不正競争防止法2条1項1号の裁判例をよむ

個人的興味からのランダムピックアップ裁判例 その55

 本日も、血族関係や親子関係等が絡む関係解消事例を見ていきます。

 予めお詫び:本裁判例は、Westlaw Japan(文献番号1963WLJPCA08270002)から引用。形式的な修正追加あり(「」等で明示ない箇所もあります)。

 

  大阪高裁昭38・8・27〔田邊屋事件〕昭36(ネ)497、判時 368号71頁

控訴人 伊藤A(※伊藤Mの父)   
被控訴人 伊藤F(※KはFの弟)

 

■事案の概要等 

 本件は、控訴人(一審原告)は数十年前から肩書住所地で「田邊屋」という商号を使用して製菓業を営み、その製品であるあん巻菓子「田邊屋の冬籠」について、登録商標「田邊の」(登録第583566号)、登録商標「田邊屋の冬籠」(登録第554700号)、登録商標「冬籠」(登録第381302号、第459242号)を有するところ、被控訴人(一審被告)が「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」を商号として使用し、「田邊屋の冬籠」「田邊屋の冬籠姫」という商標を商品菓子類及びその包装紙に使用したため、これらの行為に対し差止等を求めた事案です。

 

■当裁判所の判断

(下線・太字筆者)

Ⅰ.商法21条による被控訴人の商号使用禁止と被控訴人がした「本家田辺屋」という商号登記の抹消登記手続請求
1.認定事実

 

父梅吉⇒兄孝三郎(⁼幸三郎):「田邊屋」で営業(「本家田邊屋」とも。)⇒子訴外E太郎(営業廃止等)⇒訴外長男S

        ↓(分家)   ↕「田邊屋」が二軒併存。

   ⇒弟:控訴人A:「西田邊屋」(又は「田邊屋」)で営業し、「冬籠」を商標登録。

          ⇒その後、営業継続し「田邊屋」といえば控訴人方の店舗をさすように。

(簡単図:BLM)

 

 裁判所は以下の事実を認定しました。

(1)「控訴人の父訴外亡伊藤梅吉は、高槻市大字上田部で「田邊屋」という商号で菓子製造販売業を営み、「冬籠」という名前の菓子を製造した」。

(2)「その後伊藤梅吉の営業をその子訴外伊藤幸三郎こと伊藤孝三郎が継承した(大正11年家督相続届出)」。「同人は、大正8,9年頃その弟である控訴人を分家させ…「のれん分け」をしたので」、「控訴人も、高槻市大字上田部で「西田邊屋」又は「田邊屋」という商号で右冬籠の製造販売業をはじめ、大正14年5月15日菓子及びパン類に「冬籠」という商標の登録をすませた(商標登録第171368号)。
(3)「高槻市内に「田邊屋」が二軒併存して菓子屋を営業するようにな」り、「本家筋に当る伊藤孝三郎は商号を、「本家田邊屋」として営業」。昭和11年、同人死亡後「その子訴外亡伊藤E太郎が営業を継承」し、「昭和17年頃には、控訴人方と区別して「東田邊屋」ともいった」。
(4)伊藤E太郎は昭和18年頃応召し、高槻市の「営業を廃止し」「営業道具類を全部処分」家族は妻の郷里愛媛県大洲市に疎開。E太郎は復員後同市に定住。昭和22年頃、高槻市の貸家などを処分。大州市で家族とともに生活を送るもその後自殺。
(5)「控訴人の営業は、大正8,9年頃から今日まで継続され、何時の間にか、「田邊屋」といえば、控訴人方の店舖をさし、控訴人といえば、「田邊屋」と呼ばれ、その製品である「冬籠」は、高槻市の代表銘菓として高槻市を中心としたその周辺である吹田市、更には京都市、大阪市、芦屋市辺のいわゆる京阪神地方までその名前が知られて賞味されるようになつた」。
(6)「被控訴人は、昭和21年に復員し、定職なく…親類がみかねて、昭和二六年頃から控訴人方に住み込ませ…控訴人方の営業を手伝い、妻帯後は通勤して控訴人方で稼働」。「ところが、被控訴人は…伊藤E太郎の長男訴外伊藤Sと相談し、高槻市で伊藤E太郎の…「本家田邊屋」の営業を再び始めようとしてその計画を進め、同月頃無断で控訴人方をやめ、控訴人方店舖から約100メートルも距つてないところに借家して「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」の商号で突如開店し、この商号を使用して同一の製品であるあん巻菓子に「冬籠」と名付けて商品菓子類の販売をはじめた」。
(7)「その店舖の看板には「六代目本家田邊屋」と、店舖入口ガラス戸には「本家田邊屋」と夫々書きあらわし、被控訴人の製造する「冬籠姫」という菓子が古い伝統のある高槻銘菓であることを宣伝し」、「包装紙には「六代目本家田邊屋」との商号と「本家田邊屋の冬籠姫」との商標を印刷」。
(8)「被控訴人は、伊藤E太郎が「本家田邊屋」の五代目であり、戦前田邊屋が二軒併存していたところから、自分は伊藤E太郎の後を襲つて六代目として「本家田邊屋」を正当に再興できる」と考えた。
(9)「被控訴人の店舖ができたので、控訴人方の店舖と混同され、控訴人の顧客のうち間違えて被控訴人方の店舖に行つたり、商品の注文の電話が間違つて被控訴人の方に行」くなどし、「被控訴人の製造する「冬籠」の品質が悪いため控訴人方の信用を落したこともある」。
 

