以前ブログに記載した『令和元年(ワ)第16017号 意匠権侵害行為差止請求事件』で、控訴審判決が出たので見てみます。それが、令和2年(ネ)第10053号 意匠権侵害行為差止請求控訴事件です。

 原審では、意匠に係る物品を「自動精算機」とする意匠登録第1556717号の意匠権(本件意匠権)を有する控訴人(原審の原告)が、被控訴人(原審の被告)に対し、被控訴人の券売機(被告製品)の販売等が本件意匠権を侵害するとして、差し止め請求等を求めましたが、控訴人の請求をいずれも棄却しています。そこで、控訴人は、原判決を不服として本件控訴を提起したものです。

 結論としては控訴棄却という結果になっていますが、裁判所(知財高裁)の類否判断がどのようなものか、見てみましょう。

◆裁判所の判断~被告意匠は本件意匠と類似するか~
 知財高裁はまず物品を認定していますが、この点は当事者間に争いはありませんでした。

 次に、本件意匠の構成態様を認定する際に、部分意匠について確認的に注意点を記載しています。

 すなわち、
部分意匠たる本件意匠の位置,大きさ,範囲は,破線で示されたにすぎない筐体との関係で決せられるものであり,タッチパネル部の筐体からの突出の具体的な比率,タッチパネル部と筐体との大きさの具体的な比率,タッチパネル部が筐体に占める具体的な比率までもが本件意匠の内容となるものではなく,タッチパネル部が本体の正面上部右側に本体の上辺より上方に突出し後傾する態様で設けられているとの限度で構成態様になり得るにすぎないというべきである。』という点です。これは控訴人の反論を見越しての記載です。

 そして、本件意匠の構成態様を以下のように認定しました。
ア 基本的構成態様
 上部を後方に傾斜させた縦長長方形状のディスプレイと,ディスプレイを収容する縦長略長方形状のケーシングの正面部分であり,タッチパネル部が自動精算機本体の正面上部右側に本体の上辺より上方に突出して配置されている。

イ 具体的構成態様
① タッチパネル部は,縦横比が約1.7対1となっており,約15度の角度で後傾させられている。
② タッチパネル部下側部分が自動精算機本体の正面から前方に突出する態様で設けられている。
③ ケーシングの正面部分は,ディスプレイと略相似形であり,ディスプレイと同一面を形成する枠部(等幅額縁状枠部)がある。
④ 枠部の外周を囲み正面から背面に向けて側方視末広がりに傾斜する傾斜面部(別紙1「参考図1」では面取り部)が設けられており,傾斜面部(下側部分を除く。)は,上側部分の外縁上側,左側部分の外縁左
側,右側部分の外縁右側において,ディスプレイ正面に対して垂直方向に設けられた周側面に接する。
⑤ 傾斜面部の下側部分(なお別紙1「参考図1」では「周側面(下側部)と表記されているが,「面取り部(下側部)」とするのが正しい。)は,傾斜面部の上側部分の外縁から傾斜面部の下側部分の外縁下側まで(控訴人が主張する「タッチパネル部正面縦幅」と同義であると解される。)の直線長さの約15分の1ないし17分の1の幅に形成されて,傾斜面部の上側部分及び左右側部分の幅よりも約4倍の幅広に形成されている。


 また、被告意匠の構成態様を以下のように認定しました。
ア 基本的構成態様
 上部を後方に傾斜させた縦5 長長方形状のディスプレイと,ディスプレイを収容する縦長略長方形状のケーシングの正面部分とからなるタッチパネル部が本体の正面上部左側に本体の上辺より上方に突出して配置されている。

イ 具体的構成態様
① タッチパネル部は,縦横比が約1.3:1となっており,約30度の角度で後傾させられている。
② ケーシングの正面部分はディスプレイと略相似形であり,ディスプレイと同一面を形成する枠部(等幅額縁状枠部)がある。
③ 枠部の外周を囲み正面から背面に向けて側面視末広がりに傾斜する傾斜面部が設けられており,傾斜面部の下側縁は,ディスプレイ正面に対して垂直方向に設けられた周側面に接する。
④ 傾斜面部は,下側部分を含めて,いずれも傾斜面部の上側部分の外縁上側から周側面の下側面の背面側縁までの直線長さの約128分の1の幅であり,傾斜面部の下側縁と接する周側面は,同約64分の1の幅に形成されている(当事者双方にその正確性について争いがない控訴理由書記載の被告製品図面による。なお,控訴人は,別紙3の「被告製品参考図」や被告製品のカタログ(甲4)を基に計測した値として,前記
第2の4(1)ア(イ)b③のとおり主張するが,仮にこの主張に基づくとしても,上記認定の傾斜面部の幅(約128分の1)と周側面の幅(約64分の1)の合計幅(約128分の3)に相当する部分の幅を約37分
の1とするものであって,両者の幅の相違が視覚に与える影響は極めてわずかなものにすぎず,結論に影響は生じない。)。


