中食需要が高まっているようです(→ニュース)。また、乾麺などの売り上げも伸びているので(→ニュース)、中食ではなくても内食も増えているでしょう。
内食が増えると、食器用洗剤の需要も高まるかもしれません(つまり、補完関係にある商品も増える可能性があります)。
このような食器用洗剤でヒットしたものの中に、花王の食器用洗剤「キュキュット」があります。この「キュキュット」、どのようにして生まれてきたのでしょうか?
◆「キュキュット」が生まれてきた背景
弁理士会の「パテントアトーニー2007年冬号(48号)」に「キュキュット」について紹介されています(以下、『 』部分は引用部分です)。
まず、『素早い泡立ちとすすぎ、ぬめりが残らない洗いあがり』がヒットのポイントであり、『「素早い」をキーワードにし』て洗剤の設計をしたとのこと。そして、特に『ぬめりのない洗いあがりの感触』が『消費者ニーズに合致する』と考え、「キュキュット」は開発されています。
我が家では基本的に食器洗い担当はKOIPですが、確かに、食器を洗った後に、ぬめりがある場合は洗いなおしたりします。洗った後の食器が、それこそ「キュッキュッ」という音をたてたり、水切りが良ければ気持ちよく「洗い終わった!」と感じることができます。
この「キュキュット」には、『界面活性剤・アルキルグリセルエーテル(AGE)』が用いられていますが、『一般の洗浄剤に使われている成分とAGEとの組み合わせは公知だったことから、AGEを特定の1種に限定した選択発明として出願』され、登録されています。
◆選択発明とは?
選択発明って何でしょう?選択発明の定義について、特許庁の審査基準に記載があります。以下、引用します。
『第III 部 第2章 第 節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い
7.選択発明
選択発明とは、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属する発明であって、以下の(i)又は(ii)に該当するものをいう。
(i) 刊行物等において上位概念で表現された発明(a)から選択された、その上位概念に包含される下位概念で表現された発明(b)であって、刊行物等において上位概念で表現された発明(a)により新規性が否定されないもの
(ii) 刊行物等において選択肢で表現された発明(a)から選択された、その選択肢の一部を発明特定事項と仮定したときの発明(b)であって、刊行物等において選択肢で表現された発明(a)により新規性が否定されないもの
したがって、刊行物等に記載又は掲載された発明とはいえないものは、選択発明になり得る。』
分かりにくいかもしれないので、もう少し分かりやすい例を挙げてみると、選択発明は以下のようなものです。
例えば、ある一般式(※)で表される化合物Aが存在し、防汚塗料(例えば、船の表面などに塗装し、フジツボ等の付着を防止できるような塗料)としての性質を有していることが知られていたとします。
※例えば、アルコールは「R-OH」(Rは、メチル基、エチル基等)という一般式で表され、「R」が様々な置換基になることにより、様々なアルコールになります。
この場合に、一般式に含まれる特定の化合物Bがあったとします。
そして、化合物Bについては防汚塗料としての性質を有しているか否か世の中に知られていないときに、化合物Bには人間に対する毒性が一般式で表される他の化合物に比べて著しく少ないことを発見し、化合物Bを防汚塗料の主成分として選択した場合、選択発明になります。
なお、選択発明には利用発明の問題も絡んできますが、今回は省略します。
◆「キュキュット」はどのような選択発明か?
