昨日、遠藤喨及(りょうきゅう)さんという方の、「気の経絡指圧法」という本を読みました。
この方は、増永静人氏が体系付けた「証診断」を基礎とし発展させた形の、気の経絡指圧法(タオ指圧)の始祖。
気の流れが実際に見え、それがどうやったら誰でも見えるようになるのかを体系付けたくて
研究に研究を重ねた方です。
ちなみに証診断というのは、わかりやすくいうと、気の経路を確認し、
その上で気の滞っているツボなどを見つけていくという作業のことのようです。
指圧の本を読むのは初めてなのですが、本物の指圧は気の世界であると知って、
本当に驚きました。どうしても按摩に近いようなイメージがあったので。
この「証診断」ができるようになるための心構えの中には、
霊気の「響き」がわかるようになる心構えにも通じるものがあるなと思ったので、紹介します。
西洋レイキでは、この響きの理解はあまり重要でないと聞いたこともありますが、
臼井式レイキでは、「響き」を感じるは基本とされていたところだと理解していますし、
私自身もそちらの方に共感ているので…。
「利他の心」:
自分のことを考えず、相手のことのみを思う心。
利他心があるときは、ポジティブな気がでており、相手にも自分にも気を与えている状態。
反対に、自分のことばかりを考えているときは、相手から気を奪おうとする。
無意識のうちに相手と自分を図りにかけているため、気は暗く、心は頑なである。相手も心を閉ざしてしまう。
経路は主観・客観の一体になったところに存在するため、主客一体の経路を見ようと思ったら、
まず己の心に利他心を喚起しなくてはいけないのだそうです。
「共感的想像」:
「相手がどこを圧してほしがっているかを想像すること」、
そして「相手がどう感じているかを想像し続けること」。
レイキは、相手が必要なところに流れるとはいいますが、
やっぱり響きの理解に昔の教えはある程度の重要性をおいていたということは、
より効果的にエネルギーが流れる手の置き方があると私は考えています。
その「響き」を感じる上で、この共感的想像は同じように大切だと感じました。
「内観」で自分の心を観る:
自分の心を対象化して客観的にみること。
これが経路を見る上で大事なのは、術者の「意念」と「共感」によって感応した経路が、
術者の心に反映するから、だそうです。
なので、自分の心を観るのが不得手な人は、気や経路を認識するのも苦手なはずだということです。
自分の心を観るのが苦手な人というのは、無反省な人、独善的な人などということでした (気をつけねば…)。
最後に、人間の気の傾向は、時代とともに移り変わり、それによって指圧のツボの位置や深さもどんどん変わってきたというのにも新たな発見がありました。やはり、時代の気、というものもあるのですね。
そして、遠藤氏はどうして近年の先進国の生活は、こうも孤独と不安に満ちているのか、
未開の地域の人に比べて都会の人の気がかなり内向しているのは何故かという疑問を投げかけています。
その原因は、お金がありさえすれば、他の人の助けを必要とせずに生活ができるから、
目に見える形で助け合うことなく暮らすことができるからではないかといっておられます。
人に助けられることもなく、また助けることもなければ、他との気の交流がなくなり、人は孤立し、不安になる。
実は、このことをすごくひしひしと感じていました。
ここ数年、私のオーストラリアも不況が続き、この国のメインの収入源である鉱山のない私のいる州などは
特にもうすでに数年近く厳しい状況が続いています。
そうなってくると、特に個人主義をベースとした西洋の国ということも手伝って、
人々が自己の利ばかり考えはじめることで生じる不協和が出てきます。
表立って出てくるわけではないのですが、個の主張オーラのようなものが強くなり、
邪気のような形で影響を受けてしまう気がするのです。
そんなところに、ある方から最近相談を受けました。
それは、私自身が感じていたことと全く同じでした。
その方も、こちらにこられてから最初の5年ぐらいは職場で何の不満もなかったのに、
不況になってきたときに、あまりにも不公平感がでてくることに戸惑い、悩んでおられたようです。
皆が大変な不況のときだからこそ、日本のよさである「和」の心、つまり和の気を広められたらと思いますが、
マイノリティとしての文化のよい部分を広めることに行き詰まりを感じたりもしています。
個人レベルで地道にやっていくしかないのでしょうね。
長くなりそうなので、続きはまた今度…。