彼の声 2026.1.5 「用意周到な準備」
voice-172
ちょっとした気の迷いなんだろうが、彼ら
の困惑の色を隠せない顔に、どんな禍々しい
影が映り込んでいるようにも見えないが、懸
命に自らの思想信条からはみ出ないように堪
えている姿について、単なるやらかしへの反
応としてはそうならざるを得ないと考えてみ
ても、それが単なるやらかしではなく、もっ
と深刻で重大な何かだと受け止めざるを得な
い態度を保ちたいのだから、そうならざるを
得ないだろうが、そんなふうに〜ざるを得な
いという表現の連発が、何か嘘をついている
証拠なのかも知れず、わざと真意をねじ曲げ
てでも訴えかけたいことでもあるのかどうか
も、言論ではなく実践を伴う成り行きにはな
るだろうが、言論を行使することも実践には
違いないのだが、今はまだそれを明らかにす
る時期ではないのかも知れないし、時期も何
も、そんな段階でもなく、今がまさにそれを
やっている最中なのだろうから、それが理性
の狡知なのか自然の狡知なのか神の狡知なの
かは、他にも色々と含みがありそうだが、そ
ういう力が働いているとしか思えないような
ことなのかも知れず、人が苦し紛れに頼ろう
とする合理的な理屈を凌駕する理不尽な力が
働いている最中なのだから、信じられる理屈
が通用しない現状の中で、どう振る舞ってみ
ても過ちを犯してしまうのかも知れないが、
それが過ちなのか誤りなのかは、振る舞って
みた結果から判断したところで、やはりそれ
も判断ミスだと受け取られかねないから、そ
んな判断ミスが瓢箪から駒のような結果に結
びつくことを期待するしかないのかも知れな
いが、そんなのは無理に決まっていると事前
にあきらめてしまっても構わないのかも知れ
ず、実際にあきらめたふりを装いながらも、
一縷の望みに何を託しているのかも、そんな
わずかな希望ですらも勘違いな幻想に囚われ
ているに過ぎないとしたら、果たしてこれが
絶望的な状況なのかというと、そうではない
からこそ、こうして余裕綽々の態度で見え透
いた嘘を毎度のことのようについていると受
け止めてしまうのだが、それが自分の態度で
はないとすれば、わかる人にはわかるような
わけ知り顔の態度にもなれないとしたら、ご
く平凡な平常心を装う程度で済ませられると
軽く考えているなら、それを心がけておくだ
けも気休めにはなりそうで、今さら一年の抱
負もないだろうから、新年早々ちょっとした
サプライズがあったものの、その程度ことは
事前に予想されていたことなんだと強弁して
みせるのも、俺がそれを他の誰よりも早く予
想していたじゃないかと強がってみせたとこ
ろで、ユーチューブでそんなことをやってみ
せたところで、お仕事ご苦労さんとねぎらい
のひと言でもかけてほしいのかと穿った見方
しかできないが、今年もその程度の態度を保
ちたいと思っているわけでもないのに、自然
とそんな態度で身構えてしまうのだから、何
のことはなく、何かに踊らされている最中で
あることを意識せざるを得ないのだが、だか
ら事前に用意周到な戦略や作戦を練っている
ように見せかけながらも、あたかも自然に押
し出されるようにしてやってしまうことが、
結果的にどんなにひどい惨状になろうと、そ
れで構わないとは思えないしても、否応なく
そうなってしまうのだから、やってしまった
当事者にはそれが間違っているとは思えない
し、いったんそういう策略的なやり方に手を
染めてしまうと、普通に考えて後戻りができ
なくなってしまうだろうから、そうなる前の
段階で起こったことに素直に反応して自然に
対応するようなやり方が身についていれば、
それで構わないようなことになってしまいそ
うで、果たしてそんな自然な対応ができるよ
うな状況なのかどうかも、現状ではそんなこ
とをやっているつもりにはなれるのだが、本
当にやっているかどうかもよくわからないが、
実際にそうなっているならそれに越したこと
はなく、なっていなくても構わないようなら、
どちらでも構わないとその場の都合に合わせ
て思っておくぐらいが無難な態度になるだろ
うが、そうやって自分の都合が許す範囲内で
やっていることが収まるなら、うまくやって
いることになりそうで、そんなやり方で構わ
ないようなことになってしまいそうだが、組
織的な連携動作もそういうことの延長上で、
個人の意向など無視しているわけでもないだ
ろうが、それに関わっっている限りで、部分
的な意思疎通の中だけで意識されるのとは違
うことが実際には行われているわけで、それ
に関わっている各々の意識が完全には把握で
きなくても構わないとは思えないが、実際に
それを把握できないわけだから、把握できな
いことまで知ろうとすることに、どんな意義
や価値を見出せるわけでもなければ、無駄で
余計な詮索になってしまうだろうが、それも
自身の利害関心とは別に知りたいことがある
なら、単に興味深いから惹かれるのかも知れ
ないし、そんな興味の対象が何なのかという
と、この世界の中で何をやるにも絶えず法律
や制度との兼ね合いの中でやることになるか
ら、やっていることの都合が許す限りで場合
によってはそれらに対する侵犯行為が行われ
て、そんな許されない行為のどこまでが結果
的にはうやむやにされながらも、うまく切り
抜けられるなら、やったもん勝ちなことにも
なりかねないから、それを許すまじと多くの
人々が思うだろうが、実際にやったもん勝ち
にされてしまうと、何らかの権力や権限を利
用してそれが行われるとしても、場合によっ
てはそれが実力行使でやられることの一部始
終になるのだろうから、それを止めようがな
く、止められないから、後からそれを言語に
よって評価したがるわけで、すでにそれが行
われた結果を否定的に捉えて、やってはなら
ないことが行われたと批判したり非難するわ
けだろうが、それが後の祭りに過ぎないなら、
やはりやったもん勝ちを目指していることに
なるわけで、それに対して用意周到な準備を
怠らずに万全な備えで応じようとしているの
だから、それが行われた後からそんなことを
言いわけ作りと共に行なっていると受け取ら
れて、肝心の実力行使にやっていることが追
いついていないことになるだろうが、そうや
って絶えず後出しじゃんけんが空回りし続け
ながらも、結果的には自分たちの体裁を保っ
ているように見せかけようとしているわけだ
から、完全に後手に回っていることになるだ
ろうが、そういう情勢を作り出すことに腐心
している態度が、果たしてそれを用意周到な
準備だとは言わないだろうが、それ以前に直
接には関わっていないわけだから、対応が後
手に回ってしまうのも当然だろうから、それ
が部外者にとっての精一杯の対応だと言えそ
うで、そんな部外者などに何を言ってみても
意味がなく、単なるその場にお呼びでないが
らくた人間がユーチューブを見ているに過ぎ
ないだろうが、それを見て笑っている自分が
情けなくなるわけでもなく、それを笑うため
に見ているとも思えないのだが、そこから何
を探し出そうとしているのか、動画のどこに
秘密が埋もれているのか、それを探している
わけでもないのだが、見つけ出そうとしてい
るとも思えない何かが、そこにはないことも
わかっていて、そこにはないが別のどこかに
もないなら、それを見る必要もないわけでは
なく、必要に迫られて見ているわけでもなけ
れば、必要もないのにそれを見ながら別のこ
とを考えているとも思えないが、それも実際
にはそう考えているのだから、そう考えてい
る限りで、有効活用ができていると考えてい
るのかも知れないし、そうなると必要か不要
かというよりは、すでにそこに探しているも
のがあるのに、それを見ないようにしている
としか考えられず、それを見ないようにする
ために、わざと意識してユーチューブを見よ
うとしているとも思えないが、見るというか
観ながらそれをやり過ごすことに意義がある
のかも知れず、わざとではなく必要に迫られ
てもいないなら、素直な態度で自然な成り行
きとしてやり過ごせるように、そのためにも
事前に用意周到な準備を怠らないことが肝心
だと思っているのかも知れないが、その辺も
うまく活用できれば、今後も後出しじゃんけ
ん的なずるい態度で世の中で起こっている物
事に臨むしかなさそうだ。
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彼の声 2026.1.4 「ベネズエラの石油利権」
voice-172
取り立てて何がどうなったわけでもないの
だが、ベネズエラは世界最大の石油埋蔵量が
あると言われるが、石油の質が悪く、精製に
は手間とコストがかかるそうで、左翼独裁政
権の大統領がアメリカから奇襲攻撃を受けて
拘束されて、今後親米政権が誕生するのかも
知れないが、これでトランプ政権がベネズエ
ラの石油利権を手に入れたことになるとして
も、隣国のガイアナの石油の方が質が良くて
低コストで精製できるそうで、そちらはアメ
リカのエクソンモービルが開発しているそう
だから、アメリカとしてはこれで南米の石油
を押さえたことになるのかどうか、その隣の
スリナムでも石油開発が進んでいて、さらに
はフランス領ギアナでも石油資源が確認され
ているらしいから、あの地域では今後石油が
増産されるようだが、そういう経済的な論理
でアメリカが事を進める一方で、相変わらず
日本では日本共産党が、勝手に他国を侵略し
たとしてトランプ政権に対する批難声明でも
出しているらしいが、そういう論理からすれ
ば、これで中国が台湾への武力侵攻がやりや
すくなったと言えるかどうかも、中国政府の
論理では台湾は元から中国の領土で、他国へ
の武力侵攻とは言えないから、それとこれと
は違うのかどうかも何とも言えないところだ
が、そんな世界情勢にそれほど興味や関心が
あるわけでもなく、不意を突かれて少し驚き
はしたが、少し前からベネズエラの周辺で麻
薬密輸船に攻撃を加えたと発表していたのだ
から、その兆しは窺えて、そうなってからは、
なるほどと納得したような気がしただけで、
だから取り立てて何がどうなったとも思えな
いのだが、国際法がどうたらこうたらではな
く、アメリカの利益になるかどうかという論
理が優先されるのだろうから、それをどう正
当化できるわけでも合理化できるわけでもな
く、ただの国益優先主義だと考えるしかない
だろうが、そんな国際法を無視した軍事行動
に対して反動や反発のような反応が返ってく
るかも知れないが、それがどんな反応になる
かなんて現時点では予想しようがないが、考
えるとっかかりがつかめないというか、思考
の糸口が見つからないのとはわけが違うよう