さて、「キュキュット」に戻ると、上記のように『界面活性剤・アルキルグリセルエーテル(AGE)』が用いられていますが、これだけでは特許性はありませんでした。
つまり、『一般の洗浄剤に使われている成分とAGEとの組み合わせは公知だった』ためです。そこで花王は、『AGEを特定の1種に限定した選択発明として出願』しています。
どんなAGEか、特許第3617838号の請求項1を見てみましょう。
その請求項1は、
「(a)炭素数10~18の炭化水素基を有する陰イオン界面活性剤を5~50質量%、(b)炭素数10~18の炭化水素基を有するアミンオキシド型界面活性剤を1~15質量%、(c)2-エチルヘキシルモノグリセリルエーテルを0.1~10質量%、及び(d)水を含有する硬質表面用液体洗浄剤組成物。」
というものです。
AGEは、「2-エチルヘキシルモノグリセリルエーテル」という特定の化合物になっています。
上記弁理士会の記事では『一番強調すべき性能として、早いすすぎと洗いあがりの感触』が挙げられていますが、『従来の洗浄剤に関する特許で、すすぎに言及されている例は少ない』状態でした。
そのため、AGE自体は公知だったとしても、「2-エチルヘキシルモノグリセリルエーテル」を用いることで『早いすすぎと洗いあがりの感触』の面でその道のプロであっても予期できない顕著な効果があったため、特許が認められたと考えられます。
◆選択発明について特許出願する場合の注意点
公知の技術でも今まで知られていなかった効果を見つけたから何でもかんでも特許になる!というわけにはいきません。
選択発明で特許を取得しようとする場合、通常の発明とは異なり、以下の点に注意する必要があります(新規性、進歩性の観点は今回は省略します)。
すなわち、選択発明の技術的意義をしっかりと理解できるように明細書に記載することが必要です。特に、実施例と比較例について適切に記載し、選択発明にどのようないい点があるのか(つまり、技術的意義があるのか)を記載し、どのように優れた効果があるのかを記載しておく必要があります。
というのも、選択発明は、その上位概念が既に世の中に知られているので、パッと見、従来技術と同じように見えるため、従来技術とは異なる効果、従来技術からは予測できない顕著な効果があることを明確にする必要があるからです。
更に、発明の効果を数値で表すことができない場合、効果について客観的に記載することが必要です。上記弁理士会の記事でも『JISなどの基準はあるが、それでは示せない性能がある。洗い上がりの感触などは官能評価で示すことになるが、その内容があいまいだと受け止められないように示すことがポイントになる』と指摘されています。
実際、どのような評価内容になっているのでしょうか? また特許を見てみましょう。
例えば、特許第3617838号の段落【0049】~【0051】に「感触評価」について記載されています。抜粋してみます。
「【0049】
<感触評価>
サラダ油に0.1質量%の色素(スダンレッド)を均一に混ぜ込んだモデル油汚れ1gを陶器皿に均一に塗り広げたものをモデル汚染食器とした。
【0050】
市販の新品スポンジ(可撓性吸収体、キクロン)を水道水でもみ洗いし、水道水の含有量が15gになるまで絞った後、表1の組成物1gと水道水30gを染み込ませる。モデル汚染食器上で上記スポンジを2~3回手でもみ泡立たせた後、モデル汚染食器5枚を擦り洗いし、洗っている最中のぬるつきを下記基準で官能評価を行った。次に、擦り洗いしたモデル汚染食器を水道水ですすぎ、すすぎ最中のぬるつきのとれやすさを下記基準で官能評価を行った。
【0051】
[洗浄時のぬるつきの基準]
あまりぬるつかない:○
ややぬるつく:△
非常にぬるつく:×
[すすぎ時のぬるつきのとれやすさの基準]
すぐにぬるつきがとれる:○
ぬるつきがとれるまでにやや時間がかかる:△
ぬるつきがとれるまでに時間がかかる:×」
上記のように、人間の五感(上記では触感)が関わってくる場合、『「トマトジュース」から見るパラメータ発明を特許出願する場合の注意点』でも述べたように効果を数値で表すことが難しいので官能性試験が重要になります。
ただ、上記感触評価の基準を見てみますと、もう少し明確にしてもよかったかも、と思います。
例えば、「あまりぬるつかない」という基準がありますが、「何に対し、あまりぬるつかない」のか、いまいち判断がつきません。
そこで、例えば、上記特許では本発明品と比較品とで比較実験を行っているので、洗浄時のぬるつきの評価について比較品のいずれかを基準にし、その比較品と比べて「あまりぬるつかない」というような基準を明確に記載するような工夫をちょっとすれば、一見して基準が明確になり、より分かりやすかったと思います。
◆まとめ
いずれにせよ、選択発明について特許出願する場合、選択発明の効果がどういう点でこれまでの技術と異なり優れているのか、選択発明の効果がどういった理由から発揮されるのか等を記載し、更に、選択発明の効果を客観的に証明可能な実験データを適切に記載する(その場合、評価基準も客観的であるように注意する)点に注意するということです。
by KOIP
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