コロナ禍の、beforeと、afterで、世界的な規模で社会が変わる、又は問題がより顕在化すると思う時、最前線で戦っているわけではないBLMとしては、今何をすべきか、歴史を少し遡って今あるモノやコトを「本当ですか?」と探ってみるか、と思う。
そこで、日本は、明治時代〜第二次大戦後、多くの制度を欧米から輸入している訳だが、このところ、不正競争規制をちょっと調べている。
5月14日の記事では、英米法国で「不正競争」とはどのようなものを意味するのか?」と題して、田中和夫先生の「米国州際通商上の不正競争」国際経済法研究会編『国際不正競争の研究』(昭和30年,有斐閣)を参考・引用しながら少々考えた。
(以下、『』内は同書からの引用。それ以外はBLM私見あり。なお、原本は旧漢字を用いて書かれているが、BLMにて新漢字にしている。間違いがあったらご了承いただきたい。
同記事で、International News services v. The Association Press, U.S. 215 (1918)(以下「AP事件」)を取り上げた。日本と異なり国内で時差がある米国
で可能だったた不正競争行為(つまり時差を利用して他人の情報を自分の情報として持ってくる行為)であったと言えるかもしれない。
田中先生は、『この判決は、不正競争の範囲を拡張したものであることは明らかである。』とし、『報道に限らず、すべての逆passing offは不正競争であるとの意見が、その後Schechter poultry Corporation v. United States, 295 U.S. 495, 531-2 (1935) において Hughes主席裁判官によって述べられており、また、右に述べたAP事件で、Pitney裁判官はすこぶる広汎な言葉を用いて、競争者間において不当と考えられる殆ど全ての行為が訴の対象となるような意見を述べてはいる』とし、しかし、田中先生は、『果たして具体的事件が起こった場合にどの程度まで不正競争であると判決されるかは、今後の判例の発展に待たなければならない』(田中154)とする。
なお、上記Hughes主席裁判官が、『「近年になって(不正競争の)範囲が広げられた。それは、不正表示(misrepresentation)と同様に不正私用(misappropriation)、即ち他人の物を自己のものとして売却すること ―衡平上は、競争の相手方に属するものを不正に使用すること、にも適用がある」と言った』と説明される(田中154)。
ここで、なぜBLMが、米国における不正競争規制の成り立ちにこだわるのか、特に、その規制の拡大に着目しているのかというと、日本の現行不正競争防止法の作りを知りたいからだ。ちょっと我が国現行法を確認してみたい。
まず、不正競争防止法2条1項1号は、「不正競争」とはどのような行為か?
「他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡」等して、「他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」と規定する。
1号は、“他人の周知な商品等表示の下で自分の商品を販売等する”といった行為を不正行競争と捉えている、と思う。当該他人が「この商標は、ワタシの商品を販売するための目印で、勝手にこの商標の下で、ワタシとは関係ない商品を販売して、需要者を混同させ(又は詐欺をはたらい)るな 」と主張している。
こう考えると、“商標(商品等表示)が誰かの財産である” という観点は基本的にここにはない、とも言える。
次に、不正競争防止法2条1項2号の「不正競争」とはどのような行為か?
「自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡」等する行為と規定する。
2号は、“他人の著名な商品等表示を持ってきて、自分の商品等表示だと言って、その下で自分の商品を販売等する”といった行為を不正行競争と捉えている、と思う。これは1号と異なり、商品等表示自体に着目して、当該他人が「この商標を盗んで自己のものとして使うな」と主張している。こう捉えると、“商標(商品等表示)が誰かの財産である” という観点が入り込む余地がある”とも言える。
この観点は、不正私用(misappropriation)という行為と捉えられるのだろう。
一方、“他人の著名な商品等表示を持ってきて、自己の商品等表示として使用する”という点に着目すると、これによって、需要者等が騙される(混同される)と捉えることもできる、と思う。そうすると、“reverse passing off(逆パッシングオフ)”とも言えるのだろう。
ただ、2号は、“著名な”、なので、明らかに、需要者等は、“その他人”のものなのだと認識し、騙されることはない、とも言える。結局、著名な商品等表示が有するに至った顧客吸引力を盗んだ(又はフリーライドした)という点に着目して、かかる規制が認められるのだろう。
但し、さらに、こう考えると悩ましいのが、顧客吸引力は相手(需要者等)の存在が必要だということだ。需要者等からの信用やロイヤルティ等は、マーケティング成果であるとも言える。顧客吸引力は創作物とも捉えうる。しかし、不正競争規制は創作に着目して規制する訳でなく、そもそもこのような目に見えない顧客吸引力を創作と捉えていいかも疑問が残る。