で、共和党のブッシュ政権が当時のパナマに
軍事侵攻して独裁者のノリエガ将軍を拘束し
たことが先例となって、今回のベネズエラの
大統領の拘束についてもそれと似たようなこ
とをやっただけかも知れないものの、だから
と言ってそれの何がヤバいとかではなく、何
かが違っていて、何かそれがビジネスの一環
でやっているようにも感じられて、愛国ビジ
ネスかもよくわからないが、トランプとして
は一応政治的な主義主張とは違う方面からビ
ジネスライクなことをやっているような印象
を受けるのだが、少なくとも思想信条的な使
命感に燃えた大げさな大義ではないのだから、
そういうところが中国の習近平だとかロシア
のプーチンだとかとはやっていることの重み
が違い、トランプの方が軽く作業をこなして
いる感じなのだが、それで良いのか悪いのか
というよりは、正義の度合いが低いから、軽
いノリでやってしまえるようなことかも知れ
ないところが、逆説的にはヤバいのかも知れ
ないが、それをヤバいとは感じられないのだ
から、ヤバいのではなく軽いのであって、ビ
ジネスライクな軽さなのかも知れないし、そ
れに対して日本で勝手に批判や非難の行為に
及ぶ奴らがどうなのかというと、相変わらず
の古風なイデオロギー込みの正義漢ふうな物
言いに終始するしかないのかも知れないから、
それではビジネスライクなトランプの軽さに
は太刀打ちできそうもなく、何だか議論が噛
み合わないまま平行線に終始するような予感
がしてくるが、それで構わないようなことだ
ろうから、やはり何がどうなるわけでもなく、
日本で批判や非難に及んでいる奴らもトラン
プも勝手に我が道を行く程度の成り行きなの
ではないかと踏んでいるのだが、そう現状を
捉えるとやはり時代がそれだけ先に進んだよ
うな気もしてきて、仕事のやり方にしても、
執拗な粘着質の情念や憎しみや恨みつらみな
んかを伴わずに軽くビジネスライクに済ませ
ようとしているように見えてしまい、かえっ
てそちらの方が見方によってはヤバそうに感
じられるかも知れないが、それに伴ってユー
チューブに出てくる左翼系の老人たちも時代
の急速な進捗から置いて行かれているように
も見えてしまうのだが、別にそれでも構わな
いのかも知れないし、そんなことを平気でや
っているトランプの身にも、やがて何らかの
報いとなる災禍が降りかかってくるようにも
感じられるし、そうなることを願っている者
も世界中に大勢いるような気もするが、なぜ
か結局そうはならないとしたら、他にもプー
チンやネタニヤフやエルドアンやハメネイな
んかもいるし、トランプより先に、まずはそ
いつらの方に災禍が降りかかってくるだろう
から、トランプは逃げ切れるんじゃないかと
無責任に予想したくなってくるのだが、そう
いう意味ではトランプの取り柄が、いつの間
にか存在の耐えられない軽さを身につけたこ
とが功を奏しているのかも知れず、もちろん
それが原題の小説や映画とは何の関係もない
軽さなのだが、彼らの共通点としては、新自
由主義とグローバリズムに逆らっているふり
を装う限りで命脈が保たれるというか、もち
ろん実態としてはそれなしではあり得ないの
だが、それに全面的に従ってしまうと、そこ
からもたらされる不具合や欠陥の責任を取ら
されるから、政治的なポーズとしては、それ
に逆らっているふりをしておかないと、右派
保守系勢力や政府の官僚機構からも見放され
てしまうから、そういうところでうまく立ち
回る必要がありそうだが、もちろんそれに対
して左派リベラル勢力の方でも新自由主義や
グローバリズムを批判し続けてきたわけだか
ら、どちらにしても欺瞞や偽善の徒であるの
を免れないわけだが、そんな胡散臭い態度や
姿勢を民衆の方でもどう受け止めれば良いの
かが、今ひとつ定まった基準や論理や価値観
が形成されていない現状がありそうで、それ
に対してトランプの場合はひたすら功利的な
振る舞いに終始することによって、軽くそれ
らの主義主張をあしらっているようにも見え
るし、自らを軽薄に見せかけることによって、
それを批判勢力がつけ入る隙だと誤って判断
して攻撃してしまうから、うまく彼らをあし
らうことにも成功していると言えるかどうか
も、勝手にそう見えてしまうだけなのかも知
れないが、機会を捉えてこれ見よがしに大げ
さな大義を言い放つようなパフォーマンスも
やってみせることは確かだが、それを誰も真
に受けないのかどうかも、誰もそれを真に受
けていないように見えてしまうのだが、だか
ら軽く振る舞うことに成功していると考えら
れるが、それに対してオバマやバイデンなん
かは本気で理想の大統領像を演じているよう
にも見えてしまったから、実質的なことは何
もできないままに終わってしまった悲劇の主
人公のような印象を受けるのだが、それに対
してトランプは始めから自身の役割が間抜け
な道化で軽薄な裸の王様でも構わないことを
心得ているというか、割り切っているという
か、それを自覚しないでその種の理性の徒か
ら批判や非難の的となることを受け入れてい
るから、逆にそんな制約を取り払って振る舞
えるわけだろうが、果たしてそれによって無
敵になったと言えるのかどうかも、実際にヨ
ーロッパのリベラル系の首相や大統領にはで
きないことを強引にやっている最中なのだが、
それも彼らとは立場や条件が違うからそうな
ってしまうのだろうが、それが思想信条的な
主義主張ではなく、あくまでも効果的な振る
舞いであり、計算や機能を伴った功利性であ
るから、利益の最大化を実現しようとする戦
略的な行動や言動であるところが、思考して
いる次元が違うわけだが、自国を利するのに
都合の良い国内秩序や国際秩序を維持しつつ
も、国力を最大限に増強したいわけだから、
そうするにあたって利害関心とは関係のない
思想信条とか主義主張なんかにかまっている
暇はなく、絶えず意表を突いて先手を打って、
交渉相手や戦っている相手が体制を立て直す
暇を与えないように振る舞わなければならな
いと考えるより前に、そんなビジネスライク
な割り切り方が自然に身についていると解釈
したくなるのだが、それでは少々トランプを
買い被り過ぎな印象も受けるが、ちょっと間
抜けで馬鹿なところも見せておかないと、相
手が油断してくれないのではないか。
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彼の声 2026.1.3 「現実を変える力」
voice-172
世の中には、金の力で現実を変えようとす
る者たちと、言葉の力によって現実を変えよ
うとする者たちと、他にも直接の暴力とか、
政治的な権力とか、他にもいろいろな力を使
って現実を変えようとする者たちがいるだろ
うが、それらの力を効果的に組み合わせて多
くの人や勢力が現状でも何か仕掛けているよ
うで、そんな方面からの圧力を意識せざるを
得ないが、それに対して何をどう考えている
のかというと、すでにそんなふうにわざと物
事を単純化して捉えているのだから、それに
対してどう答えればいいのかわからないよう
なことを問われているわけでもないだろうが、
言葉に関してそれを比喩的に表現するなら、
人の意識に言葉が感染していると言えるよう
なことかも知れないし、言葉の感染力を利用
して、現実に起こっていることを言葉を使っ
て押さえ込んだりねじ曲げようとしていると
言えそうだが、誰がそんなことをやっている
のかというと、そこに自分も含まれているの
かも知れないし、他にも色々と厄介な者たち
がいることは、SNSや他のメディアの動向
などからは窺えそうだが、政府や政権に批判
的な奴らも含めて、言葉を使う奴らが信用で
きないのはいつもそう思うところだが、信用
できなくても信頼しているというと、もちろ
んそれもいつもの嘘に含まれるだろうが、そ
れでもやってはいけないことの一線を越えて
言葉の力を信じ過ぎてしまうと、N国の立花
氏のようにいつも元気に張り切って活動する
ことになるから、結局は嘘やデマの虜となっ
てしまいそうだが、一線を越えてから後戻り
が利かなくなることも承知の上でそんな行為
に及ぶのだから、ある意味で覚悟ができてい
ると言えそうで、権力による後ろ盾がないと
それに起因する事件が起こった後から容赦の
ない攻撃にさらされることになり、実際に今
も攻撃にさらされている最中だと言えそうで、
しかもそんなふうに正義の逆側から述べてし
まうことも、何か間違っているような気がし
てしまうわけで、その違和感に気づかないと、
言葉の正しい使い方に関して、それが現実を
変えるために使うのではなく、現実を表現す
るために使われていることも、何となくそう
ではないような気がしてくるわけで、そうい
う意味では立花氏を攻撃する者たちよりも、
立花氏を信用したくなってしまうのだが、も
ちろんそれが詐欺師やペテン師の類いを信用
してしまうことと同義なのかも知れないが、
加えてヒトラーやムッソリーニなんかも信用
したくなってしまうとしたら、トランプやプ
ーチンやネタニヤフやエルドアンなども信用
したくなってしまうのだが、彼らを一緒くた
にするのも間違っていそうだが、それでも無
理に同一視したくなるのだから、彼らがつか
んでいると思い込んでいる現実というのが、
それが何であれ、力の行使の有効性を信じる
ことにつながるのではないかと考えてしまう
わけだが、その一方で理性的な態度を取るこ
とによって言葉の力を疑ってしまうとしても、
自信のないことの表れとなりそうだが、自ら
の力を信じられなくなると共に、自らが繰り
出す言葉の力も信じられなくなるとしたら、
そんなものを頑なに信じるには及ばないし、
信じるとか信じないとかではなく、それを利
用して現状の中で機能しなければならず、そ
の機能が何なのかと考えてみたところで、そ
れがわかった後から何がどうなるとも思えな
いが、力を加えても何ももたらされなければ、
力が幻想に過ぎなかったことを実感できるわ
けでもなく、力が足りなかったからとか、他
から邪魔をされているとか、考えようによっ
ては何とでも解釈が可能だと思っているわけ
でもないが、それも物理的に加えられる現実
の力の比喩として言語に力が宿っているよう
な気がするわけで、実際に発せられる言葉に
よって人や物や情報が動けば、言葉に力が宿
っていることを信じたくなってしまうだろう
が、その延長上で立花氏から発せられた言葉
によって、その標的となった数人の人物が死
んだのだから、立花氏の言葉には人を殺すだ
けの力があったことが証明されたような気が
するはずだが、それも考えようによっては言
葉を使うことによって人を殺せるだけの力を
