「パラメータ発明ってどんなもの?」において、「特許を考えた場合、このデメリットをより慎重に考慮しなければなりません」と述べましたが、どのような点を考慮する必要があるのでしょうか?
具体的な事件を基に考えてみましょう。
◆トマト含有飲料事件(平成28年(行ケ)第10147号 審決取消請求事件)
「トマト含有飲料及びその製造方法,並びに,トマト含有飲料の酸味抑制方法」という発明に係る特許権(特許第5189667号)(以下、「本件特許」といいます)についての事件です。
この事件は、原告が、本件特許に対して無効審判請求したところ、被告(特許権者)が訂正請求し、特許庁が当該訂正請求を認めた上で審判請求は成り立たないとの審決をしたので、原告が、当該審決の取り消しを求めて提起した訴訟です。
要するに、特許権者の競合が、上記特許の無効を求めて特許庁に審判請求したものの、特許庁では無効にできなかったので、裁判所に提起した、ということです。
裁判では、特許請求の範囲に規定されたパラメータと、発明が奏する効果との関係が当業者(トマト飲料分野のプロ)であっても理解できないとして、サポート要件※を満たさないとされました。
※サポート要件とは…特許請求の範囲の記載が、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでなければならないという要件です。特許請求の範囲が、明細書に開示した内容より広くならないようにするための要件です。例えば、明細書には「お茶」の発明しか開示していないのに、特許請求の範囲において「飲料」の発明を記載し、明細書に開示されていない「お茶」以外の様々な飲み物を権利範囲に含めようとしたとしても、サポート要件違反で権利を取得できません。
詳しく見てみましょう。
◆本件特許の請求項1の記載
まず、上記訂正後の本件特許の特許請求の範囲の請求項に記載の発明は以下の通りです(請求項1に記載の発明(本件発明1)のみ取り上げます)。
「【請求項1】
糖度が9.4~10.0であり,糖酸比が19.0~30.0であり,グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が,0.36~0.42重量%であることを特徴とする,トマト含有飲料。」
前回述べたように、本件発明1は「糖度」、「糖酸比」、「グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計」によって「トマト含有飲料」を規定しているので、パラメータ発明に該当します。パラメータ発明にすることで広い権利範囲をカバーすることを意図していると考えられます。
◆裁判所は何と言ったか?
以下、『 』内は裁判例を基にKOIPが加工しました。長いので、取りあえず赤字部分のみ読んでみてください。
-明細書の記載内容
裁判所は、明細書に『主原料となるトマト以外の野菜汁や果汁を配合しなくても,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制』することを課題とし、本件発明1等を規定する『糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量の数値範囲』により係る課題を解決できること等が記載されており、トマト含有飲料の『風味を「酸味」「甘み」及び「濃厚」につき「非常に強い」・・・の7段階で評価』したこと等が記載されているとしました。
-サポート要件の判断基準
その上で、裁判所は、『特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならない』とし、いわゆるパラメータ発明において『特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するためには,発明の詳細な説明は,その変数が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか,又は,特許出願時の技術常識を参酌して,当該変数が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である』という判断基準を示し、本件特許の明細書の記載がサポート要件を満たすか否かを検討しています。
ごくごく簡単に言えば、用いたパラメータによって、発明が解決しようとする課題(トマト以外の野菜汁や果汁を配合しなくても,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されること)を解決できることの因果関係が明細書の記載から分かることが必要であるということです。
-本来の風味の評価試験について
更に、裁判所は、本件明細書に『各実施例,比較例及び参考例のトマト含有飲料のpH』等の『成分及び物性の全て又は一部を測定したこと』と、『トマト含有飲料の』『風味の評価試験をしたことが記載されている』とした上で、
『一般に,飲食品の風味には,甘味,酸味以外に,塩味,苦味,うま味,辛味,渋味,こく,香り等,様々な要素が関与し,粘性(粘度)などの物理的な感覚も風味に影響を及ぼすといえるから,飲食品の風味は,飲食品中における上記要素に影響を及ぼす様々な成分及び飲食品の物性によって左右される』のであり、『本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味の評価試験で測定された成分及び物性以外の成分及び物性も,本件発明のトマト含有飲料の風味に影響を及ぼすと当業者は考えるのが通常』
であるので、
風味評価試験をする場合、『糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量を変化させて,これら三つの要素の数値範囲と風味との関連を測定するに当たっては,少なくとも,①「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが,これら三つの要素のみである場合や,影響を与える要素はあるが,その条件をそろえる必要がない場合には,そのことを技術的に説明した上で上記三要素を変化させて風味評価試験をするか,②「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与える要素は上記三つ以外にも存在し,その条件をそろえる必要がないとはいえない場合には,当該他の要素を一定にした上で上記三要素の含有量を変化させて風味評価試験をするという方法がとられるべき』としました。
