不正競争防止法2条1項1号の裁判例をよむ

個人的興味からのランダムピックアップ裁判例 その86

 本日は、使用許諾関係にあった当事者の紛争事例を見ていきます。

 本裁判例は、LEX/DB(文献番号25571550)より引用。形式的な修正追加あり(「」等で明示ない箇所もあります)。

 

  東京地判令 3・1・21〔著名建築家事業承継事件〕令元(ワ)11732 

反訴原告 株式会社A(以下「原告会社」)
反訴原告 B(以下「原告B」)

     (原告会社と併せて「原告ら」)
反訴被告 株式会社C(以下「被告」)

 

■事案の概要等 

 本件は,原告らが,原告会社と被告との間でライセンス契約(以下「本件ライセンス契約」)を締結したと主張して,主位的にはこれに基づくライセンス料の支払を求め,予備的には,被告において,原告Bが取締役を退任した後も、原告らの許諾なく無断で、①被告ウェブサイトにおいて原告会社の登録商標と類似する標章を表示した行為は,原告会社の有する商標権を侵害し,②原告Bを示す「D」を含む「株式会社E」(旧商号)を商号として使用し続けた行為は原告Bの周知商品等表示又は著名表示を冒用する不正競争行為に当たる旨を主張して、被告に対し,原告ら各自に損害賠償等の支払を求めた事案です。なお,本件の本訴は,原告らから3934万4000円の支払を請求された旨を主張して,同支払債務の不存在の確認を求める事案でしたが、取下げにより終了しました。

 

◆前提事実
1.当事者
・原告会社は、昭和46年3月1日設立。建築設計監理,建築設計に関するコンサルタント等を業とする。
・原告Bは、著名な建築家で、原告会社の代表取締役を務め、平成23年9月1日から平成28年8月31日まで,被告の取締役を務めた。

・原告Bの著名性について、昭和40年代から今日に至るまで,建築家として日本のみならず世界的に極めて高い評価を得ている。このため,被告が設立された平成23年当時において,既に日本にとどまらず,世界的にも,建築の分野において「B」,「D」,「F」等の表示は,原告Bを示すものとして広く知られ,著名であった。
・被告は、平成23年9月1日設立。建築設計監理,都市計画及びその他各種の計画管理等を業とする。その設立以降、平成30年11月16日に現在の商号に変更する旨の登記を了するまで、自らの商号として「株式会社E」(以下「被告旧商号」という。)を用いていた。

2.原告会社の有する商標権
 原告会社は,別紙本件登録商標目録記載1の構成から成る商標(以下「本件登録商標1」という。)につき,指定商品又は指定役務を「建築物の施工監理」(第37類),「彫刻・絵画・版画などの工芸品・美術品の展示,彫刻・絵画・版画などの工芸品・美術品の展示に関する指導・助言・情報の提供,工芸・美術・デザインに関する展示会の企画・運営・開催」(第41類),「建築物の設計,建築物の設計に関する助言,都市開発・都市計画に関する研究・調査・企画・立案・助言,環境デザインに関する研究・調査・企画・立案・助言,立地計画に関する研究・調査・企画・立案・助言,インテリアデザインの考案,インテリアデザインの考案に関する助言,彫刻・絵画・版画などの美術品に関するデザインの考案」(第42類)とする登録第5597794号の商標権を有し,同目録記載2の構成から成る商標(以下「本件登録商標2」という。)につき,上記と同じものを指定商品又は指定役務とする登録第5614670号の商標権を有している(以下,両商標を併せて「本件登録商標」といい,両商標権を併せて「本件商標権」という。)。

 