持っている立花氏はすごいと言えるだろうか
ら、信者もその力を信じてついてくるかも知
れないし、もちろん立花氏が数人であるのに
対して、ヒトラーやポルポトであれば数百万
人になって、さらにはスターリンや毛沢東で
あれば数千万人に上るのだから、その圧倒的
な規模感に天と地ほどの差がありそうだが、
彼らと立花氏の違いが何なのかといえば、政
治的な権力の差になるだろうが、立花氏が徒
手空拳でそこまでやれたのには、あっぱれな
気もしないではないにしても、というか日本
社会の中に立花氏の居場所を提供したのは、
他でもないNHKの貢献度が大きいだろうし、
放送法という法律に守られたNHKの存在が、
ある意味で理不尽に思われる受信料を徴収す
る制度が、立花氏に活躍の場を与えたことに
対して、政府や政権に批判的な者たちが明確
な見解を示さないことも、何となく欺瞞や偽
善を感じさせる限りで、それが日本社会に巣
食う闇だと言えそうだが、だから日本社会を
変えるには放送法を改正してNHKを単なる
民間の有料放送業者にする必要があるかどう
かも、果たして現状の政治勢力やメディア勢
力にそんなことをやれる力があるかどうかも、
どうも現時点ではないような気がするわけで、
NHKの社会への影響力が諸悪の根源だと言
いたいわけではないが、立花氏を単体で、他
との結びつきから切り離して攻撃しているわ
けでもないのだろうが、自分がNHKの受信
料の支払いを拒否する口実を見つけたのが、
かなり昔の元号が昭和から平成へと移り変わ
る前後で、天皇の病状を延々と報道したり、
自粛ムードを煽ったり、また亡くなってから
は、それも延々とそれを報道し続けたと記憶
しているが、その後引越しを機にテレビを捨
ててしまって、これで受信料など支払わなく
ても構わないだろうと勝ち誇ったわけでもな
いが、そういうところから一時的には反体制
派気取りにはなれたのだが、そこから数十年
が経過してみると、今やテレビなど見ないの
が当たり前の世の中になりつつある中で、N
HKが悪知恵を働かせたわけでもないだろう
が、今度はネットに接続できれば受信料を徴
収できるとか無茶な論理を通用させようとし
ていると噂されているみたいで、本当にそん
な無茶を実現できるかどうかも、そんなこと
が実現したら自分がどうなるかも、その時に
なってみなければよくわからないが、そうは
ならないことを祈るばかりというわけでもな
く、それほど深刻に受け止めているわけでも
ないが、そんな理不尽なことがまさか実現す
るわけもないと今のところは楽観視している
わけだが、NHKに対する抵抗運動なんかを
残りの人生を捧げてやらなければならないと
かいうのも、そんな光景を思い浮かべてみる
とゾッとするが、NHKから訴訟を起こされ
て裁判所に出向いて、何か証言しなければな
らないようなことが、自分の身に起こるなん
て、現状では考えられないが、今もNHKの
受信料の徴収人と玄関先で何度も口論となっ
たのが思い出されて、他にも執拗に尋ねてく
る新聞の勧誘員とも何度も口論となったり、
人として未熟な若い頃の自分の態度に問題が
あることは、今から振り返れば痛いほどわか
るのだが、そういう若気の至りの経験から、
マスコミをマスゴミと揶揄するような風潮に
は、若い頃の自分なら嬉々として賛同するだ
ろうから、今時の若者が高市政権を圧倒的に
支持しているのもわかるような気がするわけ
で、そういう面では高市政権に批判的なジャ
ーナリストの類いには不利な世の中になって
いるのだろうが、もちろんNHKも高市政権
側の勢力に入るだろうから、その辺が微妙に
昔からそうなっている方面でも理不尽な気も
しないではないが、今では政権に批判的なジ
ャーナリストの類いも政権に迎合的なメディ
ア全般も、それら全てが相互補完的な関係だ
と勝手に解釈したくなるのだから、そういう
ところでもご都合主義的で身勝手な偏見や錯
覚や間違った固定観念に自分が囚われていて
も構わないような気がするとしても、別にそ
れがどうしたわけでもないと思いたいわけだ。
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彼の声 2026.1.2 「国家の捉え方」
voice-172
今もこうして語っている内容が、語りの対
象となっている物事の全体を語っているわけ
でもなく、絶えずその中から部分的に語るの
に都合の良い要素や要因を選んで語っている
に過ぎないとしても、それについて語るとは
そういうことだから、その何かが何なのかと
いうと、政治や経済や社会や他の何らかの分
野を構成する何かになるしかなく、それにつ
いて語るとはそういうことでしかないという
否定的な語り方ではまずいと思うなら、では
他にどう語れば納得できるわけでもなく、そ
れについて語っていると思い込んでいても、
自分でも気づかないうちにそれとは違う何か
についても語っていることになるかも知れな
いから、語る対象をこれだと特定できないジ
レンマに陥るかも知れないが、語っているこ
と自体も、語るのではなく書き記しているよ
うにも思えないし、ただキーボードを叩いて
いるに過ぎないと言える程度のことであるか
ら、語ることと書き記すこととキーボードを
叩くことの間に生じている差異を無視できる
かというと、そんな枝葉末節な方面へと興味
や関心が向かって行くのを別の方面へと強引
にねじ曲げて語るなら、最近まで混同してい
た言葉の差異を知る機会が巡ってきて、それ
が対立と競合の違いだと言えるかどうかも、
トランプが前任者のバイデンとの違いを意識
しているかどうかも一概には言えないものの、
トランプにとってそれが米中対立ではなく米
中競合なんだと言いたいような傾向をその言
動から感じられることとして、帝国主義的な
侵略形態の相似性を意識できるなら、ロシア
がウクライナへと軍事侵攻したのに対して、
同じように中国が台湾へと軍事侵攻するかど
うかも、またトランプ政権のアメリカが最近
ベネズエラへと軍事的な圧力をかけている事
態を、それぞれの差異を無視して、それを一
律に帝国主義的な侵略だと見なすのもちょっ
と乱暴すぎるような気もしないではないが、
その辺のところがそれに関する語り方から生
じてくるごまかしやまやかしの類いだと感じ
られるのだが、ではそれをどう捉えれば納得
できるのかどうかも、そちらへと関心が向か
ないし、それを語る者の都合の良いように事
態を捉えるしかないようにも思われる限りで、
それはそういうことだと受け止めておいて、
それとは違う方面からそれを説明したいなら、
かつてのイタリア国内でのフィレンツェやベ
ネチアなどの小国同士の競合関係を、三十年
戦争後の欧州内では、イギリス、オーストリ
ア、フランス、スペインなどの間で当時の大
国同士の競合関係に置き換えてみれば、そこ
でヨーロッパのパワーバランスという力の均
衡状態が意識されて、そして現代ではそれを、
アメリカ、中国、EU、インド、ロシアなど
の間で世界の大国同士の競合関係に置き換え
てみれば、そこで世界のパワーバランスとい
う力の均衡状態が意識されるかも知れないが、
何かそれが胡散臭い相似性から連想される過
去の繰り返しのように単純化しては考えられ
ない程度には、過去から現在に至るまでの歴
史的な経緯と各時代における特有な事情も考
慮に入れるなら、そんな相似性を持ち出した
ところで、何の説得力も得られないとは思わ
れるのだが、その一方で、少なくとも現状で
は、ロシアが国力の増強に失敗しつつある最
中なのは、そういう方面に関心を持っている
多くの人々が認めるところだろうが、そして
中国も台湾に武力侵攻するなら、建前として
の大義名分は違うとしても、実質的な目的と
しては国力を増強したいから台湾を手に入れ
たいわけだろうから、逆にそれによって世界
各国からの経済制裁などによって国力の増強
に失敗してしまうなら、ロシアの二の舞とな
りかねないだろうが、とりあえず現状ではそ
こまで事態が進行していないから、台湾周辺
で大規模な軍事演習などを行なっているにし
ても、それが国内の不動産バブル崩壊などか
ら生じている経済的な苦境から民衆の関心を
逸らすという政治的な意図や思惑があるのか
どうかも、その程度のことだとは到底思えな
いだろうが、国家の指導者的な役職を担って
いる者たちや政府の官僚機構の構成員などが、
何をどう考えて自分たちの組織的な活動目的
を合理的に導き出しても、複数の国が世界の
中で競合している限りで、フーコーが言うよ
うな国家理性が発動して、国政に関わる政治
家や官僚たちが国力増強の論理に囚われてし
まうのも、競合関係からもたらされる自然な
成り行きには違いないわけで、それに関して、
単純に国家とは何かと考えてみても、国家と
はいわば、フーコー風に難しく言えば、知解
可能性の原則にして戦略的な図式であり、統
治的理性の調整的理念のことであって、国家
とは、すでに所与のものになっているいくつ
かの要素・制度をそれらに固有の本性・結び
つき・関係において思考するしかじかのやり
方のことだとすれば、主権者とは何か?行政
官とは何か?官憲とは何か?法とは何か?領
土とは何か?その領土に住んでいる住民とは
何か?このようなことが国家の要素として知
覚されるが、国家とはすでに所与のものとな
っているそれらの要素や本性や関係を構想・
分析・定義するしかじかのことであり、国家
とはすでに打ち立てられている諸制度からな
る一大総体に関する知解可能性の一つの図式
のことだと説明されても、普通の一般人には
ちんぷんかんぷんだろうが、そこから王や大
統領や首相などが特有の役割を持つ人物とし
て定義されていることに人は気づくそうで、
その役割は神に対する役割や人間たちの救済
に対する役割というよりは、行政官僚や判事
などといった国家に対する役割であり、つま
り国家は、所与のものとなっている現実の知
解可能性の原則であり、すでに打ち立てられ
ている制度的総体の知解可能性の原則であっ
て、そして国家はこの政治的理性において一
つの目標として機能して、つまりそれは、能
動的介入の終局に獲得されるべきものとして
機能するわけで、国家とは、統治術の合理化
という操作の果てにあるべきものであり、国
家理性の介入によって獲得されるべきは国家
の完全性・完了・強化であり、また国家が危
険にさらされたり、何らかの革命によって国
家が転覆されたり、一時的に国家に特有な力・
効果が停止された場合には国家の再建が目標
となるが、現実にうまく国家を存在させるた
めにでなければ、国家といったものを理解す
ることはできず、国家を合理的に存在させる