つまり、風味評価試験においては、特許請求の範囲に記載したパラメータ以外に、発明の効果に影響を与える要素があり得るので、当該要素が実質的に変化しない条件でパラメータを変化させて試験する必要がある、ということです。
-本件の風味評価試験からはパラメータによって発明の効果が得られるか不明
そして、『「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量のみであることは記載されていない。また,実施例に対して,比較例及び参考例が,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量以外の成分や物性の条件をそろえたものとして記載されておらず,それらの各種成分や各種物性が,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるものではないことや,影響を与えるがその条件をそろえる必要がないことが記載されているわけでもない』とし、そのため、本件発明の課題を解決するために『糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量の範囲を特定すれば足り,他の成分及び物性の特定は要しないことを,当業者が理解できるとはいえず,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味評価試験の結果から,直ちに,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量について規定される範囲と,得られる効果というべき,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味との関係の技術的な意味を,当業者が理解できるとはいえない』と判断しました。
要するに、請求項1に記載したパラメータだけで発明の効果が本当に得られるのか?についてその道のプロでも分からない、ということです。
-本件の風味評価試験が客観的に評価したのかも不明
また、裁判所は、風味評価試験の方法について、「甘み」等の風味を1点上げるために、どの程度その風味が強くなればよいかについてパネラー間で共通の手順が採用されたこと等が記載されていないことなどから、『各飲料の風味の評点を全パネラーの平均値でのみ示すことで当該風味を客観的に正確に評価したものととらえることも困難』である等の理由から、『風味を評価する際の方法が合理的であったと当業者が推認することもできないといえる』ので、『この風味の評価試験からでは,実施例1~3のトマト含有飲料が,実際に,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味が得られたことを当業者が理解できるとはいえない』としました。
特に風味等、絶対的な数値で評価できない場合、基準を決めた上でなるべく客観的な評価方法を採用しなければならない、ということです。
-結局のところサポート要件を満たさないのでNG!
結局、裁判所は、『本件出願日当時の技術常識を考慮しても,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量が本件発明の数値範囲にあることにより,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味が得られることが裏付けられていることを当業者が理解できるとはいえないから,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1,8及び11の記載が,明細書のサポート要件に適合するということはできない。』と判断しました。
◆何に気を付けるのか?
一言でいえば、パラメータによって発明を特定する場合、特許出願前に、当該パラメータと、発明が解決しようとする課題や効果との因果関係を技術的に説明できるかをきちんと検討し、明細書に記載しておくか、少なくともその道のプロが分かるような内容を記載しておく必要があるということです。
また、パラメータの数値範囲内で本当に発明の効果が発揮されるのか?を支える実験データを記載することも必要です。
例えば、パラメータを「X」としてその範囲を「a<X<b」とした場合、a以下、及びb以上で発明の効果が本当に発揮されないのか?aとbとの間のどの部分でも発明の効果が発揮されるのか?等が分かるデータを取得して、明細書に記載することを検討しなければなりません。
なお、風味評価試験をする場合は、客観性を担保できる評価方法を採用することも必要です。
まとめると、
パラメータで発明を規定する場合、そのパラメータの技術的意義、つまり、発明の構成についてその構成を採用した目的、当該構成を採用することで解決される技術的課題、当該構成が奏する作用効果等は何か?をなるべく記載し、パラメータの数値範囲を適切にサポートする実施例(実験例)やその数値範囲を採用した技術的根拠、及び測定方法の記載等を明細書に詳しく記載する必要がある、ということです。
結構、細かいところまで考える必要があるので注意が必要です。
◆おまけ
カゴメのトマトジュースと伊藤園のトマトジュースです(伊藤園のジュースが上記特許に関するものかはわかりませんが)。
(Photo by BLM)
飲み比べてみました。
伊藤園の方は確かにフルーツのような甘味があり、濃厚な味です。初めのうちは「おいしい!」と感じますが、人によっては、重たく感じるかもしれません。
一方、カゴメの方は甘味はそれほどなく、あっさりした味で、脂っこい食べ物との相性がいいように、と思います。
BLMさんと検討したところ、
トマト好きな人は、 昼食と共にカゴメのトマトジュースを飲み、
3時に伊藤園のトマトジュースを飲む、というのがいいのでは? ということで落ち着き?ました
。
by KOIP
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