ちなみに、上記の米国AP事件で、ニュースの内容自体を盗んだ訳だから、本来は著作権法の管轄なのかもしれない。とはいえ、事実の配信であれば著作権は発生しない、となると、他に方策はないか、ということで考えられた救済策だったのだろう。ここでは顧客吸引力ということは問題ではなく、不正な競争行為に該当するか、という観点で救済を図っていると考えられる。
商標法上の商標権侵害における原告の主張は、上記1号の考え方を取るのだろうが規定からは必ずしもそう取れるわけではないように思う。別途いつか検討しよう
以上、色々考えていくと、BLMとしては、「reverse passing off」という言葉を時々聞くが、これは、本来の「passing off(パッシングオフ)」とは異なる規範の上に成り立っているように思う。また、言葉としては「misappropriation」という言葉を使った方が、これに紐づけられる別の規範を視野に入れやすいように思う。
別の規範とは、商標(又は商標に化体したgoodwill)を財産と捉え、これを不正に流用する行為を規制する規範だ。かかる規範が認められるべきかは別途検討が必要だ。つまり、商標は、発明(特許法の保護対象)や、著作物(著作権法の保護対象)と性質が異なると考えられているので、創作物として把握していいのか(学説を抜きにすれば、マーケティング成果は創作物と把握してもいいかも?と思うが、厳格な法の世界で安易な言動は受け入れられない、と最近実感。)といった論点がある、と思う。
田中先生の書籍に戻る。田中先生(昭和30年時点の見解)は、『「不正競争から不正取引への展開、即ち「競争」という要素が存在しなくとも不当な取引行為であれば不正競争に関する法理を適用することは、後述の連邦取引委員会法の第5条の適用として明確に行われたのであるが、コモン・ローにおいてもその傾向をみることができる。この点に関する連邦最高裁判所の判例はまだないようであるが』とし、以下を例示し、『この傾向を示している』とする。
連邦巡回控訴裁判所の
Vogue Co. v. Thompson - Hudson Co., 300 Fed. 509 (1924), C.C.A.6th
『本来の原告は、有名なヴォウグ雑誌の出版会社であって、ヴォウグという言葉を単独では商標に使わず、Vという文字の中に少女の全身像を画いた標章と共に使っており、この標章は一般に「V少女」と呼ばれていた。被告は、「ヴォウグ帽子会社」という名で夫人帽を製造し始め、Vという文字の中に少女の頭部を画いた商標を使用した』たため、『原告は商標権侵害及び不正競争を理由として差止命令を求めたのが本件である。』
第一審
『商標権の侵害ではなく、また雑誌の出版者と帽子の製造者との間には「競争」が存在しないから不正競争にもならないとして、原告の請求を棄却した。』
連邦巡回控訴裁判所
『ヴォウグ雑誌が夫人帽の流行を作り出すことは一般に知られており、従って世人は、この雑誌出版者とこの帽子の製造者とが同一会社であると信じないとしても、両者の間に何等かの関係があると考えることは疑うことができないとし、「『競争』という言葉に魔術があるわけではない。衡平法を呼び寄せる祈りは、それよりも主として不正(不公平)ということにかかっている」といって、競争という要素がなくとも、原告に損害を及ぼし消費者に詐欺を働いたからには不正競争に該当するとして、差止命令を与えた』。
『この判決は不正競争の法理を競争という要件から解放したものであって、コモン・ローの不正競争の法理に新時代を持ち来たし、「不正競争」という言葉よりもむしろ「不正取引」という言葉を用いるのを適当とするようにならしめた。』と説明する。
『しかしながらこの事案では、この判決がいっているように「他人が両者の間に何等かの関係があると考えることは疑うことができない」事情があった。換言すれば被告による原告の名声の利用・原告の信用失墜のおそれというpassing offの本質的要素が存在していたのであって、この判例の傾向が現実にどの程度にまで拡張されて行くかは、これまたその後の判例の発展に待たなければならないのである。』と説明する。
なるほど、passing off理論は、詐欺や混同という不法行為は、その背後に、さらに、『換言すれば被告による原告の名声の利用・原告の信用失墜のおそれ』を生じさせるという問題も抱えているということか。BLM私見では、『名声の利用』は、我が国現行法に照らせば、上述の“他人の周知な商品等表示の下で自分の商品を販売等する”といった行為と、上述の“他人の著名な商品等表示を持ってきて、自分の商品等表示だと言う”という行為の二つの態様があり、これらは区別して考えるべきと思う。というのは原告と被告の事業が競争関係にあるか、又は関連性がある場合(いわゆる広義の混同が生じる恐れがある範囲)なら、区別する意義は低いかもしれないが、全く両者が関係のない事業である場合に、区別する意義はあると考える。後者の例は、また、今度考えてみる。
今日はここまで
ややこしい話お付き合いいただきありがとうございます
by BLM
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