ための知解可能性の原則にして戦略的な目標
こそが、国家理性と呼ばれていた統治的理性
を枠づけるものだそうだが、だからトランプ
や習近平やプーチンなんかも、国家理性に操
られながら、自分たちが経営している国家を
絶えず強化して完全な国家にしなければなら
ないという使命に従わされているわけだろう
が、だからトランプにとってのアメリカが完
全な国家になるにはカナダやグリーンランド
が必要だろうし、習近平にとっては台湾が必
要となり、プーチンにとってはウクライナの
占領地域がロシアのものとなる必要がありそ
うだが、つまり国家とは本質的にまずもって、
政治と呼ばれるあの思考・考察・計算・介入
の形式に関する調整的な理念のことなのであ
って、それはマテーシスとしての政治、統治
術の合理的形式としての政治であり、統治的
理性は現実を読解するにあたっての原則とし
て立て、目標として、命令として国家を立て
るのであって、国家とは、統治的理性に命令
を下し、様々な必要性に応じて合理的に統治
できるように計らうもののことで、それは現
実的なものに対して国家が持つ知解可能性の
機能で、統治するということはこの機能によ
ってこそ合理的に統治するということであり、
国家を統治する役割を担っていると自覚して
いる者たちには、国家理性によって、絶えず
国家を維持し増強するように命令が下されて
いるのだろうが、それが歴史的経緯からは、
国家の誕生、増強、完成、衰退という誰もが
知っているサイクルが待ち受けているわけで、
どうもこのサイクルのことを革命と呼ぶらし
く、そこで国家理性を介して命令されている
内容としては、革命を回避して国家を完成さ
れた恒常状態に維持しろということらしい。
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彼の声 2026.1.1 「ポピュリズム的な展望」
voice-172
最近は何に依存しているのかと言えば、他
はそれほどでもないのだが、何かを文章にし
て語る面ではAIに依存しているらしく、A
Iが出力してくるもっともらしい回答にわざ
と反論しているように装いながらも、それで
してやったりな気分になれるわけでもなく、
不十分なことを述べているような気がして、
それでもポピュリズム的な主張よって一過性
の人気を得ることに成功した政治家のような
宣伝文句に動じるわけでもなく、どうしても
無難なところでごく当たり前の常識的な意見
に逆らうようなことを述べようとして、結局
はそれに失敗しているような気がするのだが、
それもいつものように、だから何だという開
き直りの笑いが発動するわけでもなく、批判
的な意見としては若者たちを騙しているポピ
ュリストの政治家やメディア関係者などが述
べていることを真に受けるわけでも、その種
の者たちが若者たちに試練を課していると思
っているわけでもないから、そんな若者たち
を巻き込んでポピュリズム勢力に退潮の兆し
が忍び寄っているとも思えない限りで、今後
もそんな傾向が執拗に続いて行きそうな気配
を感じているし、それで構わないような時代
状況なのかも知れないと感じられる限りで、
かなり勘違いな思い込みに凝り固まっている
とも思えないし、それが見せかけの傾向であ
る限りは、物事の本質がそこにあるとも思え
ないわけで、では本質がどこにあるのかと言
えば、それが世界の経済的な成り行きの中に
あるとも思えないなら、自然現象の中に物事
の本質があると思うしかないのかも知れず、
ではそんな自然現象が具体的に何なのかとい
うと、それが人工的な現象だとも人為的な世
論誘導だとも思えないから、日頃の人の生活
から実感としてそれがもたらされていて、そ
んな生活から生じてくる不満をどこにぶつけ
るかという成り行きになれば、それを政治や
メディアが利用しようとして、安易な攻撃の
対象を一般大衆の前に提示して、こいつらを
SNSで攻撃しろとそそのかしているわけで
もないが、しかもそこまでは想定の範囲内な
のだから、誰かがそれをやってしまうと、他
の誰かから馬鹿なんじゃないかと笑われるわ
けでもなく、どこの誰がそれを笑っているわ
けでもないから、大半の人はそんな間抜けな
犯人探しに対して見て見ぬふりを装っている
に過ぎないだろうが、だから現状で批判や非
難や攻撃の対象として誰がいて、どんな勢力
が対象になっているとしても、意識を物事の
本質から逸らすには、必要不可欠な囮の役目
を担っていそうなのだが、しかしそうやって
人々の目を物事の本質から逸らそうとする意
図や思惑の持ち主が何を狙っているのかもよ
くわからないわけで、それに関してよく言わ
れるような、一方に右派保守勢力がいて、も
う一方に左派リベラル勢力がいて、両方の勢
力の中にもポピュリズム勢力が混在している
ような相関図を頭の中に思い浮かべても、ど
うもそれが見せかけの構図であって、そんな
構図を信じてしまってはまずいような気がし
てしまい、その見せかけの構図というのが、
一見すると自然で偶然のように見える物事の
配置が、実は非常に緻密に計算された見せか
けの構図というわけではなく、それが比喩的
な表現として、物事の表面的な体裁や、人間
関係や組織や団体の力関係や対立関係で、現
状の世論調査で判明している表向きの勢力バ
ランスなどを真に受けてしまうと、それが錯
覚となってしまうのかも知れず、実は裏では
全く異なる意図や力関係が成り立っていて、
見せかけとしては明確な対立や敵対関係が装
われているとしても、それこそが密かな連携
関係の徴しであったり、それに関して最もわ
かりやすいのが、米中ロの対立関係になるだ
ろうし、対立しつつも帝国主義的な観点から
すれば、紛れもない連携関係や連帯関係なの
だから、対立自体が見せかけの対立だと言え
そうで、実際には支え合っているように見え
るなら、米中ロの3カ国はEUと対立してい
ると言えそうで、しかも対立しているとは完
全には言えないわけだから、そんなのは間違
った解釈に違いないのだが、それが国家の統
治形態というレベルで見るなら、明らかに米
中ロは国家統治の段階なのに、EUは国家統
治の段階から一歩先を行っていて、しかもそ
れが世界の各方面から統治の限界を指摘され
るわけだから、何とかしてEUを解体させた
いという思惑も働いているのだろうが、そう
なると物事の本質が政治や経済の問題から少
し外れて、国家統治の問題へと移ってくるだ
ろうが、もちろん統治の限界を露呈している
のが政治や経済の方面なのだから、それが同
時に政治や経済の問題でもあるわけだが、で
はEUがどんな問題に直面しているのかとい
っても、それも表面的には加盟国の多様性に
伴う政策決定の難しさや、加盟各国の国内政
策の自由度の制約や、経済格差や移民問題へ
の対応の遅れや、民主主義の赤字といった点
に集約されるそうで、加盟国がEUの法律や
規制に従う必要があり、特に経済や移民政策
において、各国の事情を十分に考慮しない一
律の方針が国民の反発を招いて、また加盟各
国で経済発展の段階や歴史的背景が異なるか
ら、内部対立が生じやすく、全会一致が求め
られる分野などでの迅速な意思決定が困難に
なっていて、各国で守るべき財政規律に関し
ても、EU域内で経済格差が大きいから、ユ
ーロ圏内における財政規律を遵守できない国
が出てきてしまい、それが加盟国間の対立を
深める要因ともなっていて、さらに国境管理
という加盟国の主権に関わるセンシティブな
問題が、共通の政策を行う上で、例えば難民
の分担受け入れ案などを巡る意見の対立が、
EUのガバナンスの課題として顕在化してい
て、そういう様々な問題に伴って、EUが強
力な権限を持つ一方で、市民の民意がEUの
官僚機構に邪魔されて、政策決定過程に十分
に反映されず、それが欧州議会の権限が弱い
ことを示す問題で、市民参加の不足や意思決
定の不透明性やEU市民としての意識の低さ
などが、民主主義の赤字と言われる主な原因
とされる一方で、それに対して最近は欧州議
会の立法権限や役割を強化する動きが進めら
れて、移民や難民の問題、環境問題、コロナ
禍、ウクライナ戦争などを通じて、幅広い課
題への関心が高まり、ポピュリスト政党の台
頭も相まって、欧州議会選挙の投票率が上昇
傾向にあり、それによってEU市民としての
意識が強まり、心理的距離も縮まる傾向が見
られて、民主主義の赤字は多少なりとも改善
に向かっているそうだが、それに対して米中
ロの側は、今や完全に中央集権的な国家資本
主義体制の強化を推し進めていて、それがか
つてのプロイセン=ドイツ帝国の再来だと言
えるかどうかも、仮にそう見えるとしても、
それ自体も見せかけの体制かも知れないが、
数十年前はソ連の解体と共に、グローバリゼ
ーションや新自由主義がいったんは勝利した
かに見えたのだが、結局はそれが国家資本主
義的な米中ロと社会民主主義的なEUに帰結
したわけだから、かえって資本=ネーション
=ステート状態が相互補完的な装置として強
化されたわけで、資本主義市場経済を放置す
れば、必ず経済格差と対立に帰結して、そこ
でネーションが共同性と平等性の幻想を伴っ
て、資本制経済がもたらす格差や諸矛盾を解
決するように要求すると、国家が課税と再分
配と諸規制によってそれを果たそうとすれば、
左翼リベラル的な無理難題に直面するわけで、
柄谷行人によれば、それが歴史の終わりとし
ての永遠の資本=ネーション=国家の体制だ
そうで、それが産業の技術革新であるAI革
命によって打破されるかどうかも、今後数年
でわかってくるのかこないのか、その辺にも
関心があるが、たぶんそんな問題よりも、他
に新たな問題が顕在化してくると、そんな問
題など無視して構わないような情勢になれば、
世界が永遠の資本=ネーション=国家の体制
から脱したことになるかも知れないし、そう
なるとそれに伴って国家統治の体制も現状と
は異なる体制へ移行している可能性があるの
かないのかも、現状では何とも言えないが、
現状の国家資本主義と社会民主主義の対立や
敵対関係も相互補完関係と同時並行してそう
なっている限りで、意図的に対立や敵対を煽
り立てている者たちがそれに気づいているわ
けでもないような気もするわけだ。
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彼の声 2025.12.31 「実利の幻想」
voice-172
どう考えてもそれがおかしいと言えるよう
なことではなく、普通にそうなっていること
として、経済活動が行われている限りで、実
利の幻想がもたらされると共に、人々が追求
