不正競争防止法2条1項1号の裁判例をよむ

個人的興味からのランダムピックアップ裁判例 その20

 本日も、元従業員と、その所属先であった会社との間で紛争となった事例を見ていきます。なお、本件は、不正競争仮処分申立却下決定に対する抗告事件です。

 

  東京高判平13・8・20〔フルーツグルメ事件〕平13(ラ)1025

 

抗告人 株式会社ジャパンフレーズ(代表I)
相手方 ゴールデン・アルファ株式会社(代表M)

 

■事案の概要
 本件は、抗告人が、同抗告人の元従業員であり、かつ、相手方の代表取締役であるMに対し、「フルーツグルメの名称及び標章(果実等の造形模様とFRUIT・GROUMETの英文字を組み合わせたもの)
」の表示(以下「本件表示」)を使用して食用果実もしくはその加工品の販売又は通信販売する行為、及び、Mが退職する以前に取得した抗告人取引先に関する食用果実の取引情報を開示又は使用に対し、不正競争防止法2条1項1号及び同項4号に基づき、仮処分申立てたところ、却下決定がされたため、これに対し抗告した事案です。

 

■当裁判所の判断

1.認定事実
 裁判所は相手方
ゴールデン・アルファ株式会社の代表「M」についって、以下の事実を認定しました。

 平成2年6月ころから平成7年4月までの間、パイオニア貿易株式会社の代表取締役。同年4月から平成9年2月までの間、相手方ゴールデン・アルファ株式会社の代表取締役。パイオニア貿易ないしは同相手方を営業主体として、継続的に本件表示を使用して、食用果実の通信販売の営業を行い、700人以上の顧客を獲得し、また、同顧客情報を管理し、通信販売の営業活動に使用するために必要なソフトウエアを開発。

 平成9年3月から同年9月まで、株式会社大禄に入社。本件表示と上記顧客名簿及び同ソフトウエアを使用し、同社を営業主体として食用果実の通信販売の営業活動を継続。

 同年9月、株式会社大禄退社し、抗告人株式会社ジャパンフレーズに入社。

 なお、平成6年から同9年、金商又一株式会社にも出向して、同社を営業主体としてあるいは同社と相手方ゴールデン・アルファ株式会社の共同名義で、本件表示と上記顧客情報及び同ソフトウェアを使用して,食用果実の通信販売活動もしていた。

 平成9年10月、同抗告人に雇用され,平成12年9月退職まで営業部長として勤務。同抗告人は本件表示を使用し、Mから提供を受けた顧客情報と上記ソフトウェアを使用し食用果実の通信販売活動を行い、新規顧客を獲得。しかし同抗告人とMとは、Mが開発し蓄積してきた顧客情報及び上記ソフトウェアについて法律上生じ得る権利を、Mが抗告人に譲渡したのか、単に使用許諾していたのか明確な合意はなく、かえって、同抗告人がMにこれらの顧客情報及び上記ソフトウェアについて生じ得る法律上の権利を譲渡したと推認されるような対価の支払いを認められないため、同抗告人がMから譲り受けたものと認められない。 

 なお、同抗告人退職後、相手方ゴールデン・アルファ株式会社の代表取締役に戻り、同相手方は、本件表示と上記顧客名簿及び同ソフトウェアを使用し食用果実の通信販売活動を再開し継続している。

 

2.不正競争防止法2条1項1号に基づく申立てについて
 裁判所は、同号の要件「周知性」について以下のように認定・判断しました。

ア)本件表示「フルーツグルメ」の語は、単に「フルーツ」と「グルメ」という一般に汎用されている語を組み合せた語で、本件表示のうちの標章部分も、「FRUIT GROUMET」の英文字と、取扱商品である果実を表す比較的単純な造形模様の組み合わせで「抗告人の営業分野である食用果実の通信販売においては、本件表示それ自体が本来有する自他識別力はかなり弱い」。
 

イ)抗告人は、平成9年10月から本件表示を使用して、食用果実の通信販売を行い、Mが提供した顧客情報及び新規に獲得した顧客に対し、営業活動を行った。「抗告人においては、3200人余りの氏名、住所、電話番号等を記載した顧客名簿」が認められ、本件表示は「抗告人が本件表示の使用を開始する前の…約7年間にわたり、パイオニア貿易株式会社、株式会社大禄、相手方及び金商又一株式会社によって、いずれも食用果実の通信販売の営業のために、Mが開拓した700人以上の前記顧客やその他の顧客に対し使用されてきた」。「すなわち、本件表示は、前記3200人の得意先のうち,少なくともMらが開拓した700人の顧客については,抗告人以外の複数の企業の営業表示として使用され」、「これらの複数の企業と抗告人とが何らかの組織的・経済的関係を有する」と認められないから、これらの事情に照らせば、本件表示が上記700人の顧客について抗告人と結びつけられて認識されるに至ったものとは到底認められない」(下線筆者)。また「3200人の顧客名簿には、本件表示を使用した食用果実の通信販売業務とは無関係の外国に住所を有する顧客約1200人の名簿が含まれ」るなどのため、上記通販で「顧客名簿としては価値を有しない」。また、抗告人が「何名程度を新規に顧客として獲得したのか、Mが提供した顧客が…どの程度含まれ」るか明確ではない。
 

