化してい
て、そういう様々な問題に伴って、EUが強
力な権限を持つ一方で、市民の民意がEUの
官僚機構に邪魔されて、政策決定過程に十分
に反映されず、それが欧州議会の権限が弱い
ことを示す問題で、市民参加の不足や意思決
定の不透明性やEU市民としての意識の低さ
などが、民主主義の赤字と言われる主な原因
とされる一方で、それに対して最近は欧州議
会の立法権限や役割を強化する動きが進めら
れて、移民や難民の問題、環境問題、コロナ
禍、ウクライナ戦争などを通じて、幅広い課
題への関心が高まり、ポピュリスト政党の台
頭も相まって、欧州議会選挙の投票率が上昇
傾向にあり、それによってEU市民としての
意識が強まり、心理的距離も縮まる傾向が見
られて、民主主義の赤字は多少なりとも改善
に向かっているそうだが、それに対して米中
ロの側は、今や完全に中央集権的な国家資本
主義体制の強化を推し進めていて、それがか
つてのプロイセン=ドイツ帝国の再来だと言
えるかどうかも、仮にそう見えるとしても、
それ自体も見せかけの体制かも知れないが、
数十年前はソ連の解体と共に、グローバリゼ
ーションや新自由主義がいったんは勝利した
かに見えたのだが、結局はそれが国家資本主
義的な米中ロと社会民主主義的なEUに帰結
したわけだから、かえって資本=ネーション
=ステート状態が相互補完的な装置として強
化されたわけで、資本主義市場経済を放置す
れば、必ず経済格差と対立に帰結して、そこ
でネーションが共同性と平等性の幻想を伴っ
て、資本制経済がもたらす格差や諸矛盾を解
決するように要求すると、国家が課税と再分
配と諸規制によってそれを果たそうとすれば、
左翼リベラル的な無理難題に直面するわけで、
柄谷行人によれば、それが歴史の終わりとし
ての永遠の資本=ネーション=国家の体制だ
そうで、それが産業の技術革新であるAI革
命によって打破されるかどうかも、今後数年
でわかってくるのかこないのか、その辺にも
関心があるが、たぶんそんな問題よりも、他
に新たな問題が顕在化してくると、そんな問
題など無視して構わないような情勢になれば、
世界が永遠の資本=ネーション=国家の体制
から脱したことになるかも知れないし、そう
なるとそれに伴って国家統治の体制も現状と
は異なる体制へ移行している可能性があるの
かないのかも、現状では何とも言えないが、
現状の国家資本主義と社会民主主義の対立や
敵対関係も相互補完関係と同時並行してそう
なっている限りで、意図的に対立や敵対を煽
り立てている者たちがそれに気づいているわ
けでもないような気もするわけだ。