していると信じている実質的な利益や価値が、
実際には見せかけであったり、本当に無意味
なものであると言い切れるかというと、見せ
かけの利益というのが、一見すると非常に有
益で価値があるように見えるものが、実は一
時的な満足しかもたらされれず、長期的な幸
福や充足にはつながらない、という批判的な
視点があって、それが本質的な価値の欠如と
なって、物質的な富や社会的な地位など、多
くの人が追い求める目標が、人にとって本当
に重要なものであるか、という根源的な問い
かけを内包しているそうだが、その過程で目
的と手段の混同が起こって、実利を得ること
がいつの間にか目的化して、本来の人生の目
的や意味が見失われている状態が、実利の幻
想に取り憑かれた心理状態だと言えるかどう
かも、何とも言えないところで、このテーマ
はアダム・スミスやカール・マルクスといっ
た経済思想家から、古代ギリシア・ローマの
ストア派やエピクロス派といった哲学者に至
るまで、多くの思想家によって考察されてき
たそうで、人にとっての真の幸福や善とは何
かを問い、単なる実利の追求に対する警鐘を
鳴らしているそうだが、果たしてそんな世迷
言を真に受けるような自分なのかというと、
またもやそれに逆らって見え透いた嘘をつい
てしまうかも知れないが、それが本当に世迷
言なのかという疑念も、人によっては世迷言
なのではなく、それを実利の幻想だと考えて
否定的に捉えてしまうことの何が間違ってい
るのかというと、それも人によって立場によ
っても、その人が囚われている事情や経緯な
どによっても、その場の気分によっても違っ
てくるかも知れないし、それを真に受ける人
も世迷言の類いだと思う人も何とも思わない
人も出てくるかも知れないが、そもそも人や
人間という共同幻想を伴うような漠然とした
概念がいつ生まれてきたのかも、個人や家族
や民族などを何かを判断する上での共通の基
準と考えるのも、普通にそんなふうに改めて
考えてみるようなことではないから、そう考
えることから導き出されてくる結論のような
ものが、世間の一般常識からはかけ離れてし
まいそうだが、それも普通に実利が実利とし
て意識されることもあるし、幻想だと思われ
ることもあるだろうから、AIがそれをもっ
ともらしい意味を伴った文章として出力して
くるとしても、それ自体を真に受けるわけで
もなく、それを参考や口実にして語れる限り
で語るような成り行きにはなるだろうが、そ
れが正しいか間違っているかではなく、実際
に実利を求める活動に携わっていれば、活動
そのものがそうなのだから、実利を求めて現
実に活動していて、活動に携わっている人が
どんな幻想を抱いていようと、実利を求めて
活動していることに変わりなく、普通に考え
てそういう活動が経済活動なのだから、それ
を肯定しようと否定しようと、そんな活動が
生じている現実が動かしがたく社会の中で機
能していると言えるだろうし、ある意味で活
動がそうなるのは避けられないわけで、実利
を求めないと社会が成り立たないと言えない
こともないが、そういう水準から物事の良し
悪しを論じるのではなく、その活動内容が合
法なのか違法なのか、真っ当なやり方なのか、
人を騙すような詐欺的なやり方なのか、とい
った水準で普通は良し悪しを判断したがるだ
ろうが、それが経済活動である限りで、ある
いは政治活動である限りで、それが人を騙す
ような詐欺的なやり方にならざるを得ないよ
うな傾向もありそうだから、人によってはN
国の立花氏のようなやり方は、大勢の人々が
巻き込まれて何人も人が死んだのだから、絶
対に許せないと強く否定的な感情を伴ってそ
う思う人もいる一方で、あの程度の攻撃で死
んだ奴の方が馬鹿なんだと冷笑的な反応を見
せる人も結構いるかどうかも何とも言えない
ところだが、そんな極端な事例を持ち出して
もっともらしくそれを説明しても、何の説得
力も得られないことも確かかも知れないから、
一応はそういうことではないと捉えてみたい
のだが、例えば真っ当なやり方で金儲けなん
かできるはずがないと利いたふうな意見を述
べることもできそうで、それもそう述べるこ
とができる場合もありそうな範囲内ではもっ
ともらしい感じもしないではないが、それに
対して普通に真っ当なやり方で金儲けができ
るということが、そしてそれが経済活動とし
て社会の中で成り立つことが、経済活動自体
を社会の中で機能させるには必要なことなん
だと正論を語るような成り行きになれば、何
となくそれがもっともらしい意見だと世間で
は思われてしまいそうだが、実際には疑わし
い行為のように感じられる経済活動を社会の
中でやってみせることが、しかもそれによっ
て多額の収益を上げて世間一般で毀誉褒貶を
巻き起こすことができれば、イーロン・マス
クのようになれる場合もありそうだが、果た
してそれが真っ当なやり方で金儲けをやった
と言えるかどうかも、批判的な奴らは腹を立
てているだろうから、あんな奴は絶対に死ん
でも認めないと思っているかも知れないし、
イーロン・マスク自身は今でも現在進行形で
毀誉褒貶の渦中で活動していることになるだ
ろうが、そこから真っ当なやり方では少額の
利益しか得られないが、疑わしいやり方をや
ってみせることができれば、場合によっては
イーロン・マスクのようになれるかも知れな
いと言える程度のことなのかも知れず、それ
でも中には真っ当なやり方で多額の利益を得
られた者もいるかも知れないから、そんな意
見が正しいかどうかは、実際の事例から信じ
られたり信じられなかったりするかも知れな
いし、こうすればうまく行くという助言を真
に受けて、実際にそれを実践して成功する者
もいる一方で、条件やタイミングが合わなけ
ればうまく行かないかも知れないから、あえ
て言うならそう言えるだけのことでしかなく、
実際にそれを試してみなければ、そう言える
程度のことでしかないから、実際に確かめて
みなければ何でもないことになってしまいそ
うで、だから絶えず懐疑と共に活動しなけれ
ばならなくなり、N国の立花氏もイーロン・
マスクも、真っ当な行為というよりは、どち
らかと言えば疑わしいことをやった結果が、
現状の両者の境遇をもたらしたと言えるだろ
うから、それを真似るとか参考にするとか、
それ以前に考えるまでもなく、誰でも実践で
きることであるはずもなく、真似ることもな
く、参考にする対象ともならず、現実の世界
ではそうなって当然の成り行きの中で大半の
人々が暮らしているだろうから、それが役に
立つとかハウツー的な意味での学ぶ対象でも
ないことも確かで、それに対して一般人が学
ぶべきなのは、ストア派やエピクロス派に特
徴的な自己への配慮であって、自らの魂を救
わんと欲するする者は、絶えず自らに気を配
って生きるべし、という警句と共に、ストア
派のセネカが述べるように、他の仕事をあき
らめて、自分自身に専念しなければならない、
ということの意味が、実際に暴君ネロの教育
係として権勢を誇ったセネカが偉そうに他人
に説教するようなことなのかと疑念を抱くか
も知れないが、理性に従い、感情に流されず、
心の平穏を目指すストア派の教えを実践しつ
つ、知恵・正義・勇気・節制を含んだ徳こそ
が真の幸福であると説き、宇宙の摂理に従い、
人間本来の理性を磨くことを重視し、欲望や
恐怖といった破壊的な感情に支配されず、不
動心を目指し、賢者にとって、富や健康は望
ましいものではあっても幸福そのものではな
く、理性によって得られる徳こそが唯一の善
であり、幸福の源泉だと考え、自分のコント
ロールが及ばない出来事や運命に心を乱さず、
受け入れる態度が重要であり、また同じスト
ア派のエピクテトスによれば、自分の思考や
行動をコントロールできることと、コントロ
ールできない外部の出来事を区別し、理性と
勇気や正義や節制などの徳を重んじて、内な
る平静と自由を追求することが哲学の革新で
あり、人生で本当に重要なのは、自分の判断
や欲望や行動に囚われた内面であり、他人の
評価や健康、富などはコントロールできない
外部の事柄であって、そんな外部に心を奪わ
れずに、内面を鍛えることが重要だと説いた
そうで、それもその人の境遇や事情や経緯や
条件に応じて、それを真に受けるかどうかも
決まってくるのではないか。
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彼の声 2025.12.30 「過去の繰り返しの妥当性」
voice-172
それが肝試しという感じでもないだろうが、
何か妨害工作を仕掛けられているような被害
妄想に陥っている気分で、自業自得気味にそ
んな心理状態になっているとも思いたくない
のだから、心理的に追い詰められていると感
じるなら、その通りなのかも知れず、そんな
心境になれるのだから、なりたくてなってい
るわけでもなく、そういうことだと思ってお
いても構わないだろうが、何がそうなのかと
考えたくもなるのだから、その対象が今ひと
つ捉えきれていないのも毎度のことのような
気がして、それが何だかわからないでは話に
ならないのに、無理にも話になるように持っ
て行こうとしているわけだから、そんなのは
無理なのもそう思われるところではあるのだ
ろうが、果たしてそれが何かの試練を形成し
ているのかどうかも、何の試練なのかもわか
らないのだから、嘘なのかも知れず、以前と
は成り行きが違うと思うなら、そこで何かが
繰り返されているというよりは、繰り返しな
がらも絶えず更新される何かがあるらしく、
それに対して以前に起こった成り行きを現状
に当て嵌めてしまうこと自体が、事態を正確
に捉えていないことになるのかどうかも、程
度の問題となりそうで、学校の教科書的な解
釈であればそれでも構わないし、果たしてそ
れ以上の解釈が求められているのかというこ
とが、特に求められているわけではないよう
で、過去の成り行きが現状でも同じように繰
り返されていると事態を捉えても、それを説
明するレベルでは充分にもっともらしく感じ
られる程度には妥当なのだから、そういうこ
とにしておきたいのだろうが、それが実際の
成り行きと比較してどう違っているのかも、
説明との間でどんな差異が生じているのかも、
それを説明できる限りでもっともらしく説明
してしまえるわけだから、その差異が説明不
可能なら、説明しているレベルではそんな差
異は無視されるしかなさそうで、それについ
て語ることと、そんな成り行きに関わって実
際に活動している当事者とでは、また活動に
それについて説明することも含まれていると
しても、何か差異が生じているのは当然なの