■当裁判所の判断

Ⅰ.認定事実
 裁判所は以下の事実を認定しました。
1.被告設立の経緯等
(1)「原告Bは、昭和46年3月1日に設立された原告会社の代表取締役を務め,多数の建築設計監理等の業務に従事し…建築家として日本のみならず世界的に極めて高い評価を得てきたが,80歳を迎える平成22年(2010年)頃になると…個人の立場で自分の好きな仕事だけをやっていきたい旨の希望」し、これ「に従い,関係者において,原告会社の従業員と業務を原告会社から切り離して別会社に引き継がせ,当該別会社が引き継いだ業務により報酬を得た場合に,当該報酬の一部を原告会社又は原告Bに対し分配金として支払うという大枠の枠組みによる原告会社の組織再編が企図された」。
(2)その後「再編後の新体制について検討され,原告会社の業務内容を「建築・都市デザインコンサル,執筆,講演会,展覧会」等とし,役員構成として,原告Bを代表取締役,Gを取締役,Iをアート担当の取締役とする一方,新たに設立する別会社の名称を「(株)J」とし,役員構成として,Gを代表取締役,原告Bを「取締役最高顧問」,Hを業務担当の執行役員とすることなどが話し合われた。また,中国,イタリア及びスペインにおいて,従来から原告会社と提携関係にあり,原告会社の業務を行っていた各事務所」は、「原告会社の海外での業務を引き継ぐものと位置づけ…商号に原告Bを示す「B」「F」が入れられた」。
(3)「商号を「株式会社E」(被告旧商号)とする被告が設立」。「話合いに沿う形で,Gが代表取締役,原告Bが取締役に就任」。「原告会社に在籍していた従業員26名のうち退職した12名を除く14名」は、「被告に移籍」。「被告の設立時以降,平成25年(2013年)4月まで,被告の本店所在地は原告会社の本店所在地と同じ場所」。また,被告の履歴事項全部証明書の目的欄の記載は…変更前には,原告会社との共同事業,及び原告会社からの受託業務及び引継業務との記載」。
(4)「被告は,上記の枠組みに従い,原告会社から引き継いだ業務及びこれに関連する業務に従事し,業務報酬を得た場合には,原告会社に対し,案件毎に報酬分配を行」い、「被告は,平成29年1月末頃まで,被告のウェブサイトにおいて,被告標章を表示させ,平成30年11月15日までの間,被告旧商号(株式会社E)において原告Bを示す表示である「D」を使用し」、「被告の原告らに対する金員支払を巡って両者の関係が悪化するまでの間,被告によるウェブサイトの表示や被告旧商号について,原告らが異議を述べたり,抗議をしたりしたことはなかった」。

 

2.本件ライセンス契約の契約書のドラフトに係る経緯等
(1)「原告会社は,海外にある提携先事務所から定期的に入金を得ることなどを企図し,当時原告会社に在籍していたHが窓口となって,弁護士に依頼して…英文でライセンス契約と業務委託契約に係る契約書のドラフトを準備していた」。
(2)「被告は,原告会社に対する「ライセンス料」名目での月額120万円の支払を開始し」、「この支払名目の体裁を整えるために…英文契約書のドラフトを日本語に翻訳して流用することを企図して,日本語で記載された原告会社と被告との間のライセンス契約及び業務委託契約に係る契約書のドラフトについて,同年12月頃まで検討を続けた」。
(3)「日本語で記載されたライセンス契約及び業務委託契約に係る契約書」は、原告会社と被告との間で、「最終的に調印にまでは至らなかった」。

 

3.被告から原告らに対する金員支払に係る事実経過
(1)「原告会社は,上記枠組みにより業務を被告に引き継いだ後,事業収入減少等のため財務状態が悪化し…赤字になることが懸念される状態に陥」り、「被告の代表取締役…Gは…被告から原告会社に対し,1年間に限って一定の経済的な支援をすることとした」。「Gは,その金額としては,当時賃借していた事務所家賃の原告会社負担額を念頭に,月額120万円及び消費税相当額とし,平成24年1月ないし6月分までは,被告の赤字決算を回避するため,被告の原告会社に対する債権と相殺処理」、平成24年7月分以降…原告会社に対し送金」。「支払名目は,被告の税務上の観点等から,当初は「ライセンス料」という名目に」した。

(2)「原告会社からの支払請求が継続し,被告は,従前の原告らとの関係から送金を継続」。「平成27年3月に税務調査が入った際に,税務当局から…原告会社に対する金員支払につき,「ライセンス料」という支払名目を基礎づけるライセンス契約などが」なく,「支払名目を認める法的根拠がな」く、「原告Bが被告の取締役であることから被告が原告らに対して名称使用の対価を支払う正当性はなく,原告Bに対する利益供与に当た」り、「被告が原告会社に対し各プロジェクトで個別に外注費を支払っていること等を理由」に,「原告会社に対する「ライセンス料」名目での支払は事業上の必要経費とは認められない旨の指摘を受けた。この結果,被告は,過去3年の法人税につき修正申告を行い,追加納付を余儀なくされた」
 「被告は,原告会社に対し,従前の「ライセンス料」名目での支払はでき」ず、「「監修料」名目での支払となり,それ以降の支払は「ご容赦頂きたい」旨を告げた」上、「平成27年12月10日に1555万2000円を支払った。なお,上記のとおり支払名目を変更することについて,原告らは特段の異議を述べなかった」。
(3)「原告らから被告に…再度,ライセンス料の支払を求める旨の連絡が入り,以降,被告のGと原告会社のIとの間で,支払金額と支払名目について協議がなされ,最終的には,原告Bが…被告の取締役を辞任するのに伴う,原告Bへの退職金の名目で,1080万円を支払」った。「被告は,これ以上の金員の支払は一切行わないと通告した」。