https://www.koike-t.org

彼の声 2025.12.31 「実利の幻想」

voice-172

 どう考えてもそれがおかしいと言えるよう
なことではなく、普通にそうなっていること
として、経済活動が行われている限りで、実
利の幻想がもたらされると共に、人々が追求
していると信じている実質的な利益や価値が、
実際には見せかけであったり、本当に無意味
なものであると言い切れるかというと、見せ
かけの利益というのが、一見すると非常に有
益で価値があるように見えるものが、実は一
時的な満足しかもたらされれず、長期的な幸
福や充足にはつながらない、という批判的な
視点があって、それが本質的な価値の欠如と
なって、物質的な富や社会的な地位など、多
くの人が追い求める目標が、人にとって本当
に重要なものであるか、という根源的な問い
かけを内包しているそうだが、その過程で目
的と手段の混同が起こって、実利を得ること
がいつの間にか目的化して、本来の人生の目
的や意味が見失われている状態が、実利の幻
想に取り憑かれた心理状態だと言えるかどう
かも、何とも言えないところで、このテーマ
はアダム・スミスやカール・マルクスといっ
た経済思想家から、古代ギリシア・ローマの
ストア派やエピクロス派といった哲学者に至
るまで、多くの思想家によって考察されてき
たそうで、人にとっての真の幸福や善とは何
かを問い、単なる実利の追求に対する警鐘を
鳴らしているそうだが、果たしてそんな世迷
言を真に受けるような自分なのかというと、
またもやそれに逆らって見え透いた嘘をつい
てしまうかも知れないが、それが本当に世迷
言なのかという疑念も、人によっては世迷言
なのではなく、それを実利の幻想だと考えて
否定的に捉えてしまうことの何が間違ってい
るのかというと、それも人によって立場によ
っても、その人が囚われている事情や経緯な
どによっても、その場の気分によっても違っ
てくるかも知れないし、それを真に受ける人
も世迷言の類いだと思う人も何とも思わない
人も出てくるかも知れないが、そもそも人や
人間という共同幻想を伴うような漠然とした
概念がいつ生まれてきたのかも、個人や家族
や民族などを何かを判断する上での共通の基
準と考えるのも、普通にそんなふうに改めて
考えてみるようなことではないから、そう考
えることから導き出されてくる結論のような
ものが、世間の一般常識からはかけ離れてし
まいそうだが、それも普通に実利が実利とし
て意識されることもあるし、幻想だと思われ
ることもあるだろうから、AIがそれをもっ
ともらしい意味を伴った文章として出力して
くるとしても、それ自体を真に受けるわけで
もなく、それを参考や口実にして語れる限り
で語るような成り行きにはなるだろうが、そ
れが正しいか間違っているかではなく、実際
に実利を求める活動に携わっていれば、活動
そのものがそうなのだから、実利を求めて現
実に活動していて、活動に携わっている人が
どんな幻想を抱いていようと、実利を求めて
活動していることに変わりなく、普通に考え
てそういう活動が経済活動なのだから、それ
を肯定しようと否定しようと、そんな活動が
生じている現実が動かしがたく社会の中で機
能していると言えるだろうし、ある意味で活
動がそうなるのは避けられないわけで、実利
を求めないと社会が成り立たないと言えない
こともないが、そういう水準から物事の良し
悪しを論じるのではなく、その活動内容が合
法なのか違法なのか、真っ当なやり方なのか、
人を騙すような詐欺的なやり方なのか、とい
った水準で普通は良し悪しを判断したがるだ
ろうが、それが経済活動である限りで、ある
いは政治活動である限りで、それが人を騙す
ような詐欺的なやり方にならざるを得ないよ
うな傾向もありそうだから、人によってはN
国の立花氏のようなやり方は、大勢の人々が
巻き込まれて何人も人が死んだのだから、絶
対に許せないと強く否定的な感情を伴ってそ
う思う人もいる一方で、あの程度の攻撃で死
んだ奴の方が馬鹿なんだと冷笑的な反応を見
せる人も結構いるかどうかも何とも言えない
ところだが、そんな極端な事例を持ち出して
もっともらしくそれを説明しても、何の説得
力も得られないことも確かかも知れないから、
一応はそういうことではないと捉えてみたい
のだが、例えば真っ当なやり方で金儲けなん
かできるはずがないと利いたふうな意見を述
べることもできそうで、それもそう述べるこ
とができる場合もありそうな範囲内ではもっ
ともらしい感じもしないではないが、それに
対して普通に真っ当なやり方で金儲けができ
るということが、そしてそれが経済活動とし
て社会の中で成り立つことが、経済活動自体
を社会の中で機能させるには必要なことなん
だと正論を語るような成り行きになれば、何
となくそれがもっともらしい意見だと世間で
は思われてしまいそうだが、実際には疑わし
い行為のように感じられる経済活動を社会の
中でやってみせることが、しかもそれによっ
て多額の収益を上げて世間一般で毀誉褒貶を
巻き起こすことができれば、イーロン・マス
クのようになれる場合もありそうだが、果た
してそれが真っ当なやり方で金儲けをやった
と言えるかどうかも、批判的な奴らは腹を立
てているだろうから、あんな奴は絶対に死ん
でも認めないと思っているかも知れないし、
イーロン・マスク自身は今でも現在進行形で
毀誉褒貶の渦中で活動していることになるだ
ろうが、そこから真っ当なやり方では少額の
利益しか得られないが、疑わしいやり方をや
ってみせることができれば、場合によっては
イーロン・マスクのようになれるかも知れな
いと言える程度のことなのかも知れず、それ
でも中には真っ当なやり方で多額の利益を得
られた者もいるかも知れないから、そんな意
見が正しいかどうかは、実際の事例から信じ
られたり信じられなかったりするかも知れな
いし、こうすればうまく行くという助言を真
に受けて、実際にそれを実践して成功する者
もいる一方で、条件やタイミングが合わなけ
ればうまく行かないかも知れないから、あえ
て言うならそう言えるだけのことでしかなく、
実際にそれを試してみなければ、そう言える
程度のことでしかないから、実際に確かめて
みなければ何でもないことになってしまいそ
うで、だから絶えず懐疑と共に活動しなけれ
ばならなくなり、N国の立花氏もイーロン・
マスクも、真っ当な行為というよりは、どち
らかと言えば疑わしいことをやった結果が、
現状の両者の境遇をもたらしたと言えるだろ
うから、それを真似るとか参考にするとか、
それ以前に考えるまでもなく、誰でも実践で
きることであるはずもなく、真似ることもな
く、参考にする対象ともならず、現実の世界
ではそうなって当然の成り行きの中で大半の
人々が暮らしているだろうから、それが役に
立つとかハウツー的な意味での学ぶ対象でも
ないことも確かで、それに対して一般人が学
ぶべきなのは、ストア派やエピクロス派に特
徴的な自己への配慮であって、自らの魂を救
わんと欲するする者は、絶えず自らに気を配
って生きるべし、という警句と共に、ストア
派のセネカが述べるように、他の仕事をあき
らめて、自分自身に専念しなければならない、
ということの意味が、実際に暴君ネロの教育
係として権勢を誇ったセネカが偉そうに他人
に説教するようなことなのかと疑念を抱くか
も知れないが、理性に従い、感情に流されず、
心の平穏を目指すストア派の教えを実践しつ
つ、知恵・正義・勇気・節制を含んだ徳こそ
が真の幸福であると説き、宇宙の摂理に従い、
人間本来の理性を磨くことを重視し、欲望や
恐怖といった破壊的な感情に支配されず、不
動心を目指し、賢者にとって、富や健康は望
ましいものではあっても幸福そのものではな
く、理性によって得られる徳こそが唯一の善
であり、幸福の源泉だと考え、自分のコント
ロールが及ばない出来事や運命に心を乱さず、
受け入れる態度が重要であり、また同じスト
ア派のエピクテトスによれば、自分の思考や
行動をコントロールできることと、コントロ
ールできない外部の出来事を区別し、理性と
勇気や正義や節制などの徳を重んじて、内な
る平静と自由を追求することが哲学の革新で
あり、人生で本当に重要なのは、自分の判断
や欲望や行動に囚われた内面であり、他人の
評価や健康、富などはコントロールできない
外部の事柄であって、そんな外部に心を奪わ
れずに、内面を鍛えることが重要だと説いた
そうで、それもその人の境遇や事情や経緯や
条件に応じて、それを真に受けるかどうかも
決まってくるのではないか。

https://www.koike-t.org

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>