前回は、チャネリングってすごく特殊な能力をもっている人しかできないわけじゃなく、誰でもやっていることなんです、ってことを書きました。
チャネリングは、「異次元の存在とのコミュニケーション」と書くと、何やら怪しいものと身構えてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、ハイヤーセルフとのコミュニケーションは、心の声に耳を澄ますということでもあり、誰でも絶対にやったことがある必要なことですし、怪しいとも思わないですよね?
ハイヤーセルフ以外の高次の存在とのコミュニケーションも、全く別物ではなく、その延長上にあると私は理解しています。
ただ、人付き合いと一緒で、波動の高い存在さん方とコミュニケーションをしたいなら、自分の波動も上げておく必要があります。
類友、というように、人間の間でもあまりにも波動が違いすぎると出会うこともないし、まして友達になることはないのと同じです。



ではハイヤーセルフからのメッセージを受け取ることは、気づきと訓練次第で誰にでも比較的簡単にできるのに、なんで全員がキリストやブッダからのメッセージを言葉として聞いたり、自動筆記したりできないのでしょうか?
こちらは波動の違いだけでは説明がつきません。
だって、霊や神様が見えなくても霊性の高い方は沢山いらっしゃいますし、霊能力があっても人間としてちょっとどうかなと思う方もいらっしゃいますよね。
本当の所はものすごい訓練次第では皆にできることなのかもしれません。少なくとも現状よりは前進すると思います。
だけど、生まれつきそういった声が聞こえたり、ある日突然そういった存在が見えたりする人と、一生訓練してようやくなんとなく見たり聞こえたりする人がいるのは何故なのでしょう?
ここからは、今の私の理解なので、正解か正解じゃないかはわかりません。
特殊能力と呼ばれるものには、4クレアと呼ばれるものがあります。
クレアボヤンス (Clairvoyance): 透視力
クレアオーディエンス (Clairaudience): 透聴力
クレアセンシェンス (Clairsentient): 超感覚
クレアコグニザンス(Claircognizance): 透知力
いわゆる霊能力と言われるやつですね。
本当はもっとありますが、ここではこれに絞って話を進めます。
これらの能力は、本当は特定の人だけに備わっているわけではなく、多かれ少なかれ、殆どの人がもっているものだと思うのです。
視覚や聴覚や触覚のように。
ただ、生まれつき視覚が弱い人、聴覚がない人、途中から視力が落ちる人、触覚が分からなくなる人もいますよね。
スピリチュアルな世界では、自分の体や性質は生まれる前に自分で選んでくると言われています。
4クレアも例外でなく、その得意不得意、いつから発現するしないもある程度自分で設定してきているのではないかと私は思っているんです。
皆さんは、自分より視力のいい人を自分より人間的に優れていると崇めたことはありますか?
反対に、生まれつき目が見えない方は、霊性が低いのでしょうか?
おそらく殆どの方の答えがNOかなとおもいます。
では、異次元の存在が見えたり、メッセージを降ろせる人をすごいと崇めたり、羨ましがったりしたことはありますか?
私はないとは言いきれません。
少なくとも過去にはありました。
でも、本当はそれも意味ないことなのだと思います。
なぜかといえば、このクレアの得意度は、霊格とは関係なく、魂が今生に持ってきた目的、つまりお役目によってある程度自分で決めてきた気がするんです。
…とすると、持ち合わせてなくてもよい、もしくは持ち合わせていない方がよいお役目もあるのではないかと思うのです。
カリスマパテシェになろうと今生の計画を立てて生まれてきた人が、小さな頃からオリンピック選手並に足が早い才能を授かっていたらどうなるでしょう?
多分、本人の計画にかかわらず、才能にひっぱられて、オリンピック選手の道を進むことになり、パティシエの計画は果たせないまま寿命が尽きてしまうかもしれません。
それと似たようなことだと思うのです。



では次に…
私は自分が計画してきたと思われる道がある程度見えてきたのに、一見必須だと思われる能力を兼ね備えてなくて絶望しています、という人の場合はどうでしょう?
この絵をみてください。
うちにあったカレンダーの絵ですが、どう思いますか?
上手な絵だな…という感じでしょうか?
では、実はこの絵は、両手がない画家さんが口で描いた作品なのです、と知ったらどうでしょう?
感じたこと、その度合いは同じでしたか?
私は違いました。
手ではなく、口で書かれたと聞いた時の方が、その画家さんのこと、その努力などに思いを馳せ、この絵からより一層の感動を得た気がします。
もしかするとこの方のお役目の一つは、手ではなく口で絵を描くことによって、周りの人に勇気や力を与えることなのかもしれません。
そうであると仮定した場合、この方が手がないことを一生嘆き続け、絵を描きたいという情熱をすてて何も描かなかったら、この方が私に与えてくれた感動は生まれなかったし、この方自体も辛いだけの一生かもしれません。
この場合、画家の道に進むのに致命的と思われる手がないことが、真の魂の計画を達成するのに必須要素だったのです。
4クレアでも同じことなのかなと思うのです。



では、ある程度決めてきた、クレアの能力。
これは変えられないのでしょうか?
ちょっと疲れてきたので、次回にします。