ウ)抗告人の通信販売の商品届け先は「抗告人に対し商品を発注する者とは異なり、単に贈答品等として商品を受領するだけのもので」、「直ちに本件表示を抗告人と結びつけて、その営業表示として認識するに至っているとは通常考えにくい」。
 

エ)本件表示は「抗告人と結びつけられて広く認識されるに至っているとは認め」られない。
 

3.不正競争防止法2条1項4号に基づく申立てについて
ア)抗告人
株式会社ジャパンフレーズは、Mから提供を受けた顧客情報は、提供を受けた後は抗告人の顧客情報として管理され,Mの顧客情報として管理されていた事実はないから、これを相手方ゴールデン・アルファ株式会社が使用することは許されない旨主張するのに対し、裁判所は以下のように認定・判断しました。

 「Mが抗告人に在職中に、上記顧客情報が抗告人の管理下にあったとはいえても、Mと抗告人との間で、Mが保有していた上記顧客情報が抗告人に譲渡された…と認め」られない。「上記顧客情報は、Mの在職中に限り、Mから抗告人に対し、その利用が許諾されていたにすぎず」、M退職後は「Mに返還されるべきものである」。「したがって、Mが、抗告人入社以前に取得していた顧客情報は、Mがこれを使用でき、同相手方が不正な手段によってこれを取得したといえない」。
 

イ)相手方ゴールデン・アルファ株式会社が使用した顧客情報の中で、「抗告人の顧客であることが証拠上明らかなのは…数例にとどまり…抗告人の顧客が含まれているか、含まれているとしてどの程度の人数」か認めるに足りる的確な疎明資料がない。「抗告人の顧客情報は…バックアップデータ中の抗告人の顧客情報」の消去漏れがあったものにすぎないと推認でき、「抗告人が指摘する上記の事実関係のみでは、相手方が上記抗告人の顧客のデータを…不正な手段によって取得した」と認められない。
 

4.結論

 以上のほか、抗告人の主張について裁判所は認めず、抗告人の申立ては理由がなく,これを却下した原決定は相当であるから,本件抗告を却下しました。

 

■BLM感想等
 元従業員等が、独立し、独立前に所属していた会社の事業と同種の事業を行うことで紛争が生じる場合があります。特に、元従業員等が従前の会社の製品とある程度同じものを製造・販売する場合、当該会社は元従業員等に対し不正競争防止法2条1項1号に基づき差止請求を行うケースが散見されます。本件では、抗告人に雇用され退職するまでの間、営業部長として勤務していたMが、退職後、別の会社の代表取締役となっていた事例で、かかる別の会社に対し訴えられたケースでした。そして、食用果実の通信販売活動に用いられた顧客情報及び同ソフトウェアは、抗告人の元従業員Mが入社前から、構築等されていたものでしたが、一定期間、抗告人の業務として提供されており、その顧客情報(ソフトウェア)と表示の帰属主体が問題となりました。

 本件では、問題となった「フルーツグルメの名称及び標章(果実等の造形模様とFRUIT・GROUMETの英文字を組み合わせたもの)」の表示に自他商品・役務識別力が認められない事例でしたが、識別力が認められる場合は、裁判所は「上記顧客情報は、Mの在職中に限り、Mから抗告人に対し、その利用が許諾されていたにすぎず」、M退職後は「Mに返還されるべきものである」と判断しているため、表示の帰属先も元従業員MとMが代表取締役を務める相手方会社に認められる可能性があると考えます。但し、本件表示について裁判所は、「前記3200人の得意先のうち,少なくともMらが開拓した700人の顧客については,抗告人以外の複数の企業の営業表示として使用され」、「これらの複数の企業と抗告人とが何らかの組織的・経済的関係を有する」と認められないから、これらの事情に照らせば、本件表示が上記700人の顧客について抗告人と結びつけられて認識されるに至ったものとは到底認められない」とも判断しており、かかる認定を前提にすると、周知性が認められる場合とは、一貫してM自身を出所と認識されていることを証拠を出して示す必要はあると思います。

 以前に(こちらこちら)、本ブログで、近年は、良くも悪くも人材の流動性が高まっていますと述べましたが、ソフトウェア開発者等の技術開発者も同様に流動性が高まると思います。技術開発者を雇用する製造業者としては無形資産をどのように管理するかは、今後ますます課題になるだろうと思います。本件について、抗告人は、このような紛争をおこすのであれば、Mを雇用する際に、顧客情報とソフトウェア等を買い取っておくか、少なくとも「フルーツグルメ」の表示を買い取り、その文字に識別力の高いデザインを施し、登録商標を得ておくことが得策であったのかもしれません。

 

By BLM

 

 

 

 

 

 

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