 

Ⅱ.争点1(本件ライセンス契約の成否・内容)について
 裁判所は以下のように認定し、「原告会社と被告との間の本件ライセンス契約の成立は認められない」と判断しました。

(1)原告らは「原告会社及び被告の関係者の間で協議が重ねられた後,原告会社の取締役であるIが送信した本件ライセンス契約の契約書のドラフトについて,被告の代表取締役であるGが何らの異議もコメントも」なく、「現に,被告が,原告会社に対し…本件ライセンス契約に基づく金員の支払をしていることなどを指摘し,原告らが主張する内容の本件ライセンス契約が成立している旨主張する」が、①「本件証拠上,原告会社と被告との間で本件ライセンス契約が成立したことを示す契約書が存するとは認められない」。「原告会社と被告との間の本件ライセンス契約に係る契約書のドラフト作成に関する経緯については…飽くまで,被告の原告会社に対する支払が開始された平成24年当時において,「ライセンス料」との支払名目の体裁を整えることについての検討の一環として行われていた」にすぎない。しかも「税務当局から「ライセンス料」名目は認められない旨の指摘を受けるなどして,結局,上記の支払名目の体裁を整えるとの検討自体も頓挫するに至ったといえ,同契約書についても最終的に調印にまでは至らずに現在に至っている」。「上記の契約書のドラフト作成の経緯をもって,本件登録商標その他の標章の対価として,ライセンス料月額120万円を支払うなどの当事者間の合意が成立したものと推認するに足りない」。
 また②「被告から原告会社に対する金員の支払」は,「著名な建築家である原告Bの引退の意向を踏まえて,被告が原告らから引き継いだ業務を遂行して得た報酬を原告らに分配するという大筋の枠組みが,原告らを含めた関係者において共通の了解事項とされ,これに基づき,被告の業務遂行により個別の案件毎に報酬が得られた場合は,被告から原告会社に対して分配金の支払がされていることが認められるから,これ以外…は,被告の業務遂行とは直接関連のない要素を帯びる」。

 しかして、「契約書のドラフト作成も中途で頓挫するなどし」、「「ライセンス料」との支払名目も被告の税務上の観点から,月額120万円という額も家賃等を念頭に決められ」、「支払名目は,ライセンス料の後に,監修料,退職金等というように変遷し」、「原告ら側のIと被告側のG,Hとの電子メールでのやりとり等…をみても,原告らからの金員支払の要請に対し,被告においてそれを踏まえて支払を検討し,ライセンス料以外での名目(監修料,退職金)での支払について提案を行い,原告らは,これに対して特段の異議を述べることはないまま,金員支払を受けている」。「これらに加えて,本件のような額の金員であったとしても,著名な建築家である原告Bの引退の意向や上記枠組みを踏まえて,被告が原告らを支援する趣旨で支払うということが,不自然なものとは解されないことなども併せ考慮すれば,支払われた金員の実質が,当事者間の合意に基づくライセンス料であると認めることはできない」。


Ⅲ.争点2(被告による商標権侵害の成否)及び争点3(被告による不正競争行為の存否)について
1.争点2-2(本件登録商標に係る使用許諾の有無)及び争点3-2(本件表示にかかる使用許諾の有無)
 裁判所は、争点2-2及び3-2を先に検討することとし、以下認定し「被告による商標権侵害及び不正競争行為のいずれも認められない」と判断しました。

 「被告の設立においては,著名な建築家である原告Bの引退の意向を踏まえて,被告が原告らから引き継いだ業務を遂行して得た報酬を原告らに分配するという大筋の枠組みが,原告らを含めた関係者において共通の了解事項とされ,これに基づき,被告の業務遂行により個別の案件毎に報酬が得られた場合は,被告から原告会社に対して分配金の支払がされ,被告が業務を継続していることがうかがわれる」。