2.伊藤E太郎の営業の廃止等

 裁判所は、以上の事実、すなわち「伊藤E太郎は…応召するとき営業用の道具類を全部処分して、家族をその妻の郷里である大洲市に疎開させ、復員後…高槻市にあつた貸家も処分し、自殺する‥まで大洲市にその家族と居住し指圧療法の教師をしていた事実から判断」すると、「E太郎は、昭和18年からは高槻市で「本家田邊屋」の商号で菓子製造販売業を営業する意図は全くなく、「本家田邊屋」という商号の使用を廃止した」と認定しました。なお「E太郎がその商号権を被控訴人に譲渡した証拠は」なく、「同人の家族がその商号権を使用して高槻市で菓子製造業を営んだ証拠もない」と認定しました。
 

3.商法上の判断

 裁判所は、「客観的には…伊藤E太郎は「本家田邊屋」なる商号を廃止したのであるから、その再興ということもありえない

」が、伊藤E太郎が使用していた「本家田邊屋」の商号を自分も使用してその後を襲う意図の下、「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」の商号で製菓業を営むため新店舖を開店し、「被控訴人の右主観的意図には、一般人をして被控訴人の営業を控訴人の営業であるかのように誤認させようとする意図」、即ち商法21条1項の「不正の目的」はなかったと認定し、控訴人の商法21条にもとづく本訴請求は失当と判断しました。

 

Ⅱ.旧不正競争防止法一条一号二号による請求
 裁判所は、不正競争防止法一条一号及び二号は「商法21条1項と趣きを異にし、右行為者に不正の目的のあることを要件としておらない」とし、「被控訴人には不正の目的がない」と認定したが、これらの規定に該当するか以下検討しました。
1(1)判断基準

 「不正競争防止法一条一号及び二号にいうところの「本法施行の地域内において広く認識せられる」とは、本邦全般にわたつて広く知られていることを必要とせず、一地方(例えば京阪神地方)において広く知られている場合も含まれると解するのが相当である(最高裁判所昭和三四年(あ)第七八号同年五月二〇日第二小法廷決定刑集一三巻七五五頁参照)」。