 そして、本件意匠と被告意匠との共通点は以下のように認定しています。
ア 基本的構成態様
 上部を後方に傾斜させた縦5 長長方形状のディスプレイと,ディスプレイを収容する縦長略長方形状のケーシングの正面部分とからなるタッチパネル部が,本体の正面上部に本体の上辺より上方に突出して配置されている。

イ 具体的構成態様
① ケーシングの正面部分はディスプレイと略相似形である。
② ディスプレイと同一面を形成する枠部(等幅額縁状枠部)がある。
③ 枠部の外周を囲み正面から背面に向けて側面視末広がりに傾斜する傾斜面部を有している。


 一方、本件意匠と被告意匠との採点は以下のように認定しています。
ア 本件意匠のタッチパネル部は,本体正面上部の右側に設けられているのに対して,被告意匠のタッチパネル部は,本体正面上部の左側に設けられている点(控訴人主張差異点1と同旨)。
イ 本件意匠のタッチパネル部は,縦横比が約1.7対1として約15度の角度で後傾させられているのに対して,被告意匠のタッチパネル部は,縦横比が約1.3対1として約30度の角度で後傾させられている点(控訴人主張差異点2及び被控訴人主張差異点Aと同旨)。
ウ 本件意匠のタッチパネル部は,タッチパネル部下側部分が本体の正面から前方に突出する態様で設けているのに対し,被告意匠のタッチパネル部は,そのような態様となっていない点。
エ 本件意匠は,傾斜面部の下側部分が,傾斜面部の上側部分の外縁上側から傾斜面部の下側部分の外縁下側までの直線長さの約15分の1ないし17分の1の幅であり,傾斜面部の上側部分及び左右側部分の幅よりも約4倍の幅広に形成されているのに対し,被告意匠は,傾斜面部は下側部分も含めて,いずれも傾斜面部の上側部分の外縁上側から周側面の下側面の背面側縁までの直線長さ5 の約128分の1の幅であり,傾斜面部の下側縁と接する周側面の下側面は,同約64分の1の幅に形成されている点(被控訴人主張差異点C及びDと同旨)。


 では、類否判断はどうでしょう?
⑹ 類否判断
ア 登録意匠とそれ以外の意匠とが類似であるか否かの判断は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行われ(意匠法24条2項),具体的には,意匠に係る物品の性質,用途,使用形態,公知意匠にはない新規な創作部分の有無等を参酌して,需要者の注意を惹きやすい部分を把握し,そのような部分において両意匠が共通するか否かを中心としつつ,全体としての美感が共通するか否かを検討すべきである。


 まずは、『需要者の視覚を通じて起こさせる美感』がポイントです。なお、「美観」ではありません。『美感』です。

 そして、
イ 本件意匠の具体的構成態様は前記⑵のとおりであるところ,タッチパネルの縦横比や後傾角度をどのように構成するかによっては,ありふれた範囲内の差しか生じないのであり,また,ディスプレイの枠を等幅に構成するのはありふれた手法であるから,具体的構成態様①及び③が美感に与える影響は微弱である。したがって,前記(4)イの共通点に係る具体的構成態様①及び②並びに前記(5)イの差異点が類否判断に与える影響はほとんどない。』としています。

 更に、3件の公知意匠を認定した後、
これらによると,本件意匠登録出願前に,自動精算機又はそれに類似する物品の分野において,筐体の上端部から一定程度突出するディスプレイ部について,上方を後方に傾斜させたディスプレイが縦長長方形状であり,ディスプレイを収容するケーシングが縦長略直方形状である意匠が知られていたものといえるし,より一般的に考えても,自動精算機又はそれに類似する物品のディスプレイ部において利用者が見やすくタッチしやすい形状を得るためには,本件意匠のような基本的構成態様とすることが社会通念上も極めて自然かつ合理性を有するものと考えられる。

そうすると,本件意匠の基本的構成態様は,新規な創作部分ではなく,自動精算機又はこれに類似する物品に係る需要者にとり,特に注意を惹きやすい部分であるとはいえず,需要者は,筐体の上端部から一定程度突出し上方を後方に傾斜させたディスプレイ部であること自体に注意を惹かれるのではなく,これを前提に,更なる細部の構成から生じる美感にこそ着目するものといえるから,本件意匠の基本的構成態様が美感に与える影響は微弱である。したがって,共通点に係る基本的構成態様が類否判断に与える影響はほとんどないし5 ,また,タッチパネル部を本体正面上部の右側に設けるか左側に設けるかによっては,ありふれた範囲内の差しか生じないから,前記(5)アの差異点も類否判断に与える影響はほとんどない。
』と判断しています。

