不正競争防止法2条1項1号の裁判例をよむ

個人的興味からのランダムピックアップ裁判例 その56

 本日も、血族関係や親子関係等が絡む関係解消事例を見ていきます。

 予めお詫び:本裁判例は、Westlaw Japan(文献番号1992WLJPCA05286007)から引用。形式的な修正追加あり(「」等で明示ない箇所もあります)。

 

  大阪地判平4・5・28〔田辺屋冬籠事件〕昭62(ワ)10985、昭61(ワ)10261

原告 株式会社田辺屋(代表者代表取締役 伊藤M※)
被告 ①安田K二、②安田K也、

被告(第二事件) 本家菓匠幸春有限会社(旧商号・総本家田辺屋幸春有限会社)(代表者代取 安田K二) 

 

参考:前回の田邊屋事件の控訴人・被控訴人は上記当事者と以下の関係にありました。

 控訴人 伊藤A(※伊藤Mの父)   
 被控訴人 伊藤F(※K二はFの弟)

 

■事案の概要等 

 本件は、原告の営業表示「田辺屋」及び商標「冬籠」は、いずれも大阪府高槻市及び茨木市を中心とする地方において広く認識され、また、「田辺屋」の文字は原告の商品表示たる機能も取得し、「冬籠」の文字は原告の営業表示たる機能も取得して、同様に広く認識されていると主張し、これと類似する被告商号及び被告営業表示の使用について、旧不正競争防止法1条1項1,2号に基づき、被告ら(第一事件は被告K二及び被告K也、第二事件は被告会社)に対し右各使用の停止等求めた事案です。

 

■当裁判所の判断

(下線・太字筆者)

Ⅰ.争点1(周知性)について
 本裁判所は、本ブログにて、前回見た大阪高裁昭38・8・27〔田邊屋事件〕昭36(ネ)497について認定した事実が確認されました。(重複部分は本ブログでは省略)

 その上で、以下の事実を認定し、判断しました。
(1)伊藤M死亡後、その子Mが「その営業を承継し、昭和43年11月4日に原告が設立されてその営業をそっくりそのまま承継し、従前のとおり営業表示「田辺屋」及び商標「冬籠」の使用を続けている」。

「原告は、「田辺屋」及び「冬籠」の文字を大書した、年数回の日刊新聞への折り込み広告、バス車体の側面広告、阪急電鉄高槻市駅、茨城市駅及び総持寺駅の各駅構内における看板広告、高槻市内の道路脇における看板広告、地方紙「きつつき」及び「北大阪新聞」への広告などを継続し、また、新聞、書籍及び雑誌で原告が老舗の和菓子店として紹介されるとともに商標「冬籠」を付したあん巻き菓子が有名な菓子として紹介された」。「昭和53年9月から平成元年8月までの間の原告の全商品の売上高は、別紙年度別売上高一覧表の「売上高」欄及び別紙年度別売上高損害金額一覧表の「現実売上高」欄記載とおり、年間1億9000万円余ないし2億8000万円余に上り、そのうち商標「冬籠」を付したあん巻き菓子が占める比率は約九五パーセント」。(以下省略)
 

(2)裁判所は、「以上の事実を総合すれば、遅くとも昭和58年10月頃までには、原告の営業表示「田辺屋」及び商標「冬籠」は、少なくとも大阪府高槻市内及び同市を含む三島地域(同市、吹田市、茨木市、摂津市及び三島郡島本町)において広く認識されるに至っていたと認められ、同時に、「田辺屋」の文字は原告の商品表示たる機能を、「冬籠」の文字は原告の営業表示たる機能をそれぞれ取得し、その趣旨の表示としても同地域において広く認識されるに至っていたと認められ、現時点においても同様である」と認定しました。

 

(3)被告らは、「冬籠」及び「ふゆごもり」なる文字が和菓子の商標として他に使用されている例がある旨主張するも、「右各書籍雑誌は広く消費者に読まれる発行部数の多い書籍ではなく、また右各販売事例も異なる地域におけるものであるから、これらの事実があっても、原告の「冬籠」の商標ないし営業表示が前記地域において周知性を取得した旨の認定を変更することはできない」などとしました。
 被告らはまた、本来本家筋であったE太郎について、「本家田辺屋の営業を再開する意思を有し…廃業したわけではなく、戦災敗戦とその後に続く未曾有の混乱の中で一時的に営業を中断しただけであり、同人がその意思を遂げないまま不遇のうちに亡くなったが、この間に営業及び商号の廃止や商号及び商標に関する権利の放棄はなく、同人の弟であるFと子…が「本家田辺屋」の営業を再開し、前記訴訟の敗訴によって再び中断したが、この際も営業及び商号の廃止や商号及び商標に関する権利の放棄はなく、被告らは、孝三郎やE太郎の遺志を継いで、「本家田辺屋」の継承者として、右訴訟により再度中断した営業を再開した」等と主張したのに対し、裁判所は以下のように認定し、その主張を認めませんでした。