かも知れないが、だからといって過去の事例
を参照できないわけではないのだから、過去
の事例との比較も説明する上では当然のこと
として比較されるわけで、それが説明の中で
安易な単純化に陥ってしまうとしても、もっ
ともらしく感じられる限りで、そんな説明に
も説得力が生じてくるのだろうから、普通に
真に受けてしまうだろうし、説明としてはそ
れで構わないことになってしまえば、それが
そういうこととして説明されることになるわ
けで、たとえ説明している内容と現実に行わ
れていることが少し違うとしても、説明して
いる内容としては妥当なのであり、その辺の
違いを理解できるかどうかも何とも言えない
ところだが、単純な理屈とわかりやすい物言
いで説明すれば、それで構わないようなこと
かも知れないし、そうやって説明の対象を言
葉の型枠に嵌め込んで説明した気にはなれる
のだが、説明としてはそれで構わないことに
なってしまうのだから、それでは現実に起こ
っていることや行われていることではなく、
それが言葉で説明できる範囲に限られたフィ
クションになってしまうとしても、相変わら
ずそれでも構わないことになってしまうから、
そこで何を説明しているわけでもなく、説明
の対象を説明するのに都合の良いように説明
しているに過ぎないとしても、やはり説明と
してはそれで構わないのだから、説明とはそ
ういうものだと受け止めざるを得ないのだが、
それの何が不満なのかというと、説明しやす
いように説明したり批判しやすいように批判
していることがわかってしまうと、何となく
ちゃんと説明しているのかちゃんと批判して
いるのか自信がなくなってしまい、そんな説
明や批判では駄目なんだと思われると、何で
それが駄目なのかもよくわからないが、それ
が信用できなくなってしまうわけで、だから
あえてもっともらしく感じられないようなこ
とを述べようとしてしまうのもおかしいが、
わざとひねくれたようなことを語ってしまっ
ても、それも何だか勘違いしているような気
もしてしまうのだが、最近はこんな前置きが
長過ぎて本題に入れずに終わってしまうこと
も多そうで、その辺に改善の余地がありそう
だが、ともかく現実に起こっていることを過
去の事例との比較で説明してしまうと、それ
でも構わないのだが、それが他人の説明であ
る限りで、それを批判的に受け止めたくなる
わけで、そんな説明を批判してみても話にな
らないが、そこからうまく回り込んで批判的
な言説をスルーしている最中かも知れないが、
真正面からそれを言説の対象として取り上げ
ないのも戦略的な配慮の表れとなりそうで、
その代わりに枝葉末節なところで人畜無害そ
うな言説を構成しているつもりにもなれない
が、そういうやり方で接しているような気分
で、それでは駄目だとは感じられないものの、
実際にそうはならないわけだから、それ自体
が何だかわからないようなことについて語っ
ているわけで、具体的な何かであることは事
実としてそうなのだが、そこで特定の意向を
感じられる限りで戦略的な物言いだと感じら
れて、それ以前に真正面から取り上げていな
いのだからそんなのはわかりきっているとし
ても、そのついでに高市政権やトランプ政権
の何を批判しているのかというと、それが批
判するまでもないことだと思われる限りで、
うまくそんなベタなネタを真正面から取り上
げてしまう愚を回避したと思われながらも、
そこから逃げているのだから、別にそれでう
まく立ち回ったことにもならないだろうが、
そんなやり方でも功利的な水準ではうまく対
処しているつもりになれる一方で、倫理的な
観点からしたら駄目だとも言えないし、そん
なことは気にしなければいいわけだが、うま
く立ち回ろうとする限りで、それが功利的な
立ち回りになることも承知でそうしているわ
けで、そういう意味では高市もトランプもう
まく立ち回っていると言える程度には成功し
ていると言えるだろうから、そんな重箱の隅
を突つくような批判など意に介さずに堂々と
振る舞っていればいいとしか言えないような
ことなのかも知れず、実際にも悪びれる暇な
どないと言えそうな成り行きの中で職務を全
うしているはずだが、そういう個人的な立ち
回りのレベルで政治が動いているわけでもな
いとは、少しはそういう面もありそうな感触
も覚えるのだが、それとは違う国家レベルで
何が起こっているのかというと、国家間競争
という国際的な枠組みをどの程度の価値観を
伴って信じても構わないかどうかも、立場に
よって異なりそうだが、それを軍拡競争を伴
って競い合うような経済競争という水準でも、
中国のペースに乗ってしまえばそう思っても
構わないのかも知れないが、他の国がそんな
ペースに合わせても構わないかどうかも、良
し悪しを言えるような立場などないのかも知
れず、それでも世界的にロシアや中国に対処
しようとしているわけだから、ある程度の水
準で物事をそう捉えるのも妥当な態度なのか
も知れないものの、その一方で貿易が行われ
ているのだから、それも貿易戦争とは違う水
準で観光やビジネスなどでも人の出入りもあ
るわけで、あまりその種の国家間競争という
水準で物事を捉えない態度も必要な場合もあ
りそうだから、そうなっている状況が捉えよ
うによってはフィクションになるわけでもな
いが、高市やトランプも部分的かつ成り行き
的にそれに対処しているつもりになれるよう
な水準があるのかも知れず、別にそれがどう
だとか、うまく行っていたり行っていなかっ
たりするだろうが、それが果たして今後数年
の間に破局的な事態へと至るかどうかも、実
際にそうなってからそれがわかったり、大し
たことは何もわからなかったりするかも知れ
ないし、誰のせいでそうなったとか言えるよ
うなことかも知れないが、そうはならなけれ
ば平穏無事なのかというと、それでも構わな
いだろうが、それが国家的な成り行きである
なら、誰がどんな対処や対応や対策などを講
じたところで、そうならざるを得ない成り行
きになりそうで、それでも構わないとは誰も
そうは言わないだろうが、そうなったとして
も事前の予想や予測と共に事後的なもっとも
らしい説明によって、納得できるような成り
行きにはなりそうで、説明に騙されているわ
けではないだろうが、言語による魔法にかか
っている限りでそう思われるようなことなの
かも知れない。
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彼の声 2025.12.29 「排外主義と陰謀論の流行」
voice-172
世間では毎度お馴染みの何かが繰り返され
ているのも毎度のことだが、その何かについ
て語ろうとすると、すでに他にも語っている
人がいくらでもいて、わざわざ自分がそれに
ついて語らなくても、自分よりもそれについ
て詳しい人が語ればいいんじゃないかと思っ
てしまうが、実際に語っているのを見たり聞
いたり読んだりして納得できればそれで構わ
ないわけだが、その一方で何かそうじゃない
成り行きに囚われているようにも思われるな
ら、それについて語ればいいじゃないかとも
思われるから、それが何なのかというと、メ
ディアから伝わってくる内容として、それを
表面的な流行り廃りのレベルで言われている
ことが、一時的に世間で流行って遠からず廃
れて沈静化して行く現象に目を奪われ関心を
向けていることについて、それをそのまま語
ってしまうと、そう語るように仕向けられて
いるのではないかという疑念が湧いてくると
共に、そう語ることも他にもいくらでもそう
語っている人がいるわけだから、それも一時
的に世間で流行っていることに含まれるわけ
で、それも世間というよりはメディアで流行
っているわけだが、そう語ること自体が、そ
う語れとメディアによって仕向けられている
んじゃないかと思われるなら、それに反発し
て逆らいたくなるのだが、しかも逆らうこと
もメディアの想定内なんじゃないかと勝手に
推測できるわけでもないが、誰も意識してそ
うなることを想定して流行り廃りを主導して
いるわけでもないはずだが、そんなところま
で深読みしているわけでもなくても、そんな
兆候を察知したつもりになって、その裏をか
いたつもりになっているわけでもないのに、
それ自体をスルーしたくなり、すでに語って
いるのだからスルーしているわけでもなく、
何だか嘘をついているような気がしてしまう
が、その流行り廃りが具体的に何なのかとい
うと、例えばそれを排外主義と陰謀論の流行
だと言ってしまうと、一応は多くの人々がな
るほどと納得するかも知れないが、それも昔
ながらの流行現象で、しかも毎度お馴染みの
何かが繰り返されているに過ぎないから、今
に始まったことではないとも思われて、国家
的な枠組みが危機に陥る度に、そこから目を
逸らすように誘導する目的が意識されるわけ
でもないが、そういうことが声高に叫ばれる
ようになるに過ぎないから、それで構わない
と思うなら、そんなのは無視してスルーすれ
ばいいだけのようにも思われるわけでもなく、
それでは済まない危機的な事態だと考えられ
るわけでもないが、それに対して冗談混じり
にわざと現時点では的外れなことを述べるな
ら、単純に産業の技術革新によって社会が変
わろうとしているから、その技術革新を邪魔
されると困るから、そこから大衆の目を逸ら
す目的として排外主義や陰謀論が意識される
わけでもないのだが、たぶん結果的にそうな
ってしまうとしても気づかれないわけで、こ
れまでも気づかれなかったのだから、きっと
今回も気づかれないと思っておくのが無難な
認識となりそうで、だからそうなってしまう
のを声高に問題視するわけでもなく、それと
は違う方面から、例えば国家的な枠組みが危
機に瀕しているから、そこから目を逸らさせ
る目的で、排外主義や陰謀論をメディアを通
じて流行らせようとしていると考えておけば
事足りるようなことかも知れないが、本当は
どちらも違うような気もしないではなく、た
だの偶然の巡り合わせでそうなっていると考
えておくのも無難な認識なのかも知れないか
ら、本当のところはよくわからないだろうが、
いずれにしてもそうなった結果からもっとも
らしいことが言えるだろうから、そういうも
っともらしい意見や見解などを見たり聞いた
り読んだりして納得しておけばいいようなこ
とかも知れないと思っておけばいいんじゃな
いかと誰がそう思っているわけでもないだろ
うが、自分でさえもそうは思っていないわけ
だから、そんなのも嘘に決まっているだろう
が、少なくとも世界を代表してトランプとプ
ーチンと習近平とエルドアンとネタニヤフな