 (2)本件に関する判断

 「控訴人の「田邊屋」という商号及び「田邊屋の冬籠」という商標は高槻市を中心にしてその周辺及び京阪神地方にまでも広く知られている」。
 

2(1)判断基準

 「不正競争防止法一条一号及び二号にいうところの他人の商号、商標は、それらの登記、登録の有無を問わないと解すのが相当である。なぜならば、同法は少なくとも一地方において広く認識された商号や商標の使用を不正競争から保護することをその目的としているからである。登記、登録を要件とするのであれば、わざわざ法が「広く認識された」商号や商標とことわる必要がどこにもなかつたといえる」。

 (2)本件に関する判断
 「控訴人の「田邊屋」という商号及び「田邊屋の冬籠」という商標が、右認定のとおり京阪神地方では広く認識された控訴人の商号であり商標であつたと説示すれば足りる」。


3.上記認定の上、裁判所は、被控訴人の使用する「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」の商号と、控訴人の「田邊屋」の商号は類似である旨認定しました。

 

4.被控訴人が「田邊屋の冬籠」「田邊屋の冬籠姫」を商標として商品菓子類及びその包装紙に使用しているところ、これらの商標と、控訴人の商標と同一であり、「田邊屋の冬籠姫」は、控訴人の商標に僅か「姫」の一字を接尾しただけで、極めて控訴人の商標と類似していると認定し、商品菓子類及びその包装紙に使用しているため、控訴人の商品と混同が生じている、と認定しました。そして、これにより、控訴人は営業上の利益を害せられる虞れのあると認定しました。
 

5.以上により、裁判所は「控訴人は、被控訴人に対し不正競争防止法一条一号にもとづき被控訴人が「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」という商号と「田邊屋の冬籠」「田邊屋の冬籠姫」という商標を商品菓子類及びその包装紙に使用する行為を差し止めることができる」と判断しました。

 

(以下省略)
 

■結論

 裁判所は、控訴人の被控訴人に対する請求、すなわち「「本家田邊屋」という商号を使用してはならない」旨、「「本家田辺屋」の商号登記の抹消登記手続をせよ」との旨、「「六代目本家田邊屋」という商号を使用してはならない」旨、及び「「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」という商号と「田邊屋の冬籠」「田邊屋の冬籠姫」という商標を商品菓子類及びその包装紙に使用してはならない」旨の請求を認めました。

 

■BLM感想等

 本件は、前回見た東京地判昭34・6・29〔丸美屋食品工業事件〕昭30(ワ)5567の事案に似ているように思います。本件は親族間の争いであるので、丸美屋食品工業事件は創業家と元従業員等との紛争である点で異なり、また後者は、約9年間休業していた間に、もう一方が急激に周知とさせた事情があり、創業家が差止請求をした事案でした。もともとは周知表示主たる創業者(家)からその営業を正当に引き継いだものではない点では共通すると思います。

 本件は、本家とそこからのれん分けされた分家の両者が併存して商いをしていたところ、本家筋は戦災でいわば不可抗力で営業を廃止せざるをえなかった事案でした。一方、分家である控訴人の営業は「大正8,9年頃から今日まで継続され、何時の間にか、「田邊屋」といえば、控訴人方の店舖をさし、控訴人といえば、「田邊屋」と呼ばれ、その製品である「冬籠」は、高槻市の代表銘菓として高槻市を中心としたその周辺である吹田市、更には京都市、大阪市、芦屋市辺のいわゆる京阪神地方までその名前が知られて賞味されるようになつた」ということで、本家が周知表示主(グループ)から、いわば離脱し、分家の方が周知表示主として残ったと言えそうです。

 いったん周知性を獲得した表示については、誰が正当な承継者か、ということよりも(これも重要だと思いますが)、現在まで途切れることなくたどれる者は誰かがより重要なようです。使用が継続されていれば、その者が、ゼロから周知性獲得に貢献した者でなくても、不正競争防止法2条1項1号(旧法1条1項1号2号)の差止請求が認められるといえそうです。

 

By BLM

 

 

 

 

 

 

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