 すなわち「伊藤家の家業であった和菓子店の系譜を継ぐ和菓子店は、昭和18年頃以降昭和58年10月頃までの間は、結果的には前記控訴審判決により「本家田邊屋」の商号等の使用禁止を命じられた昭和33年12月頃から昭和39年9月頃までのFの営業を除けば、A、Mを経て原告に承継されたもののみでありE太郎は高槻市ないしはその近隣地域で営業を再開することはなかったのであるから、仮にE太郎が自ら営業を再開する意思、或いは兄弟のうちの誰かに営業を再開させる意思を有しており、愛媛県において一時営業した事実があるとしても、そのような事実関係は、原告の高槻市を含む三島地域における前記の周知性の取得を妨げる事情とはなりえない。また、Fの各商号ないし商標の使用期間は約六年間にとどま」り、「不適法としてその使用停止を命じた確定判決に従い、昭和39年9月には使用を中止し」、「Fの右使用も右周知性取得の認定を妨げる事情とはなりえない」
 「他方、高槻市を含む三島地域以外の地域において、原告の「田辺屋」の営業表示及び商品表示や「冬籠」の商標及び営業表示が広く認識されていると認め」られず、「原告の…使用の差止めを求める部分はこの点で既に理由がない」。

 

Ⅱ.争点2(類似性及び混同)について
1.被告商号「総本家田辺屋幸春」について
 裁判所は、以下認定し「被告商号は、原告の営業表示「田辺屋」と類似する」と判断し、原・被告の営業が和菓子の製造販売業であることを考慮すると「原告の営業上の施設又は活動と混同を生じさせる」と認めました。

 「高槻市を含む三島地域においては、「田辺屋」という営業表示が広く知られているから、被告商号に接した需要者は、そのうちの「田辺屋」の部分の外観や称呼ないし観念に強く影響され、「田辺屋」と全体的に類似のものとして受け取るおそれがある」とし、…被告商号のうち「総本家田辺屋」の部分からは、「田辺屋なる商号を用いて商売を営む家ないし会社の中で総本家たる立場にあるもの」との観念を生じると推認され」、「「幸春」の部分からは、創業者や現在の経営者等その営業主体にとって重要な人物の名ないし雅号が「幸春」であろうとの連想を生じると考えられるが」、「「田辺屋なる商号を用いて商売を営む家ないし会社の中で総本家たる立場にあるもの」との観念の発生が妨げられ…ない」ため、「被告商号に接した需要者は、右の観念からも、「田辺屋」という営業表示を用いる原告に対して本家と分家という密接な関係にあると認識するおそれがある」。


2.被告営業表示「冬籠殿」について
 裁判所は、「高槻市を含む三島地域において原告の営業表示「冬籠」が周知となっているから、「冬籠殿」という営業表示に接した需要者は、そのうちの「冬籠」の部分の外観、称呼及び観念に強く影響され、「冬籠」という営業表示を用いる原告と同一か、又は密接な関係にある姉妹店等であることを示す全体的に類似の表示と受け取るおそれがある」などと認め、「被告営業表示は、原告の「冬籠」という営業表示と類似する」とし、原・被告の営業が和菓子の製造販売業であることを考慮すると「原告の営業上の施設又は活動と混同を生じさせる」と認めました。

 

(本ブログ:被告商標(一)ないし(五)について:省略)

  
Ⅲ.争点3(被告らが被告商号、被告営業表示及び被告商標を使用するおそれ)等について
 その後、被告らは、あん巻き菓子について商標「冬六代」を使用し、「菓匠幸春」及び「和菓子幸春」という営業表示を使用していること、被告会社は商号を「本家菓匠幸春有限会社」と変更する旨の登記をし、被告K二は、被告商標権の放棄手続をし、被告らは被告商号、被告営業表示及び被告商標を一切使用していないことが認められるとしつつ、裁判所は次のように判断しました。

 「被告(被告会社代表者)K二はFの弟であり…紛争の存在及び確定判決の内容を熟知し、かつ、昭和51年にはMを含むAの相続人がFの相続人に対して…使用行為による損害の賠償を請求する訴訟において被告の一人となり、昭和53年11月に大阪地方裁判所において請求認容の判決を受け、同年12月には同事件原告らと右損害賠償債務の支払いに関する和解契約を締結したにもかかわらず、孝三郎の息子であること等を根拠に、同人やE太郎が営業していた「本家田邊屋」の営業を以前と同じ営業形態で再開する権利があるとの考えから、被告商号、被告営業表示及び被告商標を使用したものであり、現時点においてもそれを使用することは適法であると考えていること…に照らすと、被告らは、現時点においても、被告商号、被告営業表示及び被告商標を使用するおそれがあると認められる」とし、「原告は、被告らの行為によって「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞アル者」に該当する」と判断しました。