 これらに基づき、知財高裁は、
本件意匠については,前記(2)イの具体的構成態様②,④及び⑤が需要者の注意を惹きやすい部分となるから,前記(4)イの共通点に係る具体的構成態様③並びに前記(5)ウ及びエの各差異点が類否判断に与える影響が大きい。
 そこで検討するに,本件意匠と被告意匠とは傾斜面部を有する点において共通するといっても,下側部分も含めて,被告意匠の傾斜面部の幅,あるいはこれにその下側縁と接する周側面の幅を合わせた合計幅は極めてわずかな広さしかないのに対し,
本件意匠は,傾斜面部の上側及び左右側部分の幅(傾斜面部の上側部分の外縁上側から傾斜面部の下側部分の外縁下側までの直線長さを仮に50cmとすると,0.75cm前後となる。)に対する傾斜面部の下側部分の幅(上記の仮定によれば,3cm前後となる。)に極端に差を設けることによって,下側部分が顕著に目立つように設定されており,しかも,傾斜面部の下側部分に本体側から正面側に向けた高さを確保することにより,タッチパネル部が本体の正面から前方に突出する態様を構成させているというべきである。そして,需要者は,様々な離れた位置から自動精算機を確認し,これに接近していくものであり,正面視のみならず,斜視,側面視から生じる美感がより重要であるといえるところ,本件意匠の傾斜面部の下側部分の目立たつように突出させられた構成は需要者に大きく着目されるといえ,この構成態様により,本件意匠はディスプレイ部全体が浮き出すような視覚的効果を生じさせていると認められる。他方,被告意匠は,傾斜面部と周側面がわずかな幅にすぎず(上記の仮定によれば,合計しても1.2cm前後にすぎない。),ディスプレイ部がただ単に本体と一体化しているような視覚的効果しか生じないと認められる。したがって,差異点から生じる印象は,共通点から受ける印象を凌駕するものであり,本件意匠と被告意匠とは,たとえディスプレイ部の位置等に共通する部分があるとしても,全体として,異なった美感を有するものと評価できるのであり,類似しないものというべきである。

 傾斜面部の下側部分が目立つようなデザインになっていることから、本件意匠ではディスプレイ部が浮き出すような視覚的効果が生じるところ、被告意匠ではそういった効果が生じないので、両意匠は類似しないと判断しました。

 なお、知財高裁は控訴人の複数の主張について採用できないとしていますが、上記の浮き出る視覚効果について以下のように判断しています。
エ 控訴人は,被告意匠もタッチパネル部が機器本体から浮き出したような印象を与える旨を主張する(前記第2の4⑴ア(オ)d)。しかしながら,そのような印象は,前記ウのとおり,本件意匠のタッチパネル部下側面が本体の正面から前方に突出する態様で設けられていること(前記(5)ウの差異点),本件意匠の傾斜面部の下側が傾斜面部の上側及び左右側より幅広に構成されていること(同エの差異点)から主として生じるものであり,そのような構成を有していない被告意匠からは,上記の印象は受けないと認めるのが相当である。

 視覚効果がどのような「構成」から生じるのかを判断しています。視覚効果が実際に存在する「物」から生じる場合、どういった構成によってその視覚効果が生じるのかを適切に把握する必要がある点は、特許にも通じるものがあります。

◆雑感
 知財高裁が『そのような印象は,前記ウのとおり,本件意匠のタッチパネル部下側面が本体の正面から前方に突出する態様で設けられていること(前記(5)ウの差異点),本件意匠の傾斜面部の下側が傾斜面部の上側及び左右側より幅広に構成されていること(同エの差異点)から主として生じるものであり』というように指摘している点は特許をやっている人間からも面白いのではないでしょうか。

 意匠法はデザインを保護する制度ですが、デザインは何らかの視覚的効果を生み出します。法改正により画像のデザインも意匠法の範疇に入りましたが、物品の外観デザインや、建築物、内装等のデザインは、それらの視覚効果がやはり何らかの物理的な構成から生じています。

 その物理的な構成をきちんと文章で説明するということは、前提として構成をきちんと把握している必要がありますが、そういった把握は特許をやっている人は常日頃行っていることです。

 そういう点で意匠におけるデザインと特許における発明とには共通性があるのだろうと思います。

by KOIP

 

 

 

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