ど、多くの国家的な指導者たちが、それらの
者たちが直接意識しているわけでもないのに、
国家的な枠組みの不具合や欠陥を世界中の人
人に向かって、直接それを訴えかけているわ
けでもないのに、結果的にそれが明らかにな
っているわけだから、それを世界中の人々が
理解できないようにするために、排外主義や
陰謀論を流行らせていると受け止めてしまう
と、何だかそうではないような気がしてしま
うから、それとは違う方面から物事を考えた
くなってしまうのだが、そういう逆説的な成
り行きではなく、直接的に排外主義と陰謀論
によって国家を支えているとも言えそうで、
それを流行らせている当事者たちがそれによ
って国家を支えていると思っているわけでは
なくても、結果的にそうなっているように受
け止めるなら、それももっともらしくそう思
われることに含まれてくるわけだが、そのも
っともらしくそう思われるからこそ、逆に疑
わしくも思われるなら、それも偶然の巡り合
わせを必然的に起こっていると勘違いしてい
るに過ぎないと思っておいても構わないだろ
うが、何かのついでにそうなっているわけで、
その何かというのが、排外主義を流行らせて
いるのがメディアの陰謀だと思っておいても
構わないし、それ自体がそれなんだと思えば
それが正解でも構わないわけだが、それ自体
が何かのついでにそうなっているに過ぎない
ことだから、それが国家的な枠組みが危機に
陥っていることのついでに排外主義と陰謀論
の組み合わせが流行っていても、また産業の
技術革新が社会を変えようとしていることの
ついでに排外主義と陰謀論の組み合わせが一
時的に流行っていても、どちらでも構わない
ようなことかも知れず、それが何かのついで
に流行っているに過ぎないと思っておけば、
そんなどうでもいいような流行に乗ってこれ
見よがしにそれを煽り立てている者たちが、
そしてそれを真に受けて大げさに問題視して
いる奴らがアホに見えてしまうかどうかも、
そんな流行現象にどれほど深く関わっている
かにもよるだろうが、それらの流行現象に深
く関わっていることを自覚している者たちが、
国家的な枠組みが壊れてしまったら大変だと
思っているかどうかも、あるいは産業の技術
革新によって現状の社会が変わってしまった
ら大変だと思っているかどうかも、大変だと
思う危機意識と排外主義や陰謀論を真に受け
ることの程度や傾向が、何かのついでにそう
思う程度のことであれば、それをことさら問
題視するには及ばないわけでもないところが、
そういうことをネタにして商売をやっている
政治やメディアの関係者たちとしても、世間
の一般大衆がそれを真に受けてくれないと商
売あがったりだから困るわけで、そうなると
何がどうなることが彼らにとっては大変な事
態なのかと言えば、国家的な枠組みが壊れて
しまうことや産業の技術革新によって現状の
社会が変わってしまうことよりも、排外主義
や陰謀論が世間で流行しないことの方が大変
なことだと思うわけでもないだろうが、実際
に流行したわけだから、すでにそういう問題
はクリアしているわけだから、その点は安心
できるだろうし、そこからそんな流行が今後
どこまで長続きするのかに世間の関心が移っ
てきているとも思ってはいないだろうが、そ
うは思わないようなことが実際に実現すると
したら、今後産業の技術革新によって国家的
な枠組みが崩壊したところで、誰もそうは思
わないわけで、そのせいぜいが排外主義や陰
謀論によって国家的な枠組みが崩壊したこと
にしておけば、何となくそうなるのももっと
もらしく思われるから、現状でも危機感を煽
りたい者たちが、このままではそうなってし
まうという危惧の念を抱いていると推測され
るだろうが、それも直接そんなことを意識し
ているわけではなく、実際にそうなってから、
そうなった理由や原因として、排外主義や陰
謀論によってそうなったと思われるわけだが、
そういうところが意識してそう思っているわ
けではなくても、結果的にそう思われてしま
うようなことなのではないか。
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彼の声 2025.12.28 「物事の裏表」
voice-172
毎度のことのように、自分でもよくわから
ないことについて、それをわかっているかの
ように装いたいわけでもないのに、成り行き
としてそれをもっともらしく語ろうとしてい
るわけで、それが信用できないのも毎度のこ
とだが、そうなってしまうのだから、そうな
るのが自然の成り行きだと思うしかないが、
その一方でわかっていることもあるのだから、
そのわかっていることを手がかりにして、そ
こから推論を働かせて、わかっていないこと
を解明しようとしているなら、述べているこ
とがおかしいんじゃないかとはならないはず
だが、どうもそこに微妙なずれがあって、物
事のわかっていない面とわかっている面の両
面があるらしいことも、普通に想像できるか
ら、そういうことにしておいて、それについ
てはよくわからないなりにも、思考の対象と
して納得が行く状態にまで持って行こうとし
ているんじゃないかと理解しているつもりに
なりたいわけで、それが物事のわかっていな
い面とわかっている面という単純な捉え方で
はなく、例えば政府に与する政治家や政党の
不正行為や違法行為を追及することだけに特
化している勢力が、政府や政権の政策の問題
点や欠陥を追及することだけに特化している
勢力でもあるのは毎度のことで、どちらも同
程度に追及しているのだから、それだけに特
化しているわけではなく、絶えずこうすれば
いいんじゃないかと独自に政府や政権の政策
に対する対案や政策提言を出していれば、そ
ういうことのバランスを重視しているように
も感じられるから、そんな政治家や政党やメ
ディア関係者を支持するのも、それも対案や
政策の内容にもよるだろうが、そうなるのが
普通の成り行きのようにも感じられるものの、
どうもそれが怪しいのかも知れず、本気でそ
んなことをやっている勢力を信頼しているわ
けではなく、逆に不正行為や違法行為が次々
に発覚してしまう政治家や政党の方が信頼で
きるなら、そんなことをやっていればそうな
っちゃうよなと、そうなるのが自然な成り行
きのように感じられて、それが日本の政治情
勢であり、そこに絡んでくる経済情勢なんじ
ゃないだろうかと推測されてしまうところが、
政治家や政党がそういうことをやってしまう
情勢なんだと理解しがちになるわけだが、し
かもそんな政治勢力の支持率も高いわけだか
ら、国民の方でもそんな事情を察して、それ
らの政治勢力を支持しているんじゃないかと
推測したくなるわけだが、だからそんな政治
勢力を支えているメディア関係者も人間のク
ズだとも極悪非道な連中だとも反吐が出るよ
うな奴らだとも思わない代わりに、彼らも世
の中の慣習や制度に囚われながらも、それら
の政治勢力と共にそうなるように仕向けられ
ているわけだから、ご苦労さんと労いの言葉
の一つもかけたくなるわけでもないのだが、
果たしてそういうことの延長上で何がどうな
っているのかというと、日本の政治情勢も経
済情勢も社会情勢もそれなりにうまく行って
いるのではないかと思い込みたいわけでもな
いが、自分がそう思い込まなくても、実際に
そうなっているのだから、それはそれでそう
いうことなのではないかとも思えないし、や
はり何かわかっていないような気もするから、
それについて思考を巡らせている最中なのに、
同時にそれについて語っているわけだから、
それがどう考えてもわかっていないことにつ
いて語っているわけで、しかもそれをもっと
もらしく語るように仕向けられているから、
それがわかっていないのにわかっているかの
ような語り方になってしまう限りで、嘘をつ
いているようにも感じられてしまい、そうい
うところから漠然とした疑念が生じてくるわ
けでもないだろうが、それが疑念というより
はごまかしやまやかしにつながって行くよう
な成り行きも生じていそうで、何やらその種
の批判を封じ込めるために、それとは無関係
な人畜無害な分野へと、メディアの言説を囲
い込もうとする意図や思惑も推測されてくる
から、そういう意図や思惑を感じ取れるよう
なら、それも当然の成り行きとして、それに
対する反発や反抗も生じてくるだろうから、
おもしろがってそんな反発や反抗の言説にも
注目してしまうわけだが、それも実質的にど
うしたわけでもないから、子供騙しのような
仕掛けにならざるを得ないだろうが、それら
をいちいち気にしているわけでもなく、何か
のついでに関心が向いてしまうような成り行
きなのだろうが、あまりそういうのを馬鹿に
したくはなく、思考の対象とはならないよう
な些細な紆余曲折がそこで生じているに過ぎ
ないのだろうが、それでも病的な傾向として
日本社会に巣食う宿痾のような捉え方もした
がるのかも知れないし、そんな煽り立てから
何か意味のある問題提起がもたらされるとも
思えないが、そうやってわけのわからない寄
り道をしている間に、政治方面の批判が封じ
込められるなら願ったり叶ったりなのかも知
れないが、その種の批判を封じ込めようとす
る力も自然発生的に生じてくるような成り行
きなのかも知れないから、そういう方面に囚
われてしまった人々の意識も、おのずから社
会の慣習や制度に従っている限りでそうなっ
ていると言えるようなことなのかも知れず、
それが社会の構造的な傾向として見受けられ
るなら、果たしてそんな誰もが囚われてしま
う構造をどうやれば脱構築できるかとか、相
変わらずのわけのわからない思想的なまやか
しに囚われながらも、出口の見えない迂回路
を選んでしまう成り行きなどが、どこの誰か
ら生じてくるわけでもないだろうから、そこ
で幻想など抱くにも及ばないし、その全てが
現実の世界で実際に起こっていることだとも
思えないが、そんなわざと関心を逸らすよう
な動作を自らに課しているわけでもなければ、
その種の罠に自らかかりに行く愚も選べない
はずだが、そうやって自らが自らを正しい方
向へと導けるように日々誰かによって直接指
導されているわけでもないのだとしたら、そ
うなっていないだけで自由が自らの内にもた
らされていると言えるのかも知れないから、
そんな自由が貴重だとも感じられないとして
も、それに対して労働や作業や仕事として、
そういう成り行きに囚われてしまっている人
人を批判の対象としても無駄なようにも思わ
れる限りで、その種の人畜無害で功利的かつ
ハウツー的な方向への誘導的な作用や影響力
の行使も、無視すべき類いになってしまうよ
うにも感じられて、実際に無視しているつも