Ⅳ.争点4(不正競争防止法六条の抗弁)について
 「あん巻き菓子は、被告商標権の指定商品に属するから、あん巻き菓子又はその包装に「総本家田邊屋幸春」及び「冬籠殿」の標章を付し、これを販売し、その標章を商品に関する広告に付す行為は、いずれも、一応、被告商標権の行使(商標法二五条、二条三項)にあたるように見える」が、「被告K二は、昭和54年夏頃に和菓子の販売業を始めるに際して商号中に「田辺屋」の文字を使用したいとの強い希望を有していたものの…紛争の存在及び確定判決の内容を知っていたために、同様の紛争が生じることを予想してその使用は控え、「菓匠幸春」という商号を用い、昭和57年10月にあん巻き菓子の製造販売を始めた際にも、「冬籠」の文字を含む商標を使用したいとの強い希望を有していたものの、同様にその使用は控えて商標「巻絹六代」を使用しつつ、他方で、被告商標、被告商号及び被告営業表示を使用した場合にFのときと同様不正競争防止法に基づきその使用停止を命じられることを免れる目的で、原告には秘密裡に…各商標登録出願をし、その登録を受けて、その登録商標権行使名義で被告商標、被告商号及び被告営業表示の使用をしたものであり」、「本家田邊屋を営業していた孝三郎やE太郎と被告K二及び被告K也との血縁関係に照らすと、被告K二及び被告K也が「田辺屋」や「冬籠」を商標、商号ないし営業表示として使用したいと考えることは心情的には理解できないわけではないけれども、右事実関係の下においては、右被告らの各行為は、信義に従った誠実な商標権の行使とはおよそかけ離れたものであって、権利の濫用に該当し、不正競争防止法六条所定の商標法による権利の行使と認めることはできない


ⅴ.争点5(被告啓二の「田辺屋」及び「冬籠」の名称を使用する権利の取得)について
Ⅵ.争点6(原告の請求が権利の濫用にあたるか)について
Ⅶ.争点7(損害の発生及び額)等について

  (本ブログ省略)

 

■結論

 裁判所は、原告の請求、すなわち、被告らは「大阪府三島地域(高槻市、吹田市、茨木市、摂津市及び三島郡島本町)において、「総本家田辺屋幸春」という商号及び「冬籠殿」という営業表示を使用してはならない」旨、「右地域において、別紙被告商標目録(一)ないし(五)記載の各商標を商品菓子類及びその包装紙に使用してはならない」旨、その他損害賠償請求等を認めました。

 

■BLM感想等

 本件は、本ブログにて、前回見た大阪高裁昭38・8・27〔田邊屋事件〕昭36(ネ)497の判断が、覆ることなく、その子孫まで、原告が周知性を獲得した地域においては、「田邊屋」及びこれを要部とする表示の使用は認められませんでした。また「総本家田邊屋幸春」及び「冬籠殿」の標章を付し、これを販売し、その標章を商品に関する広告に付す行為は、いずれも、一応、被告商標権の行使(商標法二五条、二条三項)にあたるように見える」が、としつつ、裁判所は、「本家田邊屋を営業していた孝三郎やE太郎と被告K二及び被告K也との血縁関係に照らすと、被告K二及び被告K也が「田辺屋」や「冬籠」を商標、商号ないし営業表示として使用したいと考えることは心情的には理解できないわけではないけれども、…右被告らの各行為は、信義に従った誠実な商標権の行使とはおよそかけ離れたものであって、権利の濫用に該当し、不正競争防止法六条所定の商標法による権利の行使と認めることはできないと判断されています。この点、商標権の取得実務において一般的に、類似の可能性がある先行登録商標がある場合、まずは出願をして拒絶されるかどうかを見て、商標権が取得できれば、一応の非類似性が認められたものとして、その商標を使用する場合も少ないと考えます。しかし、本件の場合、被告商標、被告商号及び被告営業表示を使用した場合にFのときと同様不正競争防止法に基づきその使用停止を命じられることを免れる目的で、原告には秘密裡に…各商標登録出願をし、その登録を受けて、その登録商標権行使名義で被告商標、被告商号及び被告営業表示の使用をした」と認定されており、特許庁が商標出願の際に非類似としたにも関わらず、不正競争防止法上の出所の混同とは、「広義の混同」も含むため、本件のような紛争経緯があるような場合は、商標出願審査においては非類似とされるような案件でも、「田邊屋」等のような「要部」を含む商標は気を付ける必要がありますね。

 周知表示主体のグループから一度離脱した場合は、その周知表示主体から使用許諾を得たりして、正当な使用権原を確保しない限り、かつて本家筋であった等の昔々の話を持ち出しても、もはや、子孫であっても周知表示を勝手に使用できないということかと思います。

 

 ちなみに、WEBで検索すると「菓匠 幸春」 「餡巻き「冬六代」」の菓子が検索されます。本件と関係があるか不明なのでリンクは貼りませんが、もし本件の被告らであるなら、「田邊屋」の周知表示主体から離脱し、これとは別の道を歩む以上、はやくから、別の表示で勝負していくのが得策という教訓を与えそうな気もします。嘘がない限り、自分たちで歴史を作り直せばよいのだろうと思うのですほっこり虹

 

 

By BLM

 

 

 

 

 

 

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