 「そうすると,このような被告の業務遂行等の過程において,被告が原告Bに関連する会社であることを取引先等に対し対外的に示してその業務を将来にわたり円滑に行うために,本件登録商標や本件表示を使用すること(被告旧商号に原告Bを示す「D」の表示を使用し、また,被告のウェブサイトにおいて本件登録商標と同一又は類似の標章を表示することを含む。)は,当事者間において当然に予定され少なくとも黙示に合意されていたものといわなければならない」。上記「原告らと被告との関係が悪化するに至るまで,原告らが,被告旧商号や被告標章の使用自体について,被告に対し,異議を述べた事実も認められない」。
 以上によれば「仮に,被告標章の表示が本件登録商標の使用に当たり,また被告旧商号において本件表示が使用されていることを前提…ても,本件登録商標の使用及び本件表示の使用のいずれについても,原告らの許諾があった」というべきである。
 これに対し、原告らは、①「原告Bが被告の主張する本件スキームを主導した事実はなく」、②「被告のGにおいて,原告らの従前からの名声や実績を利用して新たな業務の獲得をしようと企図して,「D」の表示を含む被告旧商号を決定し,また,被告のウェブサイトにおいて,本件登録商標と同一又は類似の被告標章を表示したものであり」,③「原告らは,本件ライセンス契約に基づくライセンス料の支払を前提条件としてこれを許容していたにすぎない旨を主張する」が、「被告の設立の経緯からすれば,原告Bの引退の意向に沿う形で同人の関与の下,前記説示の大枠の枠組みが構想され,実行されたというべきである」。

 また「被告が,その枠組みに沿って設立され業務を遂行する以上,その設立以降将来にわたる業務全般にわたって本件登録商標及び本件表示等を使用できることが含意されていなければ意味がなく,原告らの意思が関与せずにGが独断で「D」の表示を含む被告旧商号を決定し,同様にGが独断で被告のウェブサイトにおいて,本件登録商標と同一又は類似の被告標章を表示したことを認めるに足りる証拠はない。また,③については「本件ライセンス契約の成立が認められない以上,その主張の前提を欠く」。

 

■結論
 裁判所は「本件ライセンス契約の成立が認められない以上,原告らの被告に対する本件ライセンス契約に基づくライセンス料支払請求は理由がない」とし、「本件登録商標又は本件表示に係る使用許諾が認められ,被告の原告らに対する商標権侵害又は不正競争行為のいずれも認められない以上,これらに基づく損害賠償請求も理由がない」などと判断し、請求を棄却しました。

 

■BLM感想等 

 著名建築家の名称等、顧客吸引力のある商標・その他の表示を使用してラインセス契約を行い、その使用対価を得ることは、普通に考えられます。しかし、裁判所が認定するように、本件の場合、「著名な建築家である原告Bの引退の意向を踏まえて,被告が原告らから引き継いだ業務を遂行して得た報酬を原告らに分配するという大筋の枠組みが,原告らを含めた関係者において共通の了解事項とされ,これに基づき,被告の業務遂行により個別の案件毎に報酬が得られた場合は,被告から原告会社に対して分配金の支払がされていることが認められる」わけです。

 しかも、平成27年3月に税務調査が入った際に,税務当局から…原告会社に対する金員支払につき,「ライセンス料」という支払名目を基礎づけるライセンス契約などが」なく,「支払名目を認める法的根拠がな」く、「原告Bが被告の取締役であることから被告が原告らに対して名称使用の対価を支払う正当性はなく,原告Bに対する利益供与に当た」り、「被告が原告会社に対し各プロジェクトで個別に外注費を支払っていること等を理由」に,「原告会社に対する「ライセンス料」名目での支払は事業上の必要経費とは認められない旨の指摘を受け…被告は,過去3年の法人税につき修正申告を行い,追加納付を余儀なくされた」わけです。

 本件は、事案を異にすると言われてしまいそうですが、本ブログで見たFOXEY事件に通じるものがあるように思います。著名な建築家、アーティスト、デザイナー・・・才能あふれる創造者の名前等が顧客吸引力を生じることがありますが、事実を事実としてホームページ等で記載する行為についても、顧客吸引力にフリーライドしていると主張したくなる気持ちも解りますし、実際フリーライドしていえる場合もあるでしょう。それをどこまで認めるか、認められるのか、ビジネスマンの頭で冷静に状況を認識して的確な対応をする必要があるのかもしれません。法的な問題は、著名な建築家を説得できる、より著名な弁護士あたりが対応すればいいんでしょうかね…。

 

By BLM

 

 

 

 

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