りでいても結果的には、わずかなポイントを
餌にしたアンケート攻撃などによって誘導さ
れてしまっている現状もありそうで、それも
たわいない作用には違いないのだが、ちょっ
とした利益に目ざとくなるように精神を改造
されているとも思えない代わりに、アンケー
トの対象となる商品を買うように促される面
では、そんなことはわかりきっていると思い
ながらも、ついつい買えるような安いものな
ら買ってしまうかも知れないが、尾を引くよ
うな執拗さを感じられる限りで、悪意がこも
っているようにも感じられて、それが意図し
ない悪意となって、その種のポイントを餌に
したアンケートには取り憑いているようにも
思われるから、あまり深入りしないで、それ
ばかりにのめり込まないことが無難な接し方
にはなるだろうが、その一方でそういうこと
をやるのが仕事となってしまった関係者には、
何やらそれにもご苦労さんと労いの言葉をか
けたくなるわけでもないが、できればそうは
なりたくないような立場を保ちたいような、
もちろんそんな立場になろうとしてもなれな
いだろうから、その辺は安心できるのだが、
たぶん現状の日本社会を陰から支えているの
はその種の慣習的かつ制度的なロボット人間
たちなのではないかと、それを馬鹿にしてい
るわけでもないのに、そんな立場にもなれな
い身でありながらも、そういう人間たちに向
かって、ご苦労さんと上から目線で労いの言
葉をかけられるような身分でもないのに、何
となくそんな光景を思い浮かべながらもほく
そ笑んでいる自分が痩せ我慢の強がり体質で
ないことを祈るばかりだが、今後も餓死しな
い程度には生きて行けそうな気もするわけだ。
https://www.koike-t.org
彼の声 2025.12.27 「世界情勢の裏返し」
voice-172
何かのついでにそれが積極財政だと言われ
ても、言っている当人は何のついででもなく、
至って普通にそれをそう評しているだけなの
だが、少なくともそれが何でもないことでは
なく、いつものようにそれがいつもの人たち
から批判されてはいるが、それも何かのつい
でに批判されているわけでもなく、何か他に
気にかかることがあるわけでもないから、あ
まりその種の形容には関心を持てないし、で
は他の何を問題視したいのかと問われるわけ
でもなく、できればそれをスルーしたくなる
が、他に何を問題視するつもりもないのに、
自らの内から自然と湧き出てくる何があると
も思えないし、普通はそういうのは自然には
出てこない人為的な問題があるらしく、それ
を突き止めなければならないわけでもないの
だが、気がついてしまうのはそんなことでは
ないようで、人や集団の活動の無意味な面と
言ったら、活動している者にとってはそうで
はないから、その辺が受け止め方の問題なの
かもしれないが、それを問題視しないと気が
済まないというよりは、問題視するように仕
向けられている立場があって、勝手に問題視
しているわけではなく、人の勝手にはならな
いような成り行きがあるから、その全てがそ
うでもないとしても、なぜかうまく関心を逸
らされているようにも思われて、できればそ
んなふうには批判のネタとして話題にされた
くないという事情があるのかないのかも、そ
んな事情を誰が知っているわけでもないのに、
勝手にそう思うのはなぜかと言えば、積極的
にそうしたいわけでもないのだが、消極的な
思惑の裏返しだと言えるわけでもなく、それ
が積極でも消極でもないなら何なのかという
と、積極じゃなくて緊縮なんだと屁理屈をこ
ねるような成り行きにもならないだろうから、
結局は通過儀礼的な成り行きになってしまえ
ば、それで構わないのかも知れず、自分がそ
れを勘違いしているのを承知でそんな落とし
所を想像してしまうのだが、苦し紛れにそう
述べてしまっても、それが何に関して何をど
う述べているのでもないようにも思われるか
ら、何を述べているのかよくわからないまま
に、その種の問題視をスルーしたことになれ
ば自分にとっては都合がいいようにも思われ
て、そう思われる限りで、その場で誰かがう
まく立ち回ったことにしておきたいのかも知
れないが、唐突な核武装宣言とかそうやって
話題を無理やり作っているとも思えないし、
結果的に話題に事欠かないように持って行か
れてしまっているようでいて、意図してそう
なっているわけでもないところが微妙なさじ
加減なのかも知れず、結局何だかんだ言って
も政治的にはうまく回っていそうで、挑発的
な話題に振り回されながらも、適当にジャー
ナリストの類いが軽くあしらわれている現状
があるのだから、世界的に政治の勝利には違
いないのだろうが、それが束の間の勝利に終
わるか恒久的な勝利が続くかなんて、そうな
ってみないことにはわからないのは毎度のこ
とだが、今さら政治と経済を分けて考えるな
んて愚の骨頂だと思うわけでもなく、まさか
政治に連動して経済が動いているように装わ
れているなんて、そんなはずもないが、たぶ
ん逆に経済情勢に応じて政府の予算が組まれ
ているから、政府の予算だけから言えること
も部分的な程度にとどまるのかも知れず、で
はそんな見解を真に受けているのかというと、
それも真に受けているから、それに対する批
判にも何となく同調したくなるだろうが、本
気でそう思っているわけでもないから、善意
でそう思っていて、その善意というのが自分
にとっては嘘っぽいのだが、それに対する懸
念や疑念を批判的に伝えるのがジャーナリズ
ムの役割だと考えているわけでもなく、逆に
不自然な賞賛などの肯定的な反応に出くわす
と身構えて、どちらにしても過去に起こった
出来事や行われたことであるか、また現在進
行形で起こっていたり行われていることであ
るか、さらには将来の予想や予測であるか、
そんなことを気にしているわけではなく、結
局はそれを信用できるかできないかも重要で
はなく、それが自分にとって都合の良い情報
であるか都合の悪い情報であるかに関わらず、
その全てを自らが囚われている現状に合わせ
て、場合によっては現状に逆らいながらも、
いい加減に適当に理解しようとするから、何
をどう捉えているわけでもないのだが、たぶ
ん嘘なんじゃないかと疑いながらも、そんな
ことを考えているようで、しかも何を考えて
いるのかもうまく理解できないし、考えてい
ないことまで語っている場合さえありそうだ
から、そうやって捉えているつもりの世界情
勢なんかも、なぜか嘘っぽく感じられて、そ
んなことを考えている自分が信用できないわ
けだが、そこに信用できそうな確かな理屈が
働いていればわかりやすいのだが、確かな理
屈など存在しないのではないかと疑っている
疑念自体も信用できない一方で、思考してい
るのだから確かな理屈を求めているわけで、
そういうところが矛盾しているのはわかって
いるはずだが、わかっていても結局は矛盾し
た思考動作になってしまうのだから、何だか
それが信用できないわけで、だから何だとい
うわけでもなく、自分で自分を信用できない
心理状態となっているに過ぎないわけだが、
もっと自分を信じろと事ある度毎に強く自ら
に言い聞かせる場面も思い浮かぶのだが、そ
れが懐疑と共に信用しろと言い聞かせている
みたいで、それも矛盾した心理動作には違い
ないが、わざとそう思い込もうとしているよ
うにも思われるから、そう思うこと自体も信
用できないし、そういうことの延長上で、何
やら世界情勢について利いたふうな見解を述
べようとしてしまうのだから、何だかそれが
冗談半分で述べているようにも思われて、そ
れも信用できないが、何かわざとらしいのか
も知れず、別に高市政権のそれが積極財政で
も何でも構わないとは思えないが、その場の
情勢に応じた予算編成だとは思えるから、そ
こからどうなろうと知ったことではないわけ
ではなく、現状の世界情勢の裏返しとして、
そうなっていると考えても構わないのかも知
れず、世界情勢の裏返しとは、表面的なニュ
ースの裏にある各国間の思惑、経済的な動機、
国内の政治的な事情などが複雑に絡み合った
状況を指すとAIには考えられるようだが、
現在の主要な動向と、その裏にある側面には、
地政学的な分断の進行を物語る、表面的な動
向として、米中対立、ロシアによるウクライ
ナ侵攻や緊迫する中東・台湾情勢や、アメリ
カによるベネズエラへの軍事的圧力などによ
り、世界的なブロック化という分断が進行し
ているようで、それに対する裏返しの側面と
して、基軸通貨であるドルへの不信感が金や
銀やプラチナ価格の高騰を招いたり、ステー
ブルコインへの関心の高まりは、従来の基軸
通貨であるドルに対する不信感の裏返しだと
みられていて、また各国が経済安全保障を強
めて、半導体などの戦略物資の国内生産を進
める動きは、従来の自由貿易やグローバル化
による相互依存への懸念の裏返しであり、ま
た米国の政治動向とそこから及ぼされる影響
に関しては、表面的な動向としては、米国政
治は引き続き世界情勢に大きな影響を与えて
いて、例えばトランプのアメリカ第一主義な
どが注目される一方で、その裏返しの側面と
して、アメリカ第一主義という政策転換が、
同盟国の国内政治にも影響を与えていて、世
界各国や同盟国にも高関税を課して、それに
よって隣国のカナダやメキシコが苦境に陥り、
それが米国内のラストベルトなどへの投資を
優先すべきという国内事情の裏返しに基づい
ている側面があり、台湾の半導体企業を米国
内に誘致することに関しては、経済的な合理
性と共に中国の台湾侵攻を見据えた、安全保
障上の意義が優先される投資事例として見ら
れるが、さらに世界経済の脆弱性と格差に関
して、表面的な動向としては、世界経済は来
年にかけて穏やかな回復基調あると予測され
ている一方で、脆弱性も残っていて、その裏
返しの側面として、各国の株価指数が最高値
を更新する一方で、世界的な経済格差の拡大
が進行しているという側面があり、中国など
でも若者の失業率が高く、努力が報われない
という絶望感から、ネズミ人間と呼んで都市
の低層で生活する人々を指して揶揄する現象
が拡大するなど、経済成長の裏で国内の構造
的な苦境があるそうだが、これらの動向は、
各国が自国の利益や国内の課題を優先した結
果として現れている、現代世界の特徴的な側
面だと言えるそうだが、そんなふうに何だか
相変わらずわかったようなわからないような
もっともらしい回答をAIが返してくるから、
それを真に受けずに何となく笑ってしまうわ
けだ。
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